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恋のクロスカウンター(原題/男「女さん、これホワイトデーのプレゼント」)



1 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[] 投稿日:2014/03/10(月) 13:57:32.16 ID:/vQHQctM0


男「女さん、これホワイトデーのプレゼント」

女「あ、さすがぁ。こういうとこちゃんとしてるよね、男君」

男「まあ貰ったお返しはキチンとしたいしね。何倍返しにもなってはないけど」

女「いいんだよ、ありがとうね!」



「………」ジーーッ



2 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 13:58:32.40 ID:/vQHQctMo [1/18]


男「後輩ー」

後輩「あっ、男先輩」


男「これ、ホワイトデーだから」

後輩「うわー、すみません。義理チョコしかあげてないのに」

男「でも手作りだったじゃん、美味しかったよ。俺のもそんな他意は無いから、ご心配なく」

後輩「あはっ、先輩なら他意があってもいいんですよー? なーんて」

男「おいおい、変な期待させんなよー」



「………」ジーーッ



3 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 13:59:07.17 ID:/vQHQctMo [2/18]


男「生徒会長っ」

会長「あら、男君」


男「これ、バレンタインのお返しっす」

会長「あらあら……何だか悪いわね」

男「ぜんぜん、言うほど大したもんじゃないんで」

会長「じゃあありがたく頂くわ。でも何も出ないわよ?」

男「解ってますって。生徒会長、彼氏いるじゃないすか」

会長「世の中には別腹って言葉もあるけど…ね?」

男「ちょ! 生徒会長、からかわないで下さいよー!」



「………」ジーーッ



4 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 13:59:47.53 ID:/vQHQctMo [3/18]


男「おう、妹。お前も今帰りか?」

妹「……外で話しかけないでって言ってるじゃん、キモッ」


男「ちぇっ、昔は可愛かったのに。まあいーや、ほら……これホワイトデーだから」

妹「!! ……バッカじゃない! キモッ! キモッ!」アタフタ

男「うっせ。渡したかんな、何も貰ってないって言うなよ」

妹「……キッモ…」ニヘラ



「………」ジーーッ



5 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:00:31.33 ID:/vQHQctMo [4/18]


男「ただいまー」

姉「ああ、おかえりなさい」


男「姉ちゃん、これ」

姉「あら、ホワイトデーの? ふっふーん、可愛い弟め! キスしちゃろう!」

男「ばーか、変態姉かよ」ケタケタ

姉「よいではないかよいではないか!」

男「うわー、何をするー!」

姉「あはは……ま、ありがとうね!」

男「どーいたしまして」


……ピコッ


男(ん? 携帯…メッセージ、幼馴染か)



6 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:00:58.48 ID:/vQHQctMo [5/18]


…男の部屋


男(メッセージ『帰ってる?』だけだった)

男(どうしたんだろ、いつもみたく勝手に入ってくりゃいいのに)

男(………)

男(…俺が、行きゃいいのか)


男(……部屋の電気は…点いてんな、いるのか)

男(よし、ベランダ越しに──)



7 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:01:40.89 ID:/vQHQctMo [6/18]


(ロープ…ある、睡眠薬…ある)


(手錠も、ナイフも…大丈夫)


(そうそう…猿ぐつわできるように、タオルなんかも用意しとかなきゃ)


(……これで、万全かな)



8 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:02:15.90 ID:/vQHQctMo [7/18]


…コン、コン


男「お邪魔ー」


カラカラ…


幼馴染「!!」

男「よ、なんかメッセージ貰ったんだけど」

幼馴染「……き、来てくれたんだ」

男「おう、どしたのかなと思って」



9 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:02:50.34 ID:/vQHQctMo [8/18]


幼馴染「よかった、呼ぼうと思ってたの」

男「そっか、用は何だった?」

幼馴染「うん…まあ、ゆっくり話すよ」


………



幼馴染「……紅茶でよかった?」

男「うん、サンキュ」


幼馴染「……飲まないの?」

男「熱いのあんまり得意じゃないって知ってるだろ? もう少ししたら飲むよ」

幼馴染「………」チッ



10 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:03:16.20 ID:/vQHQctMo [9/18]


男「俺がこっちの部屋に来るの、ちょっと久しぶりだな」

幼馴染「そうだね」

男「昔はかわりばんこ位でお互いの部屋を行き来してたけど」

幼馴染「…そう…だったね」

男「女の子らしい部屋になったよなー」


幼馴染「男…今日、何の日か知ってる?」

男「え?」

幼馴染「知ってるよね、みんなに愛想振り撒いてたもんね」

男「へ? …ああ、ホワイトデーの事か」



11 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:03:54.67 ID:/vQHQctMo [10/18]


幼馴染「良かったよね、バレンタインはたくさん貰えて。お返しも大変だったでしょ」

男「大変なんて事は無いよ、まあクッキー焼くなんて慣れなかったけどな」

幼馴染「へえ…あれ、手作りなんだ」

男「ああ、お前のもあるぞ? …はい」ヒョイ

幼馴染「!! ……ありがと、でも……」

男「まあ、食ってみろよ。味の保証はできかねるけど」

幼馴染「その他大勢と一緒……か…」ボソッ



12 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:04:34.69 ID:/vQHQctMo [11/18]


…パクッ、モソモソ


男「どう?」

幼馴染「…ん、美味しい。紅茶に合うね」

男「良かった、俺も紅茶貰お」


…ゴクンッ


幼馴染「………」ニヤッ

男「うん、苦味がきいてる。ダージリン?」

幼馴染「うん……特別製の」

男「ふーん…?」



13 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:05:07.87 ID:/vQHQctMo [12/18]


幼馴染「ねえ、バレンタイン…私のチョコ、どうだった?」

男「え? 美味しかったよ?」

幼馴染「そうだよね、すっごく頑張ったもん」ニッコリ

男「そうなのか、ありがとうな」

幼馴染「男はたくさんチョコ貰って、そんなにありがたみは無かったのかもしれないけど」ニコニコ


男「そんな事ないよ」

幼馴染「あるよ」イラッ

男「……え?」



14 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:05:39.14 ID:/vQHQctMo [13/18]


幼馴染「だってお返し、みんなと同じクッキーでしょ? 私のチョコは特別製……男にしかあげてないのに」

男「何を言って…」

幼馴染「いいの、だから私……ホワイトデーのプレゼントは自分で貰う物を決める事にしたの。そして──」

男「幼馴染、何を言ってんだ? 俺は…」


幼馴染「──それはもう、目の前にあるの……」クスッ



15 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:06:12.94 ID:/vQHQctMo [14/18]



チャラッ…ガチャッ、ジャキンッ



16 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:06:46.65 ID:/vQHQctMo [15/18]


男「幼馴染……誰がお前へのプレゼント、そのクッキーだけだって言った?」


幼馴染「え……?」ジャラッ


男「俺からの本当のプレゼントは、コレだよ」ジャキッ

幼馴染「手錠……何で、お互いの片手を繋いで…」

男「逃げられないだろ? やるよ、特別製のプレゼントをさ。大丈夫、ベランダにはナイフもロープも猿ぐつわの道具も置いてあるから」

幼馴染「お、おと…こ…?」



17 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:07:13.24 ID:/vQHQctMo [16/18]


男「それにさっきのクッキーだって、お前の分だけは特別製だったんだぜ?」

幼馴染「……!?」グラッ…

男「睡眠薬入りだったんだよ、美味かったか?」


幼馴染「…くっ……」

男「俺はずっとお前が好きだったよ……いつかどうにかしてやりたいと思ってた」

幼馴染「………」

男「知ってんだ、先週自分で言ってたもんな? この週末、親はいないんだろ? 今年のホワイトデー、金曜日で良かったよ」



18 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:07:45.20 ID:/vQHQctMo [17/18]


幼馴染「…ふふっ」

男「……? 何がおかしい?」

幼馴染「睡眠薬…? 偶然ね、これも気が合うって事の表れかしら」


男「何を…」グラッ…


幼馴染「あの紅茶も同じ隠し味入りよ、苦味が効いてたでしょ?」

男「…なっ…!?」

幼馴染「もっと奇遇な事に、後ろのベッドの下にはロープや手錠、ナイフなんかもあるわ……ベランダに行く手間が省けたでしょ?」

男「幼馴染…お前っ!」

幼馴染「私だけへの特別なプレゼント…それは男、貴方自身でいいの。ずっとずっと…大好き…だったわ……」



19 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/03/10(月) 14:08:26.57 ID:/vQHQctMo [18/18]


男「……くそっ…意識が…」

幼馴染「…私…も……」

男「とりあえず……寝るか…」

幼馴染「そうね…いい夢がみられそう…」


男「これから……よろしく…な…」

幼馴染「こち…ら…こそ……」


…ドサドサッ



【おしまい】



.

時の流れとチョコの意味(原題/幼母「はい、チョコ渡しておいでー」男母「あらー、良かったわねぇ」)



1 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 01:57:34 ID:PiFCVOtE


幼母「はい、チョコ渡しておいでー」

男母「あらー、良かったわねぇ」


おしゃななじみ「はいー」ニコニコ

おとこ「あいー」ガシッ


おしゃななじみ「………」ググッ…

おとこ「………」グググッ…


おしゃななじみ「ふんっ」ビシィッ

おとこ「あっ…」


おしゃななじみ「ふふーん」パクッ

おとこ「あーあ…」ジーッ


幼母「あらら…だめねぇ」クスクス

男母「チョコ、自分で食べたいわよねぇ」クスクス



2 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 01:59:04 ID:PiFCVOtE


……………
………



おさななじみ「はいっ、おとこくん」ニコニコ


おとこ「くれるのー?」

おさななじみ「うんー、ママがおとこくんにあげておいでって」


おとこ「そうなんだー? でも、おさななじみちゃんもチョコすき?」

おさななじみ「だいすき」フンス

おとこ「…じゃあ、はんぶんあげるー」ヒョイ

おさななじみ「ありがとー」パクッ


おとこ「おいしいねー」

おさななじみ「あまいねー」



3 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:00:21 ID:PiFCVOtE


……………
………



幼なじみ「はい、男くん」

男「えっ」

幼なじみ「いいから、はいっ」


男「ちょ、後にしろよっ」キョロキョロ

幼なじみ「そんなモタモタしてたら、よけいに見つかっちゃうよ」


男「チッ……わかったよ」パッ

幼なじみ「んじゃね、見つからないでよ!」タタッ


男「そんなんなら、家で渡せよ…バーカ」ボソッ



4 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:01:24 ID:PiFCVOtE


……………
………



幼馴染「あっ…男」

男「おぅ」


幼馴染「はい、義理チョコ」

男「サンキュ、本命は先輩か?」


幼馴染「まーね、彼の手元には本命チョコだらけだけど」

男「いいじゃん、渡さなきゃ後悔するだろ」


幼馴染「あれ? 余裕ありますな? ははーん、さては…」

男「ばか、変な勘ぐり入れんな」

幼馴染「後輩ちゃんから本命、貰ったな?」


男「内緒だよ」ベー

幼馴染「それもう答えじゃない」ケラケラ



5 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:02:25 ID:PiFCVOtE


……………
………



幼馴染「男…これ」

男「…ありがとう」


幼馴染「あのね」

男「うん」

幼馴染「……結構、頑張ったから」

男「そっか」


幼馴染「たぶん、女の子が見たら…気合い入ってるって判っちゃうから…ね」

男「…うん」

幼馴染「だから、あの…見せないように…見つからないように」

男「わかった」


幼馴染「……あのっ」

男「食べたら、感想のメール送るよ」


幼馴染「うん…」



6 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:03:22 ID:PiFCVOtE


……………
………



幼馴染「これ…受け取って」

男「ありがとう」


幼馴染「それで…それでね…」

男「うん」


幼馴染「男、年末に……」


男「…聞いてたのか」

幼馴染「うん…だから、その…」


男「だから…じゃないよ」

幼馴染「え?」


男「それまでの事は関係無く、俺は…」


幼馴染「男…!」


男「今更って…言うなよ?」

幼馴染「言わない…よぅ…」



7 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:03:58 ID:PiFCVOtE


……………
………



恋人「じゃーん!」

男「おお、すげーな」


恋人「でしょ? かなり眠い!」

男「そんなに遅くまで頑張ったのか」

恋人「ふふん…愛ですよ、愛」


男「いっただっきまーす…」

恋人「ノンノン」チッチッ…

男「?」


恋人「はい……あーんして?」

男「……お…おぅ…」



8 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:04:32 ID:PiFCVOtE


……………
………



恋人「ごめん!」


男「何がよ?」

恋人「…ここのところ忙しくって……」

男「ああ、いいって…そんなん」


恋人「そんなんって言われるのも、ちょっと腹立つなぁ」

男「じゃ、どう言やいいんだ」


恋人「手作りが食べたかったなぁ! でも仕事が忙しいんだから、仕方が無いんだよ! …とか?」

男「それ、俺が言うと思う?」

恋人「思わなーい」


男「おお…でもやっぱ高級チョコ、美味いわ…」

恋人「一個! 一個頂戴っ!」



9 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:05:23 ID:PiFCVOtE


……………
………



幼馴染《…あ、もしもし?》

男「おー、どしたよ?」

幼馴染《ん…今日、バレンタインじゃない?》

男「ああ、そっちの日付ももう変わったか?」


幼馴染《うん、さっきね。…なんか、男の顔を見ないバレンタインなんか、初めてだったから…ね》

男「声だけでも聞きたくなったとか?」

幼馴染《……そうだね》


男「…おいおい、何を感傷的な事を言ってんだよ。何のために俺達が…」

幼馴染《…うん……》


男「夢…だったんだろ? 俺、ここから…ずっと応援してるからさ」

幼馴染《……う…ん…》

男「…がんばれよ、幼馴染」



10 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:06:19 ID:PiFCVOtE


……………
………



幼馴染「…なんか、私がご馳走になっていいのかな……」

男「いいんだよ、チョコくれたろ?」


幼馴染「でも、このお店…高そうだよ」

男「そんな事、心配すんな…失礼だな」

幼馴染「……ごめん」


男「とりあえず、乾杯だよ。…二年ぶりに一緒に過ごすバレンタインに」

幼馴染「うん…ごめんね、応援してもらったのに」


男「……俺は、それで良かったよ」

幼馴染「えっ?」

男「なんでこんな店、予約したと思ってんだ」

幼馴染「えっ?」


男「……俺の右ポケット…何が入ってると思ってんだよ」



11 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:06:55 ID:PiFCVOtE


……………
………



婚約者「男、これ…」

男「ありがとう」


婚約者「感慨深いですねー」

男「お互い、独身最後のバレンタインってか」

婚約者「ホワイトデーには、もう夫婦だもんね…」

男「くすぐってえな」


婚約者「もっと遊びたかった?」

男「もう充分だよ」


婚約者「そんなに遊んだの?」

男「滅相もない」


婚約者「思い残す事は?」

男「………」


婚約者「無いって言おうよ」

男「無い…と思うよ」



12 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:07:53 ID:PiFCVOtE


……………
………



妻「はい、今夜はチーズフォンデュの後でチョコフォンデュだよっ」

男「おお…どっちも食い慣れねえ」

妻「用意した私も、慣れてません」


男「これ、掻き混ぜなきゃいけねえの?」

妻「た、たぶん…」


男「食べてみるよ? 最初はパンをつけて…」パクッ

妻「あっ…そっちはチョコ用のラスクだよ!」

男「……甘いと思った…」


妻「じゃあ、代わりに温野菜にチョコつけてみる?」

男「まじ勘弁」


妻「はい、あーんっ」

男「ばか! 本当につけんな!」



13 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:08:41 ID:PiFCVOtE


……………
………



妻《ごめんね…男、今日は一緒に過ごせなくて》

男「いいから、ゆっくり休めよ」

妻《うん…ありがとう》


男「おやすみ」

妻《おやすみ…男》


男「……なんだ? 切らないのか?」

妻《ふふっ…》

男「?」


妻《おやすみなさい……パパ…》


男「……まだ、ちょっとだけ早いよ。予定日はひと月後だろ」



14 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:09:27 ID:PiFCVOtE


……………
………



ママ「はいっ、どうぞ…パパ」

男「ありがとう……ははっ、娘が狙ってんな」


ママ「ダメでしゅよー、チョコは刺激が強いから…もうちょっとね」

むしゅめ「あーうー」

男「よだれが、よだれが…」


ママ「あはは、バレンタインだからパパにキスしてあげたら?」

むしゅめ「あー」ヨチヨチ

男「ちょ、よだれ拭いてからっ」


むしゅめ「うー」ブッチュウゥゥ


男「うわー何をするー」

ママ「あはははっ」



15 : ◆M7hSLIKnTI:2014/02/13(木) 02:11:30 ID:PiFCVOtE


……………
………



ママ「パパ、嫉妬しちゃだめよ?」

男「うん?」


ママ「今日、バレンタインだったじゃない?」

男「ああ、そうだな」

ママ「だから、娘に…お隣の息子君にチョコを渡させようとしたの」

男「渡させ…ようとした?」


ママ「うん…『はい、チョコ渡しておいでー』って」

男「それで?」

ママ「向こうの母親さんも『あらー、良かったわねぇ』って言ってたんだけど」

男「うんうん」


ママ「あの娘ったら、渡さずに自分で食べちゃったんだ」


男「…あいつらしいな」

ママ「ふふっ、誰に似たんだろうね? …ほんと」



(おしまい)



.

