がらくた処分場

ひとつになれるその日まで(原題/俺と幼馴染と幼馴染 第1~3部全編)

この作品はSS深夜VIPのスレ『>>1のみを書くスレ』のレス番749からネタを貰っています。


1 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/12/14(土) 19:37:02 ID:zavYEJk6


……………
………



俺の幼馴染は、二重人格だ。

午前中と午後で、人格が変わる。

ただ周りの人には多分わからないと思う。

なぜなら…


幼馴染「ねえ、男…久しぶりにマリオパーティーやろうよ」

幼馴染『ねえ、男…久しぶりにマリオパーティーやろうよ』


性格も好みもほとんど変わらず、幼馴染が二人いることに気づかないだろうから。


男(…マリオパーティー、昼飯の前にやってたんだけどな…)



2 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/12/14(土) 19:38:17 ID:zavYEJk6


幼馴染「ああー、勝てないー!」

男(…なんで同じ日に同じゲームをやりたがるかな)

幼馴染「ちょ、ちょっともう一回!もう一回やろう!」


さっき二人の彼女の差異が『ほとんど』無いと表現したのは、そのまんまの意味…最近になって判り始めてきたごく小さな違いがあるからだ。


幼馴染「…また、負けた…もういいや…」


例えば午前中の彼女は、この連敗になかなか屈する事なく更に数回以上のリスタートを要求してきた。


幼馴染「…音楽でもかけよっか」


でも、その後でとる行動のパターンは同じ。

やはり微々たる違いに過ぎない。



3 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/12/14(土) 19:39:42 ID:zavYEJk6


いつから二重の人格をもつようになったのかは、はっきり判らないらしい。

その事を俺に打ち明けてくれたのは半年ほど前の事。

彼女は親にさえ話していないから、俺だけが知る秘密という事だ。


なぜ親や先生、そして医者に相談しないのか…最初は半信半疑ながら俺もそれを彼女に尋ねた。

その時の答えは『困っていない』という理由と、もうひとつ…今の環境を変えるのが怖いというもの。


確かにその症状が精神的な疾病であると診断されれば、彼女の生活は随分と変わってしまうだろう。

それを思うと、俺としても受診を勧める気にはなれなかった。



4 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/12/14(土) 19:40:15 ID:zavYEJk6


幼馴染「男、今日は晩ごはん食べてく?」

男「うん…ご馳走になろうかな」

幼馴染「じゃあ、お母さんにそう言ってくる」


ぱっと顔を明るくした彼女は、日記帳をぺらぺらとめくって確認してからドアの向こうに消えた。


午前中の彼女の記憶は、今の彼女には無い。

しかし彼女はそれぞれの時間帯での大事な出来事を、一冊の日記帳で共有するように努めている。

おそらく今、確認したのはここ数日の午前中の食事の記録。

ついこの前食べたものを希望メニューとして母親に告げれば、不審に思われる可能性があるからだ。

でもさすがに午前中、何のゲームをやって遊んだかまでは記入していないのだろう。


男(まあパーティーゲームに二回付き合うくらい、安い御用だしな)



5 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/12/14(土) 19:41:34 ID:zavYEJk6


夕食をご馳走になって、その後もう少しだけ彼女の部屋で寛ぐ。

今日は土曜日、明日も学校は休み。

高校で美術部に所属する俺達は、休みの日まで活動をするほど真面目な部員ではない。


幼馴染「本当は遅れ気味だから、描かなきゃいけないんだけどね」

男「俺はもう今度の作品、ほぼ出来てるからな。余裕あるぜ」

幼馴染「じゃあ、手伝ってよ」

男「それじゃ提出できなくなるだろ」


この話は午前中の彼女とはあまり出来ない事だ。

美術部員としての幼馴染は、放課後を活動時間に含む事のできる午後の彼女が占める割合が高いから。



6 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/12/14(土) 19:42:06 ID:zavYEJk6


…そして。


幼馴染「…男」


彼女がそっと俺の肩に寄り添う。

俺はその頭を撫でて、少しの後に柔らかくキスをした。

俺達が恋仲になったのは一ヶ月ほど前の事だ。

その前から限りなくそれに近い関係ではあったのだけど。


ただひとつ、小さくて大きな問題がある。

午後の彼女が俺に想いを打ち明けてくれて、晴れて付き合うようになった…その事を午前の彼女は知らないのだ。


何故か午後の彼女は日記帳でその事を伝える事はしなかったらしい。

どうやらそれぞれの彼女には、各個人としての独占欲があるようだった。



7 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/12/14(土) 19:43:05 ID:zavYEJk6


午前の彼女とも同時に、同じ関係を持つようにすれば良かったのかもしれない。

でもそれは『午後の彼女がこうしたんだからお前もそうしろ』と言っているのと同じ。

例え俺が何か嘘をついても『午後はこうした』と言えば午前の彼女も従わざるを得ない…それは違うと思った。


男「じゃあ、帰るわ…隣だけど」

幼馴染「うん…また明日も会おうね?」

男「ああ、多分…駅前くらいかな」


明日は朝から一緒に町に出る予定だ。

ちょうど正午に切り替わる二人の人格、次に今の彼女に会うのはおそらく駅前で服を見た後だろう。


幼馴染「…朝マック、食べてみたいなあ」

男「うん…今度、買っといてやるよ」

幼馴染「おやすみ…男。…いつもおはようが言えなくてごめんね」

男「そんな事、気にすんなよ。…おやすみ」


午前のお前に言って貰ってるから構わない……多分、それは言わない方がいいのだろう。



14 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:10:17 ID:Rp7hqP3I


……………
………


…翌日


幼馴染「おはよう、待った?」

男「おー、おはよ。待つも何も、自分の家にいたし」

幼馴染「だよねー。いいよね、お隣り同士って」

男「今に始まった事じゃないだろ」

幼馴染「そういう時は素直に同意しなさい!」ドスッ

男「うぐっ」


慣れたやりとりを交わしながら、いつものバス停へと向かう。

そこから駅前までは二十分ほど、とはいっても距離はさほどでもない。

交通量の多い道ばかりを通るからその位かかるというだけで、もしかしたら自転車の方が早く着く可能性もある。



15 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:11:21 ID:Rp7hqP3I


駅前に着いたのは九時頃。

昨日そんな話をしたからというわけではないけど、朝マックを食べる事にする。

俺はいつもソーセージと卵のマフィン、彼女は日によって違うものをチョイスするが、今日は同じものがいいとの事だった。


幼馴染「ここ、空いてるよ」

男「んー、表通りに近すぎるからパス。もうちょい奥に行こう」

幼馴染「あはは、大口開けて食べてるの見られるのは何か嫌だもんね」


少し奥まった所のテーブル席に座り、他愛もない事を話しながらゆっくりと朝食を摂る。

当たり前だが、食べるペースは俺の方が早い。

話にキリがついた頃を見計らい、まだ彼女が食べ終わるには多少の時間がかかる事を確認して、俺は自分のマフィンの残りを口に押し込んだ。


幼馴染「そんなに詰め込んだら喉に詰まるよ?」

男「う…ん……ん………ぷはっ、大丈夫だって。悪りい、ちょっと花摘んでくるわ」

幼馴染「乙女ですか」



16 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:12:06 ID:Rp7hqP3I


席を立ち、トイレのある方へ向かう……が、本当はそこに用は無い。

わざわざ奥まった席を確保したのは、この行動を幼馴染に見せないためだ。


店員「いらっしゃいませ、こちらでお召し上がりですか?」


ええ、こちらで召し上がってます。


男「ソーセージエッグマフィン、単品で一個。持ち帰りで」

店員「畏まりました」


良かった、ついさっき同じ物を注文した奴だという事はバレていないみたいだ。

どれだけこのマフィンが好きなんだと思われてしまう。

間も無く出てきた紙袋を受け取り、肩から提げた小さなスポーツバッグに押し込む。


男(……潰さないように気をつけなきゃな)



17 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:12:46 ID:Rp7hqP3I


彼女が食べ終わって更に少し話をしている内に、駅前の店がオープンする時間になった。


今日は服を見るという漠然とした目的はあれど、他に定めた予定は特に無い。

その『服を見たい』という希望を唱えたのは午前中の彼女だから、その用事は昼までに終わらせる必要がある。


とはいえ、そう時間に迫られているわけでもない。

ぶらぶらと目にとまった店に立ち寄りながら、何を買うでもなく冷やかしだけ。


幼馴染「あ、これ可愛い」

男「うん、言うと思った」

幼馴染「うわ、予想されてた」

男「ふっふっふ、わからいでか」


気の向くまま雑貨屋に寄ったり、靴屋に寄ったり。

目的としていた服の店に入る頃には午前11時が近付いていた。



18 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:13:28 ID:Rp7hqP3I


男「なんか目当てがあんのか?」

幼馴染「無いよ。でもそろそろ冬物が安くなる頃だから……あ、これどう思う?」

男「似たようなの持ってる気がします」

幼馴染「むう……鋭いね」

男「さっきもそうだったけど、お前の好みはおよそ解ってんだって。ちっとは冒険してみたら?」

幼馴染「じゃあ選んでよ」

男「それ、すげえ文句言われそう……」

幼馴染「辛口ですよー、えへへ」


余計な事を言ったな……と後悔しつつ、女物の服をあれこれと品定めする。

要するに普段はこいつが着ないような、それでいて俺好みな服を選べばいいという事だ。

俺の趣味どストライクな服を着てくれるとしたら、それはそれで悪くはない。



19 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:14:08 ID:Rp7hqP3I


男「これは?」

幼馴染「うーん、そういうゆるふわな感じのは自分じゃ選ばないなぁ……似合うのかな、私に」

男「羽織ってみろよ」

幼馴染「ま、一応……ね」


彼女は今着ているアウターを脱ぎ、きょろきょろしている。

どこか掛けておくところが無いか探しているのだろう。


男「貸せよ、持っとくから」

幼馴染「おお……男がそんな気を利かせるとは」


ちょっと失礼な事を言われた気がするが、まあ気にはしないでおこう。


差し出されたそれを受け取り、代わりに俺が選んだファー付きのショートコートを手渡す。

彼女は少しの間しげしげとそのコートを見て、小さな声で「こういうのが好みなんだ」と呟いた。

俺も同じ位のボリュームで「悪いか」と呟いておいたが、聞こえただろうか。



20 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:14:45 ID:Rp7hqP3I


幼馴染「……どう、でしょう?」

男「いいと思います」

幼馴染「どういう風に?」

男「えーと……新鮮で」

幼馴染「私は生鮮食品ですか」


自分でも解ってる、今のは照れ隠しだ。

恋仲という関係である午後の彼女になら、もっと素直な感想を言えたはず。


じゃあどうする、今の彼女には言わないのか……?


男「まあ、その……あれだ」

幼馴染「どれ?」


そんな差別、したくはない。


男「……俺好み、ではある」

幼馴染「お、照れてる」

男「うるせえ」

幼馴染「私も照れてる」



21 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:15:23 ID:Rp7hqP3I


男「……予算的には合うのか?」

幼馴染「ギリギリ圏内……いや、ちょいオーバーかな……いやいや」

ここで「少し足してやるよ」とでも言えば株も上がるのだろうが、それは難しい。

幼馴染「うーん……いいや、買っちゃおう!お年玉だもの!」

男「ああ、それで服買う余裕があったのか」


結局、彼女はそれを購入した。

俺の趣味も悪くは無かったようで、少し安堵する。


ふとレジの奥の壁に掛けられた時計を見ると、もう午前11時半を回っている。

彼女が『今の彼女』でいられる時間は残り少ない。

店を出た後、携帯の時計を気にしながらゆっくりと歩道を歩く。



22 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:16:04 ID:Rp7hqP3I


そして午前11時50分。

俺達は街路樹の下に設置された石造りのベンチに腰掛けた。

午前と午後の彼女が入れ替わる時はできるだけ座っていた方がいい。

立っていたり、ましてや歩いてなどいると不意に転ぶ事があるからだ。

自分に置き換えて考えても、例えば眠りから醒める時、いきなり歩いてなどいたら次の一歩をまともに出せるとは思えない。


彼女はバッグから日記帳を取り出し、さらさらと文字を書き込む。

やがて手を止め、ペンの頭を唇に当てて少し思案した様子を見せて。


幼馴染「……あのね、勝手な事を言うんだけど」

男「うん?」

幼馴染「さっき買った服の袋……この後、男が持ってくれる……?」

男「そりゃ、いいけど」

幼馴染「今日は男が自分の家に持って帰って欲しい……それで明日の朝、私に渡して欲しいの」



23 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:16:37 ID:Rp7hqP3I


幼馴染「ごめんね、変な事を言ってると思うんだけど」

男「……いいよ」

幼馴染「お願い…します」


このまま彼女がこの服を持っていたら、午後の彼女は遅くとも家に帰れば袖を通してみるだろう。

もしかしたらその姿を俺に見せようとするかもしれない。

今の彼女には、それが腹立たしく思えるに違いない。

例え店先で一度は着て見せていたとしても、本当ならインナーも合わせたものにしたいはずだ。


幼馴染「次の休みに会う時は、これ着るからね」

男「どんな着こなしにするか、楽しみにしとく」

幼馴染「もう、変なプレッシャーかけないでよー」


きっと、その姿は自分が先に見せたいのだろう。



24 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/04(土) 22:17:12 ID:Rp7hqP3I


携帯のディスプレイは午前11時59分の文字を表示している。


幼馴染「男、楽しかったよ」

男「うん」

幼馴染「明日の朝、また迎えに行くからね」

男「いつも通り早目に、寝てたら起こしてくれよな」

幼馴染「うん、それは私の仕事だから」


少し会話が途切れる。

彼女は小さな声で「ええと」「それから」と呟いている。


幼馴染「だめだ、纏まらないや……もっと、話したかったな」

男「また、明日な」

幼馴染「うん、また…明日ね」


少し切なげに笑う午前の幼馴染。

そして携帯の表示は12時に変わった。



30 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 01:33:01 ID:ijHrhwqA


座った体勢のまま、幼馴染の上半身が少しフラつく。

慌てて手を差しのべようとしたが、幸いそこまでの必要は無かったようだ。

俺の姿を視界に捉えた彼女は、満面の笑みを見せて口を開いた。


幼馴染「男、会いたかった」

男「半日ぶりの再会で言う台詞か」


真昼に目覚めた午後の彼女は、いつもまず一番に日記帳に目を通す。


幼馴染「バスで来てるんだね」

男「ああ、自転車で来るには寒いからな」

幼馴染「この辺りのいつもの店には、もうだいたい寄ってるんだ?」

男「見たけりゃもう一度寄ってもいいけど」

幼馴染「まだお昼は食べてない……か、ちょっとお腹減ってるもん」

男「そうだな、朝を食べたのはもう三時間近く前だから」



31 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 01:33:49 ID:ijHrhwqA


幼馴染「昨日、話したから?……マック行ったんだね」

男「あ、そうだ…」


スポーツバッグのファスナーを開ける。

一応気をつけてはいたけど、潰れていなければいいが。


男「…ほら、買っといたんだ」


幸い、外袋から察するにはダメージは少なそうだ。


幼馴染「それ、もしかして朝マック?」

男「おう、冷めてるから持って帰ってから食えよ」

幼馴染「ありがとう、嬉しい……傷まないかな?」

男「この時期なら平気だろ」



32 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 01:34:37 ID:ijHrhwqA


ベンチから立ち上がり、冬枯れの木立通りを歩き始める。

さっきまでとの違いは互いの距離、そして気温が変わらずとも右の掌だけは温かい事だ。

少しだけ感じる、午前の幼馴染に対する後ろめたさ。

だからといってどうする事もできないし、握っているのは間違いなく同じ女性の左手なのだから、罪は無い……はず。


幼馴染「その袋、何か買ったの?」


ゆるふわコートの入った袋を見て、彼女が問う。

一瞬、心臓が少しだけ大きく脈打ったが、できるだけ何食わぬ顔を作って「俺の服だよ」と答えた。


幼馴染「どんなの買ったの?」

男「パーカー」

幼馴染「見せて」

男「…下着も買ったから、見せない」

幼馴染「余計見たいですなー」

男「アホか」



33 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 01:35:08 ID:ijHrhwqA


朝がジャンクフードだったから、昼は少しちゃんとした物が食べたくなって和食メインのファミレスを選んだ。

その後はゲームセンターで比較的安く遊べるメダルゲームに興じたり、一時間だけカラオケをしたり。

外は寒いというのにワゴン車で売っているクレープの誘惑に彼女が負けて、できるだけ日当たりの良い席で肩を寄せ合ってそれを食べたり。


幼馴染「寒いー」

男「解り切ってただろが」

幼馴染「だって生イチゴのが安くなってたんだもん」

男「まあ、そろそろ時期だからな」

幼馴染「でも、酸っぱいなぁ…」


夕方が近づけば尚更に冷えるだろう。

そう判断して少し早めに帰りのバスに乗り、あとは昨日と同じく彼女の部屋に避難する事にした。



34 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 01:35:44 ID:ijHrhwqA


幼馴染「ううー、風も強くなってきた」

男「耳が冷てえ、痛え」

幼馴染「我が家視認!玄関突入準備!」


自然と早足になる。

玄関を待たずして、彼女はバッグから自宅の鍵を取り出している。

家にお邪魔したら、まずは温かい飲み物を淹れてもらおう。


辿り着いた玄関、がちゃがちゃと鍵を回す彼女。

その背中、ベージュのダウンジャケットを見ていて、ふと自分の手に下げた袋の存在を思い出す。


男「幼馴染、俺ちょっと自分の部屋に荷物置いてくるわ」

幼馴染「ああ…うん、わかった」

男「何か温かいもの淹れといてくれよ、すぐ行くから」


危ない危ない、うっかり持って入れば中身を見られかねないところだ。

俺は鍵をしまったポケットを探りながら、すぐ隣の自宅へ向かった。



35 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 01:36:34 ID:ijHrhwqA


言った通りすぐに彼女の部屋を訪ねた俺は、しばらく懐炉代わりに彼女を膝に乗せて後ろから抱えた。


幼馴染「幸せですねー」

男「寒い時期だから余計にな」

幼馴染「夏場はしてくれないのかな?」

男「涼しい部屋でなら、する」


温かいミルクティーを飲んで、ほっと一息。

もう夕食が近いのだからやめておけと言うのに、彼女は例のマフィンを温めて食べた。

随分と湿気っていただろうに、それでも彼女は「美味しい」「ありがとう」と言って笑ってくれた。


テレビゲームをして、今日もまた夕食をご馳走になる。

あまり食欲の無い幼馴染を見て不思議がる彼女の母親に、半端な時間にマフィンを食べた事を告げ口して。

そしてまた部屋で少し寛いで、帰り際にはキスをひとつ。


午前と午後それぞれの彼女に対する気遣いなど、普通なら必要の無い小さな苦労は確かにある。

でもこれが丸一日を彼女と一緒に過ごす場合の、俺達にとって当たり前でとても幸せな休日。


少なくともこの時の俺は、こんな日々が続く事を望んでいたんだ。



38 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 12:53:58 ID:7WbdB/Dk


……………
………


…翌週土曜日、昼過ぎ


男「先週は金使っちゃったし、この後は映画でも借りて部屋で観るかな」


午前中は寒いのを堪えながらごく近所を散歩したりして、チープに過ごした。

本当なら朝から家に居れば良かったようなものだが、午前の彼女が出掛ける事を強く望んだから。


その理由は今、隣で菓子パンをかじる午後の彼女が引き続き着ているショートコート。

自分では選ばないようなシルエットのものであるはずなのに、インナーの黒いタートルネックと細身な巻きスカートを合わせて上手く着こなされてい る。

とりあえず朝イチは照れを抑えて、ちゃんと褒めておいた。


その時の彼女は、口先では『そう、良かった』という程度の素っ気無い反応。

でもこっそり右の拳をぎゅっと握った小さなガッツポーズを、俺は見逃さなかった。

その素直じゃないところも含めて、大変可愛い。



39 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 12:54:29 ID:7WbdB/Dk


幼馴染「映画、前に面白いよって勧めてくれてたやつ、観たい」

男「…なんだっけ?」

幼馴染「ほら、あのディカプリオと渡辺謙が競演してるって言ってた」

男「ああ、あれか。いいよ、じゃあそれ観よう」


家から程近いレンタル屋に立ち寄って、目当てのDVDを借りて。

隣のコンビニで少しお菓子を買おうと言ったら、スーパーで買う方が安いと諭された。

少しだけ遠回りをしてスーパーにも寄って、その後は俺の部屋へ。



40 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 12:55:07 ID:7WbdB/Dk


十分ほどしてエアコンが効き始める。

室温が快適になって、彼女は例のコートを脱ぎながら言った。


幼馴染「……男。このコート、きっと男が選んだよね」


心臓が跳ねる。

見慣れない服に気付かないはずがないとは思っていたけど、さほど気にしてもいないのだろうと油断していた。


幼馴染「こんなの、きっと自分じゃ選ばないもん」

男「……ええと、その」

幼馴染「先週、買ったの?…もしかしてあの時の袋って」


そこまでで彼女は言葉を止めて、視線を逸らした。


幼馴染「これじゃ面倒な女だね、私。……ごめん、気にしないで」


おそらく大方の流れを理解したのだろう。

それは別人格とはいえ、彼女自身が俺に望んだ事なのだという点についても。



41 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 12:55:48 ID:7WbdB/Dk


思えば午後の彼女が午前の彼女に俺達の新しい関係を知らせなかった時点で、彼女達の不協和音は鳴り始めていたに違いない。


そしてその小さなチューニングのずれは、次第に大きくなってきているのだろう。



42 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 12:56:26 ID:7WbdB/Dk


……………
………


…翌日、日曜の朝


今朝は天気予報通り、冷たい雨が降っていた。

無理に出掛ける事はせず、適当な時間に幼馴染が俺の部屋に来る事になっている。

しかしもう時刻は午前10時、いつもの事を思うと少し遅い。


男(電話してみようか……でも昨日も会ってるんだし、たまにはゆっくり寝たい朝もあるわなー)


俺は部屋のPCを起動し、適当にショッピングサイトを巡ったりして時間を潰した。


午前11時、まだ連絡も無い。

もしかして昨日の散歩で風邪でも拾っただろうか。


午前11時半、窓越しに様子を見ようとするが、カーテンが閉まっている。

こっちから行ってみようかとも考えるが、本当に風邪をひいて連絡もできないとしたら、無理をさせるばかりのような気がする。

彼女の家の車庫には母親の車もあるようだし、一人で苦しんでいるという事もないだろう。



43 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 12:57:13 ID:7WbdB/Dk


そして午前11時50分を回った頃、俺の家の玄関が開いた様子が感じられた後、階段を駆け上がる足音が響いてきた。


男(……あれ?)


この無遠慮さ、軽い足音、たぶん幼馴染に違いない。

なんだろう、大幅に寝過ごしていただけだったのだろうか。


こんこん…と、ドアをノックする音。


幼馴染《……男、もしかしている?》


俺が部屋にいる確信があれば、彼女はノックなどしない。

ということは、俺が留守だと思っていたという事だ。


男「いるけど?…入ってこいよ」


がちゃりと音をたててドアが開く。

そこにはなんとも言えない苦い顔をした彼女の姿があった。



44 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 12:58:01 ID:7WbdB/Dk


幼馴染「いた……まさか、朝から…ずっと?」

男「……そうだけど」

幼馴染「……………っ…!!!」


突然に両手で顔を覆う、午前の幼馴染。

小さく肩を震わせながら、蚊の鳴くような声で「ごめん」と呟く。

その様子だけで、およその事情は察せられた。


まともに言葉を交わす事もできないままに、僅か数分しか残っていない彼女の時間は過ぎていった。

上着も羽織っていない彼女の胸に抱かれた日記帳。

きっとそこには午後の彼女が昨夜に書いた、何らかの嘘が記されているに違いない。



47 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 15:10:40 ID:7WbdB/Dk


幼馴染「男…ごめんね、本当…ごめん」

男「いいよ、何か特別に予定があったわけじゃないし」


たった一言ずつの会話、今日の彼女とのやりとりはそれだけで終わってしまう。


ふらり…とバランスを失いかける幼馴染の身体。

時刻が12時ちょうどになったのだ。

彼女は立ったままだったが、何とか倒れずに持ちこたえる事ができた。


幼馴染「……あれ?…なんで、男の部屋──?」

男「最後の最後に、嘘に気付いたから…じゃねえかな」

幼馴染「あ……」


気まずそうな顔をする、午後の幼馴染。

きっと嘘がバレなければ、午後になってから何らかの理由で遅れた風を装って、この部屋を訪ねるつもりだったのだろう。



48 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 15:11:34 ID:7WbdB/Dk


男「日記帳に何て書いたんだ」

幼馴染「……男が午前中だけ予定ができたから出掛けてて会えない…って」

男「午前のお前がここに来たのは、ほんの数分前だよ。…たぶん俺の部屋のカーテンが開いてる事に気付いたんだろ」

幼馴染「あのね、私…男に一日の最初の『おはよう』が言いたかっ──」
男「だからって午前中の自分に嘘をついてどうするんだよ!」


思わず声を大きくしてしまう。

彼女の小さな肩が、びくっ…と震えたのが判った。


男「俺達が付き合い始めた事だって、なんで午前のお前に伝えなかったんだ…」

幼馴染「……でも」

男「俺にとってはどっちも大事な幼馴染なんだよ」



49 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 15:12:12 ID:7WbdB/Dk


幼馴染「じゃあ…なんで昨日のコートの事、私に教えてくれなかったの?…私、悔しかった!男はあの服、今の私じゃなくて午前中の私のために選んだんでしょ…!?」

彼女の頬を一筋の雫が伝う。


男「違う…当たり前だけど、どっちのお前にも似合うし、着て欲しいと──」
幼馴染「それを今の私に知られたくないって、そう言ったのは午前の私かもしれないけど、男もそれを隠したじゃない!男だって私に嘘をついたくせに…!」


情けなくも、それについて言い返す事はできなかった。


『どんなの買ったの?』

『パーカー』

『見せて』

『…下着も買ったから、見せない』


確かにあの時、俺は午前の彼女の気持ちを尊重するために、午後の彼女に対して隠し事をしたのだから。

それを自分の中で認めると同時に、俺の心に今まで押し殺してきた感情が湧き上がってくる。


男「もういい…」

幼馴染「……何がっ」

男「このままでいいと思ってたけど、やっぱりもう無理だ」



50 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 15:12:49 ID:7WbdB/Dk


幼馴染「む、無理…って!やだ…嫌いになっちゃ、やだよ…!」

男「違う、お前らの人格…何とかしてひとつにする」

幼馴染「え……」

男「だから俺達の関係も午前のお前に話す。それぞれの時間にあった出来事も、できるだけ全部俺から伝える」


そもそも二人の人格は、性格が大きく違うわけじゃない。

疑いようもなく、二人とも俺を想ってくれている。

もちろん食べ物の好き嫌いも一緒。


ならば人格をひとつにする…というのは、単に記憶を共有できるようにするという事とほぼ同じ意味だ。


男「もう決めた。お前ら、明日から俺がビシバシ矯正すっから」


例えば悪い例として、午前中の彼女が何か不味い事を言ったとしても、記憶さえあれば午後の彼女は『なんで朝はあんな事を言ったんだろう』と感じるだけ。

そんな少し前の発言を悔いる事など、誰にでもあるだろう。



51 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 15:13:25 ID:7WbdB/Dk


幼馴染「矯正って…なんか怖い」

男「とにかく日記帳みたいに断片的じゃなく、できる限り事細かに伝えるから。その時の事を思い出すよう努力してくれ」

幼馴染「でも、午前の私とも付き合うようになるって事は、キスしたりとかもしちゃうんでしょ!?…そんなの嫌だ!」

男「うるせえ!どっちもお前だ、つべこべ言うな!」

幼馴染「一人一人を尊重してよ!」

男「尊重し過ぎてこうなってんだって、理解しろ。人格ひとつになりゃ、丸一日好きなだけ俺を独占できるんだぞ?」

幼馴染「むう…なんかいいように丸め込まれてる気がする」

男「さて、今日はもう帰れ。午前のお前とちょっとしかいなかったんだから、今のお前ともここまでだ」

幼馴染「ひどい」

男「ひどくない。差別しない、どっちかを特別視もしない。はい、さよーならー」


正直、かなり心を鬼にして言ったつもりだ。

彼女はブツブツと文句を言いながら、それでも自宅へと帰ってゆく。

なんとなく、ちょっとだけ心が軽くなった気がすると同時に、どっと疲れが押し寄せた。



52 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/06(月) 15:13:55 ID:7WbdB/Dk


ばたん…とベッドに倒れこむ。


好きな女にあんな風に接するのは気持ちいい事じゃない。

でも仕方ない、さっきも言ったが俺にとっては等しく大事な幼馴染だ。


自分で自分の心を傷つけ合うなんて、して欲しいわけが無い。

果たして俺が出来事を伝えるだけで、本当に症状が改善していくかは解らないけれど、やってみるしかないだろう。


ふと窓の向こう、彼女の部屋の窓際に人影を見つけた。

雨の湿度と室内外の温度差で曇った窓ガラスに、指で文字が記されてゆく。


『 カ ー バ 』


アホか、逆さ文字を書くなら文字の順序も右から左にしなきゃダメだろ。

そういえばあいつは昔から、やる事に何かオチのつく奴だった。


男(まあ、そこが可愛くもある…か)


少し怒っていたはずなのに、俺の口から笑いが漏れる。

文字の横に添えられた左右対称のハートマークだけは、表も裏も無く見えたから。



65 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/07(火) 16:00:48 ID:LdxBaRzw


……………
………


…翌日の朝、男の部屋


幼馴染「お、おはよう……」


いつもより静かに部屋のドアを開けた午前の幼馴染は、どこか恐る恐るといった声色でぎこちない挨拶をした。


男「おう、おはよ」

幼馴染「あの……昨日、ごめんね」

男「いいって。それより昨夜の日記帳には何か書いてあったか?」

幼馴染「ううん、普通……だと思う。また嘘があるかは判らないけど」

男「そうか、何も伝えてないんだな」


いっそ午後の幼馴染が、日記帳である程度の説明をしておいてくれたら助かるのに。


……いや、これからの試みについて説明をする事は、別に苦ではない。

そこはいいんだ、問題は──



66 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/07(火) 16:01:27 ID:LdxBaRzw


──違う、問題だなんて考えるな。


午後の彼女が伝えてくれたらなんて、期待するのはオトコらしくない。


男「幼馴染、ちょっとこっち来い」

幼馴染「?」


疑問符を浮かべた表情をしながらも、彼女はベッドに腰掛ける俺の傍まで歩む。

それを待って、俺も立ち上がって。


幼馴染「……え!……ちょ、あの、えっ!?」


予告もせず、彼女を抱き寄せて。


男「付き合おう、幼馴染」

幼馴染「ななな…何を、急に、えっと…その、寝ぼけてる?」

男「寝ぼけてない、恥ずかしくて倒れそうではある。とりあえず『はい』と言ってくれ、頼む」

幼馴染「は……はいっ!……は……ぃ……」


掠れる彼女の声、安堵した俺の溜息。

午後の彼女と以前から付き合っている件については、この後すぐに話す事にしよう。



67 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/07(火) 16:02:21 ID:LdxBaRzw


……………
………


…登校中、通学路


幼馴染「……ずるいっ!」


午後の彼女との関係を話し始めてから、すでに十回を超えたのではないかと思える『ずるい』という言葉。


男「ずるくないだろ、午後のお前にも俺から告白したんならともかく」

幼馴染「何よぅ、しなかった今の私が悪いって言うの?」

男「まあその件はもういいじゃねえか、それよりこれからの事だよ」


昨夜、色々と考えた。

あくまで素人なりの思いつきだけど、やはり記憶を引き継ぐためには行動や出来事を五感とセットで覚えるのが有効なのではないだろうか。

男「つまり、例えば午前中のお前が受けた触覚なり視覚なりの刺激と同じものを午後のお前が感じた時、記憶もセットでついてこないかって事だ」


幼馴染「……読めた」

男「何が?」

幼馴染「エッチな事、考えてるでしょ!」

男「殴っていいか」



69 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/12(日) 11:50:12 ID:jnIT2lzU


男「候補は、あれこれ考えたんだ」

幼馴染「候補?」

男「記憶とセットにする、何らかの感覚を与えるもの……例えば『痛覚』なら?」

幼馴染「お断りします」

男「そりゃそうだよな。だから、不快じゃなく、手軽で、時や場所を選ばずに実行できる事がいい」


素材を必要としないという面では、痛覚ではなくとも何らかの触覚はその条件を満たしやすい。

ただ、当たり前だが歩けば足に、何かを持てば手に、服を着るだけで身体のほとんどに僅かでも刺激は存在するわけだ。

それらを凌ぐ程度には強い刺激となると、痛みやくすぐったさのような不快感を伴うものしかピンとこない。



70 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/12(日) 11:51:11 ID:jnIT2lzU


幼馴染「匂い、は?」

男「それも考えたよ。香水の小瓶とか、ポケットに入れやすいしな」


ただ、匂いもまた環境の中に溢れている。

もちろんそれはそれで、例えばパン屋の前を通る時にわざと時計を確認して、人格が入れ替わってからもう一度パン屋を通りかかった時に最初の時刻を思い出せるか……といった試し方はできるだろう。

ただ嗅覚よりも確実に刺激があり、環境の中で普段は感じない感覚がある。


幼馴染「もしかして、味…かな?」

男「うん、正解。……というわけで、これやるよ」


俺はポケットから小さくて薄いケースを取り出し、ぽいっ…と投げ渡した。



71 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/12(日) 11:51:49 ID:jnIT2lzU


幼馴染「これ、ミントのタブレット……男、知ってるよね?」

男「ん?」

幼馴染「私が、辛いの苦手だって」

男「もちろん」

幼馴染「貴方は、ドSですか」


失礼な、一生懸命考えたというのに。

まあ、確かに……


男「大丈夫だよ、そんな言っても大した事は無いから。とりあえず時計見ながら、一粒食べてみ?」

幼馴染「本当かなぁ……? ええと、八時ちょうど…だね。うぅ……えいっ!……んっ…んんんんっ!!!」


……わざと一番辛い黒ラベルを選んだけど。



76 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/15(水) 19:52:09 ID:zcuo/ZUc


幼馴染「んんっ…だめっ! 舌がっ…痛いよぅっ! これじゃ痛覚じゃないの!」

男「ぎゃははは!…あぁ、おかしい……涙出るわ」

幼馴染「ひっどい…もっと甘いやつ、自分で買おう…」

男「それはだめだ、やっぱ刺激は強烈じゃないと。じきにある程度慣れるよ、毒じゃあるまいし」


少し涙目になった彼女は不満そうにもそのケースをポケットにしまった。


こんな簡単な事ですぐに上手くいくとは思えない。

でももう二人の幼馴染に変な気を遣う事はやめたつもりだし、彼女達同士にもわだかまりなど作らせないように努める。


できるだけストレス無く、長い目でみながら気楽に構えていこう。

苦手とする辛いタブレットを食べるくらいのストレスは堪えてもらうとして……だけど。



77 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/15(水) 19:54:58 ID:2tgzBPfs


その後、午前中の彼女はもう三度ほど辛さに悶える事となった。


その内で最初の一度は隣の席の友人が風邪をひいて休む事が判った時、俺が指示して食べさせた。

その次は数学の授業で、彼女が思いっきり解答を間違えて恥をかいた時。

そして午前中最後の休み時間、廊下の端の人目の無い階段に行って、ようやく恋仲となった彼女を短く抱き締めた時。


後の二度については彼女が自発的にタブレットを口に入れていた。

感心感心……と頷きながらも、その度に顔を赤くして刺激に耐える姿に内心、ちょっと萌える。


やがて時刻は正午が迫る頃となっていた。

この授業が終われば昼休みだが、その時にはもう午後に入っている。

同じ教室でいくつか離れた斜め前の席に座る午前の彼女は、正午を迎える直前に俺を振り返って少し寂しそうに笑った。



78 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/15(水) 19:55:36 ID:2tgzBPfs


………


…昼休み


幼馴染「男、おはよう」

男「おはようって、昼だけどな」

幼馴染「いいの、例えその日の最初じゃなくても『おはよう』を言う事に決めたの」

男「うん……それでいいんじゃね。おはよう、幼馴染」


周りのクラスメイトに聞かれたら変に思われそうだから、俺達は少し小声でその挨拶を交わした。

そしていつも通り、この教室で一緒に弁当を食べる……と思ったのだが。



79 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/15(水) 19:56:39 ID:2tgzBPfs


幼馴染「屋上、行こう」

男「え? …そりゃ、寒いだろ」

幼馴染「今日は風も無いし、日が照ってるから大丈夫だよ。行こ?」

男「おいっ」


予期せず右手を引ったくられる。

午後のこいつとは以前から付き合っていたとはいえ、午前の彼女に伝わらないように学校ではそういうそぶりは見せなかった。


なのに、そうか…こいつ……


幼馴染「もう、解禁……だよね?」


……午前の幼馴染とも同じ仲になった事を都合よく解釈して、クラスメイトに関係をカミングアウトしようとしてやがる。



80 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/15(水) 19:57:13 ID:2tgzBPfs


………


…屋上


幼馴染「おお……意外と先客がいる」


屋上では既に数組の男女が仲良く昼食を摂っていた。

ここが休み時間にイチャつきたい奴らの集合場所になっているのは知ってたけど、冬でも結構いるものだ。


その中にごく見慣れた顔を見つける……いや、見つけられる。


友「おっ! 男だ!」

幼友「あれあれー? とうとう屋上デビューしたんだ! おめでとう!」

男「屋上デビューって」

幼馴染「ありがとー! ご一緒していい?」



81 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/15(水) 19:58:20 ID:2tgzBPfs


友と幼友はクラスでも公認の仲、そもそもは俺と幼馴染それぞれの友人だった。

いつの間にか先を越すように関係を深めた彼らは、今や卒業と同時に同棲を計画しているという。


俺と幼馴染にとって誰よりも気を置く事なく話せる相手、ましてや互いに二組の恋仲同士となった今、それまで以上に気を遣う必要は無くなったと言えるだろう。


友「男の弁当って、幼馴染ちゃんが作ったりしないのか?」


彼に悪気は無い、でも俺達にとっては少し答えに戸惑う問いかけ。


男「ああ……えっと、その予定は…無いかな」


だって弁当を作るとしたら、それは午前の彼女の仕事になるわけで。

そしてそれを俺と一緒に食べるのは、午後の彼女……という事になってしまう。


いくら彼女らにそういうわだかまりを無くして欲しいとは思っても、そこまでは簡単に割り切れないんじゃないだろうか。

……しかし。



82 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/15(水) 19:59:02 ID:2tgzBPfs


幼馴染「作るよ、今度……そうだなぁ、明日から?」

男「え?」

幼馴染「楽しみにしててね」

男「何を言ってんだよ、そんなの無理だろ」

幼馴染「うん、午前の私が了承しないとだめだよね」

男「ば、馬鹿!言うな!」

幼友「午前の……?」

男「いや、こいつ寝起きが悪いからさ! 朝のこいつには弁当作るようなモチベーションは無いって意味だよ!」


言い訳としては苦しい。

だけど事情を知らない幼友なら、真の意味まで考え及ぶ事はあるまい。

直接に説明でもしない限り、幼馴染の人格が二人いる事に気付くはずがない──


幼馴染「幼友、私…実は二人いるの」



84 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/16(木) 14:25:57 ID:Slg605U.


──耳を疑った。


俺達の仲を公にしたのはこっ恥ずかしくはあっても、それを望む彼女の気持ちも当然と思える。

でも、彼女の人格が二重である事……言葉を選ばなければ、精神的な疾患を他者に明らかにするなんて。


『現状を変えたくない』そう望んでいたはずの彼女が、何故。


男「寝ぼけた事言ってんなよ。幼友、真に受けないでやってくれ」

幼友「う、うん……幼馴染ちゃんってボーッとしたところはあったけど、そんな不思議ちゃんだったけ……」

友「いや、違うな」

男「……友!?」



85 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/16(木) 14:26:48 ID:Slg605U.


友「男と付き合いが長い俺には分かる。何かを隠して出鱈目を言ってるのは……男、お前の方だろ?」


そうだ、こいつは本当に俺の事をよく知っている、よく理解している……そして。


友「っつーか、結構前からなんだよな」


普段は軽口や憎まれ口ばかりで決してそれを表には出さないけれど、やはり俺も知っているんだ。


友「お前、ずっと何かを一人で抱え込んでたろ? 俺が気付かないわけ無えじゃん」

男「友……」


本当のこいつは他人思いで、俺にとっては誰よりも頼りになる奴だって。


幼友「……ヤバイ、男同士の友情に鼻血吹きそう」

幼馴染「同じく」



86 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/16(木) 14:28:08 ID:Slg605U.


そして幼馴染は二人に大体の事情を説明した。

友も幼友もにわかには信じ難い内容に、戸惑いを隠しきれない様子ではある。

それでも話を聞き終えた幼友は、幼馴染の頭をぎゅっと胸に抱き寄せて言った。


幼友「なんで…相談してくれなかったのよ…この馬鹿っ」

幼馴染「ごめん…幼友、苦しいよ……ごめん…ってば…っ」

幼友「明日になったら、午前のあんたも叱ってあげないとね……」


幼友の頬を一筋の涙が伝う。

その胸に抱かれて見えないが、きっと幼馴染も泣いているに違いない。


友「……ヤバイ、女同士の友情に興奮を禁じ得ない」

男「同じく」



87 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/16(木) 14:29:04 ID:Slg605U.


幼馴染「男、何も相談せずに二人に打ち明ける事にしてごめん。でも言ってもきっと男は止めると思ったから…」

男「まあ……そうだったかな」

幼馴染「友君達には悪いと思うけど、きっと少しでも理解者がいた方が男の気持ちも軽くなると思ったの」

友「水臭え事言うなよ、何でも協力すっからさ」

幼友「うん、だって午前と午後それぞれの時間の出来事を、できるだけ伝えあった方がいいんでしょ? 男君だけじゃ目の届かない時だって多いはずだよ」

男「……そうだな、ありがとう」


幼馴染の言う通りだ、俺の心はものすごく軽くなっている。

きっと幼馴染自身も仲の良い相手に打ち明ける事ができて、少なからず楽になったに違いない。

照れ臭くて真面目には言えないけど、持つべきは親友だと本心から思った。



88 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/16(木) 14:31:33 ID:Slg605U.


……さて、昼休みも残り少ない。

まだ午後の彼女に伝えていない『お楽しみ』が残っている。


男「幼馴染、右のポケット探ってみ?」

幼馴染「ポケット…? 何、このタブレット。辛いやつでしょ…これ」

男「今日、午前のお前は4回それを食べた。一度目は朝、時計を見ながら…二度目以降は内緒だ。今、お前がそれを食って、そのどれかでも出来事を思い出せるか」

幼馴染「え、食べるの? 私が?」


目を瞬かせながら、彼女はいかにも嫌そうな顔をして見せた。


幼馴染「パス、他の方法を考えようよ? ……だめ?」


二人を差別はしない、どっちかを贔屓したりもしない。

でも彼女らが持つはずのライバル心、逆に利用できるところではさせてもらおう。


男「はあ、午前の幼馴染は頑張ったんだけどなぁ……」

幼馴染「食べる、こんなの余裕」



89 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/16(木) 14:32:18 ID:Slg605U.


思い切りよく、一粒を口に放り込む彼女。

かりっ…と噛み砕く音、数秒の間。


幼馴染「ふぁ…!? 辛っ…辛いっ! んんんんっ…!」

男「ぷっ…くくくっ…」

友「ははっ! 顔、赤くなってら…!」

幼友「あはははっ、可愛い! 幼馴染ちゃん!」


涙目になりながら彼女は暫し刺激に耐え、大きく溜息をついた。

さあ…何か思い出せたか?


幼馴染「朝の時計…八時でしょ」

男「……!! 思い出せるのか…!?」

幼馴染「あれ、当たっちゃった? だって朝、キリのいい時に確認するとしたら、そこかなって…」

男「てめえ、くすぐったろか」



90 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/16(木) 14:33:03 ID:Slg605U.


残念ながら当てずっぽうだった朝の時刻確認を含め、午前中の事は何も思い出せないらしい。

一応、みっつ目の出来事までは説明しておいたが、階段での一件は友がいる前では話さなかった。


男「ま、そう印象深い出来事があったわけでもないからな」

幼馴染「はあ……これ、毎日食べなきゃいけないのかぁ」

男「おい、今日は終わりってわけじゃ無いぞ? これから午後の間に何か印象に残る出来事があれば、そん時は食べとけ」

幼馴染「ええぇ……」


昼休みの終わりが近い事を告げる予鈴が鳴った。


きっと明日からも天気が良ければ昼食はこのパターンで摂る事になるに違いない。

でも本人を含むこの4人は、幼馴染の秘密を共有できる限られた仲間。

来る事自体が照れ臭くはあるけど、これからここは俺達にとって心休まる場所になるのだろうと思った。



99 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/24(金) 12:34:07 ID:i9PZIiyo


……………
………


…放課後、帰り道


今回の課題の絵も既に描きあげている俺達は、美術部の活動もそこそこに帰路についた。


男「でもお前、明日からの弁当…本当に午前の自分に作らせる気なのか?」

幼馴染「もちろん、日記帳で伝えるよ。できれば男もメールで伝えてくれるといいかな」

男「でもあいつは自分で作っても食えないんだぞ? OKするかな…」

幼馴染「するよ、絶対」


妙に自信たっぷりに答える午後の彼女。

仲違いする事はあれど、やはり本人同士の事は一番よく解っているのだろう。



100 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/24(金) 12:34:42 ID:i9PZIiyo


その夜、彼女と別れた後の俺は、自分の部屋で携帯を片手に頭を捻っていた。

なんと伝えれば午前の彼女は最も快く思ってくれるだろう。


幼馴染達の関係に気を遣うのはやめた……そうは言っても、できるだけ嫌な想いをさせたくはない。

何故か午後の幼馴染は自信ありげだったが、俺が食べる様を見る事もできない午前の彼女は、どんな心持ちでそれを作るだろう。


男(『ちゃんと翌朝、感想を言うから』とか…それは当たり前か)

男(『午後のお前には感想を言わない』…それじゃ二人をモロに差別してるしな)

男(『代わりに朝メシを俺がお前に作ってやるよ』…できもしない事は言えないって)



101 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/24(金) 12:35:32 ID:i9PZIiyo


男(どうすっかな──)


バチコーイ!…ピコーン


男「うおっ…!?」


握っていた携帯に突然のメール着信、考え事ばかりをしていた俺は思わずそれを落としそうになるほど驚いてしまった。

ちょっとこのメール受信音は心臓に悪い、後で変えよう。


……………

件名…おやすみ
本文…まだ男から午前の私へのメール、届いてなかったから。
部屋の電気ついてるから、まだ起きてるでしょ?
できれば日付が変わったらすぐにメールしてあげて下さい。
もう日記帳にはお弁当の事、書いたからね。

おやすみ、男。
色々ありがとう、感謝してます。

……………



102 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/24(金) 12:36:12 ID:i9PZIiyo


男(……あいつらのわだかまりも、解けてきてるならいいな)


別に俺からのメールは日付が変わる前に入れても、彼女が日記帳にメールが来ている旨を記入しておけばすむ話だ。

でも今のあいつは、日付が変わってから送信しろと言う。

それはそのメールが午前の彼女に宛てるものだから。今の幼馴染が先に読むべきでないと気遣った言葉に違いない。


ディスプレイの一番上、時計の表示を確認する。23時58分、もう僅かしか時間は無い。

日付が変わってから送るメールの文面も決まっていないが、それよりも先に。


……………

件名…Re:おやすみ
本文…わかった、このあとメールする。
おやすみ、午後の幼馴染。

……………


このメールはあくまで、今のあいつ宛に返信したいと思った。



103 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/24(金) 12:37:21 ID:i9PZIiyo


……………
………


…翌朝


幼馴染「おはようっ!」

男「なんだ、やけに元気いいな」

幼馴染「そりゃそうだよ。いつもより早起きしてるから、すっかり目が覚めてるもん」


遠慮なく俺の部屋のドアを開けた彼女は、自慢げに無い胸を張ってそう言った。

いつもより早起きをした理由となる物を、誇らしげに突き出しながら。


幼馴染「感想、食べたすぐ後にメールで入れといてね。午後の私は開封しないって約束してるから」

男「でも午後のお前にも味の事、話すと思うぞ?」

幼馴染「話すのは仕方ないと思ってるよ。でも味の記憶が鮮明な内に、ちゃんと今の私宛の感想を残しといてくれたらいいの」



104 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/24(金) 12:38:31 ID:i9PZIiyo


幼馴染「昨日、日付が変わる前に男が送った最後の『おやすみ』のメール、その時の私…すぐに保護設定してあったよ」

男「あんな短いメールを?」

幼馴染「嬉しかったんだろうねー? ちょっと妬けちゃう」


そう言いながらも、彼女の顔に曇りの色は無い。

一昨日までの事を思えば、やはり彼女らの関係は随分と改善しているようだ。


男「その後、お前にもメールしただろ?」

幼馴染「もちろん、そっちも保護設定してあるよ」

男「いや、しなくていいよ。そっちも短かったし」

幼馴染「だって『お前の作った弁当が食べたい』って、もはやプロポーズだよ!」


考えに考えて、結局いい文句は浮かばなかったからシンプルに書いた。

でも今朝の彼女の機嫌がすこぶる良い事を思えば、どうやらそれで正しかったらしい。


きっと午後の彼女は昼過ぎにそのメールを見て、同じようにちょっとだけ妬くのだろう。



【第一部おわり】


.


《第一部時点で記事に頂いたコメント》



名前:無記入

第一部……だと!?
期待せざるを得ない……!



返信

コメントありがとうございます
期待に応えられるよう、頑張りますです…!




【第二部】

(午後の幼馴染視点)




112 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 11:51:39 ID:2uRMliDI


……………
………


…十日後、夕方


数名の部員で黙々と活動に勤しむ美術教室。

私はやめようと思えば片付けの楽なクロッキー画を描きながら、時々教室の入り口を気にしていた。

それはこの後、幼友と友君が来る予定になってるから。

まだ慣れないミントのタブレットを食べても、今のところ午前の記憶が蘇る事は無く、それは午前の私も同じらしい。

そこで友君の発案により、帰りにファミレスに寄って作戦会議をする事になった。

もちろんそう真剣に考えてるわけじゃないから、ただのお喋り会に終わる可能性は高いけど。


幼馴染「男、木版画なんて片付けが大変なんだから準備しといたら?」

男「いや…ちょっとキリが悪くてな……」


仕方がないなあ、私はここまでにして周りに散った木屑の掃除をしておいてあげよう。

そう考えて窓際の隅にある掃除用具入れの方へ歩く。

そしてふと、窓から夕焼け色に染まるグラウンドに目を遣った……その時だった。



113 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 11:52:28 ID:2uRMliDI


美術教室は三階にあるから、校内の南面はよく見渡せる。

サッカー部が整地している最中のグラウンドも、吹奏楽部がマーチング練習をしている体育館横も。

そして一人の女生徒が佇む、冬枯れのケヤキ木立の傍の校門も。

その光景を目にとめた時、胸が妙な鼓動を打った。

確信があるわけじゃない、でも私はポケットからミントのケースを取り出して、一粒を口に放り込む。

相変わらずの冷たい辛さ、それと共に私の意識に再生される、さっきまで無かった記憶──


『──あの、男先輩……少し話せませんか?』

『私、二年の◯◯っていいます』

『ずっと、先輩の事…好きで──』


すぐに自分の通学鞄を開けて、日記帳を取り出す。

そうだ…確か書いてあった、数日前の出来事。



114 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 11:54:26 ID:2uRMliDI


日記帳のページをめくる。

昨日じゃない…月曜日の事だったはず……あった──


◯月◯日(月)
1…今朝のお弁当は少しだけ手抜きになってしまった、男に謝っといて欲しい
2…六時限目に数学の課題を提出する事を忘れないように
3…今朝、男が二年の女子に告白された。ちゃんとその場で断ってくれたから心配は無いけど、気分が悪かった
4…三時限目で──


日記帳を鞄に戻し、再び窓際に寄る。

校門に立っていた女子の元には待ち人が現れ、手を繋いで帰るのが見えた。



115 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 11:55:36 ID:2uRMliDI


幼馴染「男…ちょっと来て」

男「……どうした?」


他の部員もいるから、大きな声では話せない。

男は私の様子に話の内容を察したのか、真剣な表情で隣に立った。


幼馴染「月曜日…男が二年の娘から告白されたのって……校門のところだった?」

男「!!」

幼馴染「最初その娘は人のいないところへ行きたがったけど、男はすぐその場で断ってくれたよね?」

男「思い出せるのか…!?」

幼馴染「本当にそのシーンだけなんだけど……」


驚きと喜びの表情を見せる、男。

私も嬉しかった、男が喜んでくれる事が。

ただ、それよりも大きな戸惑いが心を占める。

そして僅かに、理由も解らないけれど小さな不安の棘が、胸に刺さっている気がした。



116 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 11:56:38 ID:2uRMliDI


……………
………


…午後六時、ファミレス


友「じゃあ幼馴染ちゃんの症状に快復が見られた事を祝して」

幼友「かんぱーい」

男「乾杯、コーラだけどな」


作戦会議ぎりぎりになって僅かな変化があった私の症状。

でも今、実行しているミントタブレットを使った試みが、あながち効果が無いわけではない事は判ったから。


友「別の作戦を考えるつもりだったけど、とりあえずコレは継続だな」

幼友「あはは、まだ引き続き辛いの食べなきゃいけなくなったねー」

幼馴染「もうやだよー」



117 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 11:57:47 ID:2uRMliDI


男「同じタブレット、箱買いしとくか」

友「黒ラベルなのに◯サヒとはこれ如何に…ってね」

男「そういや、ビールなら◯ッポロだな」


やっぱりこの集まりは、ただのお喋り会で終わりそう。

それにみんな長い目で見るつもりでいるから、次々に色んな事を試しても仕方ない。


幼友「でもやっぱり一番に思い出すのは男君絡みの事だったね」

友「愛の力ですなー」

幼馴染「えへへ、照れますなー」

男「……ちょっと、ドリンクおかわりしてくるわ」

友「お、照れて逃げたな」

男「うっせ」



118 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 11:58:32 ID:2uRMliDI


軽く食事も摂って、更にお喋りは続く。

いつの間にか話の内容は私の事じゃなくて、幼友たちの同棲計画や次の連休の計画に変わっていったけど。


友「卒業したら車買うつもりなんだ」

男「まじか、金あんのか」

友「やっすい軽四でいいんだよ、最初は。そしたらどっか行こうぜ」


教習所に通う友君の話を聞きながら、私はふと思った事をなんの気なしに口に出す。


幼馴染「私も免許、取りに行きたいなー」


しかしそれに対する三人の反応は、予想外のものだった。


幼友「え? 本気?」

友「…めっちゃ意外…いいと思うけどさ」

男「正直、俺もびっくりした」



119 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 11:59:14 ID:2uRMliDI


幼馴染「あれ? なにかおかしい…?」

幼友「ううん、おかしくはないよ」


それにしては驚きすぎだと思った。

免許を取りに行くに不自然な年齢、タイミングじゃないはず。

だとしたら三人の、その反応が持つ意味とは。


幼友「…気を悪くしないでね?」

幼馴染「うん」

幼友「話を聞いた時から思ってたんだけど、なんとなく意識してみると…午前の幼馴染ちゃんと今の幼馴染ちゃん、ちょっとだけ性格が違うんだよね」

友「なんと言うか、今の幼馴染ちゃんの方がサッパリした性格してる気がするんだ」

幼馴染「…そうなんだ」


自分ではそうは思えなかった。

だって一度は日記に嘘を書く位、嫌な事をしてしまった今の私だから。



120 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 11:59:55 ID:2uRMliDI


でもその疑問も、次の幼友の言葉で少し納得する事ができた。


幼友「サッパリっていうのもそうだけど、実行力? 決断力みたいなのが、午後の幼馴染ちゃんの方が強い気がするんだよ」

友「ああ、そうかも。午前の幼馴染ちゃんに了承をとる前に弁当の事を約束したりな」


きっと二人は言葉を選んでくれているんだと思う。

つまり悪く言えば、今の私の方が『厚かましい』って事だよね。


男「はいはい、この話はお終い。どっちの幼馴染が優れても劣っても無えよ。昔からこいつは気分屋だったしな」

幼馴染「なんかそれ、慰められてるのか貶されてるのか解んないんだけど」

男「どっちでもないからな、事実だ」


彼が話の流れを遮ったのは、私達のそれぞれを差別しないための優しさだという事は解ってる。

それにしても、もうちょっと他に言い方は無いのかな…と思った。

…でもそこが好き、とも。



121 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 12:00:39 ID:2uRMliDI


更に一時間近くもお喋りを楽しんで、店を出た四人は二組それぞれ別の方向に帰る。

すっかり暗くなった歩道を男と並んで、手を繋いで。

たまにどうでもいいような事を話しながら、少し寒いけどゆっくり歩く。


幼馴染「明日は午後から雨だって」

男「それ、傘を忘れないように日記に書いといてやれよ」

幼馴染「もちろん、だって困るのは明日の午後の私だもん」


そして私は、あまり掘り返すべきじゃないと思いながらも、頭にあった疑問を彼に投げ掛けた。


幼馴染「男……私が二人になる前、たぶん何年も前の事だけど」

男「うん?」

幼馴染「その頃の私は…どっちだった?」



122 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/25(土) 12:01:13 ID:2uRMliDI


自分でも言葉を選んでしまったと思う。

だってはっきりと文章にするには、あまりにも怖い。

問いの本質は午前と今、どっちが『本当の私』だったのかという事だから。

だから彼の答えは、なんとなく解ってたんだ。


男「……そんな前の事、覚えてないって」

幼馴染「そっか」

男「その程度の違いって事だよ」


彼は私達のどっちが本物なんて言わない。

だけど彼も、私の昔を知る幼友も今の私に驚いた。

だからなんとなく解ってたんだ。

本当の、答えも。



127 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 12:40:52 ID:ZLtaj/x.


……………
………


…その夜、幼馴染の部屋


今日は帰宅そのものが遅くなったから、私達はお互いの部屋に上がる事無く玄関先で手を振った。


一日という時間は当たり前に24時間だけど、起きて活動をする時間は普通7時くらいから23時前後くらい。

その内、男と共に過ごせるのは8時前後から大体21時くらいまで。

つまり一緒にいる時間は圧倒的に今の私の方が長い。


幼馴染(その点については、午前の私……解ってても悔しいだろうなあ)


そんな自分ではどうしようもない事を考えながら、部屋の時計に目を遣った……その時。



128 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 12:41:22 ID:ZLtaj/x.


短針が11を指そうとしているアナログの文字盤が一瞬、暗くなる。


幼馴染(え……これって)


違う、文字盤だけじゃない。

目に映る部屋の風景……つまり視界全体が、点滅したんだ。


幼馴染(どうして、まだ11時なのに)


私は速やかにベッドに横になり、この後に備えた。



129 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 12:42:10 ID:ZLtaj/x.


緩やかなフェードアウトとインを繰り返す視界。

目を開けたままだと気分が悪くなる事があるから、私はこの時いつも瞼を閉じてその情報を遮断する。


そう、この現象には慣れてる。

もちろん日付変更線を待たずに寝る事が多いから、午前の私ほど度々味わうわけじゃないけど。

これは人格が入れ替わる前兆。


でも、それにはまだ時間が早い…は……ず──



130 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 12:43:29 ID:ZLtaj/x.


──意識が、覚醒する。


見慣れた光景、いつもの感覚。

耳に届く面白くもない話と、静まり返った周囲の人々。

学校の教室、きっと今は四時限目の授業中。

しかし黒板の上の時計に目を遣った時、ほんの小さな差異に気付く。


幼馴染(……12時11分…)


覚醒するのが、僅かに遅い。

そして手元のノートのページには。



131 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 12:45:03 ID:ZLtaj/x.


幼馴染(メモ書き……?)


《おかしい、意識が消えない》

《これを書いているのは12時05分、どうして? 》

《昨夜の交代も11時過ぎだった》

《少し怖くて男には言っ》


…最後のメモは途中で切れていた。

きっとそこで視界が暗転し始めたのだと思う。

そっと斜め後方を振り返り、男を見る。

男は普通に黒板を眺めていて、私の視線に気付くと小さく笑った。

たぶん今日初めて会う、今の私への挨拶代わりの笑顔だと思う。

特にいつもとの差異には気付いてないみたいだった。



132 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 12:45:39 ID:ZLtaj/x.


私はポケットからタブレットのケースを取り出し、あまり音をたてないように気をつけながら一粒を口に放り込んだ。

少し鼓動が早い。

できるだけ平静な心を保つよう努めながら、口の中の冷たい粒を噛み砕く。


幼馴染(……嘘…!)


再生される、午前の記憶。

少しずつ…断片的ではあるけれど。

登校の風景や幼友に挨拶した時の事、体育の授業で持久走に嫌気が差した事などを思い出す。


間違いない、これは改善の兆しなんだ。

でも今、私の心を支配しているのは『喜び』でも『期待』でもない。

もうすぐ昼休み、きっと私はこの事を男に言い出せないだろうと思った。



137 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 18:30:38 ID:VF//Kp..


……………
………


…数日後、午後の美術教室


目の前の机の上に絵のモデルとするための花瓶を置いて、私はスケッチブックを膝に抱えている。

焼き物の花瓶を見つめるふりをした私の視線は、本当は焦点の定まらないものだけど。


自分が日記帳でそう望んだから、午前の私もまだ男に症状の変化を話してない。

一昨日は夜、10時過ぎに私の意識は消えた。

昨日の昼、私が再び覚醒したのは12時20分になる頃だった。

そして昨夜は意識を手放したのが10時前。

今の私の人格が現れたのは12時30分頃だった。


日々、少しずつ今の…午後の私が身体を支配する時間は短くなっている。



138 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 18:36:09 ID:pJVmSrWg


男「…どした? 手がついてないな」

幼馴染「あ、男……うん…花瓶の角度に悩んでた」

男「そっか、せっかく耳のある花瓶なんだし……もうちょい時計回りのところが面白いかもな」

幼馴染「そうだね、ありがとう」


ぐっ…と言葉を飲み込んだ。

もし今、私がここ数日の経過を話したら男はどんな反応をするだろう。

彼は私が普通の、ひとつだけの人格になる事を望んでる。

当たり前の事、それが正常なんだから。

これは私の症状について言えば、快復に他ならない。

だからきっと、男は喜んでくれるはず。

数日前、私が朝の校門での告白劇を思い出した際に男が見せた、嬉しそうな顔が心に浮かんだ。



139 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 18:37:08 ID:pJVmSrWg


………



暗くなったいつもの道を、いつも通り手を繋いで帰る。

この道程は、午後を司る今の私にだけ許された大切な時間のひとつ。

私はできるだけゆっくり歩いた。


男「……なんか口数、少ないな?」

幼馴染「そんな事ないよ」

男「どうだ? 最近は…朝の事を思い出せたりはしないか?」

幼馴染「うん……ごめん」

男「謝る事は無いだろ、ゆっくりでいいんだから」



140 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 18:38:29 ID:pJVmSrWg


いつまで嘘が通せるだろう。

きっともうすぐ日中に人格が入れ替わるのは、お昼休みの間になってしまう。

その内、この帰り道で意識を手放す事になるかもしれない。


午前の私に対する嫉妬はしない、つまらない意地は張らないように努めてるつもり。

でも、この帰り道も、お昼休みも、美術部の活動時間も、たぶん私のものじゃなくなってしまう。


男「よっし、じゃあ…また明日だ」

幼馴染「うん」

男「おやすみ、幼馴染」

幼馴染「おやすみ」


そしていつかは、この玄関先でのキスも。



141 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 18:49:21 ID:DstCGmhg


……………
………


…翌日、放課後


幼友「幼馴染ちゃん、ちょっといいかな」


美術教室へ行こうとしていた私と男に、幼友が声を掛けた。


幼馴染「どしたの?」

幼友「うん、ちょっと……男君は先に部活行ってて?」

男「うん? いいけど…」

幼友「ごめんね」


そして彼女は少し強引に私の手を引き、昼と同じ屋上へと連れて行った。



142 : ◆M7hSLIKnTI:2014/01/27(月) 18:49:58 ID:DstCGmhg


少し怖いような、幼友の真剣な表情。

何故か私は、それを真っ直ぐに見る事ができなかった。


幼友「あんた、今度は怒るわよ? 怒ってもいいよね?」

幼馴染「えっ」

幼友「前に友が男君に言ってた真似じゃないけど、私には判るわよ。あんた一人で何を抱えてんの?」

幼馴染「あ、あの…」

幼友「男君に言いにくい事なら、なんで私に相談しないわけ? 私から見れば、あんた…顔に書いてあるのよ」


知らず内に、頬に温かいものが伝っていた。

見ていてくれた、言葉にできなくても彼女には届いてたんだ。


幼友「……『助けて』ってね」


今の私のSOSが。



156 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/03(月) 19:07:41 ID:jYTTJ7Mw


私はぼろぼろと涙を零しながら、幼友に全てを話した。

日々、午後の私の時間が短くなってる事。

タブレットを噛む度に、午前の記憶が幾つも蘇る事。

日記帳を通じて知った、今のところ午前の私は午後の記憶を取り戻す事は無いという事。

それら全てを、男には話していない事。


幼馴染「だって、怖かった。だんだんと午前の私の時間が延びて、今の私にも午前の記憶が蘇って……」

幼友「午前のあんたが、全部になるっていうの…」

幼馴染「それを話した時、男が喜ぶんじゃないかと思って……そういう意味じゃなくても、今の私が消える事を望んでしまう…気が…して……」


そして彼女は、小さく「ばか」と呟きながら私の肩を抱き締めてくれた。



157 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/03(月) 19:08:14 ID:jYTTJ7Mw


幼友「男君も私も、午後のあんたが消える事なんか望んでないわよ」

幼馴染「でも…」

幼友「それぞれのあんたが記憶を共有して、二人のままで不自由なくいられるように…そうしか望んでないんだから」


それは私が望み、あまりの身勝手さに口にする事ができなかった想いそのものだった。


幼馴染「あり…がとう…幼友……」

幼友「今日は友はバイトだけど、早くあがるって言ってたから」


彼女は身体を離し、私の両肩に手を掛けて笑う。

わざと不敵に、私に『大丈夫』と言い聞かせるように。


幼友「男君も呼んで、第二回作戦会議…するよ!」

幼馴染「……うんっ!」



158 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/03(月) 19:10:25 ID:jYTTJ7Mw


……………
………


…午後七時、ファミレス


幼友「……というわけで、第二回作戦会議を開催したいと思います」

友「なんでお前が仕切ってんだし」

幼友「あんたバイトあがりなんだから、会計役ね。ここの払っといて」

友「ちょ…!?」


事の次第はあらかた幼友が話してくれた。

聞きながら男は驚き、何度も「そうじゃない」とか「なんでそうなる」と後悔を顕にしていた。

私が恐れた『喜び』の反応など、微塵も見せないのが嬉しかった。


男「くそ…こんな事なら記憶が共有できなくても、そのままの方が良かったのに」

幼友「……ね? 幼馴染ちゃん、早く話せば良かったでしょ?」

幼馴染「うん…ごめん」



159 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/03(月) 19:11:11 ID:jYTTJ7Mw


友「いっそ今からでも病院に行ったらどうだろう」

幼友「だめだよ。たぶん医者の目から見れば、今のこの状態は『順調な快復』としか映らないと思う」

男「そうだろうな。二人の人格を残したまま……なんて、本人や俺達だけが望む事のはずだし」

友「そうか…医者にしてみりゃ、一人だけになっちまえば全快って話だよな」


今の私のために、真剣に知恵を絞ってくれる三人。

少しだけ『もしこれで私が消えても、悔いはない』なんて想いがチラついたけど、彼らに報いるためにもその考えは捨てようと思う。


幼友「そもそも幼馴染ちゃんの人格が二人になったのって、何か理由は思いつかない?」

男「…いつからの事だっけ?」

幼馴染「自分でもはっきりはしないんだけど、たぶん中学生の頃かな…」



160 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/03(月) 19:12:03 ID:jYTTJ7Mw


幼馴染「ある時、なんで午前中の事を覚えてないんだろう…って。それでその時の手帳に朝読むためのメッセージを書いたの」

幼友「そしたら?」

幼馴染「次の日、やっぱり知らない内…午前中の内に返事が書き込まれてた。午前の私も不思議に思ってたって…」


それからしばらく手帳での情報交換を続けて、ちょうど昼の12時に意識が入れ替わっている事に気づいた。

そして試しに夜更かしをして、夜の12時にまた入れ替わるという事を突き止めたんだ。


幼馴染「でも、原因……理由は解らないよ」

幼友「そっか…」

男「とにかくこれからは午前のお前に午後の記憶を取り戻して貰う方向でいこう」

友「そんな都合のいい風にいくかな」

男「解らないけど…でも、両方にそれぞれの記憶を共有してもらうしかないだろ」



161 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/03(月) 19:12:46 ID:jYTTJ7Mw


友「午後の時間に、何か強く印象に残る事をすればいいんじゃないか?」

幼友「そうだね、少しでも午前の幼馴染ちゃんが思い出しやすいような記憶を作るようにすればいいよ」

幼馴染「…思い出しやすい記憶……かぁ」


頭を捻る…けど、上手い案は自分でも思いつかない。

『美味しいものを食べる』とか、『映画鑑賞みたいな印象深いデートをする』とか、凄く贅沢な考えだけは出てきたけど。


幼友「ひとつ…あるね」

友「お、今日は冴えてんな」

幼友「いつも冴えてるけどね」


彼女が思いついた、その『冴えた考え』とは。

その表情からして、嫌な予感に襲われたような気がするのは思い過ごしじゃないと思う。



162 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/03(月) 19:13:25 ID:jYTTJ7Mw


……………
………


…午後八時過ぎ、自宅前


男「……ええと、もうけっこう遅いんだけど」

幼馴染「そうだね」

男「あのさ、幼友の言う事は気にしなくていいと思うんだ」


男が明らかに挙動不審。

いつも割と落ち着いてて、余裕ぶってる彼のこんな姿を見るのは珍しい。


幼馴染「私は気にしてないけど」

男「お? おう、俺も気にしてないぜ。…気にしてないとも」

幼馴染「とりあえず、上がる?」

男「上がるだけな!」


……おかしいってば。



163 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/03(月) 19:14:34 ID:jYTTJ7Mw


部屋に入っても彼はそわそわとしてる。

正直、さっきは強がったけど私だって胸中は穏やかでない。

確かに幼友のアイデアはなかなかに強烈なものだった。


『あんた達、愛し合えばいいのよ』


…解ってる、相思相愛とかそういう意味じゃない事くらい。

それはもっとオトナな意味、間違いなく強力な印象を残すであろう行為。


幼馴染「……男…」

男「はい」

幼馴染「なんで敬語なの」

男「いや、ちょっと何と無く」



164 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/03(月) 19:15:10 ID:jYTTJ7Mw


幼馴染「幼友の言った事だけどね」

男「いや、待てまて、冷静になれ、くーるだうん、早まるな、俺」

幼馴染「いいから聞いてよ、さすがに突拍子もなさすぎると思うんだ」


いくらなんでも、今の状況にかこつけて大事な一線を越えるのは躊躇われる。

もちろんこのまま私の意識がどんどん小さくなって、消える前に最期の思い出を欲するようになったら……解らないけど。


幼馴染「やっぱり、そういうのは純粋にキモチを確かめるための行為だよね? 状況を打破するための手段としてなんか…したくない」

男「そりゃ…もちろん」

幼馴染「だからとりあえず、今日はそんなコトしないでしょ? だから落ち着いて」

男「……おぅ」


あ……今、ちょっと残念そうな顔した。



180 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/01(土) 01:29:16 ID:uutW/KDg


それから一時間あまり、普段ならとっくに男は帰っている筈の頃。

私は意を決して口を開いた。

さっきから…いや、この部屋に入った時から考えていた事。

身体を重ねるとまで思い切りはしなくても、明らかに今までと違う記憶を残せる手段……それは。


幼馴染「男、あのね……今夜は…その…」

男「ああ…ごめんな、結局いい手が浮かばなくて。何も変わった事できなかったなあ」

幼馴染「え?」



181 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/01(土) 01:29:58 ID:uutW/KDg


男「悪い悪い…ずっと考えてたから、いつもより遅くなったな。さすがに引き上げるよ」


男は私の言葉を待たずに立ち上がる。

しまった、きっと私のしどろもどろな物言いが『そろそろ帰れ』という意味にとられたんだ。


男「じゃあ、おやすみ」

幼馴染「いや…そうじゃなくって!」

男「……?」



182 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/01(土) 01:30:55 ID:uutW/KDg


どうしよう、尚更に言いにくい雰囲気になってしまった。

でも、このまま自分の時間を失ってゆくのは怖い。

どうしても失ってしまうなら、少しでも一緒に過ごしたい。

だから、はっきり言うしか…ない。


幼馴染「……こ、今夜は帰らないでっ」

男「えっ」

幼馴染「いや、その…何かするってわけじゃないんだけど!」


何を言ってるんだろう…私は、何かってナニよ?