さくらOctober(原題/幼馴染「お邪魔するよー」男「お邪魔する前に言えないのか」)

1:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:52:35 ID:lNrpVbmg

…ガチャッ

幼馴染「お邪魔するよー」

男「お邪魔する前に言えないのか」

幼馴染「だって男が変なDVDとか観てたらいけないし」

男「だからこそだろ」

幼馴染「観てたら怒らなきゃいけないし」

男「それはそんな物を観るくらいなら、幼馴染が慰めてくれるという意味にとっていいのかな」

幼馴染「付き合ってもないのに?」

男「付き合ってもないから、俺が何を観ようと自由なんじゃないでしょうか」

幼馴染「そんな勝手な理屈は通りません!」





2:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:53:40 ID:lNrpVbmg

男「はぁ…」

幼馴染「溜息つくと幸せが逃げるよ?」

男「で、何の用?」

幼馴染「私がここに来るのに理由がいるんですか」

男「つまり毎度ながら、暇だったと」

幼馴染「さすが男!私の事は何でも解るんだね!」

男「だいたい週に五日は来てるもんな」

幼馴染「この部屋、適度に散らかってて和むのよねー」

男「お前が来ないならもっと散らかしてるんだけどな」

幼馴染「ほら、私が来た方がいいんじゃない」





3:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:54:28 ID:lNrpVbmg

男「はいはい…まあ座れよ、茶でも取ってくるから」

幼馴染「お構いなく、さっき下でジュース頂いてから上がったから」

男「部屋だけじゃなく冷蔵庫まで勝手に開けるか」

幼馴染「失礼だなぁ、おばさんが出してくれたんだよ」

男「で、俺のは?」

幼馴染「察しが悪いね、あとコップ2杯分しかなかったから下で飲んだんだよ」

男「2杯分ありゃ俺のもあるだろ」

幼馴染「私とおばさんで美味しく頂きました」

男「…もういいわ」





4:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:54:59 ID:lNrpVbmg

幼馴染「そのかわり、ね?」

男「そのかわり?」

幼馴染「おばさんがこれを男に渡せって、渡せば解るからって言ってたけど」

男「どれ?」

幼馴染「じゃーん!折り畳みノコギリー」

男「今の旧ドラえもん風だったよね」

幼馴染「鋭い!ノコギリだけに!」

男「まあ、オカンの言わんとする事は解ったわ…」

幼馴染「解るんだ」





5:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:55:41 ID:lNrpVbmg

男「うーん、夏の間はずっと逃げてたからなー」

幼馴染「何から?」

男「無償の重労働から」

幼馴染「ノコギリを使う重労働ですか」

男「庭木を切れって、ずっと言われてんだよ」

幼馴染「いいじゃん!せっかく暇なんだし、やろうやろう!」

男「なんでノリノリなんだよ。手伝ってくれるのか?」

幼馴染「見ててあげる!」

男「いや、手伝えよ」

幼馴染「応援してあげる!」

男「意地でも手伝わせるからな」





6:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:56:28 ID:lNrpVbmg

…男の家の庭



幼馴染「ここの庭、広いよねー」

男「田舎だからな」

幼馴染「でもウチ、狭いよ?」

男「お前んちで普通だろ、ウチが広すぎるんだ。元農家だったから」





7:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:57:07 ID:lNrpVbmg

幼馴染「どれ切るの?」

男「まず一番にって言われてるのは、この桜だな」

幼馴染「大きいねー」

男「脚立だけじゃ無理だな、登らないと」

幼馴染「昔っから桜切る馬鹿って言うよ?」

男「桜は切り口を自己治癒する力が弱いんだ。そこから幹が腐りやすい」

幼馴染「だめじゃん」





8:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:57:37 ID:lNrpVbmg

男「でも剪定が要らないってわけじゃないし、切り口を殺菌剤で保護してあげれば大丈夫なんだ」

幼馴染「男、詳しいね?」

男「高1から夏冬春の長期休みには、ツレの親父さんがしてる造園屋さんでバイトしてるからな」

幼馴染「そっか、してたねー。でもそれなら家の庭木も早くしてあげればよかったのに」

男「対価の無い労働って、気が進まないもんだよ。対価のある労働で同じ事をしてるから尚更な」

幼馴染「そんなにバイト代いいの?」

男「建設業のバイトって、大変だけど実入りはいいんだぜ」





9:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:58:14 ID:lNrpVbmg

幼馴染「どうりで。あんまりそれに精を出すから、夏休みも平日は私の事なんか放ったらかしだったもんね」

男「平日に必ずお前を構わなきゃいけない理由もないしな」

幼馴染「…むかっ」

男「さて…まずは脚立で届くところから捌くか」

幼馴染「………」

男「幼馴染、脚立の足下支えててくれよ」

幼馴染「ふーんだ」

男「おーい、応援してくれるんじゃねえのかよ」

幼馴染「落ちろ」





10:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:58:51 ID:lNrpVbmg

男「拗ねるなよ…まあいいか。とりあえずあちこちに天狗巣病が出てるなー、切り取らないと」

幼馴染(…どーせ、私よりお金なんでしょ)

ギコギコ…

男「下からノコを入れて、そのあと上から…」

幼馴染(いくら付き合ってないって言っても、それは男がハッキリしないからなのに…)

男「殺菌剤のペースト塗って…と」

ペタペタ…

幼馴染(そりゃ、私だってハッキリしてないけど…)





11:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:59:24 ID:lNrpVbmg

男「こっちにも発症してるし、荒れ放題…そりゃ花咲かないわけだわ」

ギコギコ…バサッ

幼馴染(こないだだって、黙ってクラスの友達とグループで遊びに行くんだもん)

男「いつからこの桜が咲いたの見てないかなー」

ガサガサ…

幼馴染(女の子が一緒だったのだって、知ってるんだから)

男「十年…くらいかな。古い木だもんなー」

ペタペタ

幼馴染(男の、ばーか)





12:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 08:59:59 ID:lNrpVbmg

男「剪定したら来年は咲くかな…。おっと…殺菌剤落とすとこだった」

フラッ…

幼馴染「あ…!男、危ない!脚立が…!」

男「うわっ…!?」

幼馴染「男っ!」

???『危ない!』

ガシャーン!カラカラ…





13:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:00:34 ID:lNrpVbmg

男「痛てて…足打ったな…」

幼馴染「男!大丈夫…!?」

???『大丈夫ですか?』

男「折れたりはしてなさそう…え?」

幼馴染(…誰、この人)

???『ごめんなさい、頭を打たないように支えるので精一杯でした』

男「あ、ありがとう…あの、どちら様でしょうか」

???『…サクラ、と申します』

男「サクラ…さん、えっと…いつの間にこの木の下に」

サクラ『ずっと、いました』





14:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:01:15 ID:lNrpVbmg

幼馴染「そんなわけ無いよ、誰もいなかった…」

男(だよな…俺も見てない)

サクラ『信じて頂けないかもしれませんが、私はこの桜の精…というのが相応しいかわかりませんが』

男「桜の精…だって?そんな…」

幼馴染(綺麗な人…桜色の絣袴なんて今時着てる人いないし…)

サクラ『驚かせてごめんなさい。本当に久しぶりに枝を切ってもらっていたから、ずっと見ていたんです』

男(…信じられない…けど、信じなきゃ説明がつかないタイミングだった)





15:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:01:53 ID:lNrpVbmg

幼馴染「と、とにかく!もう男を離していいから!」

サクラ『あら、ごめんなさい…抱えたままでしたね』

男「でも本当に助かったよ、ありがとう。誰かさんが脚立持ってくれないから…」

幼馴染「…むっ」

サクラ『歩けますか?』

男「歩けるけど少し痛くて力が入らない…もう今日は高いところには上がれないな」

幼馴染「…悪かったわよ」

男「サクラさんがいなかったら、まじでアタマ打ってたぜ…」

サクラ『ふふ…サクラと呼び捨てにして頂いて結構ですわ』

男「ああ…なんか照れるけど」





16:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:02:27 ID:lNrpVbmg

サクラ『照れる必要なんてありません、貴方が産まれた時から知ってますもの』

男「そっか…桜の精だっていうなら、そうだよな…」

幼馴染「………」

男「せっかく現れたんだから、お礼もかねて家に上がってお茶でも出すよ」

サクラ『ありがとうございます。…でも、それはできません。私はこの木からあまり離れられないので』

男「そうなのか…残念だな」

幼馴染「なにナンパしようとしてんのよ、節操のない」

男「そんなつもりじゃねーよ」





17:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:02:59 ID:lNrpVbmg

幼馴染「…サクラさん、男を助けてくれてありがとう。でももう大丈夫だから」

サクラ『そうですね、では消えます』

男「幼馴染、感じ悪りいぞ」

幼馴染「ふんっ」

男「あの、足が直ったら平日でも少しずつ続き切るから。…また出てきてくれるかな?」

サクラ『はい、せっかく私を知って頂いたんですから』

男「うん、じゃあまた」





18:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:03:34 ID:lNrpVbmg

サクラ『では…幼馴染さん、お邪魔してごめんなさいね…』

幼馴染「なんで私に言うのよ…って、本当に消えた!」

男「今、スーッと消えたよな…まじで桜の精なんだ…」

幼馴染「信じられない…けど、本当みたいだね…」

男「…綺麗…だったな…」

幼馴染「何よ、やっぱりナンパしようとしてたんじゃないの?」

男「ちち、ちげーし」

幼馴染「もう私、帰る。…すぐにでもサクラさん呼んだら?ばーか」

男「なんだよ、さっきから感じ悪りぃな…」

幼馴染「ばいばーい」





19:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:04:18 ID:lNrpVbmg



…翌朝



幼馴染「おはよー」

男「おぅ、すぐ行くわ」

幼馴染「いつも用意遅いなー、また遅刻ギリギリになるよ」

男「じゃあ先に行けよ」

幼馴染「いやでーす」

男「なんだよそれ…もう朝メシいいや、行ってきまーす」

ガチャッ、…バタン





20:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:05:02 ID:lNrpVbmg

幼馴染「…大丈夫?」

男「何が?」

幼馴染「その…足、大丈夫なのかなって」

男「ああ…ちょっと痛むけど」

幼馴染「…ごめん、昨日は」

男「あ?…いいよ、俺が無理な体勢したのが悪いんだ」

幼馴染「でも、脚立支えなかったから」

男「まあ、すぐに治るよ。サクラのおかげで頭は打たなかったしな」

幼馴染「覚えてるんだ、やっぱり夢や幻じゃないんだね…」

男「…みたいだな」





21:以下、名無しが深夜にお送りします:2013/09/27(金) 09:05:32 ID:lNrpVbmg

幼馴染「よかったね」

男「何がだよ?」

幼馴染「庭先にあんな綺麗な人がいるんだもん、さぞ嬉しいんでしょ」

男「なんかつっかかるなー、嫉妬してんのか?」

幼馴染「なんで桜の木に嫉妬しなきゃいけないのよ、ばーか」

男「…そんなに機嫌悪いなら無理に一緒に行かなくてもいいのに」

幼馴染「ふんっ」

男「解ったよ…悪かったって」

幼馴染「べっつにー」

男(絶対怒ってんじゃん…無理もないけど)

幼馴染(なんで私、素直に謝れないんだろう…)

男(なんで俺、もっと幼馴染に優しくできないかな…)

男&幼馴染(好き…なんだけどな…)





23: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:42:58 ID:lNrpVbmg



…放課後



男(帰るかぁ、幼馴染は…ん?メール?)

幼馴染《機嫌が悪いので、言う通り独りで帰ります。探さないで下さい》

男(…家に帰るんだったら探すも何も無いだろ)

男(にしても、まだ怒ってんのか…どうすればいいのかな)

男(あいつの好きなクレープでも買って、家に寄ってみるかぁ…)





24: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:43:51 ID:lNrpVbmg



…クレープ屋の前



男(ん?幼馴染…!?)

男(あいつ自分で寄ってやがる…やけ喰いする気だな)

男(しゃーねえな…向かいの店の鯛焼きにするか…)

鯛焼店員「ラッシャイッセーィ」

男「三匹下さい」

鯛焼店員「ァズキサンビキッシャーカァー?」

男「はい(何て言ってんだよ)」

鯛焼店員「サンビャッキュージューエンッスァー」

男「……(390円でいいよな…?)」

鯛焼店員「ァマタセァッシター」

男(なんか腹たつわ…この店)





25: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:44:46 ID:lNrpVbmg



…自宅前



男(さて、タイミング的にどうすっかなー)

男(わざと少し遠回りしたから、もう幼馴染は帰ってると思うけど…)

男(それでも帰ったばかりだろうし、まあ服くらい着替えてから行ってみるか)





26: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:45:16 ID:lNrpVbmg

サクラ『おかえりなさい』

男「うわ、びっくりした。…サクラか、ただいま」

サクラ『ごめんなさい、驚かせちゃって』

男「いや、いいよ。ボーッとしてただけだから」

サクラ『足はどうですか?』

男「ああ、だいぶ痛みは無くなってきたよ。今日は体育は見学したけどな」

サクラ『そうですか、よかった』





27: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:46:00 ID:lNrpVbmg

男「あ、そうだ…こないだお茶も出せなかったし、鯛焼きとか食べない?」

サクラ『わあ、大好きなんです。嬉しい…いつから食べてないだろう』

男「食べた事はあるんだ?」

サクラ『本当に昔…ですけど』

男「そっか…じゃあ、どうぞ。一匹しかあげられないけど」

サクラ『ありがとうございます、一匹で充分ですよ。………美味しいっ』

男「よかった、また買ってくるよ」





28: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:47:01 ID:lNrpVbmg

???『いいなー』

男「…!?」

???『あ、見つかっちゃった』

男「見つかったって…もしかしてお前も、どれかの庭木の精か」

男(小さな娘だ…人間なら小学生か、せいぜい中学生になりたて位か)

サクラ『そうですね、彼女はカナメちゃんです』

カナメ『そこの紅カナメの化身なんだ。ずっと隠れてたんだけど、サクラが姿を見せたんならもういいかなって』





29: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:47:53 ID:lNrpVbmg

男「そっか、よろしくな。お前も鯛焼き食うか?」

カナメ『物を食べるなんて、した事ないけど…興味は深々だなぁ。どうしよ…』

男「食ってみればいいじゃん。だめなら俺が食べるから」

男(まあ、幼馴染の分は一匹あるからいいよな)

カナメ『よーし、食べてみる!………うわ、美味ぁい!』

男「そりゃよかった。…なあ、もしかして全部の庭木に精がいるの?」

サクラ『この庭には結構多いですよ、全てではないですけど。彼女の他にもあの赤松と欅(けやき)、それから椛(もみじ)二本にもいますね』





30: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 15:49:05 ID:lNrpVbmg

カナメ『古い庭だからね。ボクは割と最近に植えて貰ったけど』

サクラ『ふふ…カナメちゃんはケヤキさんと恋仲なんですよ』

カナメ『もう、サクラそんな事まで言っちゃだめー!』

男「そんな恋愛関係もあるんだ。じゃあケヤキも出てきたらいいのに」

サクラ『彼はけっこう硬派ですから、今も姿は消して自分の枝の下で昼寝してますね』

男「あー、位置関係的にも紅カナメは欅の枝の下だな。なんとなくお似合いな気がするわ」

カナメ『そ、そう!?参っちゃうなー!』

サクラ『あ、ケヤキさんがむせてる。聞いてたみたいですよ、あはは…』





31: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:11:31 ID:lNrpVbmg

男「ははは…そっか、この庭にぎやかなんだなー」

カナメ『鯛焼き、もう一匹食べたいなー』

男「ん?…ああ、悪い。これはだめなんだ」

サクラ『もしかして幼馴染さんの分ですか?』

男「当たり、あいつちょっと機嫌悪くってさ。貢ぎ物をね…」

カナメ『やっすい貢ぎ物だなー』

男「高校生だからこれくらいでいいんだよ、ほっとけ」





32: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:12:02 ID:lNrpVbmg

サクラ『もしかして機嫌が悪いのって、私のせいだったりします…?』

男「んー、まあ…でもどっちかというと、俺のせいだよ。ハッキリしないのが悪いんだよな」

カナメ『それはだめだよ、男ならそこは夜這いかけるくらいじゃないと』

男「馬鹿言え、そういうハッキリじゃねえよ。まだ付き合っても無いんだから」

カナメ『幼馴染って事は昔っから一緒にいるんでしょ?なのに付き合ってもないの?』

男「そういう関係だから余計に難しいって面もあるんだって」





33: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:12:44 ID:lNrpVbmg

サクラ『解りますけど…でもハッキリはした方がいいですね。きっと幼馴染さんも待ってますよ?』

カナメ『そうそう、ボヤッとしてたら他の男に攫われちゃうんだから』

男「怖い事言うなよ、あいつあれで結構モテるから心配なんだ」

サクラ『大丈夫、男さんもなかなか男前です。自信もって』

男「そんなん初めて言われたよ」

カナメ『お世辞って知ってる?』

男「てめえ、鯛焼き返せ」





34: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:13:15 ID:lNrpVbmg

サクラ『カナメちゃん、ここは男さんをその気にさせないと』

カナメ『あ、そっか。ごめんごめん、男前ー』

男「遅せぇよ。ってか、サクラもひでえ」

サクラ『あはは…ごめんなさい。でも私は男さん、好きですよ』

男「もう何も信じられない」

カナメ『ぎゃはは、いじけたー』





35: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 16:37:14 ID:lNrpVbmg



…幼馴染の部屋



幼馴染(どうしよう)

幼馴染(行くなら、そろそろ行かないと)

幼馴染(でも感じの悪いメール送って、勝手に帰っちゃったしなぁ…)

幼馴染(………だめだよね、尻込みしてたら。せっかく男の好きなツナクレープも買ったし)

幼馴染(今度は素直に謝ろう。謝った後に余計な事は言わないように…)

幼馴染(それと…できたら、好きって言おう)

幼馴染(…無理かなー、無理だろうなー)

幼馴染(ええい、とりあえず男の家に行こう!)





36: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 17:11:26 ID:lNrpVbmg

幼馴染(…庭先から、声…?)

幼馴染(サクラさん、いるんだ…それに違う娘も。あの娘も木の精なのかな)

幼馴染(楽しそうに笑っちゃって、なによ…)

幼馴染(………だめ、またそんな素直じゃない事を考えて)

幼馴染(『男、クレープ買ってきたよ。サクラさん達には悪いけど、部屋で食べよう』…うん、そのくらい言ってもいいよね)





37: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 17:12:00 ID:lNrpVbmg

幼馴染(サクラさん達は木から離れられないんだから、仕方ないよ。この時間に男の部屋に行くのは日課なんだから)

幼馴染(男…怒らないよね、…よしっ)

スタスタ…

幼馴染「お、男…」
サクラ『…私は男さん、好きですよ』

幼馴染「………!」

…ササッ

幼馴染(…なんで隠れちゃったんだろう)

幼馴染(違う、もう一人の娘もいるんだし、まさか告白なんてわけじゃない)

幼馴染(ただの他愛もない会話だよ…ね)





38: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 17:12:35 ID:lNrpVbmg

男「…とにかくなー、幼馴染とは本当にこの関係の時間が長過ぎてさ」

幼馴染(私の事、話してるの…?)

男「正直、恋人になるとかってイメージわかないんだよなぁ」

幼馴染(………!!!)