183 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/01(土) 01:31:38 ID:uutW/KDg


顔が熱い、きっと真っ赤だと思う。

『今夜は帰さない』って、普通なら男のヒトが言う口説き文句だ。

でも幸い、男は私の意図をおよそ解ってくれたらしい。


男「…なるほど、昼間はともかく夜にお前の人格の入れ替わりに立ち会った事は無いな」

幼馴染「う…うん、そうでしょ?」

男「それは確かにいつもと違う状況として、試してみる価値はありそうだ」


でもちょっと事務的すぎるよ、男。

もう少し乙女心的な意図も、汲んでくれないものかな。

何のために『入れ替わる時まで帰らないで』じゃなく、今夜は…って言ったと思ってるんだろう。



184 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/01(土) 01:32:40 ID:uutW/KDg


男「なんならその直前…兆候が現れた時にタブレットを食べてみてくれ。入れ替わったら直後にまた食べさせるから」

幼馴染「ああ…もう、ちっがーう!」


男「…はい?」


幼馴染「ばーか! 男のばーか!」

男「な、何がだよ」

幼馴染「ある程度の年齢になってから、さすがに一緒に夜を越した事は無いでしょ!?」

男「そう…だな」

幼馴染「だから今夜はっ、傍にいてって…私が入れ替わる時に抱き締めてて…って言ってんの! ばーか! 鈍ちん!」


たぶん顔は真っ赤なまま、全然迫力は無いと思うけど。

ちょっと腹が立ってきたから、遠慮を捨てて男を責めてみた。



185 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/01(土) 01:33:52 ID:uutW/KDg


男「…こっちの台詞だ」

幼馴染「何がよっ」


……その結果、私に与えられたのは。


男「人の照れ隠しくらい察しやがれ、この鈍ちん」


今までのどれよりもきつく、長い抱擁だった。


もし今の私が本当にいつか消えるなら、最後の時はこうしていたい。

きっとそれなら消えるのではなく、私は溶けて貴方に混じってしまうのだと。

そう思えるから、怖くないんじゃないかな。


それが一週間後でも、明日でも。


例え、今だったとしても。



188 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:51:14 ID:/0Dyn6uQ


……………
………



《中学に入ってから、男…小学校の時みたいには接してくれないなあ》

《そういう時期なんだとは思うけど》


《……いつか、他の娘に告白されたりするのかな》

《やだなあ…》


《それならいっそ私が…?》

《でもずっとオサナナジミの関係に甘えてきたし…ちゃんと女として見られてるのかな》



189 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:51:57 ID:/0Dyn6uQ


《だめだなあ…うじうじして》

《私、もうちょっとだけでいいから決断力とか強くなれないかな》

《そしたら思い切って……》


《でも、ふられたら?》


《きっと男はそうなっても友達ではいてくれるだろうけど》

《……私、きっと普通には接する事ができなくなる》


《告白…したい》

《もし、ふられたら…その事だけ忘れちゃいたい》



190 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:52:29 ID:/0Dyn6uQ


《二人になれたらいいのに》

《当たって砕けちゃっても、ダメージの無い方だけ残れたらいい》

《そして、もし…上手くいった時は》

《元通り、一人に戻れたら……って、都合良すぎるかな》


《でも、そうなればいいのに──》



191 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:53:22 ID:/0Dyn6uQ


……………
………



──それでもまた、意識が覚醒する。

再び自分が目覚められた事に安堵し、また昨夜の抱擁の内に消えてしまえなかった事を悔やんだ。


顔を上げると、そこには心配そうな表情で私の様子を窺う三人の姿。

ここは屋上、私の膝の上には半分ほどの量になった弁当箱がある。



192 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:53:51 ID:/0Dyn6uQ


ああ、とうとう入れ替わるのはお昼休みにまで達してしまったんだ。

そう察した私の表情は、きっと曇ったんだろう。


幼友「……大丈夫? 幼馴染ちゃん」

幼馴染「うん、心配させてごめんね」


深刻なトーンで私を気遣う幼友に、ひとまずは強がってみせる。

昨日、彼女はあんなにも親身になってくれたのに、更に状況が切迫したものになっている事が申し訳ない。


友「入れ替わるところは初めて見たけど、やっぱり前後を見ると雰囲気が変わるな」

男「やめろ、一緒だよ」

友「…っと、悪い…」


友君に悪気は無い、解ってる。

本気で私の事を案じ様子を見てくれているから、その変化にも気づいたんだろうから。



193 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:54:31 ID:/0Dyn6uQ


幼友にはまた怒られてしまいそうだけど、これ以上気を遣わせちゃいけない。

私は短く目を閉じたあと、弁当箱にかけて置かれていた箸を手に取り、出来るだけ明るい調子になるよう心掛けて声を発した。


幼馴染「手を止めさせちゃってごめん、残り食べてお喋りしようよ」

幼友「…うん、そうだね」

男「今日の唐揚げ、美味いぞ。冷めても柔らかい」

幼馴染「おお…今朝の私、頑張ってるね」



194 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:55:46 ID:/0Dyn6uQ


──よかったね、午前の私

初めて自分の作ったお弁当、男と一緒に食べられたんだね


なんとなく私は、少しずつ覚悟ができてきたよ

こんなに親身になってくれる友人と、今の私の事も大切にしてくれる男に手を尽くしてもらって

それでも消えてしまうなら、もうどうしようもない


つい昨日、自分が諦めちゃダメだと思ったばかりだけど

諦める事と、覚悟をもつ事は違うよね──?



きっと明日の昼間の人格交代は、更に遅れるんだと思う。

もしかしたらこのお弁当、今の私が食べるのは最後になるのかもしれない。


幼馴染「あ、本当…美味しい。私、結構やるね」


自画自賛できるこの唐揚げの味、絶対に忘れたくないと思った。



195 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:56:44 ID:/0Dyn6uQ


………


…放課後、美術室


幼馴染「美展に提出する作品、出来たねー」

男「おう、俺も最後の仕上げになって手間どっちゃったよ。結局ぎりぎりになったな」

幼馴染「最初は遅れてた私の方が先に出しちゃったもんね」


イーゼルに掛けられたまま、つい今さっき完成した男の描いた油絵をしげしげと眺めつつ私達は話した。

贔屓目で見なくともなかなかの出来、高校最後の出展作品として相応しいと思うけど、私より上手な気がするから言ってあげない。

もし入賞したら、その時思い切り褒めてあげる事にしよう。

それが今の私かは解らないけど。



196 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:57:33 ID:/0Dyn6uQ


男「ちょっと廊下の流し台で洗い物してくるわ」

幼馴染「じゃあ廊下は寒いから、ここで待ってる」

男「おう、絵に悪戯すんなよ」

幼馴染「へっへーん」

男「…おい」


さすがにそんな意地悪はしない、もちろんそれは男も解ってる。

ふざけて何回か振り返る真似をしながら、彼は教室のドアから寒い廊下へ出て行った。


さて、悪戯はしないけど…粗探しでもしてやろうかな。

……それも違う、男が描いた絵を目に焼きつけておきたいだけ。


私はキャンバスに顔を近づけて、端からなぞるようにそれを眺めた。



197 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/07(金) 20:58:09 ID:/0Dyn6uQ


幼馴染「……あ…」


ふと、ある一点…パレットナイフでわざと乱雑に色がのせられた背景部分に目がとまる。

これは──


確認しようと更に目を凝らしたその時、不意に暗転を始める視界。

いけない、私が入れ替わろうとしている。


幼馴染「お…とこ…」


まだ夕方なのに、しかもなんでこんなタイミングで。

せめてあと少し、男が戻るまで。

せめて大きな声だけでも出す事が出来れば──



【第二部おわり】



.



《第二部時点で記事に頂いたコメント》



名前:無記入

続きが待ちきれない・・・!



返信

コメントありがとうございます
できるだけ早く書きます!




【第三部】

(午前の幼馴染視点)




201 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:04:18 ID:8eHANcXI


幼馴染「痛っ……」


目が覚めていきなり痛覚に襲われる。

硬いタイルカーペット敷きの床に、膝を落としてしまったんだ。


周囲を見て、そこが美術教室である事に気付いた。

そして現在が、まだ夕方である事にも。



202 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:05:14 ID:8eHANcXI


幼馴染(……こんなに早く…しかも、立った姿勢のままで意識を手放すなんて)


きっと何かがあったんだ…と思った。

立ち上がりスカートの裾を払う。

目の前にはイーゼルに掛けられた大ぶりなキャンパス、完成した絵。

実際に見た事は無かったけど、今回の美展に出す男の作品に違いない。


幼馴染(よかった…この絵を倒さなくて)


ほっ…と胸を撫で下ろした時、教室の出入口のドアが開いた。



203 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:07:32 ID:8eHANcXI


男「悪戯、してないだろーな?」


廊下で洗い物をしていたんだろう男は、私の様子にまだ気付いていない。

けど、私の表情は今の戸惑いを語っていたらしい。

こちらから話す前に彼の顔つきは変わった。


男「……もしかして、午前の…?」

幼馴染「うん…」

男「そう…か……」


今、彼は努めて動揺しないようにしている。

午後の私……もうその呼び方もしっくりこなくなってしまったけど、彼女を深く気遣うそぶりを今の私に見せないために。



204 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:08:21 ID:8eHANcXI


幼馴染「男、気にしないでいいの。午後の自分の事は、私も心配だから」

男「ん……そっか」

幼馴染「……また早く、もう一人の私の時間が短くなっちゃったね」

男「それもかなり大幅にな」


今は17時半くらい。

お弁当を食べてる途中の13時頃に入れ替わったから、彼女の時間は僅か四時間ちょっとしかなかった事になる。


私はポケットからタブレットを取り出し、3粒くらいを口に放り込んだ。

思わず顔をしかめてしまう程の、強い刺激と清涼感。


男「お前、そんな何粒もいっぺんに…無理はすんなよ」

幼馴染「いいのっ、がんばるの。…んんんっ…うぅ……っ…」



205 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:09:03 ID:8eHANcXI


少しでも、午後の私の事を思い出さないと。

今の私の中にその存在を取り込まないと、本当に彼女は消え去ってしまう。

でもその刺激に耐え切った時、無情にも記憶は何も再生されなかった。


人格が入れ替わる事に気付いていたはずなのに、椅子に座る事もしなかった午後の私。

一体何があったのか思い出す事もできず、男も知る様子は無い。



206 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:09:43 ID:8eHANcXI


男「気には病むなよ、お前のせいじゃない」

幼馴染「うん…」

男「どっちかと言うと、人格をひとつにしようとした俺の──」
幼馴染「ストップ、それ言ったら怒るよ」

男「…ごめん」


……大丈夫。

例え午後の私が完全に時間を失っても、いつか私が彼女を思い出してみせる。


幼馴染「帰ろう、男」

男「…そうだな」


仲違いした事もあるけど、彼女は大事な私の半分なんだから。



207 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:10:50 ID:8eHANcXI


………


…帰り道


中学の時はいくらか覚えてる。

けど、男と一緒に高校から下校する機会は今までほとんど無かった。

何かのイベントがある時など午前中に帰る事はたまにあったけど、こんな暗い時間にそうするのは初めての事。


まして手を繋いでの帰宅なんか、尚更の話だった。

今の私達が付き合う事になってからも、朝の通学の時には明るくてこんな事は出来なかったから。

午後の私はいつもこんな満ちたりた時間を過ごしていたのか……と、ちょっと悔しく思ってしまう。



208 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:11:28 ID:8eHANcXI


…解ってる、状況はそんな事を気にしてる場合じゃないし、むしろ彼女に妬まれるべきなのは今の私。

それでもそう思ってしまうくらい、この時間は特別なものに感じられた。


幼馴染「絵の製作、間に合って良かったね」

男「ああ、ぎりぎりになっちゃったけど」

幼馴染「いつ会場に搬送するの?」

男「明日、放課後に顧問の先生のワゴン車に積み込んで、明後日の日中には持って行くって」



209 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:12:16 ID:8eHANcXI


幼馴染「呆れた、本当にぎりぎりじゃない」


──ふと、胸が鳴る。

理由も解らないし、気にしなければ見落としてしまいそうな小さなサイン。

でも今、確かに何かが心に引っかかった気がする。


男「……どうした?」

幼馴染「何か…思い出せそうな…」

男「!!」


男が驚いた表情をしつつ黙り込む。

私が考える邪魔にならないように…という事なんだと思う。



210 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:13:05 ID:8eHANcXI


どうして今、こんな感覚に襲われたんだろう。

やっぱり午後の私にとって、この帰り道は特別なものだったから?

…違う、根拠は無いけどそうじゃない気がする。


私はまたミントタブレットを口に放り込んだ。

けど、やっぱり何も記憶は再生されない。


幼馴染「……ごめん、解らないや」

男「そうか…」



211 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:13:45 ID:8eHANcXI


心に気掛かりを残したまま、私達はお互いの自宅前で別れた。

玄関の門扉を開けながら自分の部屋の窓に目を遣り、ふと昨夜今の私が覚醒した時の事を思い出す。


『…えっ!? わわっ! 男っ!?』

『あはは……おはよう、幼馴染』

『なんでっ!? こんな時間…えっ!?』


普段なら男が部屋にいるはずの無い時間に目覚めたはずなのに、自分がいたのは彼の腕の中。

一瞬『まさか』と思って、ちゃんと服を着ているかを確認してしまったのを思い出して顔が火照った。



212 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/11(火) 19:15:24 ID:8eHANcXI

幼馴染(でも、ちょっと…いやすごく嬉しかったなぁ)


その行動の主目的は私を喜ばせる事じゃないとは知りつつも、やはり想う人の腕の中で目覚める事が幸せじゃないわけもなく。

でも次の瞬間には、もう一人の私の記憶を引き継げなかった事に失望した。

明日はいつ頃に入れ替わる事になるのだろう。


幼馴染(午後には体育があるから、その時じゃなきゃいいけど…)


その時の私は、まだ知る由も無かった。

そんな心配が杞憂である事。

もう二度と、その時が訪れないという事を。



217 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:08:21 ID:S/bybhK2


……………
………


…翌朝


あれだけ大幅に覚醒の時間がずれたのだから、もしかしたら夜中に再度入れ替わりがあったりするかもしれない。

そう考えもしたけど、私は普通に朝を迎えた。

とにかく通学中や教室移動の時など、特に歩いている時には注意しておかなきゃ。


できるだけ静かに階段を降り、台所へ向かう。

お弁当作りを始めて間も無くは中々眠気が拭えず、メニューを考えるにも苦心した。

でも最近はようやく慣れてきて、メニューは前の晩の内に冷蔵庫と相談する事にしている。

それも夜に人格が入れ替わるのが早まったから、できるようになった事だけれど。



218 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:09:10 ID:S/bybhK2


幼馴染(豚コマは使っていいって言ってたから、生姜焼きと卵焼き…あとブロッコリを茹でて……)

幼馴染母「あら、おはよう。今日も早くから頑張るわね」


まだパジャマ姿のお母さんが台所のドアを開ける。

私が自分で弁当を作ると言い出した時は随分と冷やかしてくれた彼女だけど、今じゃメニューを考える手伝いもしてくれるようになった。


幼馴染「おはよー」

幼馴染母「男くん、あんたの料理で満足してるのかしら? よかったら私が作ってあげようか?」

幼馴染「大きなお世話ですよーだ」

幼馴染母「あははっ、でもあんた達がようやく前に進んでくれて嬉しいわ…」



219 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:09:56 ID:S/bybhK2


ちなみに作るお弁当は三人前。

私が最初に男にお弁当を作った朝、なんだかお父さんがイジけてたから。


『とうとうお前も色気づいてしまったか…』

『もー、変な事言わないでよ。しょうがないなぁ、明日からはお父さんの分も作ってあげるから』

『狙 い 通 り』


なんだかんだ言って、両親共に昔からの付き合いである男の家庭の事は快く思っている。

今のところ何も現在や将来のビジョンに問題は無い。

…私自身の内面を除いては。



220 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:10:37 ID:S/bybhK2


………



幼馴染「おっはよ」

男「おっす」


今日も学校まで、慣れた道を二人で歩く。

少しだけ曇った空、天気予報によれば夕方からは雨になるかもしれない。


幼馴染「絵の積み込みする時、雨だったらやだね」

男「お前の分はもう先生の車に積まれてるけどな」



221 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:11:29 ID:S/bybhK2


幼馴染「え、そうなの?」

男「うん、先週にな。完成して乾いた後すぐに積んでもらってたよ。『見てたら絶対あちこち修正したくなるから』って」


確かに私は家で適当にイラストを描く時も、完成した筈の絵に修正を重ねて、結果最初の方が良かった…となる場合が多い。

それでもなかなかその癖は治らずいるのに、午後の私は結構思い切りがいいんだな…。


幼友「おはようっ」

男「おー、おはよ」

幼馴染「おはよう、友君は?」

幼友「また寝坊したってメール入ってた。それよりあんた達、一昨日は『無かった』って言ってたけど昨夜はどうだったのかな?」



222 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:12:00 ID:S/bybhK2


これに似た問いは昨日も受けた。

その時も今も、何の事を言ってるのかいまいち解らないのだけど。

どうも彼女の顔が悪戯っぽく見えるのは気のせいじゃない。


男「どーもしてねえよ」

幼友「えー? 意気地なしだなぁ」

男「うっせ」

幼友「誘惑が足らんぞ? 幼馴染くんっ」


流し目でニヤリと笑う幼友。

何を表現しようとしてるのか、妙にしなやかな手つきで指をくねらせてみせる。

なんとなく一昨日の話が見えた気がして、私はそんな彼女のお尻を叩いた。



223 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:13:00 ID:S/bybhK2


少し早目に学校に着いた私達、男はやっぱり絵が気になるらしく一度美術室に行くとの事だった。


幼友「男君の絵も完成した事だし、今日はまたどっかで集まって打ち上げでもしよっか? あ…でもその時、今の幼馴染ちゃんじゃ…」

幼馴染「うん…気にしないで、どっちも私だもん。でも今日の放課後は絵の積み込みがあるからなぁ」


──どくん…と、また心臓が少し大きな鼓動を打った。

昨日の帰り道と一緒だ、何かを思い出せそうな……記憶の何かが主張しようとしている。


幼友「どしたの?」

幼馴染「………駄目だ、やっぱり出てこない…」

幼友「もしかして、午後の記憶?」

幼馴染「うん、何か思い出せそうになるんだけど……」



224 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:13:37 ID:S/bybhK2


幼友「そっか…でもあんまり思い詰めないでね」


気遣う幼友に笑顔を返して、私はまた思慮に耽った。

昨日と今の共通点、歩いてる、話をしてた……他には?


幼馴染(…話……絵の事を話してた)


そうだ、どちらの時も『絵の積み込み』について話をしてた。

そう思いついた時、更に胸にざわつきが感じられる。

やっぱりここに鍵があるのかもしれない。


幼友「仕方ないと思うけど、ちゃんと授業中は集中しなきゃだめよ?」

幼馴染「うん、ごめん」


少しだけ、引き出しが開きかかってる気がする。

でも結局その後、記憶の正体は掴めないままに午前中は過ぎていった。



225 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:14:11 ID:S/bybhK2


…昼休み、屋上


まだ人格は入れ替わらない。

私は卵焼きを口に入れると弁当箱を膝に置き、時計を確認した。


幼馴染(昨日はこの位の時間だったんだけどな…)

男「美味いわ、生姜焼き」

幼馴染「ん、良かった」


いつ午後の私と入れ替わるか解らないから、少しゆっくりとお弁当を食べ進める。

できれば彼女にも食べて欲しい。

彼女にとって楽しい時間だったはずの四人での昼食を、今日も過ごさせてあげたい。

でもどんなにゆっくり食べてもその時は訪れる事なく、遂に弁当箱は空っぽになってしまった。



226 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:15:30 ID:S/bybhK2


男「…あれ? なんかメッセージ届いてる」


男がポケットから携帯を取り出す。


友「浮気か?」

幼友「あんたじゃないんだから」

友「俺も浮気した事ねーし!」

男「あ……行かなきゃ」

幼馴染「え? 本当に浮気?」

男「違うって」


どうやら夕方からの雨を見越して、本当に昼休みの内に積み込みをする事になったらしい。

私も行こうとしたけど、男は『万一昼休みを過ぎるようだったら、先生に理由を伝えて欲しい』と言って私を残らせた。

もちろん別に断る理由も無く、私は屋上を後にする彼の背中を見送る。

……また絵の事に関わる話を聞いて、胸をざわざわとさせながら。



227 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:16:10 ID:S/bybhK2


幼友「…なんか、考え事してるね」

幼馴染「え? ああ…うん、ちょっと」

友「午後の記憶か?」

幼馴染「…なんだか絵の話をする時に、ちょっと引っかかるものがある気がするんだ」


それでも、どうしても思い出せない。

きっと何かがあるはずなのに。


幼友「どうにもしてあげられないのが歯痒いなぁ…」

幼馴染「ごめんね」



228 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:16:46 ID:S/bybhK2


友「思い出そうとするからいけないんじゃね?」

幼友「あんた何言ってんの?」

友「午後の幼馴染ちゃんの記憶が今の幼馴染ちゃんに無いんだとしたら、思い出そうったって無理だろ」

幼友「ちょっと」

友「むしろ、午後の幼馴染ちゃんになったつもりで過ごしてみたら?」


友君の言葉、ちょっと意味が解らないような名案のような。

でも彼なりに知恵を絞ってくれているのだろう。


幼馴染「ありがとう、友君。がんばってみる」

友「うん、色々試してみればいいよ」

幼友「大丈夫? この人、何か失礼な事言ってない?」

幼馴染「大丈夫だよ、本当…色々試してみなきゃね」



229 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:17:27 ID:S/bybhK2


………



そのまま、人格が入れ替わる事なく午後の授業を受ける。

危惧していた体育の授業も終わり、やがて帰りのHRまで終わってしまった。


幼馴染(午後の私……どうしたんだろう、なんで入れ替わらないの)


窓の外は雨、そう強い降りようではないけど傘は必須な位。

もちろん持ってきてはいるけど、今日は手を繋いで帰るのは難しいな。



230 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:17:59 ID:S/bybhK2


男「お疲れ、絵の積み込みも終わってるし…帰るか」

幼馴染「うん」

幼友「ね、用事が無いんだったら朝も言ったけど、どこか寄ろうよ」

幼馴染「…どうする?」

男「いいよ。雨だし、家までの中間どころで休憩を兼ねてモスでも寄るか」


午後の私に申し訳ない、そうは思うのだけど。

でも帰りがけの寄り道なんて経験は無いに等しい今の私、どうしても嬉しくなってしまう。

私達は度重なる朝の遅刻で職員室に呼ばれている友君の合流を待って、校門を出た。



231 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:18:37 ID:S/bybhK2


………



男「俺、この辛味噌チキンバーガーな」

友「俺もそれ、幼友はいつもの?」

幼友「うん、モスチ」

幼馴染「うーん…どうしよ」

幼友「そういえば今のあんた、あんまり来た事ないよね。私のと同じにしときなよ、定番だよ?」

幼馴染「じゃあ、そうする」


それからみんなでひとつのポテトを頼んで、私達は窓際の席についた。

他愛も無いお喋りに花を咲かせ、雨が小降りにならないかと外を気にする。

今の私がこの時間まで身体を司っているのは今までを思えば異常な事態のはずだけど、誰もそれに触れようとはしない。



232 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:19:09 ID:S/bybhK2


友「今回の絵、自信の程は?」

男「けっこうあるぜ、時間かけたもんよ」

幼友「いったん展示場に運ばれたら、もう触れないの?」

男「ああ、順番に審査されていくからな」


また、胸がざわつく。

やっぱり昼の積み込みに立ち会えば良かった、何か解ったかもしれないのに。

今更そう思いついて後悔した。


友「でも運ぶのって、専用の車とかじゃないんだな」

男「当たり前だろ、プロの画家の作品じゃあるまいし」



233 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:19:39 ID:S/bybhK2


幼友「部員みんな出展するの?」

男「ああ、ほとんどな。もうワゴン車の荷室いっぱい、押されてキャンバスが破れるんじゃないかと思ったよ」

友「……幼馴染ちゃん?」

幼馴染「………」


せっかく楽しく話してる。

みんなに心配はかけたくない、でもさっきから胸のざわつきが強い。

半ば苦しく思えるほど、何かを訴えかけてる気がする。


幼友「そっか…また絵の話になったから」

友「午後の幼馴染ちゃん、何を伝えたいんだろうな」



234 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:20:21 ID:S/bybhK2


友君が昼に言ったように、午後はもう一人の私の行動を意識してその気になってみた。

きっとお昼ご飯の後だから眠気を堪えてたんだろうな…とか、教室の掃除はどこをやってたのかな…とか。

でも、特に進展は無かった。


男「…幼馴染、あんまり気にするな」

幼友「そうだよ、そのうち自然に思い出すかも」

幼馴染「うん、本当…ごめん」


食べ終わってからも暫くお喋りを続けている内に、雨は上がったようだった。

でももう空は暗いから、どのくらい厚い雲がかかっているのかは判らないし、少なくとも星は見えない。

帰るなら今の内、私達の意見はそう一致して席を立つ事にした。



235 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:20:55 ID:S/bybhK2


………



幼友「じゃあ、私達ここで曲がるね」

男「おう、お疲れ」


そこからじきの交差点で、二人は手を振って私達と別れた。

そのあと数歩、互いに遠ざかってから男は一度振り返り、私に手を差し伸べる。

私も一度振り返り、友君達の姿が小さくなっている事を確認してその手をギュッと握った。


右手の温もりを幸せに感じながら、でも心の内で想いを馳せるのは解けない疑問について。

とうとう昨日、今の私が覚醒してから丸一日以上が経過してしまった。

友君も幼友も、あんなに知恵を貸してくれているのに。



236 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:22:01 ID:S/bybhK2


幼馴染「…なんか、二人に悪いみたい」

男「そんな事、言うなって」

幼馴染「でも友君って、いい人だよね」

男「んー、まあ……いい奴なんだよ、あいつ」

幼馴染「面白いんだよ、友君…午後の私になったつもりで過ごしてみたら? って、アドバイスくれたんだ」

男「なんだそりゃ」

幼馴染「午後の私の記憶、思い出せないんじゃなくて今の私には無いんじゃないのかって。思いつかなかったよ、そんなの」


なかなか実行するのは難しい、友君のアイデア。

でもこんな訳の解らない状況を打破するには、そういう柔軟な考え方が必要なのかもしれない。



そして、もしかしてそれは当たらずしも──



男「面白いな、同じお前の中にいるのは確かだけど、記憶は別モノか」



──心臓が、大きく鳴った。



237 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:22:45 ID:S/bybhK2


思い出すんじゃない。

午後の私を演じるんじゃない。

それらはあくまで、今の私が彼女の記憶や意思を取り込もうとする事。


そうじゃない、彼女はいるんだ。


この同じ身体の中に、今も、今までも、ずっとこれからも。


『午後の幼馴染ちゃん、何を伝えたいんだろうな』


友君の言葉が頭を過る。

彼女は今の私に伝えようとしてる、それは何かの警告…それとも。



238 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:23:32 ID:S/bybhK2


幼馴染「自身の…存在…」


男は私の様子に気付いたようで、立ち止まり真剣な面持ちでこっちを見つめている。

私は目を閉じ、じっと心に耳を澄ませた。


今、ここにいるのが自分だけだと思うからいけないんだ。

きっと彼女は今の私と同じように、この身体に在るんだ。

だから、その声に耳を──


《──やっと、届いたんだね》



239 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:24:08 ID:S/bybhK2


幼馴染「……え…?」

男「どうした?」

幼馴染「声…が…!」


《昨日の夕方、最後に交代してからは寝てる間以外ずっと意識があったんだよ》


頭の中に直接、声が伝う。

間違いない、疑いようも無い、これは彼女の声。


幼馴染(…じゃあ、貴女もこの目を通じて同じ景色を見てるの?)

《うん、それだけじゃなくて……たぶん気付いてくれた今なら、ほら──》



240 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:24:39 ID:S/bybhK2


不意に右手が、男と繋いだままでヒョイと持ち上げられる。


男「…何を?」

幼馴染「違う……今の、私じゃない」

男「どういう意味だ? まさか…」

幼馴染「私にもよく解ら…そういう意味以外無いでしょ? って、ええ!? 何これ…」


言おうとしていない言葉が口から零れる。

つまり、今…私の身体を操ったのは。


《午前の私、ちょっと喋らないでくれる?》

幼馴染(うん…解った)



241 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:25:27 ID:S/bybhK2


男「…幼馴染?」

幼馴染「男、一日ぶりだね」

男「!! じゃあ…今のお前は」

幼馴染「どっちもだよ、二人でひとつの身体を操ってる。午前の私が存在に気付いてくれたから、出て来られるようになったの」


午後の私が男に語るのを聞きながら、私は頭の中を整理した。

彼女の存在を受け入れると同時に、脳内に再生されたもの。

それは午後の私がもっていた全ての記憶だった。


今、私は声を出そうと思えば出せるし、身体を動かそうとすればそれもできる。

きっと彼女も同じなんだろう。

同時に反対の事をしようとすれば、どうなるのか解らないけど。



242 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:26:21 ID:S/bybhK2


やっとひとつになれた。

私達がひとつになる方法は、同じ身体の中でお互いが同時に存在するという状態を認め合う事だったんだ。


男「そ、それで…大丈夫なのか? 変な感じだったりは…」

幼馴染「もちろん、変な感じではあるけど…大丈夫だと思うよ? どっちも自分だし」

男「今…喋ってるのは、どっちなんだ?」

幼馴染「どっちでもないよ」


そう、もうどちらでもない、区別なんか要らない。

喋りながら違う事を考えるなんて、ちょっと難しくても普通の事。


それを象徴するように、私の目からはどちらのものとも判らない涙が零れた。



243 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:27:01 ID:S/bybhK2


私達は同じ景色を見て、同じ味や匂いを感じて、同じ右手の温もりを受け取っている。

もしかしたら心の中で喧嘩をする事もあるのかもしれないけど、それは誰にでもある心の葛藤と変わりは無いはず。


幼馴染「もう私達は…ひとつだから、男は気に…しなくていい…の…」

男「……そうか、よかった…本当に」


心から安堵した声を、搾り出すように男は言った。

彼の瞳もまた潤んでるように見えたのは、きっと気のせいじゃないと思う。



244 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:28:03 ID:S/bybhK2


それ以前がどうだったかは解らない、もしかしたら二人とも気付いていなかっただけなのかもしれない。

でもこうして二つの人格が同時に意識をもつようになったのは、昨日の夕方の交代からの事。

今日、午後の私はずっと訴えかけてたんだ、自身の存在を……そして。


幼馴染「良かった、やっと言える…」

男「……何を?」


『男に伝えなきゃいけない事がある』って、教えようとしてたんだ。



245 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:28:34 ID:S/bybhK2


……………
………


…翌日、早朝


先生「ああ、これだ。男、隣りをワシが持っとくから、そーっと抜き出せ」

男「はい」


顧問の先生のワゴン車から男の絵のキャンバスを抜き出す。

収納されていた袋を脱がせ、端から目を這わせてゆく…すると。


男「あった…!」

幼馴染「やっぱり、ちょっとだけ広がってる…」



246 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:29:16 ID:S/bybhK2


先生「おお…これは気付かんのも無理はないな、厚く塗られた絵の具の縁に沿っている」


パレットナイフで乱雑に厚塗りされた背景部分、おそらくその刃先が当たったのだろう。

キャンバスに刻まれた、長さほんの3センチほどの傷。


先生「しかし布目が通っている、これは運搬中に他の絵に押されたら裂けていたかもしれんな」

男「先生、補修する時間は…」

先生「午前中にワシが裏から補修材を当てておくから、昼休みにこの部分だけ塗り足しに来なさい」

男「はい!」



247 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:30:29 ID:S/bybhK2


昨夜の内に先生に連絡をとり、今朝は急いで登校したからお弁当は作れなかった。

それもあり昼食は二人揃って購買のパンで済ませ、昼休みの残りは念入りな絵の塗り直しに費やした。

放課後、持ち込みできる時間ぎりぎりまで乾かしてから、再びワゴン車に積み込んで。

後は先生が細心の注意の元、運んでくれるはず。


男「…ありがとうな。高校最後の美展、傷物で審査落ちなんて嫌だもん」

幼馴染「感謝の気持ちは態度で示すといいと思うよ?」

男「……マック」

幼馴染「もう一声」

男「モス」

幼馴染「上げ方がせこい」

男「ケーキバイキング」

幼馴染「よし、手を打ちましょう」



248 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:31:16 ID:S/bybhK2


………



頭の中で別の声が聞こえるのは、次第に慣れると思う。

それに普通なら退屈してしまうような時、無言で会話できる話し相手がいるというのは悪くない。

たまに意見が食い違う事もあるけど、納得がいくまで相談する事にしてる。

そもそもお互いに逃げられないし考えは見透かされるんだから、喧嘩なんか長続きするわけがない。


男と手を繋ごうと、口づけを交わそうと、同じ感覚を二人ともがもつのだから嫉妬もしようがない。

片方がレンアイについて想いを巡らせてると、もう片方が冷やかしてくる…という妙に恥ずかしい思いをする事はあるけど。

逆に女同士の恋話を脳内でできるというメリットもある。



249 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:31:53 ID:S/bybhK2


あと、めっぽう口喧嘩が強くなった。

争いながら同時にそれを冷静に見ているもう一人が助言できるのだから、当然かもしれない。

これには男も手を焼いているみたい、程ほどにしないと嫌われそう。


いっそ二つの事を同時に捉えられる事を特技として活かせないかとも考える。

英会話とかをしっかり習えば、同時通訳の仕事とか就けたりするかな……なんて、企んでみたり。


動作については、基本的にはどちらかが『じゃあ今は私が休んどく』という感じで、交代で行う事にした。

ただ何かにびっくりした時、咄嗟に違う事をしようとして慌てる事がある。

慣れるまで、事故とかには気をつけなきゃいけないと思う。



250 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:32:34 ID:S/bybhK2


………



幼友「おはよー」

友「おっすー」

幼馴染「あ、おはよう」

男「あれ? 友、今日は遅刻しないのか?」

友「うるせーし」


今朝も男と友君がじゃれあっている。

友君はもう教習所の卒検も合格して、休み時間はもっぱら中古車雑誌を熟読してる。

幼友が話しかけても上の空だから、ちょっと彼女は最近ご機嫌斜め。



251 : ◆M7hSLIKnTI:2014/03/12(水) 19:34:09 ID:S/bybhK2


こんなに深い秘密を共有しあった4人、きっとずっとこんな関係でいられると思う。

……4人? でも、5人っていうのもなんか違う。

じゃあ4.5人? それじゃ誰かが半人前になっちゃうし──


《4.1人でいいんじゃない?》

幼馴染(それ、なんかおかしいよ…)

《なんでよ、Ver4.1みたいで格好いいのにー》


幼友「幼馴染ちゃーん、行くよー」

男「何してんだ、あいつ」


いけない、考え事してたら置いて行かれてる。

私はちょっと駆け足で3人の元へ向かった。


大切なパートナーと一緒に。

彼女と手を繋いだイメージで。



【おしまい】



.