サクラ『そんなものですか』

男「うん…あいつも素直じゃないし、まあ俺もなんだけど」





39: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 17:13:06 ID:lNrpVbmg

カナメ『もういっそのこと、好きって言ってくれるサクラと付き合っちゃえばー?』

サクラ『カナメちゃん、変な事言わないの』

幼馴染(…どうやって顔を出せばいいのよ)

男「はは…悪くない話だな」

幼馴染(…私とは恋人になれないって聞いた後で、どんな顔をして話し掛ければいいの)

カナメ『男、真に受けてるー!』

男「ばーか、そんなんじゃねえよ」

幼馴染(もう…いいや…帰ろう)

幼馴染(男…私は…好きなんだよ)

幼馴染(伝える前から、ふられちゃったなぁ…)





42: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 20:14:56 ID:lNrpVbmg



…15分後



男「…さて、そろそろ行ってみるかなー」

サクラ『頑張って下さい、告白するんですよ?』

男「今日、必ずってわけじゃないよ…」

カナメ『そんな事言ってるからだめなんだよー、思い切らなきゃ』

サクラ『そうです、絶対ふられるわけないですよ』

男「お、おぅ…がんばるわ」

サクラ『はい、その調子です』





43: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 20:26:12 ID:lNrpVbmg

ピンポーン…

幼馴染母「あら、男くんいらっしゃい。いつもあの娘がお邪魔ばかりしてごめんなさいね」

男「いいえ、なんかもう部屋にいるのが当たり前みたいだから」

幼馴染母「でも今日は男くんが来てくれたのね。どうぞ上がって、部屋にいると思うわ」

男「お邪魔します」





44: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 20:45:09 ID:lNrpVbmg

パタパタパタ…
…トントン

男「幼馴染ー、いるのか…?」

幼馴染《…いない》

男「いるじゃねえか、開けるぞ」

幼馴染《開かない、鍵かけてるから》

男「じゃあ、鍵を開けてくれよ」

幼馴染《…嫌だ》

男「いつまで膨れてんだ…鯛焼き買ったから、食えよ」

幼馴染《いらない、食欲無い…》





45: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 21:06:17 ID:lNrpVbmg

男「幼馴染…悪かった。サクラの事、木の精だなんてあんまりびっくりしたから、つい…」

幼馴染《もう、いい…》

男「…幼馴染、話がしたいんだ。開けてくれないか」

幼馴染《話したくない、お願い…今日は帰って》

男(俺の部屋は無断で開けるくせに…勝手な奴だなぁ)

男(でもこんな機嫌の日に告白なんか、そもそもできないか…)

男「鯛焼き、袋のままドアの外に置いとくから…」

幼馴染《………》

男「明日は機嫌、直しといてくれないか。話…したいんだ」

幼馴染《………ごめん》

男「今日は帰るわ…じゃあな」





46: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 21:08:58 ID:lNrpVbmg



…幼馴染の部屋



幼馴染(…帰っちゃった)

幼馴染(いいんだ、今日はどうやっても普通になんて話せない)

幼馴染(こんな真っ赤な目で、会えるわけないよ)





47: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 21:09:50 ID:lNrpVbmg

『…イメージわかないんだよなぁ』

幼馴染(…私は、ずっとイメージしてたよ)

幼馴染(もし、ちゃんと付き合えるようになったら、あんな事がしたい…どんな所に行きたいって)

幼馴染(男は…違ったんだね)

幼馴染(ただハッキリしてないだけだと思ってた…どっちからでも告白さえすれば、だめなワケは無いって思ってた)

『正直、恋人になるとかって…』

幼馴染(…でも、だめなのかもしれない)





48: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/29(日) 21:10:30 ID:lNrpVbmg

『…サクラと付き合っちゃえばー?』

幼馴染(まさかサクラさんじゃないだろうけど…いつか、男は他の誰かのものになっちゃうのかな)

幼馴染(そんなの、考えた事も無かったのになぁ…)

『いつまで膨れてんだ…』

『明日は機嫌、直しといてくれないか』

『話…したいんだ』

幼馴染(…気持ち、切り替えなきゃ)





53: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:25:58 ID:lNrpVbmg



…翌朝



男(おかしいな…幼馴染が迎えに来ない)

男(これは多分、まだ拗ねてんだな)

男(しゃーねぇ、たまには俺が迎えに行くか)





54: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:26:30 ID:lNrpVbmg

…ピンポーン

幼馴染母「あら…?おはよう、男くん。あの娘、もう出たけど…男くんのところへ行かなかったのかしら」

男「え…そうなんですか」

幼馴染母「それにしても貴方達、ケンカでもした?」

男「いや…まあ…」

幼馴染「今回はあの娘、相当ヘソを曲げてるみたいだわ。ごめんなさいね…」

男「何かあったんですか?」

幼馴染母「うーん…まあ、学校には行っただろうから、会えば解ると思うわ」

男「…はい」





55: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:27:20 ID:lNrpVbmg



…学校、男と幼馴染のクラス



ガラッ

男「おはよー」

友1「あっ、来たぜ」

友2「おい!男、どういう事だ!?」

男「はぁ?…何が」

友1「てめえ、幼馴染ちゃん泣かしたのかよ!?返事によっちゃブン殴るぞ!」

男「ちょ、何の事だよ。わけ解らねえぞ」

友2「ふざけんな、だってあれ…どう見ても自分で切ってるじゃねーか」


56: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:27:53 ID:lNrpVbmg

男「切ってるって、何を…」

友2「お前、知らなかったのか?…見りゃ解んだろ」

男(何がだよ…え!?)

男(幼馴染…!髪が…!)

男「…悪りぃ、友1。ちょっとHR遅れるわ、適当に担任に言っといてくれ」

スタスタスタ…

男「幼馴染、ちょっと来い」

幼馴染「あ、男…おはよ。昨日、鯛焼きありがとう」

男「いいから、ちょっと来いよ」

幼馴染「もうHRが始まっちゃうよ」





57: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 11:28:26 ID:lNrpVbmg

男「うるせえ、いいから」

グイッ

幼馴染「ちょっと…男…!」

男「屋上、行くぞ」

モブ友「ヒャッホー、チワゲンカダー」

モブ友「ヒューヒュー、オトコーセキニントレー!」





58: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:28:05 ID:lNrpVbmg



…屋上



幼馴染「強引だなぁ…私、乱暴されちゃうのかな?」

男「ふざけてんじゃねえよ、お前…その髪どうしたんだ」

幼馴染「ん…ちょっと、ね」





59: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:28:38 ID:lNrpVbmg

男「背中まであったのに…適当な切り方しやがって。肩下しか無えじゃねーか」

男(俺はお前の長い髪、好きだったんだぞ…)

幼馴染「イメチェンです」

男「それなら普通、美容院行くだろうが」

幼馴染「…なんで怒ってるのよ」

男「こないだから怒ってんのはお前だろ!しかもそんな真似しやがって…!」

幼馴染「怒ってないよ、もうスッキリしてる」

男「してねえよ!明らかに空元気じゃねえか…!」





60: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:29:15 ID:lNrpVbmg

幼馴染「…男が気にする事じゃないでしょ」

男「お前、俺が…!」
幼馴染「…付き合ってるわけでもないのに」

男「………!」

幼馴染「彼氏でもないんだから、私がどう髪型変えても口出しする必要なんて無い…そうじゃない?」

男「………幼馴染」

幼馴染「もう放っといて、男には関係ない話だから」





61: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:29:52 ID:lNrpVbmg

男「関係なくても、やっぱり髪を切った理由はあるんだな」

幼馴染「…私ね、失恋…したの」

男「え…!?」

幼馴染「だから、気分転換が必要だったんだ。大丈夫…帰りに美容院寄るから、ちゃんとしてもらう」

男「…お前、好きな奴がいたのか」

幼馴染「うん、言ってなかったけど…ずっと前から」

男「そいつに振られたのか」

幼馴染「…そんなとこ」

男「…そうか」





62: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:30:25 ID:lNrpVbmg

幼馴染「だから、男が気にする事は無いの。それに髪短くしたらけっこう楽なんだよ」

男「…解った。ごめん…変な口出しして」

幼馴染「教室、戻るね。男も行こう」

男「…もう少し、ここにいる」

幼馴染「怒られちゃうよ」

男「いいから、気にするな。…本当、さっきは悪かった」

幼馴染「…早くおいでね?」

男「おう」





63: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:31:08 ID:lNrpVbmg

男(参ったね、こりゃ…)

男(強引に屋上に連れて来たのが、赤っ恥のレベルだな)

『言ってなかったけど…ずっと前から』

男(何が『部屋にいるのが当たり前』だよ、ただ散らかってて居心地が良かっただけだったんじゃねえか)

男(俺の部屋で他愛もなく話しながら、笑いながら…お前は別の男の事を想ってたんだな)





64: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:31:43 ID:lNrpVbmg

男「ははっ…俺は馬鹿か…」

男(ただハッキリしてないだけだと思ってた…どっちからでも告白さえすれば、だめなワケが無いと思ってたんだ)

男(なんて図々しい、なんて勝手な思い込みだよ)

…ガンッ!

男「…痛ってぇ」

男(コンクリートで壁ドンしちゃだめだな…血ぃ出た)

男(教室…戻りたくねえなぁ…)





65: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:54:28 ID:lNrpVbmg



…その日の夕方、男の家の庭先



カナメ『おかえりー、あれ…独り?』

サクラ『お帰りなさい、昨日はどうでした?』

男「うん、だめだった」

サクラ『え…!?』

カナメ『だめだったって、フラれたって事…!?』

男「まあ、そんなとこだな」





66: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:55:00 ID:lNrpVbmg

サクラ『そんな…そんなはず無い、ただ怒ってるだけなんじゃないですか?』

男「いや、そもそも機嫌が悪かったのも…どうやら俺とは関係無い理由だったみたいだ」

カナメ『なんだよ、その理由って』

男「悪い、今は言いたくない…まだ俺も気持ちが整理できてないんだ」

サクラ『男さん…』

男「まあでも、ちょうどいいよ。たぶんこれから夕方は暇になるから、お前らの剪定もはかどりそうだ」

サクラ『男さん、無理しないで…』

男「はは…大丈夫だよ。着替えてから取り掛かるから、待ってて」





67: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:55:34 ID:lNrpVbmg



…五日後



ギコギコ…バサッ

男「欅の剪定は難しいなー」

ケヤキ『まあ上出来だろ、自然形の枝ぶりを意識してくれてるだけで御の字だ』

男「そう言ってくれると助かる」

…バサバサ…ストン

ケヤキ『ふう…さっぱりするぜ』

男「ケヤキは本当、硬派な感じだなー。木質も堅いけど」

ケヤキ『そうか?クヌギや栗ほどじゃないんだがな』

男「まあノコの刃を替えたから、大丈夫だけどね。格好よく切らないとカナメに怒られそうだ」





68: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:56:09 ID:lNrpVbmg

ギコギコ…

ケヤキ『あいつもスッキリしたよな、ありがとよ』

男「惚れ直したかい?」

ケヤキ『オトコってのは、いったん惚れたらそれ以上は無いくらいまで惚れ込まなきゃだめなんだよ』

男「はは…耳が痛てぇな」





69: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:56:41 ID:lNrpVbmg

パチン、パチン…サッ、サッ

ケヤキ『…アンタ、失恋したってな』

男「まあね…」

ケヤキ『ちゃんと想いは伝えて、それで砕けたのか』

男「………」

ケヤキ『…そうじゃねえんだったら、後悔するぜ』

男「それ以前に、後悔しきりだよ。…チャンスなら十年以上もあったんだから」





70: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:57:13 ID:lNrpVbmg

…バサバサ

ケヤキ『今からでもいいじゃねえか』

男「そうだな…まだ、チャンスが無いわけでも無いのかな」

ケヤキ『思い切れよ』

男「機会を窺って…な。たぶん今は逆効果なんじゃないかと思う」

ケヤキ『まあ、アンタの気持ちだ。アンタの好きにすりゃあいい…』





71: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:57:45 ID:lNrpVbmg

…サッ、サッ

男「よし、こんなもんでどうだ?」

ケヤキ『ああ、見違えるぜ。すまねえな』

男「明日は椛二本かなー」

ケヤキ『…なあ、ちっとも礼にはならねえんだが、ひとつお節介を言わせてくれねえか』

男「お節介?」

ケヤキ『アンタ、今はその幼馴染って娘と距離を置いてんだろ。だったらこの件は逆に好都合なんだ』

男「…聞くよ」





72: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:58:22 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『そんなに難しい話じゃねえ。…ただ暫く、サクラに出来るだけ優しくしてやってくれねえか』

男「サクラに…?どうしてまた」

ケヤキ『ここだけの話だ。まだカナメや、精として幼いモミジの双子には言ってねえ』

男「…少し小さい声の方が良さそうだな」

ケヤキ『サクラは…あの桜は、もう長くは無い。たぶんいくら保っても来年の夏は越せないだろう』

男「………!!!」





73: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:59:04 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『それに今年は剪定をしたからな、春には花をつけるかもしれない。いや、もしかしたらじきに秋の狂い咲きをする可能性もある』

男「それがどうしたんだ」

ケヤキ『木にとって花を咲かせるというのは、凄まじい生命力を消費する事だ。多分、花を咲かせたらその後は…』

男「俺が剪定をしたから、サクラは早く死ぬってのか」





74: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 12:59:35 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『さっき言ったろう、長くても夏までだって。お前が責任を感じる必要は無いさ、むしろ最期の花を咲かせられるなら願ったりだ』

男「でも…なんとかならないのか」

ケヤキ『あの桜は染井吉野だからな、そもそも花は最高に華美だが寿命は短い…仕方が無えよ』

男「…その事と俺が彼女に優しくする事と、関係があるのか」

ケヤキ『そこは赤松のジジイから聞いてくれ、俺より適任だ。とにかく、頭の隅にだけ置いといてくれよ』

男「…ああ、解った」





76: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 16:34:52 ID:lNrpVbmg



…男の部屋



男(…ショックだ)

男(庭からサクラがいなくなるなんて、思ってもみなかった)

男(まさか恋をしちゃいないけど…寂しすぎるだろ)

男(幼馴染に話すべきかな…知らない間柄じゃないし)

男(でもここ数日、めっきり話してもないんだよな。近寄り難いというか…気まずくて)

男(ここんとこ、ショック受けてばっかだ)

男(…幼馴染が振られた事に、少し安堵してる自分が嫌だし。なんかもう、胃が辛い)

男(また…この部屋に来てくれねえかな)

男(もう前みたいにぞんざいな事、言わないから)

男(俺…お前がいなきゃ、だめなんだよ…)

男(とてもじゃないけど、今は連絡なんてできねえや…)





77: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 16:35:26 ID:lNrpVbmg



…翌日



イロハ『今日は私達の番だよねー』

ノムラ『だよねー』

男「えっと、イロハとノムラ…。悪いけど先に赤松を剪定してもいいかな」

イロハ『楽しみにしてたからだめー』

ノムラ『だめー』





79: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 16:36:01 ID:lNrpVbmg

男「ちょっと赤松に訊きたい事があんだよ、すまねえけどさ…」

イロハ『じゃあ松ジイをこっちに呼べばいいよー』

ノムラ『いいよー』

男「いや、内容的にそういうわけにもいかないんだよ…」

イロハ『男、モミジ嫌いなのー?』ウルウル

ノムラ『なのー?』ウルウル

男「んな事は無い!無いから!」

イロハ『じゃあ私達の番だねー』ニッコリ

ノムラ『だねー』ニッコリ

男「…解ったよ、解りました。切らせて頂きます」





80: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 17:52:40 ID:lNrpVbmg

…パチン、パチン

男(ケヤキと同じで自然樹形を保たなきゃいけないから、難しいよなー)

プチプチ…

男(多過ぎるところは手で葉っぱを毟って…)

男「痛ってえ!?…ああ、くそ!イラガがついてるじゃねえか…!」

イロハ『防除しないからだよねー』

ノムラ『だよねー』

男「くっそー、そうだった…モミジはこれが多いんだ…後で手がグローブみたいになるんだろなぁ」

イロハ『柿ほどじゃないけどねー』

ノムラ『けどねー』





82: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:11:26 ID:lNrpVbmg

サクラ『まあ、イラガに刺されたんですか?』

男「…サクラ。いや…大丈夫、ちょっとだけだよ」

イロハ『イラガに刺されるのにちょっとだけとか関係ないよねー』

ノムラ『ないよねー』

男「大丈夫だから、もう手袋したから」

サクラ『男さん、切りながらでいいです。お話…できますか?』

男「ああ、いいよ」





83: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:32:39 ID:lNrpVbmg

…パチン、パチン

サクラ『その後、幼馴染さんとは何かお話しました…?』

男「…挨拶くらいだな」

サクラ『彼女の雰囲気は、どうなんですか?』

ギコギコ…

男「やっぱり、なんか落ち込んでる風ではある…かな」

サクラ『幼馴染さん、失恋したって言ったんですよね?』

男「…うん、どこの誰に振られたのかは解らないけど」





84: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:33:28 ID:lNrpVbmg

プチプチ…

サクラ『…もしかして、ですよ?』

ノムラ『ですよー』

サクラ『男さん、幼馴染さんに何か言いませんでした?』

…パチンッ

男「…どういう事?」

サクラ『私…幼馴染さんが、男さん以外の人を好きになるようには思えないんです』

男「…俺は何も言ってないし、あいつは俺には関係ないって言ったよ」





85: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:34:25 ID:lNrpVbmg

サクラ『何か理由があって幼馴染さんが男さんに振られたと思い込んでるとしたら…そんな風に強がって当たり前じゃないですか?』

男「…都合が良すぎるよ」

プチプチ…

サクラ『でも他の人が好きだったんだとしたら、男さんに対しては今までと何も変わらないはずなんですよ?』

男「………まあ、そうだな」

サクラ『別に今まで通り男さんの部屋に来ればいいはずじゃないですか、その方が少しでも気が晴れるでしょう?』

男『そんな気分になれないくらい、落ち込んでるんだろ』

ギコギコ…
…パサッ

イロハ『…恋ってめんどくさいねー』

ノムラ『ねー』





86: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:35:16 ID:lNrpVbmg

サクラ『じゃあ、質問を変えます。…幼馴染さんが本当に誰かに振られたんだとして』

男「うん…」

サクラ『どうして男さんは、この機に幼馴染さんの気を惹こうとしないんですか?』

…パチンッ

男「…どうやって」

サクラ『幼馴染さんを慰めて元気づけるなら、男さんが最適なはずじゃないですか。…それなのに』

男「そんな事…ないよ。俺は関係ないって言われたんだぞ」





87: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:36:13 ID:lNrpVbmg

サクラ『…幼馴染さんって、随分ひどい人なんですね』

男「………え?」

サクラ『ずっと男さんの部屋に入り浸って、男さんが自分に気があるって思い込むくらい思わせぶりな態度をとって』

男「サクラ…」

サクラ『それで本当は他の人が好きで、振られて、男さんには関係無いなんて冷たい事を言って』

男「サクラ、君に何が解る…」
サクラ『…最低な女ですよね』
男「…違う!あいつはそんなやつじゃないっ!」

イロハ『怒った…男、怒った』

ノムラ『怒った』





88: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:48:43 ID:lNrpVbmg

男「サクラ、あいつを侮辱するのは君でも許さない」

サクラ『ほら、やっぱり…解ってるんじゃないですか』

男「え?」

サクラ『幼馴染さんはそんな人じゃないでしょう?…だったら、何か理由がありますよ』

男「…ずるいな、サクラは」

サクラ『何とでも、男さんが目を覚ましてくれるなら』





89: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:49:21 ID:lNrpVbmg

男「これじゃ、ケヤキに怒られちゃいそうだな」

サクラ『はい?』

男「何でもないよ…ありがとう、サクラ」

イロハ『男、手が止まってるー』

ノムラ『止まってるー』

男「ああ、ごめん。…もうすぐだからな」





90: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 18:49:57 ID:lNrpVbmg

プチプチ…

男(そうだよな、俺が尻込みする必要は無いんだ)

…パチン、パチン

男(メールでもしてみる…かな)

ギコギコ…
…パサッ

男(あいつが落ち込んでるなら、何か美味いもんでも食いに誘ってみるか)

イロハ『すっきりしたねー』

ノムラ『ねー』

男「俺も少し、すっきりしたよ」

イロハ『何がー?』

ノムラ『何がー?』

男「恋を患う胸の奥…かな?」

イロハ『…臭いねー』

ノムラ『ねー』





92: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/30(月) 23:27:13 ID:lNrpVbmg



…その夜、幼馴染の部屋



幼馴染(…まだ8時かぁ、時間経たないな…)

幼馴染(私…男の部屋に行かなくなったら、男と会わなくなったら…何もする事無いんだ)

幼馴染(学校や休日なら友達と過ごす事もできるけど、平日の夕方から夜なんて…本当に何も無い)

幼馴染(今まで思った事も無かったなぁ…)

幼馴染(私、こんなに男に依存してたんだね。男はきっと、それに疲れちゃったんだ)

幼馴染(こんな女を恋人にしたら、もっと疲れちゃうよね…)

幼馴染「でも…」

幼馴染(声に出しちゃ、だめなんだけどな…)

幼馴染「私…男がいなきゃ…だめなんだよ…」

幼馴染(髪も切ったのに、ちっとも諦め切れてないや…)





93: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 10:00:26 ID:lNrpVbmg

キラキラリーン…ピコーン

幼馴染(…メール、誰だろ)

幼馴染(男…だったら、いいな)

パカッ

幼馴染(本当に男からだ…!)