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2014/03/13(木) 08:40:38|
  2. 男・幼馴染SS
  3. | コメント:10

恋のクロスカウンター(原題/男「女さん、これホワイトデーのプレゼント」)



1 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[] 投稿日:2014/03/10(月) 13:57:32.16 ID:/vQHQctM0


女「あ、さすがぁ。こういうとこちゃんとしてるよね、男君」

男「まあ貰ったお返しはキチンとしたいしね。何倍返しにもなってはないけど」

女「いいんだよ、ありがとうね!」



「………」ジーーッ



2 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 13:58:32.40 ID:/vQHQctMo [1/18]


男「後輩ー」

後輩「あっ、男先輩」


男「これ、ホワイトデーだから」

後輩「うわー、すみません。義理チョコしかあげてないのに」

男「でも手作りだったじゃん、美味しかったよ。俺のもそんな他意は無いから、ご心配なく」

後輩「あはっ、先輩なら他意があってもいいんですよー? なーんて」

男「おいおい、変な期待させんなよー」



「………」ジーーッ



3 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 13:59:07.17 ID:/vQHQctMo [2/18]


男「生徒会長っ」

会長「あら、男君」


男「これ、バレンタインのお返しっす」

会長「あらあら……何だか悪いわね」

男「ぜんぜん、言うほど大したもんじゃないんで」

会長「じゃあありがたく頂くわ。でも何も出ないわよ?」

男「解ってますって。生徒会長、彼氏いるじゃないすか」

会長「世の中には別腹って言葉もあるけど…ね?」

男「ちょ! 生徒会長、からかわないで下さいよー!」



「………」ジーーッ



4 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 13:59:47.53 ID:/vQHQctMo [3/18]


男「おう、妹。お前も今帰りか?」

妹「……外で話しかけないでって言ってるじゃん、キモッ」


男「ちぇっ、昔は可愛かったのに。まあいーや、ほら……これホワイトデーだから」

妹「!! ……バッカじゃない! キモッ! キモッ!」アタフタ

男「うっせ。渡したかんな、何も貰ってないって言うなよ」

妹「……キッモ…」ニヘラ



「………」ジーーッ



5 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:00:31.33 ID:/vQHQctMo [4/18]


男「ただいまー」

姉「ああ、おかえりなさい」


男「姉ちゃん、これ」

姉「あら、ホワイトデーの? ふっふーん、可愛い弟め! キスしちゃろう!」

男「ばーか、変態姉かよ」ケタケタ

姉「よいではないかよいではないか!」

男「うわー、何をするー!」

姉「あはは……ま、ありがとうね!」

男「どーいたしまして」


……ピコッ


男(ん? 携帯…メッセージ、幼馴染か)



6 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:00:58.48 ID:/vQHQctMo [5/18]


…男の部屋


男(メッセージ『帰ってる?』だけだった)

男(どうしたんだろ、いつもみたく勝手に入ってくりゃいいのに)

男(………)

男(…俺が、行きゃいいのか)


男(……部屋の電気は…点いてんな、いるのか)

男(よし、ベランダ越しに──)



7 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:01:40.89 ID:/vQHQctMo [6/18]


(ロープ…ある、睡眠薬…ある)


(手錠も、ナイフも…大丈夫)


(そうそう…猿ぐつわできるように、タオルなんかも用意しとかなきゃ)


(……これで、万全かな)



8 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:02:15.90 ID:/vQHQctMo [7/18]


…コン、コン


男「お邪魔ー」


カラカラ…


幼馴染「!!」

男「よ、なんかメッセージ貰ったんだけど」

幼馴染「……き、来てくれたんだ」

男「おう、どしたのかなと思って」



9 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:02:50.34 ID:/vQHQctMo [8/18]


幼馴染「よかった、呼ぼうと思ってたの」

男「そっか、用は何だった?」

幼馴染「うん…まあ、ゆっくり話すよ」


………



幼馴染「……紅茶でよかった?」

男「うん、サンキュ」


幼馴染「……飲まないの?」

男「熱いのあんまり得意じゃないって知ってるだろ? もう少ししたら飲むよ」

幼馴染「………」チッ



10 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:03:16.20 ID:/vQHQctMo [9/18]


男「俺がこっちの部屋に来るの、ちょっと久しぶりだな」

幼馴染「そうだね」

男「昔はかわりばんこ位でお互いの部屋を行き来してたけど」

幼馴染「…そう…だったね」

男「女の子らしい部屋になったよなー」


幼馴染「男…今日、何の日か知ってる?」

男「え?」

幼馴染「知ってるよね、みんなに愛想振り撒いてたもんね」

男「へ? …ああ、ホワイトデーの事か」



11 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:03:54.67 ID:/vQHQctMo [10/18]


幼馴染「良かったよね、バレンタインはたくさん貰えて。お返しも大変だったでしょ」

男「大変なんて事は無いよ、まあクッキー焼くなんて慣れなかったけどな」

幼馴染「へえ…あれ、手作りなんだ」

男「ああ、お前のもあるぞ? …はい」ヒョイ

幼馴染「!! ……ありがと、でも……」

男「まあ、食ってみろよ。味の保証はできかねるけど」

幼馴染「その他大勢と一緒……か…」ボソッ



12 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:04:34.69 ID:/vQHQctMo [11/18]


…パクッ、モソモソ


男「どう?」

幼馴染「…ん、美味しい。紅茶に合うね」

男「良かった、俺も紅茶貰お」


…ゴクンッ


幼馴染「………」ニヤッ

男「うん、苦味がきいてる。ダージリン?」

幼馴染「うん……特別製の」

男「ふーん…?」



13 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:05:07.87 ID:/vQHQctMo [12/18]


幼馴染「ねえ、バレンタイン…私のチョコ、どうだった?」

男「え? 美味しかったよ?」

幼馴染「そうだよね、すっごく頑張ったもん」ニッコリ

男「そうなのか、ありがとうな」

幼馴染「男はたくさんチョコ貰って、そんなにありがたみは無かったのかもしれないけど」ニコニコ


男「そんな事ないよ」

幼馴染「あるよ」イラッ

男「……え?」



14 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:05:39.14 ID:/vQHQctMo [13/18]


幼馴染「だってお返し、みんなと同じクッキーでしょ? 私のチョコは特別製……男にしかあげてないのに」

男「何を言って…」

幼馴染「いいの、だから私……ホワイトデーのプレゼントは自分で貰う物を決める事にしたの。そして──」

男「幼馴染、何を言ってんだ? 俺は…」


幼馴染「──それはもう、目の前にあるの……」クスッ



15 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:06:12.94 ID:/vQHQctMo [14/18]



チャラッ…ガチャッ、ジャキンッ



16 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:06:46.65 ID:/vQHQctMo [15/18]


男「幼馴染……誰がお前へのプレゼント、そのクッキーだけだって言った?」


幼馴染「え……?」ジャラッ


男「俺からの本当のプレゼントは、コレだよ」ジャキッ

幼馴染「手錠……何で、お互いの片手を繋いで…」

男「逃げられないだろ? やるよ、特別製のプレゼントをさ。大丈夫、ベランダにはナイフもロープも猿ぐつわの道具も置いてあるから」

幼馴染「お、おと…こ…?」



17 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:07:13.24 ID:/vQHQctMo [16/18]


男「それにさっきのクッキーだって、お前の分だけは特別製だったんだぜ?」

幼馴染「……!?」グラッ…

男「睡眠薬入りだったんだよ、美味かったか?」


幼馴染「…くっ……」

男「俺はずっとお前が好きだったよ……いつかどうにかしてやりたいと思ってた」

幼馴染「………」

男「知ってんだ、先週自分で言ってたもんな? この週末、親はいないんだろ? 今年のホワイトデー、金曜日で良かったよ」



18 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:07:45.20 ID:/vQHQctMo [17/18]


幼馴染「…ふふっ」

男「……? 何がおかしい?」

幼馴染「睡眠薬…? 偶然ね、これも気が合うって事の表れかしら」


男「何を…」グラッ…


幼馴染「あの紅茶も同じ隠し味入りよ、苦味が効いてたでしょ?」

男「…なっ…!?」

幼馴染「もっと奇遇な事に、後ろのベッドの下にはロープや手錠、ナイフなんかもあるわ……ベランダに行く手間が省けたでしょ?」

男「幼馴染…お前っ!」

幼馴染「私だけへの特別なプレゼント…それは男、貴方自身でいいの。ずっとずっと…大好き…だったわ……」



19 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:08:26.57 ID:/vQHQctMo [18/18]


男「……くそっ…意識が…」

幼馴染「…私…も……」

男「とりあえず……寝るか…」

幼馴染「そうね…いい夢がみられそう…」


男「これから……よろしく…な…」

幼馴染「こち…ら…こそ……」


…ドサドサッ


【おしまい】



20 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:36:47.73 ID:MS9QvAVDO


…のヮの



21 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:59:18.72 ID:7oRm5LVto


わろた



22 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 15:08:41.93 ID:NtwFQOzo0


相打ち…だと?



23 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 15:28:49.34 ID:64oM93nfo


お似合いの二人だな


.

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2014/03/10(月) 16:19:23|
  2. 男・幼馴染SS
  3. | コメント:2

時の流れとチョコの意味(原題/幼母「はい、チョコ渡しておいでー」男母「あらー、良かったわねぇ」)

1 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 01:57:34 ID:PiFCVOtE


幼母「はい、チョコ渡しておいでー」

男母「あらー、良かったわねぇ」


おしゃななじみ「はいー」ニコニコ

おとこ「あいー」ガシッ


おしゃななじみ「………」ググッ…

おとこ「………」グググッ…


おしゃななじみ「ふんっ」ビシィッ

おとこ「あっ…」


おしゃななじみ「ふふーん」パクッ

おとこ「あーあ…」ジーッ


幼母「あらら…だめねぇ」クスクス

男母「チョコ、自分で食べたいわよねぇ」クスクス



2 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 01:59:04 ID:PiFCVOtE


おさななじみ「はいっ、おとこくん」ニコニコ


おとこ「くれるのー?」

おさななじみ「うんー、ママがおとこくんにあげておいでって」


おとこ「そうなんだー? でも、おさななじみちゃんもチョコすき?」

おさななじみ「だいすき」フンス

おとこ「…じゃあ、はんぶんあげるー」ヒョイ

おさななじみ「ありがとー」パクッ


おとこ「おいしいねー」

おさななじみ「あまいねー」



3 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:00:21 ID:PiFCVOtE


幼なじみ「はい、男くん」

男「えっ」

幼なじみ「いいから、はいっ」


男「ちょ、後にしろよっ」キョロキョロ

幼なじみ「そんなモタモタしてたら、よけいに見つかっちゃうよ」


男「チッ……わかったよ」パッ

幼なじみ「んじゃね、見つからないでよ!」タタッ


男「そんなんなら、家で渡せよ…バーカ」ボソッ



4 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:01:24 ID:PiFCVOtE


幼馴染「あっ…男」

男「おぅ」


幼馴染「はい、義理チョコ」

男「サンキュ、本命は先輩か?」


幼馴染「まーね、彼の手元には本命チョコだらけだけど」

男「いいじゃん、渡さなきゃ後悔するだろ」


幼馴染「あれ? 余裕ありますな? ははーん、さては…」

男「ばか、変な勘ぐり入れんな」

幼馴染「後輩ちゃんから本命、貰ったな?」


男「内緒だよ」ベー

幼馴染「それもう答えじゃない」ケラケラ



5 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:02:25 ID:PiFCVOtE


幼馴染「男…これ」

男「…ありがとう」


幼馴染「あのね」

男「うん」

幼馴染「……結構、頑張ったから」

男「そっか」


幼馴染「たぶん、女の子が見たら…気合い入ってるって判っちゃうから…ね」

男「…うん」

幼馴染「だから、あの…見せないように…見つからないように」

男「わかった」


幼馴染「……あのっ」

男「食べたら、感想のメール送るよ」


幼馴染「うん…」



6 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:03:22 ID:PiFCVOtE


幼馴染「これ…受け取って」

男「ありがとう」


幼馴染「それで…それでね…」

男「うん」


幼馴染「男、年末に……」


男「…聞いてたのか」

幼馴染「うん…だから、その…」


男「だから…じゃないよ」

幼馴染「え?」


男「それまでの事は関係無く、俺は…」


幼馴染「男…!」


男「今更って…言うなよ?」

幼馴染「言わない…よぅ…」



7 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:03:58 ID:PiFCVOtE


恋人「じゃーん!」

男「おお、すげーな」


恋人「でしょ? かなり眠い!」

男「そんなに遅くまで頑張ったのか」

恋人「ふふん…愛ですよ、愛」


男「いっただっきまーす…」

恋人「ノンノン」チッチッ…

男「?」


恋人「はい……あーんして?」

男「……お…おぅ…」



8 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:04:32 ID:PiFCVOtE


恋人「ごめん!」


男「何がよ?」

恋人「…ここのところ忙しくって……」

男「ああ、いいって…そんなん」


恋人「そんなんって言われるのも、ちょっと腹立つなぁ」

男「じゃ、どう言やいいんだ」


恋人「手作りが食べたかったなぁ! でも仕事が忙しいんだから、仕方が無いんだよ! …とか?」

男「それ、俺が言うと思う?」

恋人「思わなーい」


男「おお…でもやっぱ高級チョコ、美味いわ…」

恋人「一個! 一個頂戴っ!」



9 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:05:23 ID:PiFCVOtE


幼馴染《…あ、もしもし?》

男「おー、どしたよ?」

幼馴染《ん…今日、バレンタインじゃない?》

男「ああ、そっちの日付ももう変わったか?」


幼馴染《うん、さっきね。…なんか、男の顔を見ないバレンタインなんか、初めてだったから…ね》

男「声だけでも聞きたくなったとか?」

幼馴染《……そうだね》


男「…おいおい、何を感傷的な事を言ってんだよ。何のために俺達が…」

幼馴染《…うん……》


男「夢…だったんだろ? 俺、ここから…ずっと応援してるからさ」

幼馴染《……う…ん…》

男「…がんばれよ、幼馴染」



10 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:06:19 ID:PiFCVOtE


幼馴染「…なんか、私がご馳走になっていいのかな……」

男「いいんだよ、チョコくれたろ?」


幼馴染「でも、このお店…高そうだよ」

男「そんな事、心配すんな…失礼だな」

幼馴染「……ごめん」


男「とりあえず、乾杯だよ。…二年ぶりに一緒に過ごすバレンタインに」

幼馴染「うん…ごめんね、応援してもらったのに」


男「……俺は、それで良かったよ」

幼馴染「えっ?」

男「なんでこんな店、予約したと思ってんだ」

幼馴染「えっ?」


男「……俺の右ポケット…何が入ってると思ってんだよ」



11 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:06:55 ID:PiFCVOtE


婚約者「男、これ…」

男「ありがとう」


婚約者「感慨深いですねー」

男「お互い、独身最後のバレンタインってか」

婚約者「ホワイトデーには、もう夫婦だもんね…」

男「くすぐってえな」


婚約者「もっと遊びたかった?」

男「もう充分だよ」


婚約者「そんなに遊んだの?」

男「滅相もない」


婚約者「思い残す事は?」

男「………」


婚約者「無いって言おうよ」

男「無い…と思うよ」



12 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:07:53 ID:PiFCVOtE


妻「はい、今夜はチーズフォンデュの後でチョコフォンデュだよっ」

男「おお…どっちも食い慣れねえ」

妻「用意した私も、慣れてません」


男「これ、掻き混ぜなきゃいけねえの?」

妻「た、たぶん…」


男「食べてみるよ? 最初はパンをつけて…」パクッ

妻「あっ…そっちはチョコ用のラスクだよ!」

男「……甘いと思った…」


妻「じゃあ、代わりに温野菜にチョコつけてみる?」

男「まじ勘弁」


妻「はい、あーんっ」

男「ばか! 本当につけんな!」



13 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:08:41 ID:PiFCVOtE


妻《ごめんね…男、今日は一緒に過ごせなくて》

男「いいから、ゆっくり休めよ」

妻《うん…ありがとう》


男「おやすみ」

妻《おやすみ…男》


男「……なんだ? 切らないのか?」

妻《ふふっ…》

男「?」


妻《おやすみなさい……パパ…》


男「……まだ、ちょっとだけ早いよ。予定日はひと月後だろ」



14 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:09:27 ID:PiFCVOtE


ママ「はいっ、どうぞ…パパ」

男「ありがとう……ははっ、娘が狙ってんな」


ママ「ダメでしゅよー、チョコは刺激が強いから…もうちょっとね」

むしゅめ「あーうー」

男「よだれが、よだれが…」


ママ「あはは、バレンタインだからパパにキスしてあげたら?」

むしゅめ「あー」ヨチヨチ

男「ちょ、よだれ拭いてからっ」


むしゅめ「うー」ブッチュウゥゥ


男「うわー何をするー」

ママ「あはははっ」



15 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:11:30 ID:PiFCVOtE


ママ「パパ、嫉妬しちゃだめよ?」

男「うん?」


ママ「今日、バレンタインだったじゃない?」

男「ああ、そうだな」

ママ「だから、娘に…お隣の息子君にチョコを渡させようとしたの」

男「渡させ…ようとした?」


ママ「うん…『はい、チョコ渡しておいでー』って」

男「それで?」

ママ「向こうの母親さんも『あらー、良かったわねぇ』って言ってたんだけど」

男「うんうん」


ママ「あの娘ったら、渡さずに自分で食べちゃったんだ」


男「…あいつらしいな」

ママ「ふふっ、誰に似たんだろうね? …ほんと」



(おしまい)













…書き手の力量不足によりボカシ過ぎて、非常に曖昧な文章になってしまったようです。

完結後、考察するレスを多数頂戴し、モヤモヤした方が多くおられたようだったので、執筆時に意図した流れをレスしました。

こちらにも同レスを掲載しておきます。

でも好きに受け取ってくれて構いません


>>5 男に彼女あり(Not幼)

>>6 男が年末頃に別れた事を幼は知っている、男が幼に告る(「今更って言うなよ」の台詞)、幼が恋人にジョブチェンジ

>>8 恋人(幼)の仕事が忙しくなる、後に海外へ(この時、男が身を引く形で別れる)、恋人から幼に再ジョブチェンジ

>>9 海外の幼から電話、夢に破れかけ?

>>10 幼帰国、プロポーズを経て婚約者に飛び級ジョブチェンジ


本当、ぼやかし過ぎました。
深く反省…


.

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2014/02/13(木) 11:08:11|
  2. 男・幼馴染SS
  3. | コメント:0

さくらOctober(原題/幼馴染「お邪魔するよー」男「お邪魔する前に言えないのか」)

1:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:52:35 ID:lNrpVbmg

…ガチャッ

幼馴染「お邪魔するよー」

男「お邪魔する前に言えないのか」

幼馴染「だって男が変なDVDとか観てたらいけないし」

男「だからこそだろ」

幼馴染「観てたら怒らなきゃいけないし」

男「それはそんな物を観るくらいなら、幼馴染が慰めてくれるという意味にとっていいのかな」

幼馴染「付き合ってもないのに?」

男「付き合ってもないから、俺が何を観ようと自由なんじゃないでしょうか」

幼馴染「そんな勝手な理屈は通りません!」





2:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:53:40 ID:lNrpVbmg

男「はぁ…」

幼馴染「溜息つくと幸せが逃げるよ?」

男「で、何の用?」

幼馴染「私がここに来るのに理由がいるんですか」

男「つまり毎度ながら、暇だったと」

幼馴染「さすが男!私の事は何でも解るんだね!」

男「だいたい週に五日は来てるもんな」

幼馴染「この部屋、適度に散らかってて和むのよねー」

男「お前が来ないならもっと散らかしてるんだけどな」

幼馴染「ほら、私が来た方がいいんじゃない」





3:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:54:28 ID:lNrpVbmg

男「はいはい…まあ座れよ、茶でも取ってくるから」

幼馴染「お構いなく、さっき下でジュース頂いてから上がったから」

男「部屋だけじゃなく冷蔵庫まで勝手に開けるか」

幼馴染「失礼だなぁ、おばさんが出してくれたんだよ」

男「で、俺のは?」

幼馴染「察しが悪いね、あとコップ2杯分しかなかったから下で飲んだんだよ」

男「2杯分ありゃ俺のもあるだろ」

幼馴染「私とおばさんで美味しく頂きました」

男「…もういいわ」





4:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:54:59 ID:lNrpVbmg

幼馴染「そのかわり、ね?」

男「そのかわり?」

幼馴染「おばさんがこれを男に渡せって、渡せば解るからって言ってたけど」

男「どれ?」

幼馴染「じゃーん!折り畳みノコギリー」

男「今の旧ドラえもん風だったよね」

幼馴染「鋭い!ノコギリだけに!」

男「まあ、オカンの言わんとする事は解ったわ…」

幼馴染「解るんだ」





5:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:55:41 ID:lNrpVbmg

男「うーん、夏の間はずっと逃げてたからなー」

幼馴染「何から?」

男「無償の重労働から」

幼馴染「ノコギリを使う重労働ですか」

男「庭木を切れって、ずっと言われてんだよ」

幼馴染「いいじゃん!せっかく暇なんだし、やろうやろう!」

男「なんでノリノリなんだよ。手伝ってくれるのか?」

幼馴染「見ててあげる!」

男「いや、手伝えよ」

幼馴染「応援してあげる!」

男「意地でも手伝わせるからな」





6:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:56:28 ID:lNrpVbmg

…男の家の庭



幼馴染「ここの庭、広いよねー」

男「田舎だからな」

幼馴染「でもウチ、狭いよ?」

男「お前んちで普通だろ、ウチが広すぎるんだ。元農家だったから」





7:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:57:07 ID:lNrpVbmg

幼馴染「どれ切るの?」

男「まず一番にって言われてるのは、この桜だな」

幼馴染「大きいねー」

男「脚立だけじゃ無理だな、登らないと」

幼馴染「昔っから桜切る馬鹿って言うよ?」

男「桜は切り口を自己治癒する力が弱いんだ。そこから幹が腐りやすい」

幼馴染「だめじゃん」





8:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:57:37 ID:lNrpVbmg

男「でも剪定が要らないってわけじゃないし、切り口を殺菌剤で保護してあげれば大丈夫なんだ」

幼馴染「男、詳しいね?」

男「高1から夏冬春の長期休みには、ツレの親父さんがしてる造園屋さんでバイトしてるからな」

幼馴染「そっか、してたねー。でもそれなら家の庭木も早くしてあげればよかったのに」

男「対価の無い労働って、気が進まないもんだよ。対価のある労働で同じ事をしてるから尚更な」

幼馴染「そんなにバイト代いいの?」

男「建設業のバイトって、大変だけど実入りはいいんだぜ」





9:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:58:14 ID:lNrpVbmg

幼馴染「どうりで。あんまりそれに精を出すから、夏休みも平日は私の事なんか放ったらかしだったもんね」

男「平日に必ずお前を構わなきゃいけない理由もないしな」

幼馴染「…むかっ」

男「さて…まずは脚立で届くところから捌くか」

幼馴染「………」

男「幼馴染、脚立の足下支えててくれよ」

幼馴染「ふーんだ」

男「おーい、応援してくれるんじゃねえのかよ」

幼馴染「落ちろ」





10:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:58:51 ID:lNrpVbmg

男「拗ねるなよ…まあいいか。とりあえずあちこちに天狗巣病が出てるなー、切り取らないと」

幼馴染(…どーせ、私よりお金なんでしょ)

ギコギコ…

男「下からノコを入れて、そのあと上から…」

幼馴染(いくら付き合ってないって言っても、それは男がハッキリしないからなのに…)

男「殺菌剤のペースト塗って…と」

ペタペタ…

幼馴染(そりゃ、私だってハッキリしてないけど…)





11:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:59:24 ID:lNrpVbmg

男「こっちにも発症してるし、荒れ放題…そりゃ花咲かないわけだわ」

ギコギコ…バサッ

幼馴染(こないだだって、黙ってクラスの友達とグループで遊びに行くんだもん)

男「いつからこの桜が咲いたの見てないかなー」

ガサガサ…

幼馴染(女の子が一緒だったのだって、知ってるんだから)

男「十年…くらいかな。古い木だもんなー」

ペタペタ

幼馴染(男の、ばーか)





12:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:59:59 ID:lNrpVbmg

男「剪定したら来年は咲くかな…。おっと…殺菌剤落とすとこだった」

フラッ…

幼馴染「あ…!男、危ない!脚立が…!」

男「うわっ…!?」

幼馴染「男っ!」

???『危ない!』

ガシャーン!カラカラ…





13:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:00:34 ID:lNrpVbmg

男「痛てて…足打ったな…」

幼馴染「男!大丈夫…!?」

???『大丈夫ですか?』

男「折れたりはしてなさそう…え?」

幼馴染(…誰、この人)

???『ごめんなさい、頭を打たないように支えるので精一杯でした』

男「あ、ありがとう…あの、どちら様でしょうか」

???『…サクラ、と申します』

男「サクラ…さん、えっと…いつの間にこの木の下に」

サクラ『ずっと、いました』





14:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:01:15 ID:lNrpVbmg

幼馴染「そんなわけ無いよ、誰もいなかった…」

男(だよな…俺も見てない)

サクラ『信じて頂けないかもしれませんが、私はこの桜の精…というのが相応しいかわかりませんが』

男「桜の精…だって?そんな…」

幼馴染(綺麗な人…桜色の絣袴なんて今時着てる人いないし…)

サクラ『驚かせてごめんなさい。本当に久しぶりに枝を切ってもらっていたから、ずっと見ていたんです』

男(…信じられない…けど、信じなきゃ説明がつかないタイミングだった)





15:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:01:53 ID:lNrpVbmg

幼馴染「と、とにかく!もう男を離していいから!」

サクラ『あら、ごめんなさい…抱えたままでしたね』

男「でも本当に助かったよ、ありがとう。誰かさんが脚立持ってくれないから…」

幼馴染「…むっ」

サクラ『歩けますか?』

男「歩けるけど少し痛くて力が入らない…もう今日は高いところには上がれないな」

幼馴染「…悪かったわよ」

男「サクラさんがいなかったら、まじでアタマ打ってたぜ…」

サクラ『ふふ…サクラと呼び捨てにして頂いて結構ですわ』

男「ああ…なんか照れるけど」





16:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:02:27 ID:lNrpVbmg

サクラ『照れる必要なんてありません、貴方が産まれた時から知ってますもの』

男「そっか…桜の精だっていうなら、そうだよな…」

幼馴染「………」

男「せっかく現れたんだから、お礼もかねて家に上がってお茶でも出すよ」

サクラ『ありがとうございます。…でも、それはできません。私はこの木からあまり離れられないので』

男「そうなのか…残念だな」

幼馴染「なにナンパしようとしてんのよ、節操のない」

男「そんなつもりじゃねーよ」





17:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:02:59 ID:lNrpVbmg

幼馴染「…サクラさん、男を助けてくれてありがとう。でももう大丈夫だから」

サクラ『そうですね、では消えます』

男「幼馴染、感じ悪りいぞ」

幼馴染「ふんっ」

男「あの、足が直ったら平日でも少しずつ続き切るから。…また出てきてくれるかな?」

サクラ『はい、せっかく私を知って頂いたんですから』

男「うん、じゃあまた」





18:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:03:34 ID:lNrpVbmg

サクラ『では…幼馴染さん、お邪魔してごめんなさいね…』

幼馴染「なんで私に言うのよ…って、本当に消えた!」

男「今、スーッと消えたよな…まじで桜の精なんだ…」

幼馴染「信じられない…けど、本当みたいだね…」

男「…綺麗…だったな…」

幼馴染「何よ、やっぱりナンパしようとしてたんじゃないの?」

男「ちち、ちげーし」

幼馴染「もう私、帰る。…すぐにでもサクラさん呼んだら?ばーか」

男「なんだよ、さっきから感じ悪りぃな…」

幼馴染「ばいばーい」





19:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:04:18 ID:lNrpVbmg



…翌朝



幼馴染「おはよー」

男「おぅ、すぐ行くわ」

幼馴染「いつも用意遅いなー、また遅刻ギリギリになるよ」

男「じゃあ先に行けよ」

幼馴染「いやでーす」

男「なんだよそれ…もう朝メシいいや、行ってきまーす」

ガチャッ、…バタン





20:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:05:02 ID:lNrpVbmg

幼馴染「…大丈夫?」

男「何が?」

幼馴染「その…足、大丈夫なのかなって」

男「ああ…ちょっと痛むけど」

幼馴染「…ごめん、昨日は」

男「あ?…いいよ、俺が無理な体勢したのが悪いんだ」

幼馴染「でも、脚立支えなかったから」

男「まあ、すぐに治るよ。サクラのおかげで頭は打たなかったしな」

幼馴染「覚えてるんだ、やっぱり夢や幻じゃないんだね…」

男「…みたいだな」





21:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:05:32 ID:lNrpVbmg

幼馴染「よかったね」

男「何がだよ?」

幼馴染「庭先にあんな綺麗な人がいるんだもん、さぞ嬉しいんでしょ」

男「なんかつっかかるなー、嫉妬してんのか?」

幼馴染「なんで桜の木に嫉妬しなきゃいけないのよ、ばーか」

男「…そんなに機嫌悪いなら無理に一緒に行かなくてもいいのに」

幼馴染「ふんっ」

男「解ったよ…悪かったって」

幼馴染「べっつにー」

男(絶対怒ってんじゃん…無理もないけど)

幼馴染(なんで私、素直に謝れないんだろう…)

男(なんで俺、もっと幼馴染に優しくできないかな…)

男&幼馴染(好き…なんだけどな…)





23: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:42:58 ID:lNrpVbmg



…放課後



男(帰るかぁ、幼馴染は…ん?メール?)

幼馴染《機嫌が悪いので、言う通り独りで帰ります。探さないで下さい》

男(…家に帰るんだったら探すも何も無いだろ)

男(にしても、まだ怒ってんのか…どうすればいいのかな)

男(あいつの好きなクレープでも買って、家に寄ってみるかぁ…)





24: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:43:51 ID:lNrpVbmg



…クレープ屋の前



男(ん?幼馴染…!?)