94: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 10:01:00 ID:lNrpVbmg



件名…どうしてる?
本文…無理もないけど、最近元気が無いな。
よかったら今週末、どこか遊びに行きませんか?
朝、幼馴染の迎えが無いからいつも遅刻しそうになるよ。
元気出せよなー!





95: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 10:01:32 ID:lNrpVbmg

幼馴染(男…なんか複雑だよ。まあ私の失恋相手が男だとは伝えてないんだから、当たり前かな)

幼馴染(でも、嬉しい)

幼馴染(もう一回…ただのお友達からやり直してでも、頑張れば私に振り向いてくれる…?)

幼馴染(今までの馴れ合い過ぎた私から変われたら、恋人のイメージ…持って貰えるかな)

幼馴染(返信…どうしよう。男相手のメールに悩むなんて初めてだなぁ)





96: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 10:07:30 ID:lNrpVbmg



件名…Re:どうしてる?
本文…ありがとう、楽しみにしてるからね。また前の日に連絡します。
おやすみ、男。



幼馴染(シンプル過ぎるかな…でも、あんまり書き込むと面倒臭い感じになりそうだし)

幼馴染(うう…どうしよ…ええい!送信しちゃえ!)

…ピッ

幼馴染(…送っちゃった、はああ…緊張した…)

幼馴染(よし、がんばろう…!恋人のイメージがわかないとは言ってたけど、嫌いだって言われたわけじゃないんだから)

幼馴染(チャンスはある!…はず!…たぶん!…きっと…)





97: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 12:39:31 ID:lNrpVbmg



…男の部屋



…バチコーイ!ピコーン

男「返信きたー!?」

男(やっぱ幼馴染だ!…うおお、あいつのメールでドキドキするなんて初の感覚…)

男(開封するの怖えぇ…!見るの明日にしようかな…)

男(って、アホか!もし『明日からまた迎えに行くからね、はぁと』とか書いてあったらどーすんだ!…いや無いな、うん…無い)

男(ええい、もう届いた内容は変わらねえんだ!…いつ読むの!?)

男「…今でしょ!」

…ピッ





98: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 12:40:21 ID:lNrpVbmg

男「………!!!」

男(よっしゃ!とりあえず好感触…!)

男(…はあああぁぁぁ、なんだこの安堵感と疲労感は)

男(まあ焦らずに…とにかく今度の休みは、あいつの傷心を労わって自分のポジションを上げなきゃな)

男(…幼馴染相手に、こんな風に普通に片想いする事になるとは…)

男(でもなんか、新鮮だな…)





99: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:37:49 ID:lNrpVbmg

男(あいつを慰めるのは当たり前として、何かもうひと押し…武器が欲しいな)

男(やっぱ思いつくのは今までの時間…だよなあ)

男(無為に過ごしてしまったけど、この十数年は俺達にとって大事な記憶には違いない)

男(最近の事はもちろん覚えてるけど…忘れかけたような懐かしい記憶)

男(これは俺以外の男は持ってない武器になるんじゃないか?)

男(…たしか、リビングの書棚にアルバムあったな。二人で写ってる写真もあったはず)

男(よし…夜更かし覚悟で見てみるか)





100: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:38:42 ID:lNrpVbmg

男母「あらー?珍しいわね、アルバムなんか出して」

男「ああ、ちょっとな」

男(…ええと、これかな?)

…ドサッ
パタッ…パタッ…

男(おお…!中学校の入学式!そっかー、女子はこんな制服だったなー。…可愛いなー、幼馴染)

男(これは…ウチの庭で流し素麺した時のか、ちょっと映りがイマイチ)





101: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:39:22 ID:lNrpVbmg

パタッ…パタッ…

男(あんまり無いんだなー、これは…そっか二家族揃ってキャンプした時のやつか。…これは結構いいな)

男(まあこの頃はもうデジカメだったもんなー、ほとんどPCの中かぁ)

男(もうちょい古いやつ…小学校くらいの、これかな?)





102: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:41:43 ID:lNrpVbmg

…ドサッ
パタッ…パタッ…

男(おお!あるある!…運動会のやつ、遠足のやつ…)

男「うおっ!?」

男母「どうしたの変な声出して?」

男「な…なんでもない!」

男(庭先のビニールプール…小学3年くらいか?…二人とも素っ裸じゃん)

男(幼いけど顔は今の幼馴染とそんなに変わらない…これはヤバイ、お宝発見!)

男(後でこっそりスキャンして隠しフォルダ行きだな…。携帯にも保存しとこ)





103: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:44:30 ID:lNrpVbmg

男(ん…?こっちのアルバムは、えらい古いな…)

…ドサッ
パタッ…パタッ…

男(写真、白黒じゃん。しかも写真館みたいなとこで撮ったのしか無えぞ。よっぽど昔だな…)

パタッ…パタッ…

男(…ん?…んん!?)

男「オカン、これ…誰だ?なんか俺にそっくりなんだけど」

男母「ええ?…あ、これはアンタの曾祖父さんよ。本当にそっくりよねぇ」

男「びっくりだよ…あ、そういえば」

男母「そうそう、アンタの名前も曾祖父さんからとったのよね。字は違うけど」

男「そっか…昔、聞いた事あったなー」

男母「次のページ見てごらんなさいな、美人さんがいるわよー?」

男「まじか、どれどれ…」





104: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:45:16 ID:lNrpVbmg

…パタッ

男「……!!!」

男母「…ね?それ、アンタの曾祖母さんよ、綺麗な人でしょ」

男「曾祖母…ちゃん…?」

男(これ…サクラだ…!)





105: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:45:49 ID:lNrpVbmg

男母「名前は片仮名で『サクラ』っていってね。そうそう…アンタが剪定してくれた桜の木は、二人の結婚記念樹なのよ」

男母「その写真の時、曾祖母さんのお腹にはアンタのお祖父さんがいたの。でも、産んですぐに曾祖母さんは亡くなったそうよ。産後の肥立ちが悪かったって…」

男「曾祖父ちゃんは、目が見えなかったよな…」

男母「覚えてるのね。アンタが7歳位の頃に亡くなったけど、戦地で目を負傷してね…。それでも命は助かって帰国したら妻は子供を遺して亡くなってるし、辛い人生を送った人だったわ」

男「俺が7歳…十年前か」

男母「目が見えなくても、庭の桜が咲くとその下で曾祖母さんに語り掛けながらお酒を飲んでたねぇ」

男母「普段は年相応な話し方をする人だったけど、その時だけは結婚当時みたいに若々しく、凛々しく語りかけてたわ…」





106: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 14:47:24 ID:lNrpVbmg

男母「曾祖父さんが亡くなったのは三月のはじめだった。…最期の言葉で『桜が咲くのを見たい』って言ってたのが、忘れられなくてねぇ…」

男「曾祖父ちゃん…」

男母「その年の桜は一番綺麗に咲いたわ…でも曾祖父さんは見られなかった。不思議な事に次の年から桜は咲かなくなったのよ」

男(そうか…ケヤキの言った事は、そういう意味か)

男(俺が曾祖父ちゃんにそっくりだから…)

男(サクラは曾祖母ちゃんの幽霊?…よく解らないけど)

男(でもそれならどうして、そう言ってくれないんだろう…)

男(訊かない方がいいのかな?…そうだ明日、赤松のジイさんとやらに訊いてみよう…)





109: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 22:08:37 ID:lNrpVbmg



…翌朝



…ガチャッ

幼馴染(どうしよ…昨日のメールで、迎えに行くって書けば良かった…)

『朝、幼馴染の迎えが無いからいつも遅刻しそうになるよ』

幼馴染(せっかく男がそう書いてくれてたのに、バカだなぁ…私)

幼馴染(行ってもいいかな…行ってみようかな…)

幼馴染(…ダメでは無い…よ…ね?)





110: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 22:09:20 ID:lNrpVbmg

ピンポーン…

男母「あら幼馴染ちゃん、おはよう。髪型すっきりしたわねー、可愛いわよ」

幼馴染「あ、お…おはようございます。あの…男は…」

男母「それがねぇ…」

男「オカーン!制服はー!?あああぁぁ、寝ぐせだらけだしいいぃぃぃ!!」

バタバタバタ…!

男母「なんだか昨日やたら夜更かししたみたいで、この通りなのよ。幼馴染ちゃん、今日はいいから先に行きなさいな?」

幼馴染「は、はい…」





111: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 23:12:02 ID:lNrpVbmg



…教室、休み時間



モブ女「…キノウノドラマミター?」

モブ女「ミノガシタノヨー、デモロクガシタカラー」

幼馴染(結局、男…大遅刻しちゃってたなぁ)

モブ女「エー、ハナシチャオッカナー」

モブ女「チョ、マテヨ!」

幼馴染(…やっぱりもっと早く、前みたいに私が迎えにいかなきゃダメなんだよ!)





112: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/01(火) 23:13:10 ID:lNrpVbmg

モブ女「エットネー、アノネー」

モブ女「ヤメテヨー!タノシミニシテルノー!」

幼馴染(男にとっても私がいなきゃダメなんだね!)

モブ女「ヒャクバイガエシダ!」

モブ女「ソレ、ニチヨウノジャナイノー!」

幼馴染(男は週末、私を誘ってくれたんだし!やっぱり、望みは充分にある!)

モブ女「ヤレー!オオワダー!」

モブ女「キャハハハ!ニテナーイ!」

幼馴染(絶対、男を振り向かせてやる!見てろー!)





116: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 08:37:50 ID:lNrpVbmg

幼友A「あの…幼馴染ちゃん?」

幼友B「なんで天井に向かって拳突き出してんの?」

幼馴染「え!?あ…いや、ちょっとボーッとしてた!あはは…」

幼友A「いや、ボーッとしてる感じじゃなかったけど」

幼友B「まあいいや…幼馴染ちゃん、お客さん来てるよ」

幼馴染「お客さん?」

幼友A「たぶん隣のクラスの男子、これはアレじゃないのー?」

幼友B「幼馴染ちゃん、本当に男くんとは別れちゃったの?」

幼馴染「え…男とはもともと付き合ってはないし…」

幼友A「はぁ…そういうのはいいから、見え透いてるし」

幼友B「そうそう…ま、どうする?断っとこうか?」

幼馴染「…うーん、まあ…行ってみる」





117: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 08:56:41 ID:lNrpVbmg

モブ友「キノウミタオンナノコ、オボエテル?」

モブ友「モチロンヨ!スゲェカワイカッタヨナー」

男(…夜更かししすぎた、眠い)

モブ友「シカモ、チラチラコッチヲミテキテタシ」

モブ友「ソリャオマエガガンミシテタカラダロ」

男(結局、アルバム見るだけで日付変わったし…その後はお宝写真のスキャンと活用に勤しんだし)





118: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 08:57:20 ID:lNrpVbmg

モブ友「モシカシテダケドー!」

モブ友「モシカシテダケドー!」

男(本当は今朝、早起きして幼馴染を迎えに行ってみたかったんだけどなー)

モブ友「オイラノズボンノチャックガアイテタンジャナイノー!」

モブ友「ゼンゼンモジスウアッテネーシ!」

『ありがとう、楽しみにしてるからね』

男(まあ週末が勝負だ、それまではこのメールを励みにするさ…)





119: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 08:59:57 ID:lNrpVbmg

男友A「なに溜息ついてんだよ、似合わねえな」

男「心配するなら、ひと言多いよ」

男友B「心配してないからな」

男友A「じゃなくて、お前いいのかよ?幼馴染ちゃんの事」

男「どういう意味だよ?」

男友B「お前ら別れたって噂が広まってんぞ?」

男「そもそも付き合っちゃないけど…それは嬉しくはねえな」

男友A「だろ?でも…さっき幼馴染ちゃん、隣のクラスの奴に呼び出されてたぞ」

男友B「ありゃあ噂を信じて告白する気だろうな」

男「まじか…!?」

男友A「行けよ、手遅れになんぞ?」

男友B「向こうの階段の方に行ったから、たぶん屋上だろ」

男「…サンキュ、行ってみるわ!」





120: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:24:06 ID:lNrpVbmg



…屋上、ドアの内側



男(そーっ…とね…)

…ガチャッ

男(…いた!…何か話してる)

男(あー、見た事あるわ…確かに隣のクラスの奴だ)

男(くそ、結構イケメソじゃねーか)





121: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:24:37 ID:lNrpVbmg

イケメン「ごめんね、急に」

幼馴染「ううん、いいけど…」

イケメン「日差しのある屋上でも、随分肌寒くなったよね」

男(うるせーよ、何くっちゃべってんだよ)

幼馴染「そうだね、…えっと」

イケメン「うん、ごめん。本題に入るよ…幼馴染さん」

男(当たり前だけど、やっぱ大事な話ってやつか…)

イケメン「ずっと付き合ってた彼氏と別れたって、本当なのかな」

幼馴染「男とは付き合ってたわけじゃ…」

男(…ぐはっ!自分もそう言ったけど、聞くとダメージでかいぜ)





122: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:25:10 ID:lNrpVbmg

イケメン「そうなの?いつも一緒にいたから…」

幼馴染「男とは『おさななじみ』だから」

イケメン「そうか、じゃあ遠慮はしなくてよかったのかな」

男(しろよ!空気読み続けろよ!)

イケメン「幼馴染さん、俺…君の事が前から好きだったんだ」

幼馴染「…あー、うん…えーと」

イケメン「よかったら、付き合ってはくれないかな…?」

幼馴染「…ごめんなさい」

男(よし!ナイス!さすが幼馴染!あんにゃろ、俺がフラれた場所で告白した罰だ!)





123: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:25:52 ID:lNrpVbmg

イケメン「どうして?…って訊いてもいいのかな」

幼馴染「イケメンさんの事、全然知らないし…」

イケメン「それはこれから知って欲しいんだけど」

幼馴染「うん…正直に言うと、私…好きな人がいるの」

男(………幼馴染)

幼馴染「フラれたみたいなものなんだけどね、まだ…諦められない」

イケメン「そうなんだ…そいつが憎いなぁ」

男(…戻るか)

幼馴染「だから、ごめんなさい。気持ちは嬉しかったよ」

イケメン「うん、こっちこそごめんね。話…聞いてくれてありがとう」





124: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 09:27:17 ID:lNrpVbmg

…ガチャッ
トボトボ…

男(…落ち込んでるだけじゃなく、まだ好きなんだな)

男(さっきのイケメソと俺、似たようなもんか…顔は似てないけど)

男(…やっぱ、無理なのかな)

男(週末、俺…ちゃんと笑えるかなぁ…)





125: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:35:17 ID:lNrpVbmg



…夕方、男宅の庭先



プチプチ…

松ジイ『まだまだ葉毟りの手つきがおぼつかんのぅ』

男「勘弁してよ、プロじゃないんだから…」

松ジイ『ああ、構わん構わん…ワシは赤松じゃからな、黒松ほどキチッと造り込まんでええぞ』

…パチンッ

男「やっぱ松はムズいわ…手間かかるなぁ、今日じゃ終わらない」

松ジイ『すまんのぅ、じゃが良くなっていっとるぞ』





126: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:35:49 ID:lNrpVbmg

プチプチ…

男「それで松ジイ…話の続きなんだけど」

松ジイ『おお…サクラがお前さんの曾祖母じゃという事には気付いたんじゃったな』

男「どうしてサクラはその事を俺に言わないんだろう…松ジイは知ってるのか?」

松ジイ『まあハッキリ聞いてはおらんがな…。それはサクラの気持ちだけの話じゃろうて』

男「気持ち…?」

松ジイ『お前と曾祖父が瓜二つじゃというのは解っとるんじゃろう?…ならば自ずと解らんかの?』

男「…解らないから訊いてるんだよ」





127: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:36:51 ID:lNrpVbmg

プチプチ…

松ジイ『若いのぅ…。サクラもお前が曾孫だという事は当たり前じゃが解っておる。しかしこう似ていては、自らの愛した男の影を重ねずにはおれんじゃろう』

男「曾祖父ちゃんの影…か」

松ジイ『見かけだけの事と知り、ましてお前が他に想う娘がおる事を知ってもなお…夫の姿をしたお前さんの前では、曾祖母ではなく一人の女でありたいのじゃろうなぁ…』

男「…なんか複雑な気分だよ」

…パチッ、パチンッ

松ジイ『無理も無いがの…じゃがサクラの思いもよく解る。しかも、お前さんは目が見えるからのぅ』

男「もしかして、曾祖父ちゃんが見られなかった花を俺に…?」





128: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:37:29 ID:lNrpVbmg

松ジイ『お前さんが剪定をしたからというだけではなく、今年は害虫のシロヒトリが多かったからのぅ。あの桜は晩秋を待たずしてほとんど葉が無い』

松ジイ『ワシには難しい事は解らんが、桜が花芽を持ちながら春と気候の似た秋に花を咲かせないのは、開花を抑制する物質が葉から供給されるからじゃそうな』

男「じゃあ、葉が無いって事は…」

松ジイ『この秋に狂い咲きをするじゃろうなぁ。気付かんかったか…?既に花芽は膨らみつつあるぞ』

男「でもケヤキが、今度花を咲かせたらあの桜は枯れるって…」

松ジイ『それも生ある者の定めじゃよ。悲しくはあっても、嘆く事では無い…』

男「………」

松ジイ『ケヤキ坊主の言った通りじゃ…最期の花を咲かせ、お前さんに見せられるならサクラも嬉しかろう』

男「うん…でも本当なら、曾祖父ちゃんに見て欲しかったな」





129: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:38:42 ID:lNrpVbmg

松ジイ『…男よ、実はワシら木の精には二つの種類がある』

男「へえ…?」

松ジイ『ひとつはまさに木の化身、木魂(こだま)と呼ばれておる。ケヤキ坊主やカナメ、モミジの双子がそうじゃな』

男「じゃあサクラは…やっぱり曾祖母ちゃんの幽霊?」

松ジイ『幽霊という言葉には語弊があるのぅ。思い遺す念の強い魂が、生前に自らの心の拠り所としていた木に生命力を借りた姿…それがサクラをはじめとした宿木の精じゃな』

男「宿木の精…」

『私はこの桜の精…というのが相応しいかわかりませんが』

男(確か…そう言ってたっけ)