男(あいつ自分で寄ってやがる…やけ喰いする気だな)

男(しゃーねえな…向かいの店の鯛焼きにするか…)

鯛焼店員「ラッシャイッセーィ」

男「三匹下さい」

鯛焼店員「ァズキサンビキッシャーカァー?」

男「はい(何て言ってんだよ)」

鯛焼店員「サンビャッキュージューエンッスァー」

男「……(390円でいいよな…?)」

鯛焼店員「ァマタセァッシター」

男(なんか腹たつわ…この店)





25: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:44:46 ID:lNrpVbmg



…自宅前



男(さて、タイミング的にどうすっかなー)

男(わざと少し遠回りしたから、もう幼馴染は帰ってると思うけど…)

男(それでも帰ったばかりだろうし、まあ服くらい着替えてから行ってみるか)





26: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:45:16 ID:lNrpVbmg

サクラ『おかえりなさい』

男「うわ、びっくりした。…サクラか、ただいま」

サクラ『ごめんなさい、驚かせちゃって』

男「いや、いいよ。ボーッとしてただけだから」

サクラ『足はどうですか?』

男「ああ、だいぶ痛みは無くなってきたよ。今日は体育は見学したけどな」

サクラ『そうですか、よかった』





27: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:46:00 ID:lNrpVbmg

男「あ、そうだ…こないだお茶も出せなかったし、鯛焼きとか食べない?」

サクラ『わあ、大好きなんです。嬉しい…いつから食べてないだろう』

男「食べた事はあるんだ?」

サクラ『本当に昔…ですけど』

男「そっか…じゃあ、どうぞ。一匹しかあげられないけど」

サクラ『ありがとうございます、一匹で充分ですよ。………美味しいっ』

男「よかった、また買ってくるよ」





28: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:47:01 ID:lNrpVbmg

???『いいなー』

男「…!?」

???『あ、見つかっちゃった』

男「見つかったって…もしかしてお前も、どれかの庭木の精か」

男(小さな娘だ…人間なら小学生か、せいぜい中学生になりたて位か)

サクラ『そうですね、彼女はカナメちゃんです』

カナメ『そこの紅カナメの化身なんだ。ずっと隠れてたんだけど、サクラが姿を見せたんならもういいかなって』





29: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:47:53 ID:lNrpVbmg

男「そっか、よろしくな。お前も鯛焼き食うか?」

カナメ『物を食べるなんて、した事ないけど…興味は深々だなぁ。どうしよ…』

男「食ってみればいいじゃん。だめなら俺が食べるから」

男(まあ、幼馴染の分は一匹あるからいいよな)

カナメ『よーし、食べてみる!………うわ、美味ぁい!』

男「そりゃよかった。…なあ、もしかして全部の庭木に精がいるの?」

サクラ『この庭には結構多いですよ、全てではないですけど。彼女の他にもあの赤松と欅(けやき)、それから椛(もみじ)二本にもいますね』





30: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:49:05 ID:lNrpVbmg

カナメ『古い庭だからね。ボクは割と最近に植えて貰ったけど』

サクラ『ふふ…カナメちゃんはケヤキさんと恋仲なんですよ』

カナメ『もう、サクラそんな事まで言っちゃだめー!』

男「そんな恋愛関係もあるんだ。じゃあケヤキも出てきたらいいのに」

サクラ『彼はけっこう硬派ですから、今も姿は消して自分の枝の下で昼寝してますね』

男「あー、位置関係的にも紅カナメは欅の枝の下だな。なんとなくお似合いな気がするわ」

カナメ『そ、そう!?参っちゃうなー!』

サクラ『あ、ケヤキさんがむせてる。聞いてたみたいですよ、あはは…』





31: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:11:31 ID:lNrpVbmg

男「ははは…そっか、この庭にぎやかなんだなー」

カナメ『鯛焼き、もう一匹食べたいなー』

男「ん?…ああ、悪い。これはだめなんだ」

サクラ『もしかして幼馴染さんの分ですか?』

男「当たり、あいつちょっと機嫌悪くってさ。貢ぎ物をね…」

カナメ『やっすい貢ぎ物だなー』

男「高校生だからこれくらいでいいんだよ、ほっとけ」





32: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:12:02 ID:lNrpVbmg

サクラ『もしかして機嫌が悪いのって、私のせいだったりします…?』

男「んー、まあ…でもどっちかというと、俺のせいだよ。ハッキリしないのが悪いんだよな」

カナメ『それはだめだよ、男ならそこは夜這いかけるくらいじゃないと』

男「馬鹿言え、そういうハッキリじゃねえよ。まだ付き合っても無いんだから」

カナメ『幼馴染って事は昔っから一緒にいるんでしょ?なのに付き合ってもないの?』

男「そういう関係だから余計に難しいって面もあるんだって」





33: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:12:44 ID:lNrpVbmg

サクラ『解りますけど…でもハッキリはした方がいいですね。きっと幼馴染さんも待ってますよ?』

カナメ『そうそう、ボヤッとしてたら他の男に攫われちゃうんだから』

男「怖い事言うなよ、あいつあれで結構モテるから心配なんだ」

サクラ『大丈夫、男さんもなかなか男前です。自信もって』

男「そんなん初めて言われたよ」

カナメ『お世辞って知ってる?』

男「てめえ、鯛焼き返せ」





34: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:13:15 ID:lNrpVbmg

サクラ『カナメちゃん、ここは男さんをその気にさせないと』

カナメ『あ、そっか。ごめんごめん、男前ー』

男「遅せぇよ。ってか、サクラもひでえ」

サクラ『あはは…ごめんなさい。でも私は男さん、好きですよ』

男「もう何も信じられない」

カナメ『ぎゃはは、いじけたー』





35: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:37:14 ID:lNrpVbmg



…幼馴染の部屋



幼馴染(どうしよう)

幼馴染(行くなら、そろそろ行かないと)

幼馴染(でも感じの悪いメール送って、勝手に帰っちゃったしなぁ…)

幼馴染(………だめだよね、尻込みしてたら。せっかく男の好きなツナクレープも買ったし)

幼馴染(今度は素直に謝ろう。謝った後に余計な事は言わないように…)

幼馴染(それと…できたら、好きって言おう)

幼馴染(…無理かなー、無理だろうなー)

幼馴染(ええい、とりあえず男の家に行こう!)





36: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 17:11:26 ID:lNrpVbmg

幼馴染(…庭先から、声…?)

幼馴染(サクラさん、いるんだ…それに違う娘も。あの娘も木の精なのかな)

幼馴染(楽しそうに笑っちゃって、なによ…)

幼馴染(………だめ、またそんな素直じゃない事を考えて)

幼馴染(『男、クレープ買ってきたよ。サクラさん達には悪いけど、部屋で食べよう』…うん、そのくらい言ってもいいよね)





37: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 17:12:00 ID:lNrpVbmg

幼馴染(サクラさん達は木から離れられないんだから、仕方ないよ。この時間に男の部屋に行くのは日課なんだから)

幼馴染(男…怒らないよね、…よしっ)

スタスタ…

幼馴染「お、男…」
サクラ『…私は男さん、好きですよ』

幼馴染「………!」

…ササッ

幼馴染(…なんで隠れちゃったんだろう)

幼馴染(違う、もう一人の娘もいるんだし、まさか告白なんてわけじゃない)

幼馴染(ただの他愛もない会話だよ…ね)





38: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 17:12:35 ID:lNrpVbmg

男「…とにかくなー、幼馴染とは本当にこの関係の時間が長過ぎてさ」

幼馴染(私の事、話してるの…?)

男「正直、恋人になるとかってイメージわかないんだよなぁ」

幼馴染(………!!!)

サクラ『そんなものですか』

男「うん…あいつも素直じゃないし、まあ俺もなんだけど」





39: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 17:13:06 ID:lNrpVbmg

カナメ『もういっそのこと、好きって言ってくれるサクラと付き合っちゃえばー?』

サクラ『カナメちゃん、変な事言わないの』

幼馴染(…どうやって顔を出せばいいのよ)

男「はは…悪くない話だな」

幼馴染(…私とは恋人になれないって聞いた後で、どんな顔をして話し掛ければいいの)

カナメ『男、真に受けてるー!』

男「ばーか、そんなんじゃねえよ」

幼馴染(もう…いいや…帰ろう)

幼馴染(男…私は…好きなんだよ)

幼馴染(伝える前から、ふられちゃったなぁ…)





42: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 20:14:56 ID:lNrpVbmg



…15分後



男「…さて、そろそろ行ってみるかなー」

サクラ『頑張って下さい、告白するんですよ?』

男「今日、必ずってわけじゃないよ…」

カナメ『そんな事言ってるからだめなんだよー、思い切らなきゃ』

サクラ『そうです、絶対ふられるわけないですよ』

男「お、おぅ…がんばるわ」

サクラ『はい、その調子です』





43: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 20:26:12 ID:lNrpVbmg

ピンポーン…

幼馴染母「あら、男くんいらっしゃい。いつもあの娘がお邪魔ばかりしてごめんなさいね」

男「いいえ、なんかもう部屋にいるのが当たり前みたいだから」

幼馴染母「でも今日は男くんが来てくれたのね。どうぞ上がって、部屋にいると思うわ」

男「お邪魔します」





44: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 20:45:09 ID:lNrpVbmg

パタパタパタ…
…トントン

男「幼馴染ー、いるのか…?」

幼馴染《…いない》

男「いるじゃねえか、開けるぞ」

幼馴染《開かない、鍵かけてるから》

男「じゃあ、鍵を開けてくれよ」

幼馴染《…嫌だ》

男「いつまで膨れてんだ…鯛焼き買ったから、食えよ」

幼馴染《いらない、食欲無い…》





45: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 21:06:17 ID:lNrpVbmg

男「幼馴染…悪かった。サクラの事、木の精だなんてあんまりびっくりしたから、つい…」

幼馴染《もう、いい…》

男「…幼馴染、話がしたいんだ。開けてくれないか」

幼馴染《話したくない、お願い…今日は帰って》

男(俺の部屋は無断で開けるくせに…勝手な奴だなぁ)

男(でもこんな機嫌の日に告白なんか、そもそもできないか…)

男「鯛焼き、袋のままドアの外に置いとくから…」

幼馴染《………》

男「明日は機嫌、直しといてくれないか。話…したいんだ」

幼馴染《………ごめん》

男「今日は帰るわ…じゃあな」





46: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 21:08:58 ID:lNrpVbmg



…幼馴染の部屋



幼馴染(…帰っちゃった)

幼馴染(いいんだ、今日はどうやっても普通になんて話せない)

幼馴染(こんな真っ赤な目で、会えるわけないよ)





47: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 21:09:50 ID:lNrpVbmg

『…イメージわかないんだよなぁ』

幼馴染(…私は、ずっとイメージしてたよ)

幼馴染(もし、ちゃんと付き合えるようになったら、あんな事がしたい…どんな所に行きたいって)

幼馴染(男は…違ったんだね)

幼馴染(ただハッキリしてないだけだと思ってた…どっちからでも告白さえすれば、だめなワケは無いって思ってた)

『正直、恋人になるとかって…』

幼馴染(…でも、だめなのかもしれない)





48: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 21:10:30 ID:lNrpVbmg

『…サクラと付き合っちゃえばー?』

幼馴染(まさかサクラさんじゃないだろうけど…いつか、男は他の誰かのものになっちゃうのかな)

幼馴染(そんなの、考えた事も無かったのになぁ…)

『いつまで膨れてんだ…』

『明日は機嫌、直しといてくれないか』

『話…したいんだ』

幼馴染(…気持ち、切り替えなきゃ)





53: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:25:58 ID:lNrpVbmg



…翌朝



男(おかしいな…幼馴染が迎えに来ない)

男(これは多分、まだ拗ねてんだな)

男(しゃーねぇ、たまには俺が迎えに行くか)





54: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:26:30 ID:lNrpVbmg

…ピンポーン

幼馴染母「あら…?おはよう、男くん。あの娘、もう出たけど…男くんのところへ行かなかったのかしら」

男「え…そうなんですか」

幼馴染母「それにしても貴方達、ケンカでもした?」

男「いや…まあ…」

幼馴染「今回はあの娘、相当ヘソを曲げてるみたいだわ。ごめんなさいね…」

男「何かあったんですか?」

幼馴染母「うーん…まあ、学校には行っただろうから、会えば解ると思うわ」

男「…はい」





55: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:27:20 ID:lNrpVbmg



…学校、男と幼馴染のクラス



ガラッ

男「おはよー」

友1「あっ、来たぜ」

友2「おい!男、どういう事だ!?」

男「はぁ?…何が」

友1「てめえ、幼馴染ちゃん泣かしたのかよ!?返事によっちゃブン殴るぞ!」

男「ちょ、何の事だよ。わけ解らねえぞ」

友2「ふざけんな、だってあれ…どう見ても自分で切ってるじゃねーか」


56: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:27:53 ID:lNrpVbmg

男「切ってるって、何を…」

友2「お前、知らなかったのか?…見りゃ解んだろ」

男(何がだよ…え!?)

男(幼馴染…!髪が…!)

男「…悪りぃ、友1。ちょっとHR遅れるわ、適当に担任に言っといてくれ」

スタスタスタ…

男「幼馴染、ちょっと来い」

幼馴染「あ、男…おはよ。昨日、鯛焼きありがとう」

男「いいから、ちょっと来いよ」

幼馴染「もうHRが始まっちゃうよ」





57: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:28:26 ID:lNrpVbmg

男「うるせえ、いいから」

グイッ

幼馴染「ちょっと…男…!」

男「屋上、行くぞ」

モブ友「ヒャッホー、チワゲンカダー」

モブ友「ヒューヒュー、オトコーセキニントレー!」





58: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:28:05 ID:lNrpVbmg



…屋上



幼馴染「強引だなぁ…私、乱暴されちゃうのかな?」

男「ふざけてんじゃねえよ、お前…その髪どうしたんだ」

幼馴染「ん…ちょっと、ね」





59: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:28:38 ID:lNrpVbmg

男「背中まであったのに…適当な切り方しやがって。肩下しか無えじゃねーか」

男(俺はお前の長い髪、好きだったんだぞ…)

幼馴染「イメチェンです」

男「それなら普通、美容院行くだろうが」

幼馴染「…なんで怒ってるのよ」

男「こないだから怒ってんのはお前だろ!しかもそんな真似しやがって…!」

幼馴染「怒ってないよ、もうスッキリしてる」

男「してねえよ!明らかに空元気じゃねえか…!」





60: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:29:15 ID:lNrpVbmg

幼馴染「…男が気にする事じゃないでしょ」

男「お前、俺が…!」
幼馴染「…付き合ってるわけでもないのに」

男「………!」

幼馴染「彼氏でもないんだから、私がどう髪型変えても口出しする必要なんて無い…そうじゃない?」

男「………幼馴染」

幼馴染「もう放っといて、男には関係ない話だから」





61: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:29:52 ID:lNrpVbmg

男「関係なくても、やっぱり髪を切った理由はあるんだな」

幼馴染「…私ね、失恋…したの」

男「え…!?」

幼馴染「だから、気分転換が必要だったんだ。大丈夫…帰りに美容院寄るから、ちゃんとしてもらう」

男「…お前、好きな奴がいたのか」

幼馴染「うん、言ってなかったけど…ずっと前から」

男「そいつに振られたのか」

幼馴染「…そんなとこ」

男「…そうか」





62: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:30:25 ID:lNrpVbmg

幼馴染「だから、男が気にする事は無いの。それに髪短くしたらけっこう楽なんだよ」

男「…解った。ごめん…変な口出しして」

幼馴染「教室、戻るね。男も行こう」

男「…もう少し、ここにいる」

幼馴染「怒られちゃうよ」

男「いいから、気にするな。…本当、さっきは悪かった」

幼馴染「…早くおいでね?」

男「おう」





63: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:31:08 ID:lNrpVbmg

男(参ったね、こりゃ…)

男(強引に屋上に連れて来たのが、赤っ恥のレベルだな)

『言ってなかったけど…ずっと前から』

男(何が『部屋にいるのが当たり前』だよ、ただ散らかってて居心地が良かっただけだったんじゃねえか)

男(俺の部屋で他愛もなく話しながら、笑いながら…お前は別の男の事を想ってたんだな)





64: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:31:43 ID:lNrpVbmg

男「ははっ…俺は馬鹿か…」

男(ただハッキリしてないだけだと思ってた…どっちからでも告白さえすれば、だめなワケが無いと思ってたんだ)

男(なんて図々しい、なんて勝手な思い込みだよ)

…ガンッ!

男「…痛ってぇ」

男(コンクリートで壁ドンしちゃだめだな…血ぃ出た)

男(教室…戻りたくねえなぁ…)





65: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:54:28 ID:lNrpVbmg



…その日の夕方、男の家の庭先



カナメ『おかえりー、あれ…独り?』

サクラ『お帰りなさい、昨日はどうでした?』

男「うん、だめだった」

サクラ『え…!?』

カナメ『だめだったって、フラれたって事…!?』

男「まあ、そんなとこだな」





66: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:55:00 ID:lNrpVbmg

サクラ『そんな…そんなはず無い、ただ怒ってるだけなんじゃないですか?』

男「いや、そもそも機嫌が悪かったのも…どうやら俺とは関係無い理由だったみたいだ」

カナメ『なんだよ、その理由って』

男「悪い、今は言いたくない…まだ俺も気持ちが整理できてないんだ」

サクラ『男さん…』

男「まあでも、ちょうどいいよ。たぶんこれから夕方は暇になるから、お前らの剪定もはかどりそうだ」

サクラ『男さん、無理しないで…』

男「はは…大丈夫だよ。着替えてから取り掛かるから、待ってて」





67: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:55:34 ID:lNrpVbmg



…五日後



ギコギコ…バサッ

男「欅の剪定は難しいなー」

ケヤキ『まあ上出来だろ、自然形の枝ぶりを意識してくれてるだけで御の字だ』

男「そう言ってくれると助かる」

…バサバサ…ストン

ケヤキ『ふう…さっぱりするぜ』

男「ケヤキは本当、硬派な感じだなー。木質も堅いけど」

ケヤキ『そうか?クヌギや栗ほどじゃないんだがな』

男「まあノコの刃を替えたから、大丈夫だけどね。格好よく切らないとカナメに怒られそうだ」





68: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:56:09 ID:lNrpVbmg

ギコギコ…

ケヤキ『あいつもスッキリしたよな、ありがとよ』

男「惚れ直したかい?」

ケヤキ『オトコってのは、いったん惚れたらそれ以上は無いくらいまで惚れ込まなきゃだめなんだよ』

男「はは…耳が痛てぇな」





69: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:56:41 ID:lNrpVbmg

パチン、パチン…サッ、サッ

ケヤキ『…アンタ、失恋したってな』

男「まあね…」

ケヤキ『ちゃんと想いは伝えて、それで砕けたのか』

男「………」

ケヤキ『…そうじゃねえんだったら、後悔するぜ』

男「それ以前に、後悔しきりだよ。…チャンスなら十年以上もあったんだから」





70: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:57:13 ID:lNrpVbmg

…バサバサ

ケヤキ『今からでもいいじゃねえか』

男「そうだな…まだ、チャンスが無いわけでも無いのかな」

ケヤキ『思い切れよ』

男「機会を窺って…な。たぶん今は逆効果なんじゃないかと思う」

ケヤキ『まあ、アンタの気持ちだ。アンタの好きにすりゃあいい…』





71: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:57:45 ID:lNrpVbmg

…サッ、サッ

男「よし、こんなもんでどうだ?」

ケヤキ『ああ、見違えるぜ。すまねえな』

男「明日は椛二本かなー」

ケヤキ『…なあ、ちっとも礼にはならねえんだが、ひとつお節介を言わせてくれねえか』

男「お節介?」

ケヤキ『アンタ、今はその幼馴染って娘と距離を置いてんだろ。だったらこの件は逆に好都合なんだ』

男「…聞くよ」





72: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:58:22 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『そんなに難しい話じゃねえ。…ただ暫く、サクラに出来るだけ優しくしてやってくれねえか』

男「サクラに…?どうしてまた」

ケヤキ『ここだけの話だ。まだカナメや、精として幼いモミジの双子には言ってねえ』

男「…少し小さい声の方が良さそうだな」

ケヤキ『サクラは…あの桜は、もう長くは無い。たぶんいくら保っても来年の夏は越せないだろう』

男「………!!!」





73: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:59:04 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『それに今年は剪定をしたからな、春には花をつけるかもしれない。いや、もしかしたらじきに秋の狂い咲きをする可能性もある』

男「それがどうしたんだ」

ケヤキ『木にとって花を咲かせるというのは、凄まじい生命力を消費する事だ。多分、花を咲かせたらその後は…』

男「俺が剪定をしたから、サクラは早く死ぬってのか」





74: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:59:35 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『さっき言ったろう、長くても夏までだって。お前が責任を感じる必要は無いさ、むしろ最期の花を咲かせられるなら願ったりだ』

男「でも…なんとかならないのか」

ケヤキ『あの桜は染井吉野だからな、そもそも花は最高に華美だが寿命は短い…仕方が無えよ』

男「…その事と俺が彼女に優しくする事と、関係があるのか」

ケヤキ『そこは赤松のジジイから聞いてくれ、俺より適任だ。とにかく、頭の隅にだけ置いといてくれよ』

男「…ああ、解った」





76: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 16:34:52 ID:lNrpVbmg



…男の部屋



男(…ショックだ)

男(庭からサクラがいなくなるなんて、思ってもみなかった)

男(まさか恋をしちゃいないけど…寂しすぎるだろ)

男(幼馴染に話すべきかな…知らない間柄じゃないし)

男(でもここ数日、めっきり話してもないんだよな。近寄り難いというか…気まずくて)

男(ここんとこ、ショック受けてばっかだ)

男(…幼馴染が振られた事に、少し安堵してる自分が嫌だし。なんかもう、胃が辛い)

男(また…この部屋に来てくれねえかな)

男(もう前みたいにぞんざいな事、言わないから)

男(俺…お前がいなきゃ、だめなんだよ…)

男(とてもじゃないけど、今は連絡なんてできねえや…)





77: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 16:35:26 ID:lNrpVbmg



…翌日



イロハ『今日は私達の番だよねー』

ノムラ『だよねー』

男「えっと、イロハとノムラ…。悪いけど先に赤松を剪定してもいいかな」

イロハ『楽しみにしてたからだめー』

ノムラ『だめー』





79: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 16:36:01 ID:lNrpVbmg

男「ちょっと赤松に訊きたい事があんだよ、すまねえけどさ…」

イロハ『じゃあ松ジイをこっちに呼べばいいよー』

ノムラ『いいよー』

男「いや、内容的にそういうわけにもいかないんだよ…」

イロハ『男、モミジ嫌いなのー?』ウルウル

ノムラ『なのー?』ウルウル

男「んな事は無い!無いから!」

イロハ『じゃあ私達の番だねー』ニッコリ

ノムラ『だねー』ニッコリ

男「…解ったよ、解りました。切らせて頂きます」





80: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 17:52:40 ID:lNrpVbmg

…パチン、パチン

男(ケヤキと同じで自然樹形を保たなきゃいけないから、難しいよなー)

プチプチ…

男(多過ぎるところは手で葉っぱを毟って…)

男「痛ってえ!?…ああ、くそ!イラガがついてるじゃねえか…!」

イロハ『防除しないからだよねー』

ノムラ『だよねー』

男「くっそー、そうだった…モミジはこれが多いんだ…後で手がグローブみたいになるんだろなぁ」

イロハ『柿ほどじゃないけどねー』

ノムラ『けどねー』





82: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:11:26 ID:lNrpVbmg

サクラ『まあ、イラガに刺されたんですか?』

男「…サクラ。いや…大丈夫、ちょっとだけだよ」

イロハ『イラガに刺されるのにちょっとだけとか関係ないよねー』

ノムラ『ないよねー』

男「大丈夫だから、もう手袋したから」

サクラ『男さん、切りながらでいいです。お話…できますか?』

男「ああ、いいよ」





83: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:32:39 ID:lNrpVbmg

…パチン、パチン

サクラ『その後、幼馴染さんとは何かお話しました…?』

男「…挨拶くらいだな」

サクラ『彼女の雰囲気は、どうなんですか?』

ギコギコ…

男「やっぱり、なんか落ち込んでる風ではある…かな」

サクラ『幼馴染さん、失恋したって言ったんですよね?』

男「…うん、どこの誰に振られたのかは解らないけど」





84: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:33:28 ID:lNrpVbmg

プチプチ…

サクラ『…もしかして、ですよ?』

ノムラ『ですよー』

サクラ『男さん、幼馴染さんに何か言いませんでした?』

…パチンッ

男「…どういう事?」

サクラ『私…幼馴染さんが、男さん以外の人を好きになるようには思えないんです』

男「…俺は何も言ってないし、あいつは俺には関係ないって言ったよ」





85: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:34:25 ID:lNrpVbmg

サクラ『何か理由があって幼馴染さんが男さんに振られたと思い込んでるとしたら…そんな風に強がって当たり前じゃないですか?』

男「…都合が良すぎるよ」

プチプチ…

サクラ『でも他の人が好きだったんだとしたら、男さんに対しては今までと何も変わらないはずなんですよ?』

男「………まあ、そうだな」

サクラ『別に今まで通り男さんの部屋に来ればいいはずじゃないですか、その方が少しでも気が晴れるでしょう?』

男『そんな気分になれないくらい、落ち込んでるんだろ』

ギコギコ…
…パサッ

イロハ『…恋ってめんどくさいねー』

ノムラ『ねー』





86: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:35:16 ID:lNrpVbmg

サクラ『じゃあ、質問を変えます。…幼馴染さんが本当に誰かに振られたんだとして』

男「うん…」

サクラ『どうして男さんは、この機に幼馴染さんの気を惹こうとしないんですか?』

…パチンッ

男「…どうやって」

サクラ『幼馴染さんを慰めて元気づけるなら、男さんが最適なはずじゃないですか。…それなのに』

男「そんな事…ないよ。俺は関係ないって言われたんだぞ」





87: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:36:13 ID:lNrpVbmg

サクラ『…幼馴染さんって、随分ひどい人なんですね』

男「………え?」

サクラ『ずっと男さんの部屋に入り浸って、男さんが自分に気があるって思い込むくらい思わせぶりな態度をとって』

男「サクラ…」

サクラ『それで本当は他の人が好きで、振られて、男さんには関係無いなんて冷たい事を言って』

男「サクラ、君に何が解る…」
サクラ『…最低な女ですよね』
男「…違う!あいつはそんなやつじゃないっ!」

イロハ『怒った…男、怒った』

ノムラ『怒った』





88: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:48:43 ID:lNrpVbmg

男「サクラ、あいつを侮辱するのは君でも許さない」

サクラ『ほら、やっぱり…解ってるんじゃないですか』

男「え?」

サクラ『幼馴染さんはそんな人じゃないでしょう?…だったら、何か理由がありますよ』

男「…ずるいな、サクラは」

サクラ『何とでも、男さんが目を覚ましてくれるなら』





89: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:49:21 ID:lNrpVbmg

男「これじゃ、ケヤキに怒られちゃいそうだな」

サクラ『はい?』

男「何でもないよ…ありがとう、サクラ」

イロハ『男、手が止まってるー』

ノムラ『止まってるー』

男「ああ、ごめん。…もうすぐだからな」





90: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:49:57 ID:lNrpVbmg

プチプチ…

男(そうだよな、俺が尻込みする必要は無いんだ)

…パチン、パチン

男(メールでもしてみる…かな)

ギコギコ…
…パサッ

男(あいつが落ち込んでるなら、何か美味いもんでも食いに誘ってみるか)

イロハ『すっきりしたねー』

ノムラ『ねー』

男「俺も少し、すっきりしたよ」

イロハ『何がー?』

ノムラ『何がー?』

男「恋を患う胸の奥…かな?」

イロハ『…臭いねー』

ノムラ『ねー』





92: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 23:27:13 ID:lNrpVbmg



…その夜、幼馴染の部屋



幼馴染(…まだ8時かぁ、時間経たないな…)

幼馴染(私…男の部屋に行かなくなったら、男と会わなくなったら…何もする事無いんだ)

幼馴染(学校や休日なら友達と過ごす事もできるけど、平日の夕方から夜なんて…本当に何も無い)

幼馴染(今まで思った事も無かったなぁ…)

幼馴染(私、こんなに男に依存してたんだね。男はきっと、それに疲れちゃったんだ)

幼馴染(こんな女を恋人にしたら、もっと疲れちゃうよね…)

幼馴染「でも…」

幼馴染(声に出しちゃ、だめなんだけどな…)

幼馴染「私…男がいなきゃ…だめなんだよ…」

幼馴染(髪も切ったのに、ちっとも諦め切れてないや…)





93: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 10:00:26 ID:lNrpVbmg

キラキラリーン…ピコーン

幼馴染(…メール、誰だろ)

幼馴染(男…だったら、いいな)

パカッ

幼馴染(本当に男からだ…!)





94: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 10:01:00 ID:lNrpVbmg



件名…どうしてる?
本文…無理もないけど、最近元気が無いな。
よかったら今週末、どこか遊びに行きませんか?
朝、幼馴染の迎えが無いからいつも遅刻しそうになるよ。
元気出せよなー!





95: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 10:01:32 ID:lNrpVbmg

幼馴染(男…なんか複雑だよ。まあ私の失恋相手が男だとは伝えてないんだから、当たり前かな)

幼馴染(でも、嬉しい)

幼馴染(もう一回…ただのお友達からやり直してでも、頑張れば私に振り向いてくれる…?)

幼馴染(今までの馴れ合い過ぎた私から変われたら、恋人のイメージ…持って貰えるかな)

幼馴染(返信…どうしよう。男相手のメールに悩むなんて初めてだなぁ)





96: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 10:07:30 ID:lNrpVbmg



件名…Re:どうしてる?
本文…ありがとう、楽しみにしてるからね。また前の日に連絡します。
おやすみ、男。



幼馴染(シンプル過ぎるかな…でも、あんまり書き込むと面倒臭い感じになりそうだし)

幼馴染(うう…どうしよ…ええい!送信しちゃえ!)

…ピッ

幼馴染(…送っちゃった、はああ…緊張した…)

幼馴染(よし、がんばろう…!恋人のイメージがわかないとは言ってたけど、嫌いだって言われたわけじゃないんだから)

幼馴染(チャンスはある!…はず!…たぶん!…きっと…)





97: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 12:39:31 ID:lNrpVbmg



…男の部屋



…バチコーイ!ピコーン

男「返信きたー!?」

男(やっぱ幼馴染だ!…うおお、あいつのメールでドキドキするなんて初の感覚…)

男(開封するの怖えぇ…!見るの明日にしようかな…)

男(って、アホか!もし『明日からまた迎えに行くからね、はぁと』とか書いてあったらどーすんだ!…いや無いな、うん…無い)

男(ええい、もう届いた内容は変わらねえんだ!…いつ読むの!?)

男「…今でしょ!」

…ピッ





98: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 12:40:21 ID:lNrpVbmg

男「………!!!」

男(よっしゃ!とりあえず好感触…!)

男(…はあああぁぁぁ、なんだこの安堵感と疲労感は)

男(まあ焦らずに…とにかく今度の休みは、あいつの傷心を労わって自分のポジションを上げなきゃな)

男(…幼馴染相手に、こんな風に普通に片想いする事になるとは…)

男(でもなんか、新鮮だな…)





99: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:37:49 ID:lNrpVbmg

男(あいつを慰めるのは当たり前として、何かもうひと押し…武器が欲しいな)

男(やっぱ思いつくのは今までの時間…だよなあ)

男(無為に過ごしてしまったけど、この十数年は俺達にとって大事な記憶には違いない)

男(最近の事はもちろん覚えてるけど…忘れかけたような懐かしい記憶)

男(これは俺以外の男は持ってない武器になるんじゃないか?)

男(…たしか、リビングの書棚にアルバムあったな。二人で写ってる写真もあったはず)

男(よし…夜更かし覚悟で見てみるか)





100: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:38:42 ID:lNrpVbmg

男母「あらー?珍しいわね、アルバムなんか出して」

男「ああ、ちょっとな」

男(…ええと、これかな?)

…ドサッ
パタッ…パタッ…

男(おお…!中学校の入学式!そっかー、女子はこんな制服だったなー。…可愛いなー、幼馴染)

男(これは…ウチの庭で流し素麺した時のか、ちょっと映りがイマイチ)





101: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:39:22 ID:lNrpVbmg

パタッ…パタッ…

男(あんまり無いんだなー、これは…そっか二家族揃ってキャンプした時のやつか。…これは結構いいな)

男(まあこの頃はもうデジカメだったもんなー、ほとんどPCの中かぁ)

男(もうちょい古いやつ…小学校くらいの、これかな?)





102: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:41:43 ID:lNrpVbmg

…ドサッ
パタッ…パタッ…

男(おお!あるある!…運動会のやつ、遠足のやつ…)

男「うおっ!?」

男母「どうしたの変な声出して?」

男「な…なんでもない!」

男(庭先のビニールプール…小学3年くらいか?…二人とも素っ裸じゃん)

男(幼いけど顔は今の幼馴染とそんなに変わらない…これはヤバイ、お宝発見!)

男(後でこっそりスキャンして隠しフォルダ行きだな…。携帯にも保存しとこ)





103: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:44:30 ID:lNrpVbmg

男(ん…?こっちのアルバムは、えらい古いな…)

…ドサッ
パタッ…パタッ…

男(写真、白黒じゃん。しかも写真館みたいなとこで撮ったのしか無えぞ。よっぽど昔だな…)

パタッ…パタッ…

男(…ん?…んん!?)

男「オカン、これ…誰だ?なんか俺にそっくりなんだけど」

男母「ええ?…あ、これはアンタの曾祖父さんよ。本当にそっくりよねぇ」

男「びっくりだよ…あ、そういえば」

男母「そうそう、アンタの名前も曾祖父さんからとったのよね。字は違うけど」

男「そっか…昔、聞いた事あったなー」

男母「次のページ見てごらんなさいな、美人さんがいるわよー?」

男「まじか、どれどれ…」





104: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:45:16 ID:lNrpVbmg

…パタッ

男「……!!!」

男母「…ね?それ、アンタの曾祖母さんよ、綺麗な人でしょ」

男「曾祖母…ちゃん…?」

男(これ…サクラだ…!)





105: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:45:49 ID:lNrpVbmg

男母「名前は片仮名で『サクラ』っていってね。そうそう…アンタが剪定してくれた桜の木は、二人の結婚記念樹なのよ」

男母「その写真の時、曾祖母さんのお腹にはアンタのお祖父さんがいたの。でも、産んですぐに曾祖母さんは亡くなったそうよ。産後の肥立ちが悪かったって…」

男「曾祖父ちゃんは、目が見えなかったよな…」

男母「覚えてるのね。アンタが7歳位の頃に亡くなったけど、戦地で目を負傷してね…。それでも命は助かって帰国したら妻は子供を遺して亡くなってるし、辛い人生を送った人だったわ」

男「俺が7歳…十年前か」

男母「目が見えなくても、庭の桜が咲くとその下で曾祖母さんに語り掛けながらお酒を飲んでたねぇ」

男母「普段は年相応な話し方をする人だったけど、その時だけは結婚当時みたいに若々しく、凛々しく語りかけてたわ…」





106: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:47:24 ID:lNrpVbmg

男母「曾祖父さんが亡くなったのは三月のはじめだった。…最期の言葉で『桜が咲くのを見たい』って言ってたのが、忘れられなくてねぇ…」

男「曾祖父ちゃん…」

男母「その年の桜は一番綺麗に咲いたわ…でも曾祖父さんは見られなかった。不思議な事に次の年から桜は咲かなくなったのよ」

男(そうか…ケヤキの言った事は、そういう意味か)

男(俺が曾祖父ちゃんにそっくりだから…)

男(サクラは曾祖母ちゃんの幽霊?…よく解らないけど)

男(でもそれならどうして、そう言ってくれないんだろう…)

男(訊かない方がいいのかな?…そうだ明日、赤松のジイさんとやらに訊いてみよう…)





109: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 22:08:37 ID:lNrpVbmg



…翌朝



…ガチャッ

幼馴染(どうしよ…昨日のメールで、迎えに行くって書けば良かった…)

『朝、幼馴染の迎えが無いからいつも遅刻しそうになるよ』

幼馴染(せっかく男がそう書いてくれてたのに、バカだなぁ…私)

幼馴染(行ってもいいかな…行ってみようかな…)

幼馴染(…ダメでは無い…よ…ね?)





110: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 22:09:20 ID:lNrpVbmg

ピンポーン…

男母「あら幼馴染ちゃん、おはよう。髪型すっきりしたわねー、可愛いわよ」

幼馴染「あ、お…おはようございます。あの…男は…」

男母「それがねぇ…」

男「オカーン!制服はー!?あああぁぁ、寝ぐせだらけだしいいぃぃぃ!!」

バタバタバタ…!

男母「なんだか昨日やたら夜更かししたみたいで、この通りなのよ。幼馴染ちゃん、今日はいいから先に行きなさいな?」

幼馴染「は、はい…」





111: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 23:12:02 ID:lNrpVbmg



…教室、休み時間



モブ女「…キノウノドラマミター?」

モブ女「ミノガシタノヨー、デモロクガシタカラー」

幼馴染(結局、男…大遅刻しちゃってたなぁ)

モブ女「エー、ハナシチャオッカナー」

モブ女「チョ、マテヨ!」

幼馴染(…やっぱりもっと早く、前みたいに私が迎えにいかなきゃダメなんだよ!)





112: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 23:13:10 ID:lNrpVbmg

モブ女「エットネー、アノネー」

モブ女「ヤメテヨー!タノシミニシテルノー!」

幼馴染(男にとっても私がいなきゃダメなんだね!)

モブ女「ヒャクバイガエシダ!」

モブ女「ソレ、ニチヨウノジャナイノー!」

幼馴染(男は週末、私を誘ってくれたんだし!やっぱり、望みは充分にある!)

モブ女「ヤレー!オオワダー!」

モブ女「キャハハハ!ニテナーイ!」

幼馴染(絶対、男を振り向かせてやる!見てろー!)





116: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 08:37:50 ID:lNrpVbmg

幼友A「あの…幼馴染ちゃん?」

幼友B「なんで天井に向かって拳突き出してんの?」

幼馴染「え!?あ…いや、ちょっとボーッとしてた!あはは…」

幼友A「いや、ボーッとしてる感じじゃなかったけど」

幼友B「まあいいや…幼馴染ちゃん、お客さん来てるよ」

幼馴染「お客さん?」

幼友A「たぶん隣のクラスの男子、これはアレじゃないのー?」

幼友B「幼馴染ちゃん、本当に男くんとは別れちゃったの?」

幼馴染「え…男とはもともと付き合ってはないし…」

幼友A「はぁ…そういうのはいいから、見え透いてるし」

幼友B「そうそう…ま、どうする?断っとこうか?」

幼馴染「…うーん、まあ…行ってみる」





117: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 08:56:41 ID:lNrpVbmg

モブ友「キノウミタオンナノコ、オボエテル?」

モブ友「モチロンヨ!スゲェカワイカッタヨナー」

男(…夜更かししすぎた、眠い)

モブ友「シカモ、チラチラコッチヲミテキテタシ」

モブ友「ソリャオマエガガンミシテタカラダロ」

男(結局、アルバム見るだけで日付変わったし…その後はお宝写真のスキャンと活用に勤しんだし)





118: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 08:57:20 ID:lNrpVbmg

モブ友「モシカシテダケドー!」

モブ友「モシカシテダケドー!」

男(本当は今朝、早起きして幼馴染を迎えに行ってみたかったんだけどなー)

モブ友「オイラノズボンノチャックガアイテタンジャナイノー!」

モブ友「ゼンゼンモジスウアッテネーシ!」

『ありがとう、楽しみにしてるからね』

男(まあ週末が勝負だ、それまではこのメールを励みにするさ…)





119: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 08:59:57 ID:lNrpVbmg

男友A「なに溜息ついてんだよ、似合わねえな」

男「心配するなら、ひと言多いよ」

男友B「心配してないからな」

男友A「じゃなくて、お前いいのかよ?幼馴染ちゃんの事」

男「どういう意味だよ?」

男友B「お前ら別れたって噂が広まってんぞ?」

男「そもそも付き合っちゃないけど…それは嬉しくはねえな」

男友A「だろ?でも…さっき幼馴染ちゃん、隣のクラスの奴に呼び出されてたぞ」

男友B「ありゃあ噂を信じて告白する気だろうな」

男「まじか…!?」

男友A「行けよ、手遅れになんぞ?」

男友B「向こうの階段の方に行ったから、たぶん屋上だろ」

男「…サンキュ、行ってみるわ!」





120: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:24:06 ID:lNrpVbmg



…屋上、ドアの内側



男(そーっ…とね…)

…ガチャッ

男(…いた!…何か話してる)

男(あー、見た事あるわ…確かに隣のクラスの奴だ)

男(くそ、結構イケメソじゃねーか)





121: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:24:37 ID:lNrpVbmg

イケメン「ごめんね、急に」

幼馴染「ううん、いいけど…」

イケメン「日差しのある屋上でも、随分肌寒くなったよね」

男(うるせーよ、何くっちゃべってんだよ)

幼馴染「そうだね、…えっと」

イケメン「うん、ごめん。本題に入るよ…幼馴染さん」

男(当たり前だけど、やっぱ大事な話ってやつか…)

イケメン「ずっと付き合ってた彼氏と別れたって、本当なのかな」

幼馴染「男とは付き合ってたわけじゃ…」

男(…ぐはっ!自分もそう言ったけど、聞くとダメージでかいぜ)





122: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:25:10 ID:lNrpVbmg

イケメン「そうなの?いつも一緒にいたから…」

幼馴染「男とは『おさななじみ』だから」

イケメン「そうか、じゃあ遠慮はしなくてよかったのかな」

男(しろよ!空気読み続けろよ!)

イケメン「幼馴染さん、俺…君の事が前から好きだったんだ」

幼馴染「…あー、うん…えーと」

イケメン「よかったら、付き合ってはくれないかな…?」

幼馴染「…ごめんなさい」

男(よし!ナイス!さすが幼馴染!あんにゃろ、俺がフラれた場所で告白した罰だ!)





123: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:25:52 ID:lNrpVbmg

イケメン「どうして?…って訊いてもいいのかな」

幼馴染「イケメンさんの事、全然知らないし…」

イケメン「それはこれから知って欲しいんだけど」

幼馴染「うん…正直に言うと、私…好きな人がいるの」

男(………幼馴染)

幼馴染「フラれたみたいなものなんだけどね、まだ…諦められない」

イケメン「そうなんだ…そいつが憎いなぁ」

男(…戻るか)

幼馴染「だから、ごめんなさい。気持ちは嬉しかったよ」

イケメン「うん、こっちこそごめんね。話…聞いてくれてありがとう」





124: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:27:17 ID:lNrpVbmg

…ガチャッ
トボトボ…

男(…落ち込んでるだけじゃなく、まだ好きなんだな)

男(さっきのイケメソと俺、似たようなもんか…顔は似てないけど)

男(…やっぱ、無理なのかな)

男(週末、俺…ちゃんと笑えるかなぁ…)





125: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:35:17 ID:lNrpVbmg



…夕方、男宅の庭先



プチプチ…

松ジイ『まだまだ葉毟りの手つきがおぼつかんのぅ』

男「勘弁してよ、プロじゃないんだから…」

松ジイ『ああ、構わん構わん…ワシは赤松じゃからな、黒松ほどキチッと造り込まんでええぞ』

…パチンッ

男「やっぱ松はムズいわ…手間かかるなぁ、今日じゃ終わらない」

松ジイ『すまんのぅ、じゃが良くなっていっとるぞ』





126: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:35:49 ID:lNrpVbmg

プチプチ…

男「それで松ジイ…話の続きなんだけど」

松ジイ『おお…サクラがお前さんの曾祖母じゃという事には気付いたんじゃったな』

男「どうしてサクラはその事を俺に言わないんだろう…松ジイは知ってるのか?」

松ジイ『まあハッキリ聞いてはおらんがな…。それはサクラの気持ちだけの話じゃろうて』

男「気持ち…?」

松ジイ『お前と曾祖父が瓜二つじゃというのは解っとるんじゃろう?…ならば自ずと解らんかの?』

男「…解らないから訊いてるんだよ」





127: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:36:51 ID:lNrpVbmg

プチプチ…

松ジイ『若いのぅ…。サクラもお前が曾孫だという事は当たり前じゃが解っておる。しかしこう似ていては、自らの愛した男の影を重ねずにはおれんじゃろう』

男「曾祖父ちゃんの影…か」

松ジイ『見かけだけの事と知り、ましてお前が他に想う娘がおる事を知ってもなお…夫の姿をしたお前さんの前では、曾祖母ではなく一人の女でありたいのじゃろうなぁ…』

男「…なんか複雑な気分だよ」

…パチッ、パチンッ

松ジイ『無理も無いがの…じゃがサクラの思いもよく解る。しかも、お前さんは目が見えるからのぅ』

男「もしかして、曾祖父ちゃんが見られなかった花を俺に…?」





128: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:37:29 ID:lNrpVbmg

松ジイ『お前さんが剪定をしたからというだけではなく、今年は害虫のシロヒトリが多かったからのぅ。あの桜は晩秋を待たずしてほとんど葉が無い』

松ジイ『ワシには難しい事は解らんが、桜が花芽を持ちながら春と気候の似た秋に花を咲かせないのは、開花を抑制する物質が葉から供給されるからじゃそうな』

男「じゃあ、葉が無いって事は…」

松ジイ『この秋に狂い咲きをするじゃろうなぁ。気付かんかったか…?既に花芽は膨らみつつあるぞ』

男「でもケヤキが、今度花を咲かせたらあの桜は枯れるって…」

松ジイ『それも生ある者の定めじゃよ。悲しくはあっても、嘆く事では無い…』

男「………」

松ジイ『ケヤキ坊主の言った通りじゃ…最期の花を咲かせ、お前さんに見せられるならサクラも嬉しかろう』

男「うん…でも本当なら、曾祖父ちゃんに見て欲しかったな」





129: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:38:42 ID:lNrpVbmg

松ジイ『…男よ、実はワシら木の精には二つの種類がある』

男「へえ…?」

松ジイ『ひとつはまさに木の化身、木魂(こだま)と呼ばれておる。ケヤキ坊主やカナメ、モミジの双子がそうじゃな』

男「じゃあサクラは…やっぱり曾祖母ちゃんの幽霊?」

松ジイ『幽霊という言葉には語弊があるのぅ。思い遺す念の強い魂が、生前に自らの心の拠り所としていた木に生命力を借りた姿…それがサクラをはじめとした宿木の精じゃな』

男「宿木の精…」

『私はこの桜の精…というのが相応しいかわかりませんが』

男(確か…そう言ってたっけ)

松ジイ『サクラが思い遺したのは、光を失った夫の支えとなれなかった事…そして宿木の精となってからも、自らの咲かせる花を見せる事ができなかった事…』

男「…悲しいな」





130: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:39:49 ID:lNrpVbmg

松ジイ『男よ…その気持ちがあるのなら、その時はお前さんがサクラの想いを果たさせてやってくれ。…ワシも力になろう』

男「できるだけの事はするよ。サクラのためなら…」

松ジイ『…うむ。やはり、良く似ておるのぅ』

男「…松ジイは、曾祖父ちゃんを知ってるのか?」

松ジイ『ああ、よく知っておるよ…。ワシもサクラと同じ頃からの、この赤松の宿木の精じゃからのぅ』

男「松ジイも?…松ジイは何を思い遺してたんだ?」

松ジイ『まあまあ…ワシの話は良いじゃろ。ほっほっほ…』

男「なんだよ…じゃあ違う事。松ジイはそんな年寄りの姿だけど、なんでサクラは若いんだ?」

松ジイ『死んで魂だけの存在となったワシらは、見かけの年格好など自由じゃよ。最初から精霊として生まれる木霊はそうはいかんがの…』

松ジイ『お前さんの曾祖父は晩年もサクラに結婚当時のつもりで語りかけておったからな、サクラもその時の姿でおるんじゃろうて』

男「じゃあ逆に、なんで松ジイはわざわざ年寄りの姿でいるんだ?」

松ジイ『ほっ、決まっておるわ…!ワシが若い頃の姿でおったらサクラもカナメもワシに惚れてしまうからのぅ!ほっほっほっ…』

男「はいはい…そういう事にしとくよ」

パチッ、パチンッ…





133: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:14:34 ID:lNrpVbmg



…次の朝



ガチャッ…

幼馴染「行ってきます」

幼馴染母「はいはい、行ってらっしゃい」

…バタン

幼馴染(…迎えに行きたいけど)

幼馴染(もし見られたら、イケメンさんに悪いよね…)

幼馴染(男とは付き合ってないしフラれたけど、やっぱり好きなのは男なんだ…って、はっきり言うべきだったな)

幼馴染(私、相変わらず煮え切らない…こんなだから男も恋人のイメージ持てないんだよ)

幼馴染「はぁ…」

幼馴染(独りで行こう…迎えに行くとしても、週末に男とデートして…その時の雰囲気次第でその後からにしよう)

幼馴染(せめて前みたいに…なりたいな…)

トボトボ…





134: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:15:16 ID:lNrpVbmg

ガチャッ…

男「行ってくるわー」

男母「あら?今日は早いじゃないの。行ってらっしゃい」

…バタン

男(よっしゃ、幼馴染を迎えにいくぞー)

カナメ『あ、出てきた!男ー、ちょっと来て!』

男「カナメ、おはよう…どしたんだ?…朝から」

カナメ『見てのお楽しみ!』

男「いや、時間が…まぁ、ちょっとだけだぞ」





135: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:16:29 ID:lNrpVbmg

イロハ『男、綺麗だよ。見てー』

ノムラ『見てー』

男「何がだよ?…あっ…」

カナメ『桜が狂い咲きしてるんだよ!まだちょっとだけど』

イロハ『私が見つけたのー』

ノムラ『見つけたのー』

男(本当に…咲いちまった…)

カナメ『うそ!ボクだよ!』

イロハ『私だもんねー』

ノムラ『ねー』





136: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:17:10 ID:lNrpVbmg

男「…サクラは?」

サクラ『いますよ、ここに』

男「ああ…よかった」

カナメ『何がよかったの?』

男「いや、何でも無いよ。…この桜の花を見るのは久しぶりだな」

サクラ『春じゃなくてごめんなさい。まだ数輪だけど、もっと咲くと思うんですが…』

男(そんな無理をしなくていいんだ、サクラ…)

カナメ『何か男、辛そう?』

男「ば…馬鹿言えよ、せっかく綺麗な花が見られるのに」

ケヤキ『カナメ、お前はこっちに来い。双子もだ…』

カナメ『えー、何でー?』

イロハ『なんでー?』

ノムラ『なんでー?』

ケヤキ『…いいから、来い』





137: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:17:45 ID:lNrpVbmg

サクラ『ケヤキさんに感謝、ですね』

男「サクラ…」

サクラ『聞いてるんでしょう?…桜がこの後どうなるか』

男「…うん、ケヤキと松ジイから」

サクラ『大丈夫、明日枯れるってわけじゃありませんから。たぶんこの花が散って、来春に花や葉を芽吹く事は無いと思いますけど…』

男「サクラ、君は…?」

サクラ『…解りません。宿木が生きていても、私に分ける生命力が足らなくなれば…消えるんだと思います』

男「………」





138: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:18:30 ID:lNrpVbmg

サクラ『でも、少なくとも花が散らない内は大丈夫だと思いますから』

男(でも、あと数日ってとこか…)

サクラ『男さん、必ず最期の花…その満開の時を見て下さい。若い木のように見事では無いでしょうけど、精一杯咲かせますから』

男「…解った、必ず見るよ」

サクラ『さあ、学校に行かないと。遅れちゃいますよ?』

男「あ、うん…」

男(もう幼馴染は行っただろうな…)

サクラ『行ってらっしゃい…』ニコッ

男「…いいね、サクラの笑顔」

サクラ『ふふ…ありがとうございます』

男「…行ってきます」





139: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:19:00 ID:lNrpVbmg



《…サクラ、行ってくるよ》

《はい…あなた、必ず生きて…帰ってきて下さいね》

《ああ、俺は君とお腹の子の為に戦いに征くんだ。お国の為は…その次さ》

《う…うぅ…あなた…っ》

《サクラ、笑ってくれ。君の笑顔を焼きつけておきたい。そして俺の姿が見えなくなるまで、万歳と言ってくれないか…》



ザ…ザザッ…

サクラ『行ってらっしゃい…男さん』ザザッ…





141: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:34:26 ID:lNrpVbmg



…三日後、土曜日の夜



男(結局あれからは幼馴染の所にも行かなかったな…)

男(まあ、今はサクラと過ごしてあげなきゃだし…仕方ない)

男(剪定して枝数が少ない事を思えば、もう桜の花は五分咲きくらいか…)

男(明日…幼馴染を誘ってるけど、どうするかな…)

男(散るまでは大丈夫…って言葉を信じれば、早くとも明日や明後日にサクラが消える事は無いはず)

男(ごめんな、サクラ…。明日だけ、俺に時間をくれよな)

男(曾祖母ちゃんであるサクラも大切な人だけど、俺にとって幼馴染は…)





142: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:36:30 ID:lNrpVbmg

…バチコーイ!ピコーン

男「うおっ!?」

男(めめめ…メールだ、そういえば前日に連絡するって返信に書いてたっけ)

男(この受信音、変えよう…心臓に悪いわ)

…ピッ



件名…こんばんは
本文…まだ起きてる?それと明日の事は覚えてますか?
最近たしかに落ち込んでたから、とても楽しみにしてます。
どこか行くところは決めてるのかな?私はどこでも構いません。
それと、せっかくこうして改まった形で誘ってくれたんだから、朝はどこかで待ち合わせをしてはどうかと思います。
そうじゃなくてもいいけど、読んだら返信してくれると嬉しいな。



男(…可愛いじゃねえか)





143: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:37:27 ID:lNrpVbmg

男(さて、返信…だな)

男(………)

男(………)

男(…うおおおぉぉぉ!何て返せば好印象なんだー!?)

男(『俺もどこでもいいよ』だと…たぶん困らせるだけだよな)

男(『映画でも行く?』…今、何を上映してるのかさっぱり解らねえ…)

男(『遊園地行こうか』…落ち込んだ幼馴染がそこまでテンション上げられるだろうか)

男(『身体で慰めてやんよ』…ダメ、ゼッタイ)

男(…くはぁー、悩みすぎてハゲるわ)

男(あんまり返信遅いと感じ悪いよなー)





144: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:38:20 ID:lNrpVbmg

男(えーと…えーと…)



件名…Re:こんばんは
本文…俺も楽しみにしてるよ。
とりあえず駅前で九時に落ちあって、適当に買い物でもしよう。
街で昼メシ食って、それから荷物を駅のロッカーに預けて電車で海浜公園でも行こうか。
やっぱり気晴らしには海でしょ。
朝、駅まで俺は自転車で行くから幼馴染はバス使いなよ。
待ち合わせるなら同じバスに乗っちゃうと恥ずいぜ。



男(無難…だよな?)

男(…大丈夫、かな?)

男(やっぱ書き直そうかな…イヤイヤ待てまて、良くなる保証は無いぞ)

男(…送ってしまえ!)

…ピッ

男(送ったあああぁぁぁ!)





145: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:39:20 ID:lNrpVbmg

男(…この待ち時間がキツいんだよなぁ)

男(よし、明日のシミュレーションをしよう。そうだ、それがいい)

男(まず、駅前で会うよな…時間的に挨拶は『おはよう、待った?』だろう…。え、それどっちが言うんだ?)

男(俺は自転車だから、駅に着くのは家を出る時間次第…)

男(九時に余裕をもって着こうと思えば、8時20分頃には出とかなきゃな…)

男(たぶんそうすればさっきの台詞は幼馴染が言う事になるはずだろ…?)

男(それに対しては、やっぱ『いや、今来たところだよ』だろうな…それしか無えだろう)

男(よし、声に出してみよう)

男(せーの…)

…バチコーイ!ピコーン

男「うおあぁぁっ!?」

男(ぜってえ消す!この着信音、消去だ!)





146: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:40:50 ID:lNrpVbmg

男(はぁ…はぁ…と、とりあえず返信は…)

…ピッ



件名…Re:こんばんは
本文…本当だね、同じバスになっちゃったら台無しだよね。
プラン、とても良いと思います。
でも自転車で疲れない?男なら大丈夫かな?
では明日を楽しみに、おやすみなさい。



男(…イエスッ!手応え充分!自信は半分!)

男(よし…寝よう。まだ九時前だけど、幼馴染の『おやすみなさい』を胸に…寝る!)

男(…たぶん寝付けねえだろうけどな)





147: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 21:46:48 ID:lNrpVbmg

《…すまんな、赤松》

《何を言ってやがる。サクラが貴様を選んだんだ、胸を張れよ》

《ああ…必ず俺が幸せにする、約束しよう》

《言ったな?よし…貴様、自分の家の庭先に結婚の記念樹にサクラを植えると言ってたが、その庭の隅でいいからアカマツも一本植えろ》

《それは構わんが…》

《そのアカマツは俺だ。貴様がサクラを泣かせないか、目を光らせておいてやる》

《…はは、気が抜けんな》





148: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 21:47:49 ID:lNrpVbmg

《…赤松、頼みがある》

《どうした、水臭い言い方だな》

《もし戦地で俺が死んだら、サクラを…そして腹の子を託したいんだ。こんな事、貴様にしか頼めない》

《ふざけるな、貴様は死なせん!俺の命に代えてもな…!貴様の死などどうという事は無いが、サクラに悲しい顔だけはさせんぞ!》





149: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 21:49:27 ID:lNrpVbmg

《赤松!赤松…!どこにいる、返事をしろ!》

《…ここに…おるわ、貴さ…まの…足元だ…》

《赤松!よかった…生きているのか!》

《戯けた事…を…はらわたを晒して…生きていられるか…息をしているだけ…だ…》

《怪我をしているのか…!?赤松、立てないのか!?》

《貴様…目をやられ…たか…。いいか…生きて…帰れ!…必ず…》

《赤松…!死ぬな!》

《…投降…するんだ…お国のた…めの…自決など…決してするな…》

《もう喋るな!すぐに救護を呼ぶ…!くそ、どっちに本隊が…!?》

《生きろ…サクラの…元へ…》

《赤松!赤松っ!》

《………》

《赤松…逝った…のか…》





150: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 21:50:57 ID:lNrpVbmg

《…嘘、だろう》

《サクラが…死んだ…だと》

《俺は…何の為に…》

《サクラ…サクラ…何故…お前が逝かねばならんかったのだ…》

《俺には…我が子を見る事すら叶わんのだ…サクラ…》

《これほど悲しいのに…癒着した瞼では涙すら流せんのだ…》

《サクラ…許せ…生きている俺を…許してくれ…》





151: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:03:43 ID:lNrpVbmg

男(…う…ん?…朝か…)

男(何の夢だ…今のは。戦争…失明…?)

男(赤松って…松ジイ…?)

男(もしかして、曾祖父ちゃんの記憶…なのか)

男(どうしてそれを俺が…)

男(…ん?今、何時だ?)

…ピッ

男「もう七時半じゃねーか!やっべ…!」





153: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:29:54 ID:lNrpVbmg

ガチャッ!

男「行ってきます!」

…バタンッ!

男「ん…?」

イロハ『男!大変ー!』

ノムラ『大変ー!』

男「おはよう、イロハとノムラ。どうしたんだ…?」

カナメ『男…!』

男「ああ…カナメも、おはよう」

カナメ『それより、サクラが…!』

男「サクラ…!?」





154: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:30:57 ID:lNrpVbmg

カナメ『サクラ!大丈夫…!?』

イロハ『サクラ…起きちゃ、めーよ』

ノムラ『めーよ』

サクラ『カナメちゃん、大丈夫…だから…』

男「サクラ…!ちっとも大丈夫そうじゃないぞ…」

ザ…ザザッ…
サクラ『…男さん、ごめんなさい…心配をかけて…』ザザッ…

男(サクラの姿…輪郭が、時々乱れる…ノイズみたいだ)

男「サクラ…もう、だめなのか…」





155: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:32:09 ID:lNrpVbmg

サクラ『…まだ、もうしばらくは大丈夫…。少し…木から伝わる生命力が…落ちてる…だけ』

男「…でも」

男(もう花は七部咲き…今夜が満開になるな…)

サクラ『男さん…今日は幼馴染さんと…会うんでしょ…う?…早く…遅れた…ら…』ザ…ザザッ…

男「だめだよ…サクラがこんな時に…!」

サクラ『いけま…せん…男さん、本当に…大丈夫…だから』ザザッ…





156: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:33:16 ID:lNrpVbmg

カナメ『男…サクラ、どうなっちゃうの…?』

男「それは…」

ケヤキ『カナメ…サクラはもうすぐ、消える』

カナメ『そんな…やだよ…』

ケヤキ『宿木の桜がもう枯れようとしてるんだ、仕方がない…』

カナメ『やだ…やだよぅ…うわああぁぁん』

ケヤキ『カナメ…』ギュッ





157: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:35:04 ID:lNrpVbmg

男「サクラ…今日は俺、傍にいるから…」

サクラ『絶対に…だめ…そんな…の…許しません…』ザザッ…

松ジイ『男よ…サクラの言う事を聞いてやれ』

男「でも、松ジイ…」

松ジイ『大丈夫じゃ…まだ消えはせん。サクラにとっては苦しい時間かもしれんが、あと二日ほどはもつじゃろう…』

イロハ『サクラ、消えちゃやーよ』

ノムラ『やーよ』

松ジイ『花の満開はおそらく今夜…男よ、今はサクラの願う通りにするのじゃ。その代わり夜は必ず、傍にいてやってくれ…』

サクラ『男…さん…お願い…』

男「…解った。必ず、夕方には帰るから…」

サクラ『男さん…』ザ…ザザッ…

男「…サクラ」

サクラ『…行って…らっしゃい』…ニコッ





160: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:30:13 ID:lNrpVbmg



…駅前、午前8時50分



男(げ、もう幼馴染着いてるじゃねーか)

幼馴染「あ…!男…おはよう」

男「おはよう…待たせたか?」

幼馴染「ううん…今さっき来たばかりだよ」

男「そっか、よかった」

男(幼馴染…服、可愛い…)

幼馴染「…どしたの?」

男「え…!?いや、なんでも…」





161: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:30:57 ID:lNrpVbmg

幼馴染「朝ゴハン食べた?」

男「いや、オカン起きたばっかだったから」

幼馴染「私も食べてないの。朝マック行こうよ、マフィン食べたい」

男「ああ、いいよ」

幼馴染「………あの」

男「うん…?」

幼馴染「腕、組んで…いい?」

男「え、いい…けど」

幼馴染「…ん」ギュッ

男(…嬉しい、けど…頭の中では誰と腕を組んでるつもりなのかな…)

幼馴染(あんまり焦っちゃ駄目だけど…できるだけ恋人っぽく、男にイメージを持たせるように…)





162: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:31:28 ID:lNrpVbmg

幼馴染「んー、美味しー。やっぱり私、朝のマフィン好きだな」

男「うん、昼間のメニューよりいいよね」

男(幼馴染って、美味しそうに物を食べるよな…)

幼馴染「…ごめんね、驕らせちゃって」

男「ばっか、これくらい見栄張らせろよ」

幼馴染「うん…ありがと」

男(サクラ…鯛焼き買って帰っても、もう食べられないかな…)





163: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:32:35 ID:lNrpVbmg

幼馴染「男、あの雑貨屋さん行こう」

男「ああ、いいよ…もう十時だから、開いてるな」

幼馴染「本棚ちょっと大きいやつ買ってもらったから、可愛いブックエンド欲しいんだ」

男「コレとか?」

幼馴染「やだよー、そんなメタリックなのじゃなくて」

男「じゃあコレ」

幼馴染「悪くないけど、黒は地味です」

男「やっぱ女の子の趣味は解んねーわ…」

幼馴染「そうだろうねー」





164: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:33:29 ID:lNrpVbmg

男「………」

幼馴染「これ、いいかも」

男(…カナメ、泣いてたな)

幼馴染「手前にインデックスが覗くようになってて、書き込みできるんだ」

男(双子には、まだよく解らないんだろうけど)

幼馴染「色、どれにしよう」

男(松ジイ…二日は保つって言ってたけど、なんで判るんだろう)

幼馴染「どう思う?」

男(もしかして前にも木が枯れて、庭の仲間が消えた事あるのかな…)





165: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:34:10 ID:lNrpVbmg

幼馴染「………男…?」

男「…ん?…ああ、ごめん」

男(いけね、ボーッとしてた)

幼馴染「どの色がいいと思う?」

男「え…と、桜色…じゃなくて、オレンジとか」

幼馴染「だよね!私もパステルオレンジと赤で迷ってたんだ」

男「そっか、色の趣味は悪くなくて良かった」

幼馴染「よし、赤にしよう」

男「おい」





166: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:49:35 ID:lNrpVbmg

男「服とか、見る?」

幼馴染「あー、服は…いい」

幼馴染(女物の服を見るほどオトコの人にとって退屈なものは無いって、何かで見たもん)

男「そっか、じゃあ…」チラッ

幼馴染「…今、スポーツデポの方チラ見したよね。いいよ?」

男「うげ、バレたか。…ちょっといい自転車欲しいんだよな」

幼馴染「今朝のやつ、お母さんのシティサイクルだもんね」

男「そんじゃ、ちょっとだけ」

幼馴染「うん、別に私の買い物だけじゃなくていいんだからね」

男「まあ、今日は自転車買うわけじゃないけどな」





167: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:50:25 ID:lNrpVbmg

男「クロスバイク欲しいなー」

幼馴染「違いが判らないよ…」

男「ロードは普段使いにはちょっとな」

幼馴染「これは?可愛いよ?」

男「ミニベロ、悪くないけどね」

幼馴染「高っ!十万円以上するじゃない」

男「それ、まだまだ手頃だよ。高校生には買えないけど」

幼馴染「予算あるの?」

男「バイト代残してるから、五万くらいは出せるけど…」

幼馴染「これは?四万八千円だって」

男「車体だけじゃなくて、あれこれ要るからな…。携帯用の空気入れとか、LEDのライトとか…エンドバーも欲しいし」

幼馴染「色々だねー」





168: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:51:05 ID:lNrpVbmg

男「予備チューブや修理キットを入れるサドルバッグも要るし、車体にかけられるのは四万を切るだろうな」

幼馴染「修理キットなんか備え付けるんだね」

男「スポーツ車ならツーリングとか行きたいしな、遠出した先で応急処置できないと」

男(………応急処置…か)

幼馴染「健康的ですねー」

男「結局、消去法でジャイアントのエスケープとかになってくるんだよなー」

男(…桜に応急処置…って、今更過ぎるんだろうな…)





169: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:51:42 ID:lNrpVbmg

幼馴染「これだね、格好いいじゃない」

男「安くて充実装備ですげえ売れてるらしい。ただそのせいで、めちゃくちゃ街で見かけるんだよなー」

男(………だけど…)

幼馴染「予算無いのに贅沢言い過ぎでしょ」

男「…ごめん、ちょっとトイレ行ってくるわ」

幼馴染「うん、この辺にいるよ」





170: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:52:35 ID:lNrpVbmg

…ピッ

《与作はぁ木ぃーを切るぅぅぅーーー》

男(親方…待ち歌いつもコレだよな…)

親方《ヘイヘイホーーーヘイ…プツッ…もしもし…どうした男くん、珍しいな》

男「あ、親方…すみません休みの日に」

親方《なに、秋はかきいれ時だからね。雨の日以外に休みは無いさ》

男「じゃあ仕事してるんですね。あの…無理を言うんですけど、ウチの桜を看て貰えないでしょうか?」





171: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:53:21 ID:lNrpVbmg

親方《ああ、また行こうか》

男「いや、その…できれば今日」

親方《………大事な木なんだね?…昼までは動けんが、午後なら何とかしよう》

男「すみません、本当に無理な事を」

親方《何、他ならん男くんの頼みだ。だが今の現場が遠いから、二時前にはなってしまうだろう…いいかね?》

男「…はい、お願いします」





172: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:15:02 ID:lNrpVbmg

男「ごめん、待たせた」

幼馴染「ううん、大丈夫だよ」

男「じゃあ、どこ行く?」

幼馴染「うーん…特に思いつかない。ちょっと歩こう?…何かあるかも」

男「うん…」

男(今が11時過ぎ…か)





173: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:15:38 ID:lNrpVbmg

幼馴染「街路樹、少ーしだけ色づいてるね」

男「………」

幼馴染「ね、この木は何の木?」

男「………」

幼馴染「『気になる木』って言ったら怒るよ?」

男「………」

幼馴染「……男…?」

男「…あ、悪い…えっと…ごめん」





174: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:16:25 ID:lNrpVbmg

幼馴染「………つまんない?」

男「そんなわけ無いだろ、ごめん…ちょっと考えてたんだ」

幼馴染「この木の種類を?」

男「え?…これはナンキンハゼだよ?」

幼馴染「…違う事なんだ。何を考えてたの?」

男「いや、その…何でもないって。ち、ちょっと早いけど何か食う?」





175: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:17:02 ID:lNrpVbmg

幼馴染「さっき食べたばっかりだよ。…じゃあ、もう海浜公園に行っちゃう?向こうでも何か食べるとこあるでしょ」

男「…あぁ…海…か。そうだな…そう言ってたっけ」

男(やばいな…海に行ったら二時には戻れない)

幼馴染「…忘れてたの?」

男「…幼馴染、ごめん」

幼馴染「何が…?」

男「俺、帰らなくちゃいけない」

幼馴染「え…」

男「全部、話すよ…そこのカフェ、入ろう」





176: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:46:16 ID:lNrpVbmg

幼馴染「サクラさんは…男の曾祖母さんだったんだ…」

男「うん…」

幼馴染「もう、親方さんには連絡したんだね?」

男「ああ、来てくれるって」

幼馴染「…男、行って」

男「幼馴染…」

幼馴染「自転車、駐輪場でしょ?すぐに行けば一時間もかからないよ。今、まだ12時前だし」

男「本当…ごめん」

幼馴染「いいから、早く。私も後から行く…よ」

男「うん、じゃあ…」ガタッ

幼馴染「………男っ…」

男「……どうした?」

幼馴染「ううん、…気をつけてね」

男「…ありがとう」





177: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:51:21 ID:lNrpVbmg

幼馴染(…サクラさん、知らない人じゃない)

幼馴染(消えてしまうなんて、私も…寂しい気はするけど)

幼馴染(ごめん、男…今日はたぶん…私、行けないや…)

幼馴染(今日の事…本当に楽しみにしてたんだよ…)

幼馴染(サクラさん、今日消えてしまうんじゃないんだよね)

幼馴染(明日…会えばいいよね)

幼馴染(…私…こんな嫌な女だったんだ…)





181: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:33:33 ID:lNrpVbmg

男「サクラッ…!」

カナメ『男…帰ってきたの…!?』

男「はぁ…はぁ…サクラ…眠ってるのか」

ケヤキ『ずいぶん急いだみてえだな』

イロハ『汗かいてるねー』

ノムラ『ねー』

松ジイ『…とりあえず今は落ち着いておる。良くなったわけではないが…』





182: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:34:03 ID:lNrpVbmg

男「みんな…もう少ししたら俺の親方が来る。いい人だけど、姿は隠しておいた方がいいかもしれない」

カナメ『プロの庭師さんって事?…松ジイ、それならサクラ助かる…?』

松ジイ『それは無理じゃろうな…桜の寿命じゃからのぅ…』

男「それでも、やれるだけの事はしたいんだ…」





183: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:36:27 ID:lNrpVbmg



…1時間後



親方「男くん…一応できる限りの養生はしたが、おそらく効果は薄い…」

男「…はい」

親方「剪定も君がしているだけに、ほとんど切るところは無かったしね…。いくらかは枝を透かしたけれど」





184: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:37:14 ID:lNrpVbmg

親方「しかし、狂い咲きで満開とは…初めて見たよ。これが最期の花だろうが…」

男「…前に使ってた、幹に直接打つ薬はどうなんですか」

親方「あの活力剤は良く効きはするが…この状態ではその場凌ぎにしかならん」

男「その場凌ぎ…」

親方「言わば死を目前とする老人に脂ののったステーキを食わせるようなものだ。食べてすぐは元気も出るだろうが、数日すれば余計に体調を崩すやもしれん」

男「数日…か。…親方、それでもやってもらえませんか」

親方「結果的には木の寿命を早めるだけかもしれんぞ」

男「お願いします…」

親方「いいだろう、それで気が済むなら。だが打てて2本だな、ほとんど幹に生きた所が無い。中も空洞化してしまっている」

男「もっと早く処置していれば…」

親方「そうだな…十年単位で早く処置をしていれば、少しは長らえたかもしれん。…だが、仕方の無い話だよ」

男「はい」





185: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:39:02 ID:lNrpVbmg

カナメ『庭師さん、帰った…?』

男「ああ…できるだけの事はしてもらったよ」

ケヤキ『ありゃあ、いい腕だ。剪定にしてもお前とは手つきが違う』

男「うるせえな…年季が違うよ」

カナメ『サクラ…良くなるかな』

ケヤキ『…今のところ木から届く生命力に変わりは無いようだがな』

男「サクラは…?姿は消しているけど」

カナメ『まだ、眠ってるよ』





186: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:39:42 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『ただでさえ俺達みたいな落葉樹は、そろそろ眠くなる時期だからな』

男「そうか…」

ケヤキ『まあ、お前も休んでな。まだ満開には少し早い、夜にサクラの傍にいてやりゃあいいだろう』

男「ああ…そうする」

カナメ『男…幼馴染ちゃんは…?』

男「後で来るって言ってたんだけどな…今日はもう、あわす顔が無い。とりあえずサクラの事だけ考えるよ」

ケヤキ『…お前も不器用な事だな』

男「ケヤキも、そう見えるぜ?…松ジイもな」

ケヤキ『まあ、ちげえねぇな…』





187: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:40:40 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『…ジジイ、聞いてたんだろう』

松ジイ『何をじゃ?』

ケヤキ『とぼけるな、アイツはアンタの正体に気づいてるみたいじゃねえか』

松ジイ『ふむ…かもしれんのぅ』

ケヤキ『いい加減にしろよ。アンタ…昨日の夜、何をした』

松ジイ『ほっほっ…さすが、ケヤキ坊主にはバレておったか』

ケヤキ『当たり前だ、真夜中にアンタの気配が薄らいだからな』





188: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:41:23 ID:lNrpVbmg

松ジイ『なに…ただの味利きじゃよ』

ケヤキ『…それで、その味はどうだったんだ』

松ジイ『うむ…上手く仕上がりそうじゃ』

ケヤキ『…そうかい』

松ジイ『ケヤキ坊主よ…お前さんも大きくなったのぅ。桜が無くなる事を思えば、もうお前さんがこの庭では一番大きい』

ケヤキ『見かけだけの話だ』

松ジイ『これからはお前さんが守ってゆくのじゃ、カナメだけでなく…双子ものぅ』

ケヤキ『まだ…アンタから教わる事は尽きてない』

松ジイ『ほっほっ…後は長く生きる内に見えてこよう…』

ケヤキ『くそジジイめ…』





189: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:42:36 ID:lNrpVbmg



…夜8時、幼馴染の部屋



幼馴染(…結局、行かなかった)

幼馴染(私って自分で思う以上に冷たいのかな…)

幼馴染(ごめんね…男、ごめんなさい…サクラさん)

幼馴染(とても明日から迎えになんて…行けないなぁ)





190: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:43:25 ID:lNrpVbmg

ザザッ…

幼馴染(………?)