松ジイ『サクラが思い遺したのは、光を失った夫の支えとなれなかった事…そして宿木の精となってからも、自らの咲かせる花を見せる事ができなかった事…』

男「…悲しいな」





130: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 12:39:49 ID:lNrpVbmg

松ジイ『男よ…その気持ちがあるのなら、その時はお前さんがサクラの想いを果たさせてやってくれ。…ワシも力になろう』

男「できるだけの事はするよ。サクラのためなら…」

松ジイ『…うむ。やはり、良く似ておるのぅ』

男「…松ジイは、曾祖父ちゃんを知ってるのか?」

松ジイ『ああ、よく知っておるよ…。ワシもサクラと同じ頃からの、この赤松の宿木の精じゃからのぅ』

男「松ジイも?…松ジイは何を思い遺してたんだ?」

松ジイ『まあまあ…ワシの話は良いじゃろ。ほっほっほ…』

男「なんだよ…じゃあ違う事。松ジイはそんな年寄りの姿だけど、なんでサクラは若いんだ?」

松ジイ『死んで魂だけの存在となったワシらは、見かけの年格好など自由じゃよ。最初から精霊として生まれる木霊はそうはいかんがの…』

松ジイ『お前さんの曾祖父は晩年もサクラに結婚当時のつもりで語りかけておったからな、サクラもその時の姿でおるんじゃろうて』

男「じゃあ逆に、なんで松ジイはわざわざ年寄りの姿でいるんだ?」

松ジイ『ほっ、決まっておるわ…!ワシが若い頃の姿でおったらサクラもカナメもワシに惚れてしまうからのぅ!ほっほっほっ…』

男「はいはい…そういう事にしとくよ」

パチッ、パチンッ…





133: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:14:34 ID:lNrpVbmg



…次の朝



ガチャッ…

幼馴染「行ってきます」

幼馴染母「はいはい、行ってらっしゃい」

…バタン

幼馴染(…迎えに行きたいけど)

幼馴染(もし見られたら、イケメンさんに悪いよね…)

幼馴染(男とは付き合ってないしフラれたけど、やっぱり好きなのは男なんだ…って、はっきり言うべきだったな)

幼馴染(私、相変わらず煮え切らない…こんなだから男も恋人のイメージ持てないんだよ)

幼馴染「はぁ…」

幼馴染(独りで行こう…迎えに行くとしても、週末に男とデートして…その時の雰囲気次第でその後からにしよう)

幼馴染(せめて前みたいに…なりたいな…)

トボトボ…





134: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:15:16 ID:lNrpVbmg

ガチャッ…

男「行ってくるわー」

男母「あら?今日は早いじゃないの。行ってらっしゃい」

…バタン

男(よっしゃ、幼馴染を迎えにいくぞー)

カナメ『あ、出てきた!男ー、ちょっと来て!』

男「カナメ、おはよう…どしたんだ?…朝から」

カナメ『見てのお楽しみ!』

男「いや、時間が…まぁ、ちょっとだけだぞ」





135: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:16:29 ID:lNrpVbmg

イロハ『男、綺麗だよ。見てー』

ノムラ『見てー』

男「何がだよ?…あっ…」

カナメ『桜が狂い咲きしてるんだよ!まだちょっとだけど』

イロハ『私が見つけたのー』

ノムラ『見つけたのー』

男(本当に…咲いちまった…)

カナメ『うそ!ボクだよ!』

イロハ『私だもんねー』

ノムラ『ねー』





136: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:17:10 ID:lNrpVbmg

男「…サクラは?」

サクラ『いますよ、ここに』

男「ああ…よかった」

カナメ『何がよかったの?』

男「いや、何でも無いよ。…この桜の花を見るのは久しぶりだな」

サクラ『春じゃなくてごめんなさい。まだ数輪だけど、もっと咲くと思うんですが…』

男(そんな無理をしなくていいんだ、サクラ…)

カナメ『何か男、辛そう?』

男「ば…馬鹿言えよ、せっかく綺麗な花が見られるのに」

ケヤキ『カナメ、お前はこっちに来い。双子もだ…』

カナメ『えー、何でー?』

イロハ『なんでー?』

ノムラ『なんでー?』

ケヤキ『…いいから、来い』





137: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:17:45 ID:lNrpVbmg

サクラ『ケヤキさんに感謝、ですね』

男「サクラ…」

サクラ『聞いてるんでしょう?…桜がこの後どうなるか』

男「…うん、ケヤキと松ジイから」

サクラ『大丈夫、明日枯れるってわけじゃありませんから。たぶんこの花が散って、来春に花や葉を芽吹く事は無いと思いますけど…』

男「サクラ、君は…?」

サクラ『…解りません。宿木が生きていても、私に分ける生命力が足らなくなれば…消えるんだと思います』

男「………」





138: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:18:30 ID:lNrpVbmg

サクラ『でも、少なくとも花が散らない内は大丈夫だと思いますから』

男(でも、あと数日ってとこか…)

サクラ『男さん、必ず最期の花…その満開の時を見て下さい。若い木のように見事では無いでしょうけど、精一杯咲かせますから』

男「…解った、必ず見るよ」

サクラ『さあ、学校に行かないと。遅れちゃいますよ?』

男「あ、うん…」

男(もう幼馴染は行っただろうな…)

サクラ『行ってらっしゃい…』ニコッ

男「…いいね、サクラの笑顔」

サクラ『ふふ…ありがとうございます』

男「…行ってきます」





139: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 16:19:00 ID:lNrpVbmg



《…サクラ、行ってくるよ》

《はい…あなた、必ず生きて…帰ってきて下さいね》

《ああ、俺は君とお腹の子の為に戦いに征くんだ。お国の為は…その次さ》

《う…うぅ…あなた…っ》

《サクラ、笑ってくれ。君の笑顔を焼きつけておきたい。そして俺の姿が見えなくなるまで、万歳と言ってくれないか…》



ザ…ザザッ…

サクラ『行ってらっしゃい…男さん』ザザッ…





141: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:34:26 ID:lNrpVbmg



…三日後、土曜日の夜



男(結局あれからは幼馴染の所にも行かなかったな…)

男(まあ、今はサクラと過ごしてあげなきゃだし…仕方ない)

男(剪定して枝数が少ない事を思えば、もう桜の花は五分咲きくらいか…)

男(明日…幼馴染を誘ってるけど、どうするかな…)

男(散るまでは大丈夫…って言葉を信じれば、早くとも明日や明後日にサクラが消える事は無いはず)

男(ごめんな、サクラ…。明日だけ、俺に時間をくれよな)

男(曾祖母ちゃんであるサクラも大切な人だけど、俺にとって幼馴染は…)





142: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:36:30 ID:lNrpVbmg

…バチコーイ!ピコーン

男「うおっ!?」

男(めめめ…メールだ、そういえば前日に連絡するって返信に書いてたっけ)

男(この受信音、変えよう…心臓に悪いわ)

…ピッ



件名…こんばんは
本文…まだ起きてる?それと明日の事は覚えてますか?
最近たしかに落ち込んでたから、とても楽しみにしてます。
どこか行くところは決めてるのかな?私はどこでも構いません。
それと、せっかくこうして改まった形で誘ってくれたんだから、朝はどこかで待ち合わせをしてはどうかと思います。
そうじゃなくてもいいけど、読んだら返信してくれると嬉しいな。



男(…可愛いじゃねえか)





143: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:37:27 ID:lNrpVbmg

男(さて、返信…だな)

男(………)

男(………)

男(…うおおおぉぉぉ!何て返せば好印象なんだー!?)

男(『俺もどこでもいいよ』だと…たぶん困らせるだけだよな)

男(『映画でも行く?』…今、何を上映してるのかさっぱり解らねえ…)

男(『遊園地行こうか』…落ち込んだ幼馴染がそこまでテンション上げられるだろうか)

男(『身体で慰めてやんよ』…ダメ、ゼッタイ)

男(…くはぁー、悩みすぎてハゲるわ)

男(あんまり返信遅いと感じ悪いよなー)





144: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:38:20 ID:lNrpVbmg

男(えーと…えーと…)



件名…Re:こんばんは
本文…俺も楽しみにしてるよ。
とりあえず駅前で九時に落ちあって、適当に買い物でもしよう。
街で昼メシ食って、それから荷物を駅のロッカーに預けて電車で海浜公園でも行こうか。
やっぱり気晴らしには海でしょ。
朝、駅まで俺は自転車で行くから幼馴染はバス使いなよ。
待ち合わせるなら同じバスに乗っちゃうと恥ずいぜ。



男(無難…だよな?)

男(…大丈夫、かな?)

男(やっぱ書き直そうかな…イヤイヤ待てまて、良くなる保証は無いぞ)

男(…送ってしまえ!)

…ピッ

男(送ったあああぁぁぁ!)





145: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:39:20 ID:lNrpVbmg

男(…この待ち時間がキツいんだよなぁ)

男(よし、明日のシミュレーションをしよう。そうだ、それがいい)

男(まず、駅前で会うよな…時間的に挨拶は『おはよう、待った?』だろう…。え、それどっちが言うんだ?)

男(俺は自転車だから、駅に着くのは家を出る時間次第…)

男(九時に余裕をもって着こうと思えば、8時20分頃には出とかなきゃな…)

男(たぶんそうすればさっきの台詞は幼馴染が言う事になるはずだろ…?)

男(それに対しては、やっぱ『いや、今来たところだよ』だろうな…それしか無えだろう)

男(よし、声に出してみよう)

男(せーの…)

…バチコーイ!ピコーン

男「うおあぁぁっ!?」

男(ぜってえ消す!この着信音、消去だ!)





146: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 20:40:50 ID:lNrpVbmg

男(はぁ…はぁ…と、とりあえず返信は…)

…ピッ



件名…Re:こんばんは
本文…本当だね、同じバスになっちゃったら台無しだよね。
プラン、とても良いと思います。
でも自転車で疲れない?男なら大丈夫かな?
では明日を楽しみに、おやすみなさい。



男(…イエスッ!手応え充分!自信は半分!)

男(よし…寝よう。まだ九時前だけど、幼馴染の『おやすみなさい』を胸に…寝る!)

男(…たぶん寝付けねえだろうけどな)





147: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 21:46:48 ID:lNrpVbmg

《…すまんな、赤松》

《何を言ってやがる。サクラが貴様を選んだんだ、胸を張れよ》

《ああ…必ず俺が幸せにする、約束しよう》

《言ったな?よし…貴様、自分の家の庭先に結婚の記念樹にサクラを植えると言ってたが、その庭の隅でいいからアカマツも一本植えろ》

《それは構わんが…》

《そのアカマツは俺だ。貴様がサクラを泣かせないか、目を光らせておいてやる》

《…はは、気が抜けんな》





148: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 21:47:49 ID:lNrpVbmg

《…赤松、頼みがある》

《どうした、水臭い言い方だな》

《もし戦地で俺が死んだら、サクラを…そして腹の子を託したいんだ。こんな事、貴様にしか頼めない》

《ふざけるな、貴様は死なせん!俺の命に代えてもな…!貴様の死などどうという事は無いが、サクラに悲しい顔だけはさせんぞ!》





149: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 21:49:27 ID:lNrpVbmg

《赤松!赤松…!どこにいる、返事をしろ!》

《…ここに…おるわ、貴さ…まの…足元だ…》

《赤松!よかった…生きているのか!》

《戯けた事…を…はらわたを晒して…生きていられるか…息をしているだけ…だ…》

《怪我をしているのか…!?赤松、立てないのか!?》

《貴様…目をやられ…たか…。いいか…生きて…帰れ!…必ず…》

《赤松…!死ぬな!》

《…投降…するんだ…お国のた…めの…自決など…決してするな…》

《もう喋るな!すぐに救護を呼ぶ…!くそ、どっちに本隊が…!?》

《生きろ…サクラの…元へ…》

《赤松!赤松っ!》

《………》

《赤松…逝った…のか…》





150: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 21:50:57 ID:lNrpVbmg

《…嘘、だろう》

《サクラが…死んだ…だと》

《俺は…何の為に…》

《サクラ…サクラ…何故…お前が逝かねばならんかったのだ…》

《俺には…我が子を見る事すら叶わんのだ…サクラ…》

《これほど悲しいのに…癒着した瞼では涙すら流せんのだ…》

《サクラ…許せ…生きている俺を…許してくれ…》





151: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:03:43 ID:lNrpVbmg

男(…う…ん?…朝か…)

男(何の夢だ…今のは。戦争…失明…?)

男(赤松って…松ジイ…?)

男(もしかして、曾祖父ちゃんの記憶…なのか)

男(どうしてそれを俺が…)

男(…ん?今、何時だ?)

…ピッ

男「もう七時半じゃねーか!やっべ…!」





153: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:29:54 ID:lNrpVbmg

ガチャッ!

男「行ってきます!」

…バタンッ!

男「ん…?」

イロハ『男!大変ー!』

ノムラ『大変ー!』

男「おはよう、イロハとノムラ。どうしたんだ…?」

カナメ『男…!』

男「ああ…カナメも、おはよう」

カナメ『それより、サクラが…!』

男「サクラ…!?」





154: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:30:57 ID:lNrpVbmg

カナメ『サクラ!大丈夫…!?』

イロハ『サクラ…起きちゃ、めーよ』

ノムラ『めーよ』

サクラ『カナメちゃん、大丈夫…だから…』

男「サクラ…!ちっとも大丈夫そうじゃないぞ…」

ザ…ザザッ…
サクラ『…男さん、ごめんなさい…心配をかけて…』ザザッ…

男(サクラの姿…輪郭が、時々乱れる…ノイズみたいだ)

男「サクラ…もう、だめなのか…」





155: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:32:09 ID:lNrpVbmg

サクラ『…まだ、もうしばらくは大丈夫…。少し…木から伝わる生命力が…落ちてる…だけ』

男「…でも」

男(もう花は七部咲き…今夜が満開になるな…)

サクラ『男さん…今日は幼馴染さんと…会うんでしょ…う?…早く…遅れた…ら…』ザ…ザザッ…

男「だめだよ…サクラがこんな時に…!」

サクラ『いけま…せん…男さん、本当に…大丈夫…だから』ザザッ…





156: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:33:16 ID:lNrpVbmg

カナメ『男…サクラ、どうなっちゃうの…?』

男「それは…」

ケヤキ『カナメ…サクラはもうすぐ、消える』

カナメ『そんな…やだよ…』

ケヤキ『宿木の桜がもう枯れようとしてるんだ、仕方がない…』

カナメ『やだ…やだよぅ…うわああぁぁん』

ケヤキ『カナメ…』ギュッ





157: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/02(水) 22:35:04 ID:lNrpVbmg

男「サクラ…今日は俺、傍にいるから…」

サクラ『絶対に…だめ…そんな…の…許しません…』ザザッ…

松ジイ『男よ…サクラの言う事を聞いてやれ』

男「でも、松ジイ…」

松ジイ『大丈夫じゃ…まだ消えはせん。サクラにとっては苦しい時間かもしれんが、あと二日ほどはもつじゃろう…』

イロハ『サクラ、消えちゃやーよ』

ノムラ『やーよ』

松ジイ『花の満開はおそらく今夜…男よ、今はサクラの願う通りにするのじゃ。その代わり夜は必ず、傍にいてやってくれ…』

サクラ『男…さん…お願い…』

男「…解った。必ず、夕方には帰るから…」

サクラ『男さん…』ザ…ザザッ…

男「…サクラ」

サクラ『…行って…らっしゃい』…ニコッ





160: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:30:13 ID:lNrpVbmg



…駅前、午前8時50分



男(げ、もう幼馴染着いてるじゃねーか)

幼馴染「あ…!男…おはよう」

男「おはよう…待たせたか?」

幼馴染「ううん…今さっき来たばかりだよ」

男「そっか、よかった」

男(幼馴染…服、可愛い…)

幼馴染「…どしたの?」

男「え…!?いや、なんでも…」





161: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:30:57 ID:lNrpVbmg

幼馴染「朝ゴハン食べた?」

男「いや、オカン起きたばっかだったから」

幼馴染「私も食べてないの。朝マック行こうよ、マフィン食べたい」

男「ああ、いいよ」

幼馴染「………あの」

男「うん…?」

幼馴染「腕、組んで…いい?」

男「え、いい…けど」

幼馴染「…ん」ギュッ

男(…嬉しい、けど…頭の中では誰と腕を組んでるつもりなのかな…)

幼馴染(あんまり焦っちゃ駄目だけど…できるだけ恋人っぽく、男にイメージを持たせるように…)





162: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:31:28 ID:lNrpVbmg

幼馴染「んー、美味しー。やっぱり私、朝のマフィン好きだな」

男「うん、昼間のメニューよりいいよね」

男(幼馴染って、美味しそうに物を食べるよな…)

幼馴染「…ごめんね、驕らせちゃって」

男「ばっか、これくらい見栄張らせろよ」

幼馴染「うん…ありがと」

男(サクラ…鯛焼き買って帰っても、もう食べられないかな…)





163: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:32:35 ID:lNrpVbmg

幼馴染「男、あの雑貨屋さん行こう」

男「ああ、いいよ…もう十時だから、開いてるな」

幼馴染「本棚ちょっと大きいやつ買ってもらったから、可愛いブックエンド欲しいんだ」

男「コレとか?」

幼馴染「やだよー、そんなメタリックなのじゃなくて」

男「じゃあコレ」

幼馴染「悪くないけど、黒は地味です」

男「やっぱ女の子の趣味は解んねーわ…」

幼馴染「そうだろうねー」





164: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:33:29 ID:lNrpVbmg

男「………」

幼馴染「これ、いいかも」

男(…カナメ、泣いてたな)

幼馴染「手前にインデックスが覗くようになってて、書き込みできるんだ」

男(双子には、まだよく解らないんだろうけど)

幼馴染「色、どれにしよう」

男(松ジイ…二日は保つって言ってたけど、なんで判るんだろう)

幼馴染「どう思う?」

男(もしかして前にも木が枯れて、庭の仲間が消えた事あるのかな…)





165: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 08:34:10 ID:lNrpVbmg

幼馴染「………男…?」

男「…ん?…ああ、ごめん」

男(いけね、ボーッとしてた)

幼馴染「どの色がいいと思う?」

男「え…と、桜色…じゃなくて、オレンジとか」

幼馴染「だよね!私もパステルオレンジと赤で迷ってたんだ」

男「そっか、色の趣味は悪くなくて良かった」

幼馴染「よし、赤にしよう」

男「おい」





166: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:49:35 ID:lNrpVbmg

男「服とか、見る?」

幼馴染「あー、服は…いい」

幼馴染(女物の服を見るほどオトコの人にとって退屈なものは無いって、何かで見たもん)

男「そっか、じゃあ…」チラッ

幼馴染「…今、スポーツデポの方チラ見したよね。いいよ?」

男「うげ、バレたか。…ちょっといい自転車欲しいんだよな」

幼馴染「今朝のやつ、お母さんのシティサイクルだもんね」

男「そんじゃ、ちょっとだけ」

幼馴染「うん、別に私の買い物だけじゃなくていいんだからね」

男「まあ、今日は自転車買うわけじゃないけどな」





167: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:50:25 ID:lNrpVbmg

男「クロスバイク欲しいなー」

幼馴染「違いが判らないよ…」

男「ロードは普段使いにはちょっとな」

幼馴染「これは?可愛いよ?」

男「ミニベロ、悪くないけどね」

幼馴染「高っ!十万円以上するじゃない」

男「それ、まだまだ手頃だよ。高校生には買えないけど」

幼馴染「予算あるの?」

男「バイト代残してるから、五万くらいは出せるけど…」

幼馴染「これは?四万八千円だって」

男「車体だけじゃなくて、あれこれ要るからな…。携帯用の空気入れとか、LEDのライトとか…エンドバーも欲しいし」

幼馴染「色々だねー」





168: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:51:05 ID:lNrpVbmg

男「予備チューブや修理キットを入れるサドルバッグも要るし、車体にかけられるのは四万を切るだろうな」

幼馴染「修理キットなんか備え付けるんだね」

男「スポーツ車ならツーリングとか行きたいしな、遠出した先で応急処置できないと」

男(………応急処置…か)

幼馴染「健康的ですねー」

男「結局、消去法でジャイアントのエスケープとかになってくるんだよなー」

男(…桜に応急処置…って、今更過ぎるんだろうな…)





169: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:51:42 ID:lNrpVbmg

幼馴染「これだね、格好いいじゃない」

男「安くて充実装備ですげえ売れてるらしい。ただそのせいで、めちゃくちゃ街で見かけるんだよなー」

男(………だけど…)

幼馴染「予算無いのに贅沢言い過ぎでしょ」

男「…ごめん、ちょっとトイレ行ってくるわ」

幼馴染「うん、この辺にいるよ」





170: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:52:35 ID:lNrpVbmg

…ピッ

《与作はぁ木ぃーを切るぅぅぅーーー》

男(親方…待ち歌いつもコレだよな…)

親方《ヘイヘイホーーーヘイ…プツッ…もしもし…どうした男くん、珍しいな》

男「あ、親方…すみません休みの日に」

親方《なに、秋はかきいれ時だからね。雨の日以外に休みは無いさ》

男「じゃあ仕事してるんですね。あの…無理を言うんですけど、ウチの桜を看て貰えないでしょうか?」





171: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 11:53:21 ID:lNrpVbmg

親方《ああ、また行こうか》

男「いや、その…できれば今日」

親方《………大事な木なんだね?…昼までは動けんが、午後なら何とかしよう》

男「すみません、本当に無理な事を」

親方《何、他ならん男くんの頼みだ。だが今の現場が遠いから、二時前にはなってしまうだろう…いいかね?》

男「…はい、お願いします」





172: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:15:02 ID:lNrpVbmg

男「ごめん、待たせた」

幼馴染「ううん、大丈夫だよ」

男「じゃあ、どこ行く?」

幼馴染「うーん…特に思いつかない。ちょっと歩こう?…何かあるかも」

男「うん…」

男(今が11時過ぎ…か)





173: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:15:38 ID:lNrpVbmg

幼馴染「街路樹、少ーしだけ色づいてるね」

男「………」

幼馴染「ね、この木は何の木?」

男「………」

幼馴染「『気になる木』って言ったら怒るよ?」

男「………」

幼馴染「……男…?」

男「…あ、悪い…えっと…ごめん」





174: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:16:25 ID:lNrpVbmg

幼馴染「………つまんない?」

男「そんなわけ無いだろ、ごめん…ちょっと考えてたんだ」

幼馴染「この木の種類を?」

男「え?…これはナンキンハゼだよ?」

幼馴染「…違う事なんだ。何を考えてたの?」

男「いや、その…何でもないって。ち、ちょっと早いけど何か食う?」





175: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:17:02 ID:lNrpVbmg

幼馴染「さっき食べたばっかりだよ。…じゃあ、もう海浜公園に行っちゃう?向こうでも何か食べるとこあるでしょ」

男「…あぁ…海…か。そうだな…そう言ってたっけ」

男(やばいな…海に行ったら二時には戻れない)

幼馴染「…忘れてたの?」

男「…幼馴染、ごめん」

幼馴染「何が…?」

男「俺、帰らなくちゃいけない」

幼馴染「え…」

男「全部、話すよ…そこのカフェ、入ろう」





176: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:46:16 ID:lNrpVbmg

幼馴染「サクラさんは…男の曾祖母さんだったんだ…」

男「うん…」

幼馴染「もう、親方さんには連絡したんだね?」

男「ああ、来てくれるって」

幼馴染「…男、行って」

男「幼馴染…」

幼馴染「自転車、駐輪場でしょ?すぐに行けば一時間もかからないよ。今、まだ12時前だし」

男「本当…ごめん」

幼馴染「いいから、早く。私も後から行く…よ」

男「うん、じゃあ…」ガタッ

幼馴染「………男っ…」

男「……どうした?」

幼馴染「ううん、…気をつけてね」

男「…ありがとう」





177: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 12:51:21 ID:lNrpVbmg

幼馴染(…サクラさん、知らない人じゃない)

幼馴染(消えてしまうなんて、私も…寂しい気はするけど)

幼馴染(ごめん、男…今日はたぶん…私、行けないや…)

幼馴染(今日の事…本当に楽しみにしてたんだよ…)

幼馴染(サクラさん、今日消えてしまうんじゃないんだよね)

幼馴染(明日…会えばいいよね)

幼馴染(…私…こんな嫌な女だったんだ…)





181: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:33:33 ID:lNrpVbmg

男「サクラッ…!」

カナメ『男…帰ってきたの…!?』

男「はぁ…はぁ…サクラ…眠ってるのか」

ケヤキ『ずいぶん急いだみてえだな』

イロハ『汗かいてるねー』

ノムラ『ねー』

松ジイ『…とりあえず今は落ち着いておる。良くなったわけではないが…』





182: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:34:03 ID:lNrpVbmg

男「みんな…もう少ししたら俺の親方が来る。いい人だけど、姿は隠しておいた方がいいかもしれない」

カナメ『プロの庭師さんって事?…松ジイ、それならサクラ助かる…?』

松ジイ『それは無理じゃろうな…桜の寿命じゃからのぅ…』

男「それでも、やれるだけの事はしたいんだ…」





183: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:36:27 ID:lNrpVbmg



…1時間後



親方「男くん…一応できる限りの養生はしたが、おそらく効果は薄い…」

男「…はい」

親方「剪定も君がしているだけに、ほとんど切るところは無かったしね…。いくらかは枝を透かしたけれど」





184: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:37:14 ID:lNrpVbmg

親方「しかし、狂い咲きで満開とは…初めて見たよ。これが最期の花だろうが…」

男「…前に使ってた、幹に直接打つ薬はどうなんですか」

親方「あの活力剤は良く効きはするが…この状態ではその場凌ぎにしかならん」

男「その場凌ぎ…」

親方「言わば死を目前とする老人に脂ののったステーキを食わせるようなものだ。食べてすぐは元気も出るだろうが、数日すれば余計に体調を崩すやもしれん」

男「数日…か。…親方、それでもやってもらえませんか」

親方「結果的には木の寿命を早めるだけかもしれんぞ」

男「お願いします…」

親方「いいだろう、それで気が済むなら。だが打てて2本だな、ほとんど幹に生きた所が無い。中も空洞化してしまっている」

男「もっと早く処置していれば…」

親方「そうだな…十年単位で早く処置をしていれば、少しは長らえたかもしれん。…だが、仕方の無い話だよ」

男「はい」





185: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:39:02 ID:lNrpVbmg

カナメ『庭師さん、帰った…?』

男「ああ…できるだけの事はしてもらったよ」

ケヤキ『ありゃあ、いい腕だ。剪定にしてもお前とは手つきが違う』

男「うるせえな…年季が違うよ」

カナメ『サクラ…良くなるかな』

ケヤキ『…今のところ木から届く生命力に変わりは無いようだがな』

男「サクラは…?姿は消しているけど」

カナメ『まだ、眠ってるよ』





186: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:39:42 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『ただでさえ俺達みたいな落葉樹は、そろそろ眠くなる時期だからな』

男「そうか…」

ケヤキ『まあ、お前も休んでな。まだ満開には少し早い、夜にサクラの傍にいてやりゃあいいだろう』

男「ああ…そうする」

カナメ『男…幼馴染ちゃんは…?』

男「後で来るって言ってたんだけどな…今日はもう、あわす顔が無い。とりあえずサクラの事だけ考えるよ」

ケヤキ『…お前も不器用な事だな』

男「ケヤキも、そう見えるぜ?…松ジイもな」

ケヤキ『まあ、ちげえねぇな…』





187: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:40:40 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『…ジジイ、聞いてたんだろう』

松ジイ『何をじゃ?』

ケヤキ『とぼけるな、アイツはアンタの正体に気づいてるみたいじゃねえか』

松ジイ『ふむ…かもしれんのぅ』

ケヤキ『いい加減にしろよ。アンタ…昨日の夜、何をした』

松ジイ『ほっほっ…さすが、ケヤキ坊主にはバレておったか』

ケヤキ『当たり前だ、真夜中にアンタの気配が薄らいだからな』





188: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:41:23 ID:lNrpVbmg

松ジイ『なに…ただの味利きじゃよ』

ケヤキ『…それで、その味はどうだったんだ』

松ジイ『うむ…上手く仕上がりそうじゃ』

ケヤキ『…そうかい』

松ジイ『ケヤキ坊主よ…お前さんも大きくなったのぅ。桜が無くなる事を思えば、もうお前さんがこの庭では一番大きい』

ケヤキ『見かけだけの話だ』

松ジイ『これからはお前さんが守ってゆくのじゃ、カナメだけでなく…双子ものぅ』

ケヤキ『まだ…アンタから教わる事は尽きてない』

松ジイ『ほっほっ…後は長く生きる内に見えてこよう…』

ケヤキ『くそジジイめ…』





189: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:42:36 ID:lNrpVbmg



…夜8時、幼馴染の部屋



幼馴染(…結局、行かなかった)

幼馴染(私って自分で思う以上に冷たいのかな…)

幼馴染(ごめんね…男、ごめんなさい…サクラさん)

幼馴染(とても明日から迎えになんて…行けないなぁ)





190: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:43:25 ID:lNrpVbmg

ザザッ…

幼馴染(………?)

ザ…ザザッ…ザッ…

幼馴染「何…?誰か…いる…?」

サクラ『幼…馴染さん…』ザザッ…

幼馴染「サクラさん…!?なんで、身体が透けてる…!」

サクラ『…大丈…夫、まだ…ここなら…桜の力が…届く…』

幼馴染「嘘…!だって男の家に入るのも無理だって…!」





191: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:44:01 ID:lNrpVbmg

サクラ『…幼馴染さん…ごめん…なさ…い…今日…男さんを…許して…あげ…て…』

幼馴染「違う…!男が帰ったのは当たり前なの…だってサクラさんは…!」

ザザザッ…ザッ…
サクラ『男さん…私の…曾孫…には…貴女が…必要なの…』ザザッ…

幼馴染「だめ…!サクラさん!」

幼馴染(身体がどんどん薄らいでいく…)

サクラ『お願い…男さん…を…支え…て…』





192: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:45:02 ID:lNrpVbmg



…男の部屋



カナメ『起きて!男…!』

男「う…うん…?今、何時だ…桜の花は…?」

カナメ『しっかりしてよ…!ボクも長くはいられないの!』

男「カナメ…!?なんで…木から離れて…!」

カナメ『ボクの木はまだ若いから、少しだけなら平気!そんな事より、大変なの…!』

男「どうしたんだ…!?」

カナメ『サクラがいないの…!』





193: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:45:41 ID:lNrpVbmg

男「…まさか、もう消えたのか…!?」

カナメ『そんなはずない…つい30分ほど前に話したもの…。昼の手当てが効いたのか、少し楽そうだったから…』

男「…何を話した?」

カナメ『男が…昼に帰ってきたって、それで庭師さんを呼んだんだって』

男「それだけか」

カナメ『そしたら…幼馴染さんは?…って言うから…』

男「置いてきたって…言ったのか?」

カナメ『う…咄嗟に嘘が…うぅ…出てこなくて…』

男「くそっ…!たぶんサクラは幼馴染の家だ、どこかも解らないくせに…!」





194: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:46:14 ID:lNrpVbmg



…男の家、庭先



男「ケヤキ!カナメを頼む!俺は幼馴染の家に…!」

幼馴染「男…っ!」

カナメ『幼馴染ちゃん…!』

男「幼馴染…サクラは…!?」

幼馴染「肩に抱えてるよ…!もう見えない位、身体が薄れて…!」

松ジイ『いかん…すぐに桜の木の下へ!』

ケヤキ『手伝おう、男…左肩を抱えろ』

男「わかった…なんて無茶を…」





195: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:47:24 ID:lNrpVbmg

カナメ『少しだけ、身体が濃くなってきた…』

イロハ『サクラ、しっかりしてー』

ノムラ『しっかりしてー』

幼馴染「ごめんなさい…私が自分でこの庭に来てたら…」

男「幼馴染のせいじゃない…俺がずっとついておけば良かったんだ」

幼馴染「でもサクラさんは私に伝える事があったから、無理をしたの…」

男「そんなの知らなかったんだから、幼馴染が気に病む事じゃない」





196: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:48:02 ID:lNrpVbmg

幼馴染「ううん…私が男にフラれたって思い込んだから、サクラさんは誤解を解こうと…」

男「はぁ?フラれたのはこっちだろ」

幼馴染「違う…!だって男がサクラさんに、私の事を恋人だなんて思えないって言ってるの聞いたもん!」

男「付き合ってねえんだから、思えなくて当たり前だろ!お前、他に好きな奴がいるんじゃねえのか!?」

幼馴染「それを聞いたから失恋したって言ったの!男以外に好きな人なんていないよ!」

男「馬鹿かよ!俺がどんだけ落ち込んだと思ってんだ!」

幼馴染「私だってその日、どれだけ泣いたと思ってんのよ!」

ケヤキ『うるせえ!お前ら痴話喧嘩する時間なら、これからいくらでもあるだろう!』

男「すみません…」

幼馴染「ごめんなさい…」





197: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:49:05 ID:lNrpVbmg

サクラ『…良かった…やっぱり誤解だった…』

男「サクラ!無理に喋るな…!」

サクラ『男さん…花、見てくれてますか…?ほら…満開です…よ』

男「ああ…見てるよ!綺麗だ、すごく…」

サクラ『良かった…これで…やっと…』





198: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:49:48 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『おい、モミジの双子…しばらくサクラを看てろ』

イロハ『うん、わかったー』

ノムラ『わかったー』

ケヤキ『男…お前はこっちに来い、松ジイのところだ。…カナメ、お前も知っておかなきゃいけねえ』

カナメ『…え?』

男「解った…何かありそうだな」

幼馴染「…私も行く」





199: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:50:36 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『ジジイ、連れてきたぞ』

赤松『ああ…こっちも用意はできた』

男「え…!だ、誰だよ…まさか」

ケヤキ『ジジイだよ、若い頃のな』

赤松『…驚かせたな、夢で見なかったか』

男「夢…昨夜のか、確か…赤松と呼ばれてた」

赤松『男よ、貴様に無理を言わねばならん』

男「…どんな話だ」

赤松『なに、少しでいい…貴様の寿命を分けろというだけの話だ』

幼馴染「寿命を…」





200: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:51:46 ID:lNrpVbmg

男「それでどうなる、まさかサクラを救えるのか?」

赤松『そう上手い話は無い。いや…救うと言うなら、最もあいつが求める救いかもしれんがな』

男「………」

赤松『今から貴様の曾祖父を呼び寄せる。俺にある宿木の力の全てを使ってな。…だが奴はアカマツを宿木とする事はできん』

男「そんな事、できるのか…?アンタの力を全て使うって、じゃあアンタは…」

カナメ『松ジイ…消えちゃうの』

赤松『つまらん事を気にするな、サクラを送れば俺がこの世に留まる理由などない』





201: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:52:53 ID:lNrpVbmg

ケヤキ『だが宿木の無い状態じゃ呼び出した魂は数分ともたねえ、だから男…お前を宿木代わりの依り代とするんだ』

赤松『貴様の中に奴を宿らせたら、依り代の生命力を消耗する事になる。およそ10分で寿命ひと月程度…どうだ?』

幼馴染「男…」

男「構うかよ、一年分でも使いやがれ」

赤松『よく言った…本当に似ているな。だが奴も貴様の曾祖父だ、そう長く使おうとはすまい』

男「…俺に宿らせるって、本当に上手くいくのか」

赤松『昨夜、味は利いた。あらゆる面で奴に瓜二つの、貴様にしかできん事だ』





202: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:53:51 ID:lNrpVbmg

イロハ『男ー!サクラがまた苦しそうだよー!』

ノムラ『サクラ消えちゃ、やー!』

赤松『もう昨夜から奴の魂はすぐ傍にある。あとはこちら側に寄せるだけだ。…男、目を閉じろ』

男「………」

赤松『声が聞こえてくるはずだ…耳を澄ませ』





203: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:54:32 ID:lNrpVbmg

《…男、聞こえるか》

《うん…曾祖父ちゃんなの?》

《ああ、この目で見るのは初めてだな…大きくなった》

《会えて嬉しいよ…曾祖父ちゃん》

《お前の命を分けてもらうのは心苦しいが…本当にいいのか》

《いいんだ、僅かな時間だろ?》

《すまん…》

《曾祖父ちゃん、サクラ…曾祖母ちゃんが待ってるよ。…早く!》

《…ああ、頼むぞ…曾孫よ》





204: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:55:40 ID:lNrpVbmg

男『…久しいな、赤松』

赤松『ふん…来たか…死に損ない』

男『…生きろと言ったのは貴様だろう』

赤松『ふは…は…違いな…い』ザザッ…

幼馴染「男…じゃない…」

幼馴染(見た目は変わらないけど、違う…)

男『貴様にはあの時も、今も救われたな…すまん』

赤松『貴さ…まを…救った…つもりなど…無い…わ…』

男『ああ…それでいい、貴様らしいよ』





205: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:56:27 ID:lNrpVbmg

赤松『さあ…すぐに来…い、俺は先に逝くぞ…貴様の…いたとこ…ろへ』ザザッ…ザッ…

男『…すぐに、逝くさ』

赤松『ふ…貴様と…また…飲めるなぁ…』

ケヤキ『ジジイ…!』

ザザッ…
赤松『情けな…い顔を…するな、坊主…さらば…だ…』ザザッ…ザザザッ…

ザザッ…ザッ…

………

カナメ『…逝っちゃった、松ジイ』

ケヤキ『泣くな、カナメ。…アンタは早く、サクラの元へ!』

男『ああ…』





206: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:57:48 ID:lNrpVbmg

男『サクラ…』

サクラ『男…さん…』ザザッ…

男『違うよ、サクラ…俺だ』

サクラ『嘘…まさか、あなた…』

イロハ『男じゃないねー』

ノムラ『ねー』

男『手を…俺に触れていれば少し楽だろう?』

サクラ『あなた…あなたなの…』

男『男の身体を借りた、赤松のおかげだ。…ずいぶん待たせたなぁ』

サクラ『嬉しい…あなた…』

男『見事な夜桜だ…本当に』

サクラ『やっと…見て貰えた、あなたに…』

男『すまなかった…』





207: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/03(木) 23:59:32 ID:lNrpVbmg

イロハ『あー、キスしたよー』

ノムラ『キスしたー』

カナメ『…幼馴染ちゃん、これで妬いちゃだめだよ』

幼馴染「…解ってる、曾祖母さん相手だもの」

男『さあ、身体を返そう…サクラは俺から離れるな、共に逝くぞ』

サクラ『…はい』

ザザッ…ザ…ザザザッ…

幼馴染「あ…!」

幼馴染(男が分かれた…!あれが男の曾祖父さん…)