ザ…ザザッ…ザッ…

幼馴染「何…?誰か…いる…?」

サクラ『幼…馴染さん…』ザザッ…

幼馴染「サクラさん…!?なんで、身体が透けてる…!」

サクラ『…大丈…夫、まだ…ここなら…桜の力が…届く…』

幼馴染「嘘…!だって男の家に入るのも無理だって…!」





191: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:44:01 ID:lNrpVbmg

サクラ『…幼馴染さん…ごめん…なさ…い…今日…男さんを…許して…あげ…て…』

幼馴染「違う…!男が帰ったのは当たり前なの…だってサクラさんは…!」

ザザザッ…ザッ…
サクラ『男さん…私の…曾孫…には…貴女が…必要なの…』ザザッ…

幼馴染「だめ…!サクラさん!」

幼馴染(身体がどんどん薄らいでいく…)

サクラ『お願い…男さん…を…支え…て…』





192: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:45:02 ID:lNrpVbmg



…男の部屋



カナメ『起きて!男…!』

男「う…うん…?今、何時だ…桜の花は…?」

カナメ『しっかりしてよ…!ボクも長くはいられないの!』

男「カナメ…!?なんで…木から離れて…!」

カナメ『ボクの木はまだ若いから、少しだけなら平気!そんな事より、大変なの…!』

男「どうしたんだ…!?」

カナメ『サクラがいないの…!』





193: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:45:41 ID:lNrpVbmg

男「…まさか、もう消えたのか…!?」

カナメ『そんなはずない…つい30分ほど前に話したもの…。昼の手当てが効いたのか、少し楽そうだったから…』

男「…何を話した?」

カナメ『男が…昼に帰ってきたって、それで庭師さんを呼んだんだって』

男「それだけか」

カナメ『そしたら…幼馴染さんは?…って言うから…』

男「置いてきたって…言ったのか?」

カナメ『う…咄嗟に嘘が…うぅ…出てこなくて…』

男「くそっ…!たぶんサクラは幼馴染の家だ、どこかも解らないくせに…!」





194: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:46:14 ID:lNrpVbmg



…男の家、庭先



男「ケヤキ!カナメを頼む!俺は幼馴染の家に…!」

幼馴染「男…っ!」

カナメ『幼馴染ちゃん…!』

男「幼馴染…サクラは…!?」

幼馴染「肩に抱えてるよ…!もう見えない位、身体が薄れて…!」

松ジイ『いかん…すぐに桜の木の下へ!』

ケヤキ『手伝おう、男…左肩を抱えろ』

男「わかった…なんて無茶を…」





195: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:47:24 ID:lNrpVbmg

カナメ『少しだけ、身体が濃くなってきた…』

イロハ『サクラ、しっかりしてー』

ノムラ『しっかりしてー』

幼馴染「ごめんなさい…私が自分でこの庭に来てたら…」

男「幼馴染のせいじゃない…俺がずっとついておけば良かったんだ」

幼馴染「でもサクラさんは私に伝える事があったから、無理をしたの…」

男「そんなの知らなかったんだから、幼馴染が気に病む事じゃない」





196: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:48:02 ID:lNrpVbmg

幼馴染「ううん…私が男にフラれたって思い込んだから、サクラさんは誤解を解こうと…」

男「はぁ?フラれたのはこっちだろ」

幼馴染「違う…!だって男がサクラさんに、私の事を恋人だなんて思えないって言ってるの聞いたもん!」

男「付き合ってねえんだから、思えなくて当たり前だろ!お前、他に好きな奴がいるんじゃねえのか!?」

幼馴染「それを聞いたから失恋したって言ったの!男以外に好きな人なんていないよ!」

男「馬鹿かよ!俺がどんだけ落ち込んだと思ってんだ!」

幼馴染「私だってその日、どれだけ泣いたと思ってんのよ!」

ケヤキ『うるせえ!お前ら痴話喧嘩する時間なら、これからいくらでもあるだろう!』

男「すみません…」

幼馴染「ごめんなさい…」





197: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:49:05 ID:lNrpVbmg

サクラ『…良かった…やっぱり誤解だった…』

男「サクラ!無理に喋るな…!」

サクラ『男さん…花、見てくれてますか…?ほら…満開です…よ』

男「ああ…見てるよ!綺麗だ、すごく…」

サクラ『良かった…これで…やっと…』





198: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:49:48 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『おい、モミジの双子…しばらくサクラを看てろ』

イロハ『うん、わかったー』

ノムラ『わかったー』

ケヤキ『男…お前はこっちに来い、松ジイのところだ。…カナメ、お前も知っておかなきゃいけねえ』

カナメ『…え?』

男「解った…何かありそうだな」

幼馴染「…私も行く」





199: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:50:36 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『ジジイ、連れてきたぞ』

赤松『ああ…こっちも用意はできた』

男「え…!だ、誰だよ…まさか」

ケヤキ『ジジイだよ、若い頃のな』

赤松『…驚かせたな、夢で見なかったか』

男「夢…昨夜のか、確か…赤松と呼ばれてた」

赤松『男よ、貴様に無理を言わねばならん』

男「…どんな話だ」

赤松『なに、少しでいい…貴様の寿命を分けろというだけの話だ』

幼馴染「寿命を…」





200: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:51:46 ID:lNrpVbmg

男「それでどうなる、まさかサクラを救えるのか?」

赤松『そう上手い話は無い。いや…救うと言うなら、最もあいつが求める救いかもしれんがな』

男「………」

赤松『今から貴様の曾祖父を呼び寄せる。俺にある宿木の力の全てを使ってな。…だが奴はアカマツを宿木とする事はできん』

男「そんな事、できるのか…?アンタの力を全て使うって、じゃあアンタは…」

カナメ『松ジイ…消えちゃうの』

赤松『つまらん事を気にするな、サクラを送れば俺がこの世に留まる理由などない』





201: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:52:53 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『だが宿木の無い状態じゃ呼び出した魂は数分ともたねえ、だから男…お前を宿木代わりの依り代とするんだ』

赤松『貴様の中に奴を宿らせたら、依り代の生命力を消耗する事になる。およそ10分で寿命ひと月程度…どうだ?』

幼馴染「男…」

男「構うかよ、一年分でも使いやがれ」

赤松『よく言った…本当に似ているな。だが奴も貴様の曾祖父だ、そう長く使おうとはすまい』

男「…俺に宿らせるって、本当に上手くいくのか」

赤松『昨夜、味は利いた。あらゆる面で奴に瓜二つの、貴様にしかできん事だ』





202: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:53:51 ID:lNrpVbmg

イロハ『男ー!サクラがまた苦しそうだよー!』

ノムラ『サクラ消えちゃ、やー!』

赤松『もう昨夜から奴の魂はすぐ傍にある。あとはこちら側に寄せるだけだ。…男、目を閉じろ』

男「………」

赤松『声が聞こえてくるはずだ…耳を澄ませ』





203: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:54:32 ID:lNrpVbmg

《…男、聞こえるか》

《うん…曾祖父ちゃんなの?》

《ああ、この目で見るのは初めてだな…大きくなった》

《会えて嬉しいよ…曾祖父ちゃん》

《お前の命を分けてもらうのは心苦しいが…本当にいいのか》

《いいんだ、僅かな時間だろ?》

《すまん…》

《曾祖父ちゃん、サクラ…曾祖母ちゃんが待ってるよ。…早く!》

《…ああ、頼むぞ…曾孫よ》





204: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:55:40 ID:lNrpVbmg

男『…久しいな、赤松』

赤松『ふん…来たか…死に損ない』

男『…生きろと言ったのは貴様だろう』

赤松『ふは…は…違いな…い』ザザッ…

幼馴染「男…じゃない…」

幼馴染(見た目は変わらないけど、違う…)

男『貴様にはあの時も、今も救われたな…すまん』

赤松『貴さ…まを…救った…つもりなど…無い…わ…』

男『ああ…それでいい、貴様らしいよ』





205: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:56:27 ID:lNrpVbmg

赤松『さあ…すぐに来…い、俺は先に逝くぞ…貴様の…いたとこ…ろへ』ザザッ…ザッ…

男『…すぐに、逝くさ』

赤松『ふ…貴様と…また…飲めるなぁ…』

ケヤキ『ジジイ…!』

ザザッ…
赤松『情けな…い顔を…するな、坊主…さらば…だ…』ザザッ…ザザザッ…

ザザッ…ザッ…

………

カナメ『…逝っちゃった、松ジイ』

ケヤキ『泣くな、カナメ。…アンタは早く、サクラの元へ!』

男『ああ…』





206: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:57:48 ID:lNrpVbmg

男『サクラ…』

サクラ『男…さん…』ザザッ…

男『違うよ、サクラ…俺だ』

サクラ『嘘…まさか、あなた…』

イロハ『男じゃないねー』

ノムラ『ねー』

男『手を…俺に触れていれば少し楽だろう?』

サクラ『あなた…あなたなの…』

男『男の身体を借りた、赤松のおかげだ。…ずいぶん待たせたなぁ』

サクラ『嬉しい…あなた…』

男『見事な夜桜だ…本当に』

サクラ『やっと…見て貰えた、あなたに…』

男『すまなかった…』





207: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:59:32 ID:lNrpVbmg

イロハ『あー、キスしたよー』

ノムラ『キスしたー』

カナメ『…幼馴染ちゃん、これで妬いちゃだめだよ』

幼馴染「…解ってる、曾祖母さん相手だもの」

男『さあ、身体を返そう…サクラは俺から離れるな、共に逝くぞ』

サクラ『…はい』

ザザッ…ザ…ザザザッ…

幼馴染「あ…!」

幼馴染(男が分かれた…!あれが男の曾祖父さん…)





208: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:02:38 ID:lNrpVbmg

曾祖父『男…すまなかった。立てるか』

男「う…フラフラ…する…」

幼馴染「男っ…!」ギュッ

曾祖父『幼馴染と言ったか』

幼馴染「…はい」

曾祖父『男の身体に宿って、その意識が見えたよ…。そいつの心の中は君の事でいっぱいだ』

男「変な事言うなよ…曾祖父ちゃん」

曾祖父『…どうか男を、我が曾孫を…頼む』ザザッ…





209: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:26:36 ID:lNrpVbmg

幼馴染「はい…」

サクラ『男さん…あなたの曾祖母だという事、ずっと言わずにいてごめんなさい』ザッ…ザザザッ…

男「途中から、知ってたよ」

サクラ『そう…本当にありがとう…男さん、いえ…男ちゃん…そして幼馴染さん…』

男「曾祖母ちゃん…会えて嬉しかった」

サクラ『ケヤキさん…カナメちゃん、仲良くね…イロハちゃん、ノムラちゃんも元気で…』ザザッ…





210: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:27:11 ID:lNrpVbmg

イロハ『サクラ、嬉しそうー』

ノムラ『嬉しそうー』

カナメ『サクラぁ…うう…う…』

ケヤキ『…笑って送るんだ、カナメ』

ザッ…ザザザッ…

男「…さよなら、曾祖父ちゃん…曾祖母ちゃん」

ザザッ…
サクラ『さよ…な…ら…』ザッ…

ザザ…ザッ………

…………







211: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:28:12 ID:lNrpVbmg



…翌春、ある日曜日



男「やあ、ケヤキ…もうすっかり目が覚めたか?」

ケヤキ『ああ…』

男「新緑が綺麗だなー」

ケヤキ『そうか?…自分の葉がこうも小さくて柔らかい時期は、なんとなく不安なんだがな』





212: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:29:23 ID:lNrpVbmg

男「カナメ、すっかり芽が紅くなってるな」

カナメ『鮮やかでしょ?…ボクの一番良い季節だからね!』

男「そうだな、すごく綺麗だ」

カナメ『冬の間、ケヤキもモミジ達もほとんど寝てるんだもの…すっごい暇だったから、お日様いっぱい浴びといた』





213: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:29:55 ID:lNrpVbmg

イロハ『男ー!緑の葉っぱ綺麗ー!』

ノムラ『男ー!赤の葉っぱ綺麗ー!』

男「どっちも綺麗だと思うよ」

イロハ『今年はイラガ出さないようにねー』

ノムラ『ねー』





214: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:30:25 ID:lNrpVbmg

男「アカマツ…たくさん芽吹いたなー」

男「もう少ししたら、緑摘みしなきゃ」

男「…しかし松ジイ、本当に昔はイケメンだったんだなー」

男「曾祖父ちゃんと、酒…飲んでるんだろうな…」





215: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:31:05 ID:lNrpVbmg

幼馴染「おはよう!」

カナメ『あ、幼馴染ちゃん!おはよー!』

イロハ『おはよー』

ノムラ『おはよー』

男「おー、おはよ…。どうしたんだ?」

幼馴染「私がここに来るのに理由がいるんですか?」

男「つまり毎度ながら、暇だったと」

幼馴染「さすが男!私の事は何でも解るんだね!」

男「だいたい週に五日は来てるもんな」





216: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:31:50 ID:lNrpVbmg

幼馴染「桜の木…無くなっちゃったね…」

男「うん、こないだ親方に根まで取ってもらった。結局、芽は吹かなかったし…あのままじゃ白蟻を呼んで、他の木にまずいからね」

幼馴染「仕方ない…ね」

男「うん」

幼馴染「でも、寂しいなぁ…」

男「うん…でもさ」

幼馴染「でも?」

男「あの時、親方が養生の剪定をしてくれて…それで親方はその枝の芽を、温室でたくさん挿し木にしてくれてるらしいんだ」





217: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:32:41 ID:lNrpVbmg

男「染井吉野は挿し木では繁殖出来ない…って言われてたんだけど、最近では不可能じゃなくなってるんだって」

幼馴染「そうなんだ…」

男「しかも念のため、確実性の高い接ぎ木も何本か試みてるとか。…それがしっかりした苗になったら、くれるって」

幼馴染「親方、良い人だねー」

男「本当、頭が上がらないよ」

幼馴染「どのくらいで出来るの?」

男「まあ一年の内にはこっちの手元に来るだろうけど、それから何年もかけて少しずつ大きな鉢に植え替えていかなきゃな」

幼馴染「私も手伝うからね」

男「うん…」

幼馴染「あの桜の子供達かぁ…」

男「そうだな」

幼馴染「良い苗になったらいいね、うん…きっとなるよね」





218: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:33:26 ID:lNrpVbmg

男「…いつかそれをこの庭に、二人で植えよう」

幼馴染「うん、楽しみだね。………ん?」

男「………」

幼馴染「今のは、どういう意味かな?」

男「…別に」

幼馴染「それは何かの記念樹だったりするのかな?」

男「その辺は察してくれたらいいと思うよ」

幼馴染「はっきり言ったらいいと思うよ?」

男「その時まで言わない」



おしまい


.

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2013/10/05(土) 11:32:50|
  2. 男・幼馴染SS
  3. | コメント:14

星に願いを(原題/同じ)

1: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:06:07 ID:O1LtQclc

俺は『男』、現在21歳の大学生。

可もなく不可もなく、平々凡々とした毎日。自分の今の境遇を表現するなら、それが相応しいと思う。

大学の授業はかったるいものもあるし、課題に追われたり今後の就職活動に憂鬱になったりする事もあるけれど、それも人並みの重さだろう。





2: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:06:54 ID:O1LtQclc

もちろん、そんな人並みさに見合った程度の幸せもある。

今のバイトはたかがスーパーの裏方だが、人間関係も含めて結構合っているように思う。

先日ついに普通車免許も取得して、欲しい車の事を考えていればわくわくしてくる。

とびっきり…という程ではないが、俺には勿体無く感じる程度に可愛い、彼女一歩手前な幼馴染もいる。

友人関係も、まあ普通だ。

誰にでもあるように、ついてない日もあれば最高にハッピーな日だってある…それも当たり前の事。

ただ、少なくとも今日はその内の後者にあたる日だった。





3: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:07:33 ID:O1LtQclc

車の購入費用にと精を出したバイトで得た金の一部をはたいて、幼馴染との日帰り旅行。

もちろん大した遠方地に行けたわけでは無いものの、ちょっとした非日常に二人の仲は少なからず親密になった。

お互いの自宅まであと少しの帰り道、何も言わずに手を出すとちゃんと彼女が握り返してくれたのがその証拠だろう。

たぶん今朝までであれば少し照れ臭くて出来なかった気がする。





4: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:08:06 ID:O1LtQclc

「楽しかったねー」

「そうだな」

「今日みたいな日が毎日ならいいのにね…?」

少しこちらを窺うように、幼馴染はそう言った。

言葉の意味はよく解る、でも気の利いた返事は用意していない。

すっかり暗くなった住宅街、よく立ち寄るコンビニの前を通り過ぎながら、俺は誤魔化すように夜空を見上げた。





5: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:08:43 ID:O1LtQclc

…その時だった。

辺りが明るくなる程の大きな流れ星。

「今日がずっと続きますように」

とっさに俺はそう言った。

だいぶ端折ってしまったが、つい先ほどの彼女の言葉を星に願ったつもりだった。

「三回なんて言えねーな…」

「一回だけでも叶うらしいよ?」

「それ、どこ情報よ?」

タイミングの良い流れ星のおかげで、少し気の利いた台詞を言う事ができただろうか。

その後の道のり、彼女と俺の距離はさっきよりもちょっとだけ近かった。





6: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:09:41 ID:O1LtQclc

心地よい眠りを阻害する、定間隔の振動音。

蚊の鳴く程の音量から次第に大きくなる、耳慣れたメロディ。

枕元で携帯が鳴っている。

はっきりしない意識を手繰り寄せ、それを手に取り画面を見る。

着信中『幼馴染』

画面上部に目をやると現在時刻は7:02と表示されていた。

昨日起きた時間と同じ位じゃないか、なんだって連日こんなに早く起こすんだ。

頭の中で憎まれ口を叩きながら、それでも今日という日が幼馴染の声で始まる事は嬉しく思えた。





7: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:10:25 ID:O1LtQclc

「…もしもし、おはよ」

《あ、出た。おっはよ、もう起きてた?私は準備できてるから、いつでもいいよー》

「は?」

訳が解らなかった。今日も何か約束していただろうか。

「何言ってんだ、お前。今日も何かあったっけ」

《はぁああぁ!?アンタこそ何寝ぼけてんの!?…まさか温泉行こうって自分から誘っといて忘れたっての!?》

いよいよ訳が解らない。なぜなら昨日の小旅行こそ温泉に行ったからだ。

「寝ぼけてんのはそっち…」

そこまで言いかけて、俺は激しい違和感に襲われた。

その原因はテーブルの上にあった。そこにはなぜか昨日の朝捨てたはずの、一昨日の夜食べたコンビニ弁当容器があったからだ。





8: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:11:12 ID:O1LtQclc

《アンタ、バカなの?本当に忘れてるの?ねえ、まさか今日行かないの?》

「ちょ…ちょっと待ってくれ!後で掛け直す…」

まだ携帯の向こうで喚いているのが聞こえたが、ひとまず通話を終了した。

もう一度テーブルに目を遣る、確かに一昨日の弁当容器だ。そして確かに昨日、台所のゴミ箱に捨てたはずだ。

寝起きでぐちゃぐちゃなのは髪型だけではない。頭の中も疑問符だらけだった。





9: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:11:58 ID:O1LtQclc

手に持った携帯の画面ロックを解除し、カレンダーアプリを起動する。

8月22日、木曜日

俺は目を疑った。幼馴染と温泉に行った、昨日の日付けだ。

詳しくは知らないが、携帯の時計やカレンダーが狂った試しは無い。

たぶんネットに繋がったPCみたいに勝手に現在時刻を合わせているはず。それでもその表示を疑わずにはいられなかった。

最近あまり観ていないTVをつけると、下世話な朝の情報番組が流れていた。

その番組の嫌らしい顔をした中年司会者の立つカウンターに置かれた日付けポップには、携帯と同じ8月22日の文字が並んでいる。

本当に寝ぼけているのは俺の方なのか。





10: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:12:49 ID:O1LtQclc

絶対に違う筈だと確信しながら、俺は幼馴染に電話を掛けた。

「もしもし」

《もしもしじゃないっ!どーするのよ?》

あからさまに不機嫌な声だ。ここはひとつ自分の感情は殺した方がいい。

「ごめん、本当寝ぼけてた。すぐに用意してそっち行くから」

《もう、びっくりするよ。待ってるからね》

俺は電話を切ると、首を傾げながらもテーブル上の弁当容器を持って台所へ行き、冷蔵庫脇のゴミ箱に押し込んだ。

その時のガサガサという音に、寝室から母親が顔を覗かせ「そういえば今日は出掛けるって言ってたわね」と声を掛けてくる。

「行ってきます」

まだ着替えも済んでいないのに、俺はそれだけを答えて洗面所に向かった。

そのやりとりもまた、昨日確かにこなした事のはずだという疑問を感じながら。





11: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:14:32 ID:O1LtQclc

「おはよ」

幼馴染が玄関から出てくる。

普段はあまり着ないような、一目で余所行きと解る可憐なワンピース姿。

「可愛いじゃん、服」

言葉は嘘ではないが、心からの台詞でもない。あえて自分の記憶の中にあるものと同じ台詞を投げてみたのだ。

「えへへ、こないだ駅前で買ったんだ」

「似合ってるよ」

ここまで全て、記憶の通り。予想通り過ぎて頭がこんがらがるとは、初めての体験だった。

「夜の9時位までには帰るから」

幼馴染が家の中に向かって言うと、彼女の母親は「男くんとデートでしょ、今日は帰らない位言ってみなさいよ」と、からかう様に返した。

おそらくそれに対して幼馴染は…

「変な事言わないで!」

そう…そう言ったはずだ。やはり記憶は正しい。





13: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:28:35 ID:O1LtQclc

記憶の中の昨日と全く同じルートを駅へ向かう。

よく立ち寄るコンビニの前には、下品なチューンが施されたセルシオが停まっている。

自動ドアの脇に設置された灰皿スタンドの側には、その車の主を含むと思われるいかにも遊び明けな3人の男が立ち、俺の横を歩く幼馴染をじろじろと見ている。

「やだ…、早く通り過ぎよ」

「そうだね」

しかし見られるだけで絡まれる事は無い…それも確信があった。





14: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:29:31 ID:O1LtQclc

最寄の駅、普段は買わないような額面の切符を二人分購入し、普段は行かない地方行きのホームを目指し階段を上がる。

その階段を登りきる時、俺はハッとして言った。

「危ない」

しかし間に合わず、幼馴染は最後の一段につまづく。

俺はとっさにその手を握り、引き起こすように支えた。

「ばか、気をつけろ」

「びっくりした…、ありがとう。よくこうなるって解ったね」

「あ?…ああ、なんとなく」

そう誤魔化したが、あそこでつまづくのは記憶にあった。

ただしその時は手を差し伸べるのが間に合わず、彼女は小さく転んでしまったのだが。





15: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:40:40 ID:O1LtQclc

朝のラッシュアワーの影響で、列車は7分遅れてホームに入った。

その後の各停車駅の停車時間を少しずつ短縮し、目的地へはほとんど遅れ無しで到着するはずだ。

次第に田舎の風景に変わってゆく車窓にも、見覚えがある。

確かこのトンネルを抜けると。

「男。見て、手を振ってる」

土手道を走る自転車に乗った小学生くらいの男の子が、過ぎ行く列車に向かって手を振っている。

それに幼馴染はにこにこしながら手を振り返す。そしてそのすぐ後…

「あ、見えなくなっちゃった」

そう、またトンネルに入るんだ。





16: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:44:01 ID:O1LtQclc

《本日は御乗車ありがとうございます。他路線の混雑による遅延で大変ご迷惑をおかけしております。今後の各駅到着予定時刻は…》

車内放送が聞き覚えのあるアナウンスを告げた。

記憶の通りなら、もうすぐ早起きが祟った幼馴染はうつらうつらと居眠りをするだろう。

もう既に目はとろんとして、車窓の枠に肘を置いて頬杖をついている。

この後は確か、目的駅の到着直前に案内が流れるまで話をする事は無いはずだ。

丁度いい、その時間を使って頭を整理しよう。





17: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:48:23 ID:O1LtQclc

このあまりにリアルな昨日の記憶は何なんだろうか。

ここまで全て、昨日の記憶と相違無い事象が起きている。昨日…といっても、日付は同じなのだが。

ただし幼馴染が転びそうになった時、それを予見した俺が手を貸す事によって彼女は転倒を免れた。その点は記憶と違う。

安っぽく都合の良い言葉で自分を納得させるなら、正夢だったと考えればいい。

ただ、純粋に正夢という言葉を当てはめるには、行動によって結果が変わるという点に疑問が残る。

少しファンタジー的要素を含ませるなら、身に迫る危険を回避するための予知夢だろうか。

とはいえ記憶によれば階段で転んだ幼馴染は何か怪我をしたわけでも無く、その後はこれといった危険の無い楽しい一日だった。

わざわざ予知夢に見る程の事ではない気がする。

もちろん、意味が無くとも見るものは見るのかもしれないが。

ひとつ言えるのは、記憶の中の8月22日は本当に楽しい一日だったという事。

もう一度過ごすとしても不服などあろうはずもないのだから、深く悩み込む必要は無いだろう。





18: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:02:49 ID:O1LtQclc

目的の温泉地は山間のロケーションも良く、数多くの旅館や入浴場と共に土産物店やちょっとした観光施設もある。

ゆっくり時間をかけて歩けば、この小さな街だけで一日以上を費やす事ができるだろう。

泊りがけで無いのが残念だが、今は恋人未満の二人だから当然の事だ。

少し曇って日差しが柔らかいとはいっても、まだ8月。先に散策をして温泉で汗を流すのが良い。

本物の古民家とそれを模して建てられた新しい建物が混じる風情の良い石畳の通りを歩く。

少しすると、観光地にはよくあるこじんまりとしたオルゴール館を併設した土産物店があった。

俺達は特に意思を確認するでもなくそこに立ち寄る、それもまた記憶の通り。

店内にはガラス細工と様々なオルゴールが並べられ、メルヘンチックな趣きを演じている。

しかし店舗の奥の一角ではそれとは全く違う、饅頭や木彫といった土産物が陳列されているのが、まさに日本の観光地らしい所だ。





19: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:03:31 ID:O1LtQclc

幼馴染はオルゴール本体の台座にクリスタルの人形が載せられた物を手に取り、側面の螺子を巻いた。

「あぁ、この人形ピノキオだったんだ」

オルゴールの音色が奏でたのは『星に願いを』だった。

クリスタルの人形は着色されていないから、一目でピノキオと判らないのも無理は無い。

無論、俺にとっては二度目となるやりとりだ。最初から流れるメロディに予想はついていた。





20: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:04:27 ID:O1LtQclc

星に願いを…か。

その時、俺はふと記憶の中のある出来事を思い出した。

昨日、コンビニの前で見た流星に俺は何と願った…?

『今日がずっと続きますように』

込めた意味としてはもちろん、今日のように幸せな日がいつまでも続きますように…という事のつもりだった。

でもその言葉を素直に受け取れば全く違う意味になる。

まさか、その願いはピント外れな言葉のままに叶えられたのか。

俺は正夢…予知夢を見たんじゃなく、8月22日という今日を繰り返しているのか。





21: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:05:28 ID:O1LtQclc

「…どしたの、男」

そんな突飛な事を考え無意識に真顔になってしまった俺を見て、幼馴染は不思議そうに声を掛けた。

「あ、ごめん…何でもないよ。星に願いをの歌詞、考えてた」

誤魔化して出鱈目を言う。

「ふうん、どんな歌詞?」

そう来るか。

なるほどやはり記憶と違う言動をとれば違う反応がくるんだな。

「…きーらーきーらーひーかーるー」

「それ違うし」

「思い出せなかったんだよ」

くだらない適当な事を言って、その場を凌ぐ。

記憶とは違うそのやりとりに少しほっとしたような感覚を覚え、同時に先の突拍子もない考えを『そんなバカな』と払拭した。





22: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:12:52 ID:O1LtQclc

少し細い川沿いの遊歩道。

俺はわざと記憶にあるよりもゆっくりと歩いた。

確かあのガス灯を模した電気式の街路灯がある辺りだったはず。

がさがさっ…

右手脇に続く紅カナメの生垣の足元から黒猫が顔を覗かせ、そのまま反対の低い石垣を川の砂利浜へ飛び降りた。

「もう、黒猫が前を横切るなんて縁起悪いなぁ」

幼馴染は本気で気にしている風でもなく、軽い口調でそう言った。

昨日のペースで歩いていたら、猫は俺達の真後ろを横切り、幼馴染は少しびっくりしたはずだ。

そして『前を横切るんじゃなくて良かったね』と、記憶の中の彼女は笑った。





23: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:14:47 ID:O1LtQclc

幼馴染は俺が歩くペースに合わせているから、記憶とは違う事象に遭遇している。

でも俺が何の影響も与えていない物事は、まさに記憶通りの時間に同じ行動をとっているという事だ。

「…男、楽しくない?」

「え、そんな事ないけど」

「さっきからちっとも話さないし、ちっとも笑わないよ」

…参ったな。

記憶の事ばかり考えてるから、急に記憶と違う言葉を投げかけられると戸惑ってしまう。

「ちょっと…考えてただけだよ」

おかげで全く気の利かない、フォローにもならない返答をしてしまった。





24: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:15:39 ID:O1LtQclc

「なにも今、考え事なんてして欲しくないなぁ…って言われるのは面倒臭いですか?」

「ごめん、悪かったです」

「よろしい」

人差し指を立てて幼馴染はにやりと笑う。

彼女はこの仕草をよくする。そして俺は何となくそれが好きだ。

今は考えるのはやめよう。

記憶の通りに行動するも違う事をするも、できるだけ意識しないようにしよう。

せっかくこの良き日を、もう一度過ごせるのだから。





25: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:18:44 ID:O1LtQclc

暫くの散歩と土産店巡りの後、昼食として小さな店構えのご当地ハンバーガー屋へ。

イチ押しメニューと表示されているのは、この地域の特産だという山葵の葉と茎を刻んでパティに練りこんだ山葵バーガー。

「私、これにしてみる」

そのメニュー写真を指差す幼馴染に危うく『けっこう辛いぞ』と言いそうになり、内心慌てる。

「じゃあ、これ二つ下さい。あとポテトひとつとカップサラダひとつ。飲み物は…俺はジンジャーエール」

「私も」

「じゃあ、ふたつ」





26: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:19:28 ID:O1LtQclc

少しして使い捨ての紙トレーに載せられた商品を受け取る。

俺は日除けのパラソルが立てられた縁台で待つ幼馴染の元へ、それを運んだ。

「いっただきまーす」

余所行きの服には似合わないほど大きく口を開けて、幼馴染はハンバーガーにかぶりつく。

俺はその様子を吹き出すのを堪えながら見ていた、なぜなら。

「う…っ!?…くぅ………」

山葵の意外な程の効き具合に悶絶する事を知っていたから。

「くっ…あははは、涙ぐんでら」

「ずるい、さては先に食べるの待ってたでしょ」

「あ?…ああ、まーな」

「意外と山葵効いてるよー、ちょっと失敗したかな…」

「ま、俺は山葵好きだから」

「私も嫌いじゃ無いんだけどなぁ。ちょっと効き過ぎだよ」

だからさっき忠告しそうになったのだ。

それでも彼女は少し涙目になりながらも時間をかけてそれを平らげた。





27: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:24:33 ID:O1LtQclc

その後は川の鯉に餌をやったり、写真撮影のスポットだという古い石橋で幼馴染をモデルにしたり。

帰りに乗る予定の列車の時間から逆算して、午後三時頃から目星をつけていた日帰り入浴のある温泉旅館へ向かう。

その道中で幼馴染は組み紐細工の露天に吸い寄せられ、お揃いのストラップを買った。





28: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:25:27 ID:O1LtQclc

目指す温泉旅館は、そのすぐ先だ。

風情ある建築様式には不釣合いな自動ドアを入って、右手の下足箱に履物をしまう。

ふかふかの絨毯の感触は、靴下だけだと少しくすぐったい。

カウンターに近づくと受付の女性が深々と頭を下げた。

「いらっしゃいませ」

「入浴したいんですが」

「ただ今、貸切露天風呂が空いておりますが、本日は大浴場のご利用でよろしいでしょうか?」

「はい」

選ばなかった方の選択肢も、大変魅力的ではあるのだが。

「承知致しました。二名様で1,600円頂戴致します」

財布を出そうとする幼馴染を「いいよ」と制し、俺は千円札を2枚出した。

これも記憶の…おっと、意識しないんだった。





29: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:26:12 ID:O1LtQclc

「この通路を左へ進みまして、屋外廊下の先が浴場でございます。ごゆっくりどうぞ」

「どうも」

脱衣所のロッカーの鍵を二つ受け取り、俺達は言われた方へ向かう。

屋外廊下の両脇はよく手入れされた日本庭園が広がり、ピンクのフリルのような百日紅の花が咲き誇っていた。

廊下のつきあたりには暖簾のかかった入り口が二つ。

「私、たぶん長いよ」

「おぅ、せっかくなんだからゆっくり浸かろうぜ」

「うん、じゃあ先に出た方がメール入れとこうね」

「わかった」

互いに頷き、俺は藍染め色の暖簾を、彼女は臙脂色の暖簾をくぐった。





30: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:20:16 ID:O1LtQclc

少しぬるめの湯に浸かりながら、ぼんやりと考える。

と言っても予知夢の事ではない、幼馴染の事だ。

恋人一歩手前、あとは互いに一線を超える意思確認をしていないだけ。

彼女を女性として意識し始めたのは、高校の頃だ。

義務教育の間ずっと一緒だった彼女と、はじめて別々の学校という距離を隔てた時、急に意識するようになった。

そしてどうやらそれは向こうもそうだったらしい。

高校2年の時、たまたま一ヶ月近くも顔を合わせない事があった。

俺が短期バイトに行っていたのが理由なのだが、おそらく彼女は連日俺の帰宅が遅い事に気付いたのだろう。

ある日前触れもなく、幼馴染からたった一言だけのメールが届いた。





31: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:21:21 ID:O1LtQclc

『彼女できましたか』

俺はそれに『できてません。最近バイトしてます』と返した、すると。

『こっちもできていません。バイトがんばって』

一連のやりとりは、たったのこれだけ。

でもこの三通のメールは、その時の互いの気持ちをよく表している気がして、実は密かに保護設定をかけて機種変しても未だに携帯に入っている。





32: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:54:15 ID:O1LtQclc

そのメール以降、およそ月に三度程度は何かしら理由をつけて会うようになった。

まあ、多くは『服を買うの付き合え』とか『ミスドが100円だから行こう』といった他愛もない事。

ひどければ夜、突然SNSのトークを使って『そこのコンビニ行くけど、一緒に行く?』といった程度の事も。

それでも特に用事や理由があったりする時を除けば、断られた事は無い。

ある意味そんな所帯染みているかのような関係を続けた事が、二人の立ち位置の境界をぼやけさせてしまったのかもしれない。





33: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:55:33 ID:O1LtQclc

そろそろ、はっきりさせなきゃな。

今日の小旅行だって、流れによってはそこにけじめをつけられるかも…そんな想いもあった。

結局、それは記憶の中の一日では果たされなかったけれど。

ふわり…と緩くも涼やかな風が吹いて、露天風呂の湯気が横にたなびいた。

もう時刻は午後四時頃だ。

やはり盆を過ぎてからは、この時間になると少し気温が下がる。

一日の終わりが迫っているという感に迫られ、気持ちが少しだけ焦った。





34: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:56:15 ID:O1LtQclc

そうだ、帰り道に見るはずのあの流れ星。

今度は違う事を願ってみよう。

幼馴染に聞こえるように、例えば『告白が上手くできますように』とか。

きっとそれに対して彼女は何らかのリアクションを返すはずだ。

あとはその流れで、いくつかのパターンで台詞を用意しておけばいい。

よし、と気合を入れるつもりで顔を洗う。

冷水でもないのに、気が引き締まったような…つもりになっておこう。





35: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:58:20 ID:O1LtQclc

記憶と同じ時間の列車に乗り、帰りは乗り換え一度。

全く同じ時間に地元の駅に着いたはずだ。

あとは特に意識しない程度のペースで歩けば、多少のずれはあれどコンビニの前あたりで流れ星が見られるはず。

まだコンビニに差し掛かるまでには五分はかかる。

まさか記憶より早かったりしないよな…そう考えながら、今の内からちょくちょく夜空を見上げていた。

「どしたの?上ばかり見て」

「いや、晴れたなと思って」

「ほんと、昼は曇ってたのにね。雨降らなくて良かった」

「そうだな、日差しもきつ過ぎなくて、ちょうど良かったよ」

その時、きらりと光る筋が夜空を流れ、瞬く間に消えた。





36: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:59:14 ID:O1LtQclc

「あ、流れ星!…男、見た?」

「うん、見た。珍しいね」

俺がそう言い終わるのとどっちが早かっただろうか。

「あ、また…!すごい!」

「今度のは少し長かったな」

さっきよりも多少低いところを、またひと筋の星が落ちる。

たて続けにふたつも流れるとは、流星群の夜でもないのに本当に稀な事だ。





37: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:00:08 ID:O1LtQclc

…でも違う。

あの流れ星はもっと大きくて、あの台詞を言い終わるほどに長く光っていたはずだ。

そしてやがてコンビニの前。

店の自動ドアからは親子連れが出てくる。子供はその手に買って貰ったのであろう花火の袋を提げている。

思い出した、この直後だ。

「楽しかったねー」

そう、この言葉を聞いた。

「そうだな」

「今日みたいな日が毎日ならいいのにね…?」

ここで俺は少し返答に詰まるんだ。そして誤魔化すように空を見上げる。

その時、大きな流れ星が…





38: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:01:21 ID:O1LtQclc

「…あれ?聞こえないふりをするのかな?」

「あ、いや…。おかしいな…」

「なにが?」

「えーと、何でもない」

何故、流れ星は光らない。

そんなに歩く速さが違ったか?