208: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:02:38 ID:lNrpVbmg

曾祖父『男…すまなかった。立てるか』

男「う…フラフラ…する…」

幼馴染「男っ…!」ギュッ

曾祖父『幼馴染と言ったか』

幼馴染「…はい」

曾祖父『男の身体に宿って、その意識が見えたよ…。そいつの心の中は君の事でいっぱいだ』

男「変な事言うなよ…曾祖父ちゃん」

曾祖父『…どうか男を、我が曾孫を…頼む』ザザッ…





209: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:26:36 ID:lNrpVbmg

幼馴染「はい…」

サクラ『男さん…あなたの曾祖母だという事、ずっと言わずにいてごめんなさい』ザッ…ザザザッ…

男「途中から、知ってたよ」

サクラ『そう…本当にありがとう…男さん、いえ…男ちゃん…そして幼馴染さん…』

男「曾祖母ちゃん…会えて嬉しかった」

サクラ『ケヤキさん…カナメちゃん、仲良くね…イロハちゃん、ノムラちゃんも元気で…』ザザッ…





210: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:27:11 ID:lNrpVbmg

イロハ『サクラ、嬉しそうー』

ノムラ『嬉しそうー』

カナメ『サクラぁ…うう…う…』

ケヤキ『…笑って送るんだ、カナメ』

ザッ…ザザザッ…

男「…さよなら、曾祖父ちゃん…曾祖母ちゃん」

ザザッ…
サクラ『さよ…な…ら…』ザッ…

ザザ…ザッ………

…………







211: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:28:12 ID:lNrpVbmg



…翌春、ある日曜日



男「やあ、ケヤキ…もうすっかり目が覚めたか?」

ケヤキ『ああ…』

男「新緑が綺麗だなー」

ケヤキ『そうか?…自分の葉がこうも小さくて柔らかい時期は、なんとなく不安なんだがな』





212: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:29:23 ID:lNrpVbmg

男「カナメ、すっかり芽が紅くなってるな」

カナメ『鮮やかでしょ?…ボクの一番良い季節だからね!』

男「そうだな、すごく綺麗だ」

カナメ『冬の間、ケヤキもモミジ達もほとんど寝てるんだもの…すっごい暇だったから、お日様いっぱい浴びといた』





213: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:29:55 ID:lNrpVbmg

イロハ『男ー!緑の葉っぱ綺麗ー!』

ノムラ『男ー!赤の葉っぱ綺麗ー!』

男「どっちも綺麗だと思うよ」

イロハ『今年はイラガ出さないようにねー』

ノムラ『ねー』





214: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:30:25 ID:lNrpVbmg

男「アカマツ…たくさん芽吹いたなー」

男「もう少ししたら、緑摘みしなきゃ」

男「…しかし松ジイ、本当に昔はイケメンだったんだなー」

男「曾祖父ちゃんと、酒…飲んでるんだろうな…」





215: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:31:05 ID:lNrpVbmg

幼馴染「おはよう!」

カナメ『あ、幼馴染ちゃん!おはよー!』

イロハ『おはよー』

ノムラ『おはよー』

男「おー、おはよ…。どうしたんだ?」

幼馴染「私がここに来るのに理由がいるんですか?」

男「つまり毎度ながら、暇だったと」

幼馴染「さすが男!私の事は何でも解るんだね!」

男「だいたい週に五日は来てるもんな」





216: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:31:50 ID:lNrpVbmg

幼馴染「桜の木…無くなっちゃったね…」

男「うん、こないだ親方に根まで取ってもらった。結局、芽は吹かなかったし…あのままじゃ白蟻を呼んで、他の木にまずいからね」

幼馴染「仕方ない…ね」

男「うん」

幼馴染「でも、寂しいなぁ…」

男「うん…でもさ」

幼馴染「でも?」

男「あの時、親方が養生の剪定をしてくれて…それで親方はその枝の芽を、温室でたくさん挿し木にしてくれてるらしいんだ」





217: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:32:41 ID:lNrpVbmg

男「染井吉野は挿し木では繁殖出来ない…って言われてたんだけど、最近では不可能じゃなくなってるんだって」

幼馴染「そうなんだ…」

男「しかも念のため、確実性の高い接ぎ木も何本か試みてるとか。…それがしっかりした苗になったら、くれるって」

幼馴染「親方、良い人だねー」

男「本当、頭が上がらないよ」

幼馴染「どのくらいで出来るの?」

男「まあ一年の内にはこっちの手元に来るだろうけど、それから何年もかけて少しずつ大きな鉢に植え替えていかなきゃな」

幼馴染「私も手伝うからね」

男「うん…」

幼馴染「あの桜の子供達かぁ…」

男「そうだな」

幼馴染「良い苗になったらいいね、うん…きっとなるよね」





218: ◆M7hSLIKnTI:2013/10/04(金) 00:33:26 ID:lNrpVbmg

男「…いつかそれをこの庭に、二人で植えよう」

幼馴染「うん、楽しみだね。………ん?」

男「………」

幼馴染「今のは、どういう意味かな?」

男「…別に」

幼馴染「それは何かの記念樹だったりするのかな?」

男「その辺は察してくれたらいいと思うよ」

幼馴染「はっきり言ったらいいと思うよ?」

男「その時まで言わない」



おしまい


.

星に願いを(原題/同じ)



1: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:06:07 ID:O1LtQclc


俺は『男』、現在21歳の大学生。

可もなく不可もなく、平々凡々とした毎日。自分の今の境遇を表現するなら、それが相応しいと思う。

大学の授業はかったるいものもあるし、課題に追われたり今後の就職活動に憂鬱になったりする事もあるけれど、それも人並みの重さだろう。



2: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:06:54 ID:O1LtQclc


もちろん、そんな人並みさに見合った程度の幸せもある。

今のバイトはたかがスーパーの裏方だが、人間関係も含めて結構合っているように思う。

先日ついに普通車免許も取得して、欲しい車の事を考えていればわくわくしてくる。

とびっきり…という程ではないが、俺には勿体無く感じる程度に可愛い、彼女一歩手前な幼馴染もいる。

友人関係も、まあ普通だ。


誰にでもあるように、ついてない日もあれば最高にハッピーな日だってある…それも当たり前の事。

ただ、少なくとも今日はその内の後者にあたる日だった。



3: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:07:33 ID:O1LtQclc


車の購入費用にと精を出したバイトで得た金の一部をはたいて、幼馴染との日帰り旅行。

もちろん大した遠方地に行けたわけでは無いものの、ちょっとした非日常に二人の仲は少なからず親密になった。

お互いの自宅まであと少しの帰り道、何も言わずに手を出すとちゃんと彼女が握り返してくれたのがその証拠だろう。

たぶん今朝までであれば少し照れ臭くて出来なかった気がする。


「……ろ」


幼馴染がぽつりとなにか呟いた。

聞き取る事はかなわなかったけれど、横目に見たその顔は上機嫌。

俺は返事の代わりにちょっとだけ繋ぐ手の力を強めた。



4: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:08:06 ID:O1LtQclc


「楽しかったねー」

「そうだな」

「今日みたいな日が毎日ならいいのにね…?」


少しこちらを窺うように、幼馴染はそう言った。

言葉の意味はよく解る、でも気の利いた返事は用意していない。

すっかり暗くなった住宅街、よく立ち寄るコンビニの前を通り過ぎながら、俺は誤魔化すように夜空を見上げた。



5: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:08:43 ID:O1LtQclc


…その時だった。

辺りが明るくなる程の大きな流れ星。


「今日がずっと続きますように」


とっさに俺はそう言った。

だいぶ端折ってしまったが、つい先ほどの彼女の言葉を星に願ったつもりだった。


「三回なんて言えねーな…」

「一回だけでも叶うらしいよ?」

「それ、どこ情報よ」


タイミングの良い流れ星のおかげで、少し気の利いた台詞を言う事ができただろうか。

その後の道のり、彼女と俺の距離はさっきよりもちょっとだけ近かった。



6: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:09:41 ID:O1LtQclc


心地よい眠りを阻害する、定間隔の振動音。

蚊の鳴く程の音量から次第に大きくなる、耳慣れたメロディ。

枕元で携帯が鳴っている。


はっきりしない意識を手繰り寄せ、それを手に取り画面を見る。


着信中『幼馴染』


画面上部に目をやると現在時刻は7:02と表示されていた。

昨日起きた時間と同じ位じゃないか、なんだって連日こんなに早く起こすんだ。

頭の中で憎まれ口を叩きながら、それでも今日という日が幼馴染の声で始まる事は嬉しく思えた。



7: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:10:25 ID:O1LtQclc


「…もしもし、おはよ」

《あ、出た。おっはよ、もう起きてた?私は準備できてるから、いつでもいいよー》

「は?」


訳が解らなかった。今日も何か約束していただろうか。


「何言ってんだ、お前。今日も何かあったっけ」

《はぁああぁ!?アンタこそ何寝ぼけてんの!?…まさか温泉行こうって自分から誘っといて忘れたっての!?》


いよいよ訳が解らない。なぜなら昨日の小旅行こそ温泉に行ったからだ。


「寝ぼけてんのはそっち…」


そこまで言いかけて、俺は激しい違和感に襲われた。

その原因はテーブルの上にあった。そこにはなぜか昨日の朝捨てたはずの、一昨日の夜食べたコンビニ弁当容器があったからだ。



8: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:11:12 ID:O1LtQclc


《アンタ、バカなの?本当に忘れてるの?ねえ、まさか今日行かないの?》

「ちょ…ちょっと待ってくれ!後で掛け直す…」


まだ携帯の向こうで喚いているのが聞こえたが、ひとまず通話を終了した。

もう一度テーブルに目を遣る、確かに一昨日の弁当容器だ。そして確かに昨日、台所のゴミ箱に捨てたはずだ。

寝起きでぐちゃぐちゃなのは髪型だけではない。頭の中も疑問符だらけだった。



9: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:11:58 ID:O1LtQclc


手に持った携帯の画面ロックを解除し、カレンダーアプリを起動する。


8月22日、木曜日


俺は目を疑った。幼馴染と温泉に行った、昨日の日付けだ。

詳しくは知らないが、携帯の時計やカレンダーが狂った試しは無い。

たぶんネットに繋がったPCみたいに勝手に現在時刻を合わせているはず。それでもその表示を疑わずにはいられなかった。


最近あまり観ていないTVをつけると、下世話な朝の情報番組が流れていた。

その番組の嫌らしい顔をした中年司会者の立つカウンターに置かれた日付けポップには、携帯と同じ8月22日の文字が並んでいる。

本当に寝ぼけているのは俺の方なのか。



10: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:12:49 ID:O1LtQclc


絶対に違う筈だと確信しながら、俺は幼馴染に電話を掛けた。


「もしもし」

《もしもしじゃないっ!どーするのよ?》


あからさまに不機嫌な声だ。ここはひとつ自分の感情は殺した方がいい。


「ごめん、本当寝ぼけてた。すぐに用意してそっち行くから」

《もう、びっくりするよ。待ってるからね》


俺は電話を切ると、首を傾げながらもテーブル上の弁当容器を持って台所へ行き、冷蔵庫脇のゴミ箱に押し込んだ。

その時のガサガサという音に、寝室から母親が顔を覗かせ「そういえば今日は出掛けるって言ってたわね」と声を掛けてくる。


「行ってきます」


まだ着替えも済んでいないのに、俺はそれだけを答えて洗面所に向かった。

そのやりとりもまた、昨日確かにこなした事のはずだという疑問を感じながら。



11: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:14:32 ID:O1LtQclc


「おはよ」


幼馴染が玄関から出てくる。

普段はあまり着ないような、一目で余所行きと解る可憐なワンピース姿。


「可愛いじゃん、服」


言葉は嘘ではないが、心からの台詞でもない。あえて自分の記憶の中にあるものと同じ台詞を投げてみたのだ。


「えへへ、こないだ駅前で買ったんだ」

「似合ってるよ」


ここまで全て、記憶の通り。予想通り過ぎて頭がこんがらがるとは、初めての体験だった。


「夜の9時位までには帰るから」


幼馴染が家の中に向かって言うと、彼女の母親は「男くんとデートでしょ、今日は帰らない位言ってみなさいよ」と、からかう様に返した。

おそらくそれに対して幼馴染は…


「変な事言わないで!」


そう…そう言ったはずだ。やはり記憶は正しい。



13: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:28:35 ID:O1LtQclc


記憶の中の昨日と全く同じルートを駅へ向かう。

よく立ち寄るコンビニの前には、下品なチューンが施されたセルシオが停まっている。

自動ドアの脇に設置された灰皿スタンドの側には、その車の主を含むと思われるいかにも遊び明けな3人の男が立ち、俺の横を歩く幼馴染をじろじろと見ている。


「やだ…、早く通り過ぎよ」

「そうだね」


しかし見られるだけで絡まれる事は無い…それも確信があった。



14: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:29:31 ID:O1LtQclc


最寄の駅、普段は買わないような額面の切符を二人分購入し、普段は行かない地方行きのホームを目指し階段を上がる。

その階段を登りきる時、俺はハッとして言った。


「危ない」


しかし間に合わず、幼馴染は最後の一段につまづく。

俺はとっさにその手を握り、引き起こすように支えた。


「ばか、気をつけろ」

「びっくりした…、ありがとう。よくこうなるって解ったね」

「あ?…ああ、なんとなく」


そう誤魔化したが、あそこでつまづくのは記憶にあった。

ただしその時は手を差し伸べるのが間に合わず、彼女は小さく転んでしまったのだが。



15: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:40:40 ID:O1LtQclc


朝のラッシュアワーの影響で、列車は7分遅れてホームに入った。

その後の各停車駅の停車時間を少しずつ短縮し、目的地へはほとんど遅れ無しで到着するはずだ。

次第に田舎の風景に変わってゆく車窓にも、見覚えがある。

確かこのトンネルを抜けると。


「男。見て、手を振ってる」


土手道を走る自転車に乗った小学生くらいの男の子が、過ぎ行く列車に向かって手を振っている。

それに幼馴染はにこにこしながら手を振り返す。そしてそのすぐ後…


「あ、見えなくなっちゃった」


そう、またトンネルに入るんだ。



16: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:44:01 ID:O1LtQclc


《本日は御乗車ありがとうございます。他路線の混雑による遅延で大変ご迷惑をおかけしております。今後の各駅到着予定時刻は…》


車内放送が聞き覚えのあるアナウンスを告げた。


記憶の通りなら、もうすぐ早起きが祟った幼馴染はうつらうつらと居眠りをするだろう。

もう既に目はとろんとして、車窓の枠に肘を置いて頬杖をついている。

この後は確か、目的駅の到着直前に案内が流れるまで話をする事は無いはずだ。

丁度いい、その時間を使って頭を整理しよう。



17: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 14:48:23 ID:O1LtQclc


このあまりにリアルな昨日の記憶は何なんだろうか。

ここまで全て、昨日の記憶と相違無い事象が起きている。

昨日…といっても、日付は同じなのだが。


ただし幼馴染が転びそうになった時、それを予見した俺が手を貸す事によって彼女は転倒を免れた。

その点は記憶と違う。


安っぽく都合の良い言葉で自分を納得させるなら、正夢だったと考えればいい。

ただ、純粋に正夢という言葉を当てはめるには、行動によって結果が変わるという点に疑問が残る。


少しファンタジー的要素を含ませるなら、身に迫る危険を回避するための予知夢だろうか。

とはいえ記憶によれば階段で転んだ幼馴染は何か怪我をしたわけでも無く、その後はこれといった危険の無い楽しい一日だった。

わざわざ予知夢に見る程の事ではない気がする。

もちろん、意味が無くとも見るものは見るのかもしれないが。


ひとつ言えるのは、記憶の中の8月22日は本当に楽しい一日だったという事。

もう一度過ごすとしても不服などあろうはずもないのだから、深く悩み込む必要は無いだろう。



18: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:02:49 ID:O1LtQclc


目的の温泉地は山間のロケーションも良く、数多くの旅館や入浴場と共に土産物店やちょっとした観光施設もある。

ゆっくり時間をかけて歩けば、この小さな街だけで一日以上を費やす事ができるだろう。

泊りがけで無いのが残念だが、今は恋人未満の二人だから当然の事だ。


少し曇って日差しが柔らかいとはいっても、まだ8月。先に散策をして温泉で汗を流すのが良い。

本物の古民家とそれを模して建てられた新しい建物が混じる風情の良い石畳の通りを歩く。


少しすると、観光地にはよくあるこじんまりとしたオルゴール館を併設した土産物店があった。

俺達は特に意思を確認するでもなくそこに立ち寄る、それもまた記憶の通り。

店内にはガラス細工と様々なオルゴールが並べられ、メルヘンチックな趣きを演じている。

しかし店舗の奥の一角ではそれとは全く違う、饅頭や木彫といった土産物が陳列されているのが、まさに日本の観光地らしい所だ。



19: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:03:31 ID:O1LtQclc


幼馴染はオルゴール本体の台座にクリスタルの人形が載せられた物を手に取り、側面の螺子を巻いた。

「あぁ、この人形ピノキオだったんだ」

オルゴールの音色が奏でたのは『星に願いを』だった。

クリスタルの人形は着色されていないから、一目でピノキオと判らないのも無理は無い。

無論、俺にとっては二度目となるやりとりだ。最初から流れるメロディに予想はついていた。



20: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:04:27 ID:O1LtQclc


星に願いを…か。


その時、俺はふと記憶の中のある出来事を思い出した。

昨日、コンビニの前で見た流星に俺は何と願った…?