でも花火を持った子供はおよそ記憶通りのタイミングで店から現れた。

油断してたら今、流れたりするんだろうか。

もうとっくにタイミングは逸してしまった。

幼馴染はそれなりに意味を込めた言葉を投げてくれたはずなのに、俺は何の反応も示さなかった事になる。





39: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:02:51 ID:O1LtQclc

「そーですか、へー」

「いやほんとごめん。ジャスト考え事中だった」

「いーですよー、ぜーんぜん」

「許して、悪かった」

「なんか午前中もこんな事あったなー。男はやっぱり楽しく無かったのかなー」

「そんな事ないって、すごく…思い出に残る日だったよ」

二度過ごしたのだから、当たり前だけど。





40: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:03:37 ID:O1LtQclc

「本当かな?」

「神に誓って」

「どこの神様?」

「えーと、幼馴染大明神?」

「何それ」

幼馴染はけらけらと笑った。

「ばっかみたい」

行き当たりばったりな会話でも何とか持ち直す事は出来たらしい。

ほっと胸を撫で下ろすが、気まぐれな流れ星を恨めしく思う。

その後の道のり、彼女と俺の距離はさっきまでと変わる事はなかった。





41: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:04:49 ID:O1LtQclc

心地よい眠りを阻害する、定間隔の振動音。蚊の鳴く程の音量から次第に大きくなる、耳慣れたメロディ。

枕元で携帯が鳴っている。

それを認識した俺は、今回は飛ぶように起きた。

着信中『幼馴染』

画面上部に表示された現在時刻は7:02。着信中なので、日付は表示されていない。

それでも俺の心臓は早鐘を打っていた。

「…もしもし」

《もう、出るの遅いよ。起きないのかと思った》

幼馴染の第一声は二度目の8月22日とは違うものだ。

でもそれは俺が電話に出るのが遅かったからかもしれない。





42: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:06:18 ID:O1LtQclc

「ごめん、今起きた」

そして次に幼馴染が発した言葉は、全てを悟らせるに足るものだった。

《自分から温泉に誘ったんでしょ?しっかりしてよ》

俺は確信に近い感情を抱きながらテーブルに目を遣る。

そこにはあの弁当容器があった。

《電車の時間、何時だっけ?間に合いそう?》

「…悪い、後で電話する」

《え?何?》

「後でこっちからかけるから」





43: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:07:48 ID:O1LtQclc

携帯を切り画面の日付を確認すると、当たり前のように8月22日の表示。

俺は頭の中が真っ白になり、ベッドの上に座ったまま呆然とした。

あれは正夢や予知夢を見たんじゃない。

やはり今日という日が繰り返されている。

どういう事なのか、いくら頭を捻っても納得のいく答えなどあるはずも無い。

唯一、信じ難いながらもこの現象に理由を求めるとしたら、それはあの流れ星への願い以外に考えられないのだ。





44: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:08:55 ID:O1LtQclc

『今日がずっと続きますように』

…違う、俺が願いたかったのは、叶えて欲しかったのはこんな事じゃない。

いくら幸せな一日だったとしても、それを繰り返したいんじゃないんだ。

明日、一年後、そして数十年後まで、彼女と当たり前の幸せを分かち合う事だったはずだ。

果たして今夜眠れば、違う明日は来るのだろうか。

そうなるためには、どうすればいい。

また、同じ日を過ごすのか?

そしてあのコンビニの前で流れ星に『元に戻してくれ』と願えばいいのか。





45: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:10:17 ID:O1LtQclc

でも二度目の記憶の中では、あの流れ星は現れなかった。

それは何故だ?

二度目の記憶の今日は、何も無い限り最初の記憶と同じ事象が起こっていた。

ただ俺が違う行動や言動をとると、それに関与する事だけは変化した。

駅の階段での幼馴染のアクシデントや、黒猫が横切るタイミングはそれを裏付けていた。

でも流れ星の発生など、俺にどうこう出来る話では無い。

俺の行動が隕石の軌道を変える?…バカな。

いくらバタフライエフェクト的な力が働いても、繋がりようが無いだろう。





46: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:11:33 ID:O1LtQclc

ならば、流れ星は現れたはずだ。つまり俺が見落としたんだ。

あの明るさの流れ星を、流れる方向もタイミングも解っていながら、見られなかった。

それもまた考え難い事だが、その方がまだ納得できる。

そもそも星に願いをかけるなどという事自体、何の信憑性も無いまじないに過ぎない。

しかし解決する方法はそれ以外には思い浮かばない。

俺は手に持ったままの携帯で、幼馴染に電話をかけた。

今日は予定をキャンセルしよう。

たぶん二度目の記憶にも増して、俺は上の空になってしまうだろうから。





47: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:13:04 ID:O1LtQclc

《もしもし…どうしたの?大丈夫なの?》

電話に出た幼馴染はさっきの不満げな声とは違い、心配そうだった。

《もしかして体調悪い?今日…やめとく?》

最後の『やめとく?』をどんな表情をして言ったか、想像がついた。

きっとサンタに貰ったプレゼントが、欲しい物と違った時の子供のような表情だったはずだ。

「いや、大丈夫だよ。ごめん、すぐ行くから」

俺の心は、それを無視できるほど強くはない。

《よかったぁ、じゃあ待ってるね》

幼馴染は欲しいプレゼントを貰ったかのような声で、そう告げた。





48: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:14:51 ID:O1LtQclc

三度目の8月22日。

幼馴染はもう見慣れた余所行きのワンピースを着て、聞き覚えのある台詞を言う。

失礼な話だが、俺はそんな幼馴染にまるでゲームのNPCのような不気味さを感じていた。

だから俺は意識して記憶と違う行動をとり、違う話題をふる。

そうすれば記憶とは違う幼馴染の人間らしい反応に少し安堵できるから。

でもふと気を抜けば、やはり彼女は旅館手前の組み紐細工の露店に寄ってしまうのだ。





49: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:15:54 ID:O1LtQclc

「男…」

「ん?…なに?」

「楽しんでない…よね」

ぎくりとした。表情には出していないつもりだったのだが。

「そんな事ない、そんな訳…ないだろ」

「なんか怒ってるみたい」

「気のせいだって」

「…なら、いいんだけど」

やっぱりやめておくべきだった。

もし明日が明日じゃなく今日だったら、今度こそ出掛けるのはやめよう。





50: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:17:09 ID:O1LtQclc

帰り道は今までの二度に比べて口数も少なかった。

コンビニの前を通り過ぎる頃になって花火を持った子供が店から出てくる。

歩く速さはできるだけ同じ位にしたつもりだが、やはり気が焦っていたのか。

幼馴染が言うはずだった『楽しかったね』という言葉も、今回は発せられなかった。

当然の事だろう。

そしてやはり…というべきか。その日、流れ星が現れる事はなかった。





51: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:18:33 ID:O1LtQclc

その夜、23時59分。

俺はじっと携帯の時計を睨んでいた。

普段はしない時計の全画面表示モードにし、日付から秒数まで余すところ無く目を光らせる。

ベッドの上に座ってクッションを抱き、睨む携帯の向こうには何も置かれていないテーブルがある。

56秒、57秒、58、59…

時計の表示が23:59:59から00:00:00に変わった時、無情にも22日の表示だけがやはり変わらなかった。





52: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:19:49 ID:O1LtQclc

予想通りの絶望に携帯から目を逸らすと、テーブルの上には忽然と現れた弁当容器。

しかし抱いていたクッションは相変わらず俺の膝の上にあるし、携帯の待ち受け画面も時計の全画面表示のまま。

つまり俺が影響を与え、また監視していたものは日付を超えても元には戻らなかったという事だ。

でもそれが解ったからどうなるというのか。

このまま、この日を繰り返す事しかできないのか。

そんなまとまらない考えをぐるぐると巡らせる内に、いつしかカーテンの隙間からは青白い夜明けの光が差し始めていた。





53: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:20:45 ID:O1LtQclc

相変わらずの薄曇りの空、玄関のポストにコトンと入れられたのは22日付の新聞だろう。

なぜ今朝は雨じゃないんだ。

なぜ眩い程の日差し注ぐ晴れじゃない。

もう同じ日は要らない、こんな事を繰り返したいんじゃないのに。

俺は腹立たしくなって今更ベッドにうつ伏せ、そしてやがて眠りに落ちた。

しかし解っていた事だが、じきに携帯が鳴る。

俺は不快な眠りに落ちたばかりの意識を拾い上げ、画面も見ずに耳に当てた。





54: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:22:10 ID:O1LtQclc

《あ、早いね。もう起きてたんだ?》

「おはよう…」

《あれ?それにしては寝ぼけ声だね。温泉行きは大丈夫かな》

「…幼馴染、悪いけど温泉行きはまた今度にさせてくれないか」

《え?》

昨日みたいにその場の感情には流されずに、あくまでも事務的に。

「ほんと、ごめん。悪いんだけど」

《…うん、わかった。じゃあ、もう今日は…どこにも行かない?》

「そうだな、やめとく」





55: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:23:03 ID:O1LtQclc

《…風邪でもひいた?》

危うく『そうだ』と言いそうになる。

そう答えれば少しは角がたたない、でも見舞いに来られる可能性があると思った。

「そうじゃないけど」

《あの…えっと、理由…教えてはくれないんだね》

「…ごめん」

暫くの沈黙、彼女は何を思っただろうか。

《…わかった。じゃあね》

いかに事務的に伝えても、心は痛かった。

悲しげな彼女の声色に、俺の苛立ちは更に募る。





56: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:53:26 ID:O1LtQclc

もう何度目の8月22日だろうか。

おそらくは12回か13回、日付を表す術が無いとこんなにも感覚は曖昧になるものなんだな。

あれから俺は様々な事を試してきた。





57: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:54:14 ID:O1LtQclc

23時56分にセットした10分後に鳴る携帯のアラームは、ちゃんと00時05分に動作した。

無論、日付は22日のままでだ。

24時まで注文できる宅配ピザ店に23時50分に頼んだマルゲリータは、00時30分頃届けられた。

起きてしまった母親に文句を言われたが、「食べたくなったんだよ」とだけ言い返した。

伝票に記載されていた注文を受付けた時間は21日23時50分という事になっていた。





58: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:55:23 ID:O1LtQclc

用事もなくビジネスホテルに宿泊してみたりもした。

翌朝、目を覚ましてもそこはホテルのシングルベッドの上。

チェックインの時に受け取った朝食券には22日付のスタンプが押されていたが、朝見ると21日付に変わっていた。

俺がその時どんな所に居て何をしていようと、そのまま辻褄を合わせた22日が来てしまう。

まるで魔法だ。





59: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:56:12 ID:O1LtQclc

そして電波の圏内である限り、七時過ぎには幼馴染からの電話が鳴る。

それを受け、また彼女に悲しい想いをさせる事にも、三度目を過ぎた頃から罪悪感は薄れてしまったと思う。

もはや流れ星への願いが言葉通りに叶えられてしまったと信じる以外に、現状を理解する術はなかった。





60: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:57:45 ID:O1LtQclc

たぶん14度目の8月22日。

実に10回ぶり以上の間を開けて、俺は幼馴染と温泉旅行へ再訪した。

出来るだけ自然に、出来るだけ楽しんでいるように。

記憶は意識しないように、同じになろうと違う展開になろうと、その場に任せて。

そう心がけたおかげだろうか、良い雰囲気を保ったまま俺達は温泉旅館まで巡る事ができた。





61: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:58:55 ID:O1LtQclc

風情ある建築様式には不釣合いな自動ドアを入って、右手の下足箱に履物をしまう。

ふかふかの絨毯の感触は、靴下だけだと少しくすぐったい。

カウンターに近づくと受付の女性が深々と頭を下げた。

「いらっしゃいませ」

「入浴したいんですが」

「ただ今、貸切露天風呂が空いておりますが、本日は大浴場のご利用でよろしいでしょうか?」

4度目になる女性の言葉、それに対しておれの返答は初めての試み。

「じゃあ、貸切の方で」

「え?」

幼馴染が目を丸くする。無理もない。





62: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:59:46 ID:O1LtQclc

「あと今夜は空いてる部屋、ありますか?」

「はい、離れのお部屋のみとなりますが、ご準備できます」

「それでいいです」

「離れには元々、専用の露天風呂がついておりますので、入浴はそちらをご利用下さい。お食事はどうなさいますか?」

「朝夕両方つけて下さい」

「ちょ…男、何を」

「いいから」

当然の反応をする幼馴染を出来るだけ平然とした態度で制し、受付を終わらせる。

「お部屋は離れの『菖蒲』でございます。ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」

「どうも」





63: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:00:54 ID:O1LtQclc

部屋のキーを受け取り、前とは反対側の屋外廊下を進む。

その廊下の両脇もまた日本庭園になっていて、蓮の葉が浮いた池の畔には禊萩が咲いている。

廊下の中ほど、幼馴染の歩みが少し遅れている事に気付き、俺は小さく手招きをした。

左右に降りる木階段、右側の『菖蒲』の表示がある方を降り、備え付けの雪駄を履く。

砂利の海を渡る飛び石は少しごつごつした肌で、よほど下手をうてば転んでしまいそうだ。

俺は何も言わずに手を延べ、彼女は一秒の間をおいてそれを握った。





64: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:01:48 ID:O1LtQclc

離れはこじんまりとしていながらも、中は意外と広い。

俺は畳敷きに置かれた卓袱台脇に座り、ふぅ…と息をついた。

しかし幼馴染は閉めた玄関の戸の内側にもたれ、顔を伏している。

「どうした、入れよ」

「…うん」

招く言葉でようやく卓袱台の側に座る幼馴染。

そして暫くの沈黙。

「なんで、こんな…急に」

「ん?」

「今日は日帰りだって…言ってたじゃない」

相変わらず顔を伏したままの彼女は、緊張した声で尋ねた。





65: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:02:33 ID:O1LtQclc

「泊まるの、嫌か?」

「嫌じゃない…けど、家に何も言ってない」

「…うん」

「それに、私達は…」

「うん、だからはっきりさせようと思う」

この半ば強引な行動の核心に迫る言葉に、彼女は顔を上げる。

その顔は見た事無い位に真っ赤だ。

「幼馴染、今夜は一緒にいて欲しい」

彼女は黙って頷き、そのままもう一度顔を伏してしまった。

「もう一度訊くけど、嫌じゃないな?」

「…嫌なら、部屋に入ってないよ」

かくいう俺も、彼女の返答にほっとする。

離れに入って数分、もうエアコンは効きはじめているのに、喉はからからだった。





66: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:03:28 ID:O1LtQclc

「もしもし…あ、お母さん?えーと、あのね。え?うん…そう、そうなの。…うん、本当に。…うん、わかった…じゃあ」

窓際から午後の温泉地風景を望みつつ、幼馴染は家に電話を掛けた。

「何て言ってた?」

「いきなり向こうから『帰らないんでしょ』って。それから、お父さんには違う事言っといてあげるから…って」

「そうか、よかった」

さすが、朝のからかいは上辺だけでもないんだな。





67: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:04:22 ID:O1LtQclc

「男、本当に信じていい?…私達、付き合ってる?」

「うん。俺はずっと、こうなりたかった」

彼女は相変わらず頬に紅葉を散らしたまま、少し涙ぐんで俺に寄りかかった。

俺の言葉に嘘は無い。

でも少しの罪悪感を感じて、俺はその肩を抱き寄せる事はしなかった。

なぜこんなに急に、強引な行動を起こしたのか。

それは夜、日付が変わる瞬間を彼女と一緒に過ごしたらどうなるのかを知るため。

純粋な恋心故の理由ではなかったから、後ろめたさを感じずにはいられなかったのだ。





68: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:05:32 ID:O1LtQclc

それでも、その夜。

俺は、彼女を抱いた。

やろうとしている事の本質は、自分の疑問を解く鍵を得るための実験に過ぎない。

だからこれは副産物であるはずの行為だ。

それなのにその瞬間だけは行為に心から没頭し、興奮を禁じ得ない。

そんな身勝手な自分に嫌悪感を覚えつつも、俺はただ懸命に彼女を穢した。





69: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:16:56 ID:O1LtQclc

そして、朝。

目覚めるとそこは当然のように旅館の離れ棟だった。

布団の中、隣には裸のままの幼馴染。

まだ微かな寝息をたてている彼女を起こさないよう、そっと布団を抜け出す。

携帯の画面を立ち上げてみる。

日付は8月22日のまま、時刻は7時15分。

また日付は繰り返している。





70: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:17:49 ID:O1LtQclc

では、彼女はどうだ。

彼女も俺と共に、彼女にとって二度目の今日を過ごす事になるのか。

日が上り多少暑くなってきた7時30分、エアコンの効き具合を変えようとリモコンを操作すると、ピッ…という電子音が鳴ってしまった。

それによって、幼馴染が目を覚ます。

「ふぁ…おはよう、男」

「おはよう」

上体を起こした彼女は自分があられもない姿でいる事を思い出し、素早く薄い掛け布団を自らに纏った。





71: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:18:41 ID:O1LtQclc

「向こう行ってるから、服着なよ。朝飯食べに行こう」

「う、うん」

洗面所で少し待つと『もういいよ』と、かくれんぼの口調で声がかかる。

服を着た幼馴染は余所行きのワンピースではなく、以前から見慣れたブラウスとキュロットという姿だった。

やはり多少は泊りがけになるかもしれないと覚悟していたんだな…と思うと同時に、不覚にも目頭が熱くなる。

彼女のその姿に、この無情な時間のループが始まる前に戻れたような錯覚を感じたから。





72: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:19:23 ID:O1LtQclc

「…ん」

俺はそんな女々しい想いを紛らわすように、予告もせずに彼女に口づけた。

まだ慣れない動作に、俺よりも少し小さな身体が僅かにこわばる。

「もう、まだ歯みがきしてないのに」

触れた唇が離れると、また頬を朱に染めて幼馴染は小さな恨み言を零した。

「俺は今の間にしたから」

「ずるい、じゃあ私もする」

俺と入れ替わるように彼女は洗面台へ向かう。

きっと歯を磨くより先に、火照った顔に水を掛けるつもりだろう。





73: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:20:30 ID:O1LtQclc

相変わらずの薄曇り、世界には同じ時間が流れている。

それでも朝から今までに無い行動を取っているだけに、その日の空気はどこか新鮮に感じられた。

幼馴染の話す事も全てが真新しい、初めての言葉達。

ただ記憶の中でこの温泉地に着いた午前10時頃になれば、どうだろうか。

その内、川沿いの歩道では黒猫が走るだろう。

橋の下ではたくさんの鯉が、餌を持った人間が来るのを待ち構えているに違いない。

それが、どうしようもなく怖かった。





74: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:21:12 ID:O1LtQclc

この街をもう少し歩きたいと言う幼馴染を押し切って、俺は彼女の手を引き駅へと向かう。

あと二駅先にあるという渓谷へ、とにかく行った事の無い所へ行きたかったから。

幸い幼馴染もそこへ着いてしまえば、それはそれで悪くは無かったようだ。

美しい渓流を眺めながら遊歩道を散策したり、水に足を浸して涼んだり、俺達は満たされた時間を過ごした。





75: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:21:53 ID:O1LtQclc

「この服、持ってきといてよかった」

「ああ、昨日のワンピースじゃ此処には来られなかったな」

「まして足を浸すなんてねー」

「でも着替え持ってきてるって事は、泊まる気だった?」

「もう、馬鹿。女はもしもに備える物なんだよ?」

これが、幸せなんだろう。

例え俺にとっては、このひと時が仮初めのものだとしても。





76: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:23:30 ID:O1LtQclc

帰りの列車。

もう空は茜を過ぎ、藍色を強くしている。

俺はぼんやりと車窓を眺めながら、不機嫌な顔にならぬよう心掛けて物想いに耽っていた。

幼馴染と結ばれ、どんなに満たされた一日を過ごしても、一度離れた夜を過ごせば彼女の記憶はリセットされてしまうだろう。

嫌というほど解っていても、あまりにやるせない。

日付を跨ぐ時に携帯で通話をしていたら、彼女の記憶を繋ぎとめる事は出来るのだろうか。

でもそれをいつまでも繰り返す事など無意味だ。





77: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:24:23 ID:O1LtQclc

目を向かいに移すと、幼馴染がバッグから手帳を取り出そうとしていた。

タータンチェック模様の表紙のルーズリーフ。

ぺらぺらと頁をめくり、背表紙に挿していたペンで何かを書き込む。

「…日記か」

「うん、覗いちゃだめよ」

「言うと覗きたくなるな」

「大した事は書いてないけど、でも見せない」

今の俺にとって日記ほど用の無い物もないな…と考え、心がちくりと痛んだ。





78: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:25:07 ID:O1LtQclc

「記念日だったからね」

「…記念日」

しかし次の幼馴染の台詞に、俺は心が軋むどころか愕然とする事になる。



「8月21日、私達の記念日でしょ?」





81: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:21:34 ID:O1LtQclc

当たり前だった。

今日は8月22日なのだ。

つまり俺達が結ばれたのは、彼女にとっては21日だった事に変えられている。

俺に22日を繰り返させるために、見えない力によって辻褄が合わされている。

でも、違う。

本当は違うだろう。

俺達の記念日は8月22日だ。

「…違う」

その瞬間、俺の中で何かが音をたてて崩れた。

24時間を幾度も繰り返す間に少しずつ理解しては押し殺し、宥めすかしてきた感情の、たがが外れた。





82: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:22:40 ID:O1LtQclc

「え?」

「それは俺じゃない」

だって21日の俺はバイトをしていた。

お前との小旅行のために汗を流し、20日締め月末払いの給料を店長に無理を言って先に貰った日だ。

店長は『楽しんでおいで』と、少し色をつけてくれた。

寝る前に『明日、楽しみだな』ってメールした、お前は『新しい服着て行くからね』って返信してくれたじゃないか。

それが、俺の8月21日だ。





83: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:24:05 ID:O1LtQclc

「男、何を言ってるの?」

お前の記憶の中でその日を過ごしたのは、本当の俺じゃない。

「違うんだ…」

「何が違うの?どうしちゃったの…」

途端に全てが偽物になった。

目の前の幼馴染も、今日の幸せも、愛しあった二人も。

消えればいい、そもそもこれは実験だったんだから。

昨日囁いた愛は所詮、今夜24時に切れるシンデレラの魔法だった。

種が暴かれた今、律儀に日付が変わるまで信じてる必要なんかない。





84: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:25:23 ID:O1LtQclc

「ごめん…」

「何を謝ってるのか解らないよ」

「…ごめん」

それから家まで、どうやって帰ったかさえよく覚えていない。

幼馴染は『疲れたんだよ』とか『色々あり過ぎたね』と俺を気遣う言葉をくれたけど、どうでもよかった。

コンビニの前で空を見上げる事もせずに、ただ偽物の幼馴染と早く別れたかった。





85: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:27:00 ID:O1LtQclc

部屋に戻った俺はベッドに伏せて泣いた。

これからは独り、知らない所へ行こう。

一日ずつを新鮮に感じられる、新しい街を点々とすればいい。

金が尽きたら部屋に戻って、財布を自分の棚に押し込んで一晩たてば中身は戻る。

そしてまた違う街へ、初めての所へ。決まって7時過ぎに鳴る電話なんて出なければいい。

幼馴染も知り合いも全て偽物なら、いっそ知らない人しかいなければ判らないだろう。





86: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:27:58 ID:O1LtQclc

例え自ら死んだって、どうせまた部屋のベッドで目覚めるに違いない。

本当の俺はあの流れ星を見た夜に死んだんだ、もう記憶も薄れかけた最初の8月22日に。

本当は忘れたく無い記憶など、その一度しかないのに。

だから最後にもう一度だけ、あの日を過ごそう。

俺が俺だった最後の8月22日をもう一度だけ記憶に刻みつけて、その後は偽物の世界に溶けて混じって、消えてしまえばいい。





87: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:30:38 ID:O1LtQclc

携帯が鳴る。

着信中『幼馴染』

あの時の俺はどの位の間をもってそれに出ただろう。

「もしもし…おはよう」

《おはよう、男。もう起きてた?》

思い出せ、俺はどう答えた?

「うん、着替えてたよ」

《じゃあ私の勝ちだ、私もう用意できたもん》

「はいはい、負けた負けた。すぐに行くから待ってて」

少し言葉は違ったかもしれないけど、このやりとりは覚えている。





88: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:32:00 ID:O1LtQclc

コンビニ弁当の容器を台所のゴミ箱へ押し込み、母親に『行ってきます』と告げて。

彼女の家の呼び鈴を押して。

「可愛いじゃん、服」

出てきた彼女の服を褒めて、そのあと彼女の母がからかう台詞を言って。

コンビニの前には品の悪いセルシオが停まっている。

駅の階段、一番上で彼女がつまづいて。

「痛ぁっ!」

「大袈裟だな、ほら」

起きる時に手を貸して、そういえば手を握るの久しぶりだな…って、その時考えたはずだ。





89: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:33:28 ID:O1LtQclc

列車は7分遅れで着くけど、到着する時間はほとんど遅れない。

トンネルとトンネルの間では道行く子供が手を振ってきて、幼馴染が振り返して。

それから車内アナウンスの後、彼女は居眠りをする。

温泉地についたら石畳の小道を歩き、最初はオルゴール館を併設した土産物店へ。

星に願いをのメロディが少し心に影を落とすけれど、あえて気にしない。

できるだけあの日の気持ちで、あの日の顔で。





90: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:44:16 ID:O1LtQclc

川沿いの遊歩道では二人の後ろを黒猫が走る。

「前を横切るんじゃなくて良かったね」

「お前、そういうの気にしないくせに」

「あはは、まーね」

ご当地のハンバーガーを頬張る幼馴染が目を潤ませて、慌ててジンジャーエールのストローを口に含む。

そのあと彼女は「こんなに辛いなら甘い飲み物にすればよかった」と後悔を露わにする。





91: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:52:38 ID:O1LtQclc

川の鯉に餌をあげて、石橋の上で写真を撮って。

午後三時頃から旅館へ向かい、途中の露店で組み紐のストラップを買って。

「お揃いだねー、照れるねー」

「口に出すとあんまり照れて無さそうに聞こえるな」

「男、照れ隠しって知ってる?」

「知ってるさ。今、俺がした事だからな」

思い返せば、これはなかなか秀逸な回答だった気がする。





92: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:58:30 ID:O1LtQclc

旅館の屋外廊下から見る庭園には百日紅の花。

温泉の湯はぬる目で長風呂してしまうけれど、幼馴染はもっと長い。

先に上がった俺は『先に出たから、俺だけアイス食べるよ』とメールを入れて。

10分遅れて出てきた彼女に『ずるい』と文句を言われて、ハーゲンダッツを買ってあげようとしたら『これがいい』とメロンシャーベットを渡されて。

「これが好きなんだよー」

「昔っからな」

旅館を出るとすっかり風が涼やかになっていて、あまり汗をかかずに駅まで歩いて。

乗り換え一度、地元の駅に着いた頃にはすっかり暗くて。

大通りから外れたところで黙って右手を出すと、一瞬の躊躇いの後に彼女がそれを握り返す。

そう、こんな一日だった。





93: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:00:02 ID:O1LtQclc

これが俺の本当の8月22日、最後の本当の記憶。

できるだけそれをトレースしたつもりだった。

どうしても今その時を過ごすというより、懐かしい記憶を思い返しているような気持ちになってしまったけれど。

でも二度と忘れない。

この記憶には、決して何も上書きしない。

だからもうこれ以上、幼馴染と過ごす8月22日は要らない。





94: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:08:45 ID:O1LtQclc

お互いの自宅まであと少しの帰り道、その温度まで記憶に刻もうと繋いだ手に意識を集めた。

50m程先の歩道を、あのコンビニの明かりが照らしている。

あそこで、あの星を見てしまったんだったな。

そして言葉足らずな願いを唱えてしまった。

それまでトレースしようとしても、きっと星は流れないのだろうけど。





95: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:10:10 ID:O1LtQclc

「…ろ」

その時、幼馴染が何かを呟く。

そうだった、確かあの日もそう思ったけど気にしなかったんだ。

「今、何か言った?」

この質問は本当にあの日を再現したいならするべきでない事。

でもこれが最後だと思ったら、彼女の言葉の全てを覚えておきたくなった。





96: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:11:58 ID:O1LtQclc

「うん…さっきから、流れ星がふたつも流れたんだよ」

「ふたつも?」

ああ、そうだった。

二度目の今日を過ごした日、上ばかりを向いていた俺もそれを見たっけ。

「男、見た?」

でも今回は、そして最初の日は上を向いていなかったから。





97: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:19:48 ID:O1LtQclc

「いや…見てない。見たかったな」

そう答えた俺に、幼馴染はにやりと笑いながら、繋いでいない右手の人差し指を立てて言った。

「大丈夫だよ」

彼女はこの仕草をよくする。

「何が?」

「ふたつめの流れ星、結構長かったんだ。だから」

そして俺は何となくそれが好きだ。



「男のために『もうひとつ流れろ』って願っといたから」





98: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:26:01 ID:O1LtQclc

幼馴染は立てた人差し指で、俺のほっぺたをつつく。

さっき、そして最初の日に彼女が呟いたのは、その願いだったのか。

ちょうどコンビニの前だ、見れば花火を提げた子供が店から出てくるところだった。

「楽しかったねー」

そして、まさか。

「そう…だな」

その願いが。

「今日みたいな日が毎日ならいいのにね…?」





99: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:26:59 ID:O1LtQclc

言葉の意味はよく解る。でもあの時も今も、気の利いた返事は用意していない。

すっかり暗くなった住宅街、よく立ち寄るコンビニの前を通り過ぎる時、俺は立ち止まり夜空を見上げた。

…その時だった。

辺りが明るくなる程の大きな流れ星。

とっさに俺は言った。



「今日みたいな日がずっと続きますように」





100: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:28:13 ID:O1LtQclc

定間隔の振動音。

蚊の鳴く程の音量から次第に大きくなるメロディ。

携帯が鳴っている。

『アラーム 8月23日 金曜日 8時00分』

俺はその衝動を止めると、幼馴染に電話をかけた。

接続を待ちながらカーテンを開けると、快晴の空。

《もしもし?おはよ、どうしたの早くから》

「おはよう。幼馴染…今日、逢えないかな」

《昨日、一日中いっしょにいたのに?…いいけど》

「9時頃行くから、用意してて」





101: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:29:06 ID:O1LtQclc

可もなく不可もなく、平々凡々とした毎日。

もう一度訪れた境遇を表現するなら、それが相応しいと思う。

でも、一日として同じ日を過ごす事など無い。

果たして今日、彼女一歩手前の幼馴染の手を握り、目の前のラインを踏み越える事はできるだろうか。

きっと失敗を恐れる今の俺は、幾度目かの記憶で彼女を口説いた俺のように強気にはなれない。

例え下手を打って失敗したとしても、24時を過ぎたらリセットされればいいのに。

幼馴染の家の呼び鈴を押しながら、俺はそう思った。

Fin.


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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2013/09/26(木) 11:29:58|
  2. 男・幼馴染SS
  3. | コメント:0
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