『今日がずっと続きますように』


込めた意味としてはもちろん、今日のように幸せな日がいつまでも続きますように…という事のつもりだった。

でもその言葉を素直に受け取れば全く違う意味になる。

まさか、その願いはピント外れな言葉のままに叶えられたのか。

俺は正夢…予知夢を見たんじゃなく、8月22日という今日を繰り返しているのか。



21: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:05:28 ID:O1LtQclc


「…どしたの、男」


そんな突飛な事を考え無意識に真顔になってしまった俺を見て、幼馴染は不思議そうに声を掛けた。


「あ、ごめん…何でもないよ。星に願いをの歌詞、考えてた」


誤魔化して出鱈目を言う。


「ふうん、どんな歌詞?」


そう来るか。

なるほどやはり記憶と違う言動をとれば違う反応がくるんだな。


「…きーらーきーらーひーかーるー」

「それ違うし」

「思い出せなかったんだよ」


くだらない適当な事を言って、その場を凌ぐ。

記憶とは違うそのやりとりに少しほっとしたような感覚を覚え、同時に先の突拍子もない考えを『そんなバカな』と払拭した。



22: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:12:52 ID:O1LtQclc


少し細い川沿いの遊歩道。

俺はわざと記憶にあるよりもゆっくりと歩いた。

確かあのガス灯を模した電気式の街路灯がある辺りだったはず。


がさがさっ…


右手脇に続く紅カナメの生垣の足元から黒猫が顔を覗かせ、そのまま反対の低い石垣を川の砂利浜へ飛び降りた。


「もう、黒猫が前を横切るなんて縁起悪いなぁ」


幼馴染は本気で気にしている風でもなく、軽い口調でそう言った。

昨日のペースで歩いていたら、猫は俺達の真後ろを横切り、幼馴染は少しびっくりしたはずだ。

そして『前を横切るんじゃなくて良かったね』と、記憶の中の彼女は笑った。



23: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:14:47 ID:O1LtQclc


幼馴染は俺が歩くペースに合わせているから、記憶とは違う事象に遭遇している。

でも俺が何の影響も与えていない物事は、まさに記憶通りの時間に同じ行動をとっているという事だ。


「…男、楽しくない?」

「え、そんな事ないけど」

「さっきからちっとも話さないし、ちっとも笑わないよ」


…参ったな。

記憶の事ばかり考えてるから、急に記憶と違う言葉を投げかけられると戸惑ってしまう。


「ちょっと…考えてただけだよ」


おかげで全く気の利かない、フォローにもならない返答をしてしまった。



24: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:15:39 ID:O1LtQclc


「なにも今、考え事なんてして欲しくないなぁ…って言われるのは面倒臭いですか?」

「ごめん、悪かったです」

「よろしい」


人差し指を立てて幼馴染はにやりと笑う。

彼女はこの仕草をよくする。そして俺は何となくそれが好きだ。


今は考えるのはやめよう。

記憶の通りに行動するも違う事をするも、できるだけ意識しないようにしよう。

せっかくこの良き日を、もう一度過ごせるのだから。



25: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:18:44 ID:O1LtQclc


暫くの散歩と土産店巡りの後、昼食として小さな店構えのご当地ハンバーガー屋へ。

イチ押しメニューと表示されているのは、この地域の特産だという山葵の葉と茎を刻んでパティに練りこんだ山葵バーガー。


「私、これにしてみる」


そのメニュー写真を指差す幼馴染に危うく『けっこう辛いぞ』と言いそうになり、内心慌てる。


「じゃあ、これ二つ下さい。あとポテトひとつとカップサラダひとつ。飲み物は…俺はジンジャーエール」

「私も」

「じゃあ、ふたつ」



26: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:19:28 ID:O1LtQclc


少しして使い捨ての紙トレーに載せられた商品を受け取る。

俺は日除けのパラソルが立てられた縁台で待つ幼馴染の元へ、それを運んだ。


「いっただきまーす」


余所行きの服には似合わないほど大きく口を開けて、幼馴染はハンバーガーにかぶりつく。

俺はその様子を吹き出すのを堪えながら見ていた、なぜなら。


「う…っ!?…くぅ………」


山葵の意外な程の効き具合に悶絶する事を知っていたから。


「くっ…あははは、涙ぐんでら」

「ずるい、さては先に食べるの待ってたでしょ」

「あ?…ああ、まーな」

「意外と山葵効いてるよー、ちょっと失敗したかな…」

「ま、俺は山葵好きだから」

「私も嫌いじゃ無いんだけどなぁ。ちょっと効き過ぎだよ」


だからさっき忠告しそうになったのだ。

それでも彼女は少し涙目になりながらも時間をかけてそれを平らげた。



27: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:24:33 ID:O1LtQclc


その後は川の鯉に餌をやったり、写真撮影のスポットだという古い石橋で幼馴染をモデルにしたり。

帰りに乗る予定の列車の時間から逆算して、午後三時頃から目星をつけていた日帰り入浴のある温泉旅館へ向かう。

その道中で幼馴染は組み紐細工の露天に吸い寄せられ、お揃いのストラップを買った。



28: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:25:27 ID:O1LtQclc


目指す温泉旅館は、そのすぐ先だ。

風情ある建築様式には不釣合いな自動ドアを入って、右手の下足箱に履物をしまう。

ふかふかの絨毯の感触は、靴下だけだと少しくすぐったい。

カウンターに近づくと受付の女性が深々と頭を下げた。


「いらっしゃいませ」

「入浴したいんですが」

「ただ今、貸切露天風呂が空いておりますが、本日は大浴場のご利用でよろしいでしょうか?」

「はい」


選ばなかった方の選択肢も、大変魅力的ではあるのだが。


「承知致しました。二名様で1,600円頂戴致します」


財布を出そうとする幼馴染を「いいよ」と制し、俺は千円札を2枚出した。

これも記憶の…おっと、意識しないんだった。



29: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 15:26:12 ID:O1LtQclc


「この通路を左へ進みまして、屋外廊下の先が浴場でございます。ごゆっくりどうぞ」

「どうも」


脱衣所のロッカーの鍵を二つ受け取り、俺達は言われた方へ向かう。

屋外廊下の両脇はよく手入れされた日本庭園が広がり、ピンクのフリルのような百日紅の花が咲き誇っていた。

廊下のつきあたりには暖簾のかかった入り口が二つ。


「私、たぶん長いよ」

「おぅ、せっかくなんだからゆっくり浸かろうぜ」

「うん、じゃあ先に出た方がメール入れとこうね」

「わかった」


互いに頷き、俺は藍染め色の暖簾を、彼女は臙脂色の暖簾をくぐった。



30: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:20:16 ID:O1LtQclc


少しぬるめの湯に浸かりながら、ぼんやりと考える。

と言っても予知夢の事ではない、幼馴染の事だ。

恋人一歩手前、あとは互いに一線を超える意思確認をしていないだけ。


彼女を女性として意識し始めたのは、高校の頃だ。

義務教育の間ずっと一緒だった彼女と、はじめて別々の学校という距離を隔てた時、急に意識するようになった。


そしてどうやらそれは向こうもそうだったらしい。

高校2年の時、たまたま一ヶ月近くも顔を合わせない事があった。

俺が短期バイトに行っていたのが理由なのだが、おそらく彼女は連日俺の帰宅が遅い事に気付いたのだろう。

ある日前触れもなく、幼馴染からたった一言だけのメールが届いた。



31: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:21:21 ID:O1LtQclc


『彼女できましたか』


俺はそれに『できてません。最近バイトしてます』と返した、すると。


『こっちもできていません。バイトがんばって』


一連のやりとりは、たったのこれだけ。

でもこの三通のメールは、その時の互いの気持ちをよく表している気がして、実は密かに保護設定をかけて機種変しても未だに携帯に入っている。



32: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:54:15 ID:O1LtQclc


そのメール以降、およそ月に三度程度は何かしら理由をつけて会うようになった。

まあ、多くは『服を買うの付き合え』とか『ミスドが100円だから行こう』といった他愛もない事。

ひどければ夜、突然SNSのトークを使って『そこのコンビニ行くけど、一緒に行く?』といった程度の事も。


それでも特に用事や理由があったりする時を除けば、断られた事は無い。

ある意味そんな所帯染みているかのような関係を続けた事が、二人の立ち位置の境界をぼやけさせてしまったのかもしれない。



33: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:55:33 ID:O1LtQclc


そろそろ、はっきりさせなきゃな。

今日の小旅行だって、流れによってはそこにけじめをつけられるかも…そんな想いもあった。

結局、それは記憶の中の一日では果たされなかったけれど。


ふわり…と緩くも涼やかな風が吹いて、露天風呂の湯気が横にたなびいた。

もう時刻は午後四時頃だ。

やはり盆を過ぎてからは、この時間になると少し気温が下がる。

一日の終わりが迫っているという感に迫られ、気持ちが少しだけ焦った。



34: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:56:15 ID:O1LtQclc


そうだ、帰り道に見るはずのあの流れ星。

今度は違う事を願ってみよう。


幼馴染に聞こえるように、例えば『告白が上手くできますように』とか。

きっとそれに対して彼女は何らかのリアクションを返すはずだ。

あとはその流れで、いくつかのパターンで台詞を用意しておけばいい。


よし、と気合を入れるつもりで顔を洗う。

冷水でもないのに、気が引き締まったような…つもりになっておこう。



35: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:58:20 ID:O1LtQclc


記憶と同じ時間の列車に乗り、帰りは乗り換え一度。

全く同じ時間に地元の駅に着いたはずだ。


あとは特に意識しない程度のペースで歩けば、多少のずれはあれどコンビニの前あたりで流れ星が見られるはず。

まだコンビニに差し掛かるまでには五分はかかる。

まさか記憶より早かったりしないよな…そう考えながら、今の内からちょくちょく夜空を見上げていた。


「どしたの?上ばかり見て」

「いや、晴れたなと思って」

「ほんと、昼は曇ってたのにね。雨降らなくて良かった」

「そうだな、日差しもきつ過ぎなくて、ちょうど良かったよ」


その時、きらりと光る筋が夜空を流れ、瞬く間に消えた。



36: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 17:59:14 ID:O1LtQclc


「あ、流れ星!…男、見た?」

「うん、見た。珍しいね」


俺がそう言い終わるのとどっちが早かっただろうか。


「あ、また…!すごい!」

「今度のは少し長かったな」


さっきよりも多少低いところを、またひと筋の星が落ちる。

たて続けにふたつも流れるとは、流星群の夜でもないのに本当に稀な事だ。



37: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:00:08 ID:O1LtQclc


…でも違う。

あの流れ星はもっと大きくて、あの台詞を言い終わるほどに長く光っていたはずだ。


そしてやがてコンビニの前。

店の自動ドアからは親子連れが出てくる。子供はその手に買って貰ったのであろう花火の袋を提げている。

思い出した、この直後だ。


「楽しかったねー」


そう、この言葉を聞いた。


「そうだな」

「今日みたいな日が毎日ならいいのにね…?」


ここで俺は少し返答に詰まるんだ。そして誤魔化すように空を見上げる。

その時、大きな流れ星が…



38: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:01:21 ID:O1LtQclc


「…あれ?聞こえないふりをするのかな?」

「あ、いや…。おかしいな…」

「なにが?」

「えーと、何でもない」


何故、流れ星は光らない。

そんなに歩く速さが違ったか?

でも花火を持った子供はおよそ記憶通りのタイミングで店から現れた。

油断してたら今、流れたりするんだろうか。


もうとっくにタイミングは逸してしまった。

幼馴染はそれなりに意味を込めた言葉を投げてくれたはずなのに、俺は何の反応も示さなかった事になる。



39: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:02:51 ID:O1LtQclc


「そーですか、へー」

「いやほんとごめん。ジャスト考え事中だった」

「いーですよー、ぜーんぜん」

「許して、悪かった」

「なんか午前中もこんな事あったなー。男はやっぱり楽しく無かったのかなー」

「そんな事ないって、すごく…思い出に残る日だったよ」


二度過ごしたのだから、当たり前だけど。



40: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:03:37 ID:O1LtQclc


「本当かな?」

「神に誓って」

「どこの神様?」

「えーと、幼馴染大明神?」

「何それ」


幼馴染はけらけらと笑った。


「ばっかみたい」


行き当たりばったりな会話でも何とか持ち直す事は出来たらしい。

ほっと胸を撫で下ろすが、気まぐれな流れ星を恨めしく思う。

その後の道のり、彼女と俺の距離はさっきまでと変わる事はなかった。



41: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:04:49 ID:O1LtQclc


心地よい眠りを阻害する、定間隔の振動音。

蚊の鳴く程の音量から次第に大きくなる、耳慣れたメロディ。

枕元で携帯が鳴っている。


それを認識した俺は、今回は飛ぶように起きた。


着信中『幼馴染』


画面上部に表示された現在時刻は7:02。着信中なので、日付は表示されていない。

それでも俺の心臓は早鐘を打っていた。


「…もしもし」

《もう、出るの遅いよ。起きないのかと思った》


幼馴染の第一声は二度目の8月22日とは違うものだ。

でもそれは俺が電話に出るのが遅かったからかもしれない。



42: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:06:18 ID:O1LtQclc


「ごめん、今起きた」


そして次に幼馴染が発した言葉は、全てを悟らせるに足るものだった。


《自分から温泉に誘ったんでしょ?しっかりしてよ》


俺は確信に近い感情を抱きながらテーブルに目を遣る。

そこにはあの弁当容器があった。


《電車の時間、何時だっけ?間に合いそう?》

「…悪い、後で電話する」

《え?何?》

「後でこっちからかけるから」



43: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:07:48 ID:O1LtQclc


携帯を切り画面の日付を確認すると、当たり前のように8月22日の表示。

俺は頭の中が真っ白になり、ベッドの上に座ったまま呆然とした。


あれは正夢や予知夢を見たんじゃない。

やはり今日という日が繰り返されている。

どういう事なのか、いくら頭を捻っても納得のいく答えなどあるはずも無い。

唯一、信じ難いながらもこの現象に理由を求めるとしたら、それはあの流れ星への願い以外に考えられないのだ。



44: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:08:55 ID:O1LtQclc


『今日がずっと続きますように』


…違う、俺が願いたかったのは、叶えて欲しかったのはこんな事じゃない。

いくら幸せな一日だったとしても、それを繰り返したいんじゃないんだ。

明日、一年後、そして数十年後まで、彼女と当たり前の幸せを分かち合う事だったはずだ。


果たして今夜眠れば、違う明日は来るのだろうか。

そうなるためには、どうすればいい。

また、同じ日を過ごすのか?

そしてあのコンビニの前で流れ星に『元に戻してくれ』と願えばいいのか。



45: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:10:17 ID:O1LtQclc


でも二度目の記憶の中では、あの流れ星は現れなかった。

それは何故だ?


二度目の記憶の今日は、何も無い限り最初の記憶と同じ事象が起こっていた。

ただ俺が違う行動や言動をとると、それに関与する事だけは変化した。

駅の階段での幼馴染のアクシデントや、黒猫が横切るタイミングはそれを裏付けていた。


でも流れ星の発生など、俺にどうこう出来る話では無い。

俺の行動が隕石の軌道を変える?…バカな。

いくらバタフライエフェクト的な力が働いても、繋がりようが無いだろう。



46: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:11:33 ID:O1LtQclc


ならば、流れ星は現れたはずだ。

つまり俺が見落としたんだ。

あの明るさの流れ星を、流れる方向もタイミングも解っていながら、見られなかった。

それもまた考え難い事だが、その方がまだ納得できる。


そもそも星に願いをかけるなどという事自体、何の信憑性も無いまじないに過ぎない。

しかし解決する方法はそれ以外には思い浮かばない。


俺は手に持ったままの携帯で、幼馴染に電話をかけた。

今日は予定をキャンセルしよう。

たぶん二度目の記憶にも増して、俺は上の空になってしまうだろうから。



47: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:13:04 ID:O1LtQclc


《もしもし…どうしたの?大丈夫なの?》


電話に出た幼馴染はさっきの不満げな声とは違い、心配そうだった。


《もしかして体調悪い?今日…やめとく?》


最後の『やめとく?』をどんな表情をして言ったか、想像がついた。

きっとサンタに貰ったプレゼントが、欲しい物と違った時の子供のような表情だったはずだ。


「いや、大丈夫だよ。ごめん、すぐ行くから」


俺の心は、それを無視できるほど強くはない。


《よかったぁ、じゃあ待ってるね》


幼馴染は欲しいプレゼントを貰ったかのような声で、そう告げた。



48: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:14:51 ID:O1LtQclc


三度目の8月22日。

幼馴染はもう見慣れた余所行きのワンピースを着て、聞き覚えのある台詞を言う。

失礼な話だが、俺はそんな幼馴染にまるでゲームのNPCのような不気味さを感じていた。


だから俺は意識して記憶と違う行動をとり、違う話題をふる。

そうすれば記憶とは違う幼馴染の人間らしい反応に少し安堵できるから。

でもふと気を抜けば、やはり彼女は旅館手前の組み紐細工の露店に寄ってしまうのだ。



49: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:15:54 ID:O1LtQclc


「男…」

「ん?…なに?」

「楽しんでない…よね」


ぎくりとした。表情には出していないつもりだったのだが。


「そんな事ない、そんな訳…ないだろ」

「なんか怒ってるみたい」

「気のせいだって」

「…なら、いいんだけど」


やっぱりやめておくべきだった。

もし明日が明日じゃなく今日だったら、今度こそ出掛けるのはやめよう。



50: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:17:09 ID:O1LtQclc


帰り道は今までの二度に比べて口数も少なかった。

コンビニの前を通り過ぎる頃になって花火を持った子供が店から出てくる。

歩く速さはできるだけ同じ位にしたつもりだが、やはり気が焦っていたのか。


幼馴染が言うはずだった『楽しかったね』という言葉も、今回は発せられなかった。

当然の事だろう。

そしてやはり…というべきか。その日、流れ星が現れる事はなかった。



51: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:18:33 ID:O1LtQclc


その夜、23時59分。

俺はじっと携帯の時計を睨んでいた。

普段はしない時計の全画面表示モードにし、日付から秒数まで余すところ無く目を光らせる。

ベッドの上に座ってクッションを抱き、睨む携帯の向こうには何も置かれていないテーブルがある。


56秒、57秒、58、59…


時計の表示が23:59:59から00:00:00に変わった時、無情にも22日の表示だけがやはり変わらなかった。



52: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:19:49 ID:O1LtQclc


予想通りの絶望に携帯から目を逸らすと、テーブルの上には忽然と現れた弁当容器。

しかし抱いていたクッションは相変わらず俺の膝の上にあるし、携帯の待ち受け画面も時計の全画面表示のまま。

つまり俺が影響を与え、また監視していたものは日付を超えても元には戻らなかったという事だ。


でもそれが解ったからどうなるというのか。

このまま、この日を繰り返す事しかできないのか。

そんなまとまらない考えをぐるぐると巡らせる内に、いつしかカーテンの隙間からは青白い夜明けの光が差し始めていた。



53: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:20:45 ID:O1LtQclc


相変わらずの薄曇りの空、玄関のポストにコトンと入れられたのは22日付の新聞だろう。


なぜ今朝は雨じゃないんだ。

なぜ眩い程の日差し注ぐ晴れじゃない。

もう同じ日は要らない、こんな事を繰り返したいんじゃないのに。


俺は腹立たしくなって今更ベッドにうつ伏せ、そしてやがて眠りに落ちた。

しかし解っていた事だが、じきに携帯が鳴る。

俺は不快な眠りに落ちたばかりの意識を拾い上げ、画面も見ずに耳に当てた。



54: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:22:10 ID:O1LtQclc


《あ、早いね。もう起きてたんだ?》

「おはよう…」

《あれ?それにしては寝ぼけ声だね。温泉行きは大丈夫かな》

「…幼馴染、悪いけど温泉行きはまた今度にさせてくれないか」

《え?》


昨日みたいにその場の感情には流されずに、あくまでも事務的に。


「ほんと、ごめん。悪いんだけど」

《…うん、わかった。じゃあ、もう今日は…どこにも行かない?》

「そうだな、やめとく」



55: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:23:03 ID:O1LtQclc


《…風邪でもひいた?》


危うく『そうだ』と言いそうになる。

そう答えれば少しは角がたたない、でも見舞いに来られる可能性があると思った。


「そうじゃないけど」

《あの…えっと、理由…教えてはくれないんだね》

「…ごめん」


暫くの沈黙、彼女は何を思っただろうか。


《…わかった。じゃあね》


いかに事務的に伝えても、心は痛かった。

悲しげな彼女の声色に、俺の苛立ちは更に募る。



56: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:53:26 ID:O1LtQclc


それから流れ星との再会は果たせないまま、時間は流れた。

正確には24時間だけ流れては元に戻り続けた──そう表す方が相応しいのだが。


もう何度目の8月22日だろう。

おそらくは12回か13回、日付を表す術が無いとこんなにも感覚は曖昧になるものなんだな。

俺はその間、様々な事を試してきた。



57: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:54:14 ID:O1LtQclc


23時56分にセットした10分後に鳴る携帯のアラームは、ちゃんと00時05分に動作した。

無論、日付は22日のままでだ。


24時まで注文できる宅配ピザ店に23時50分に頼んだマルゲリータは、00時30分頃届けられた。

起きてしまった母親に文句を言われたが、「食べたくなったんだよ」とだけ言い返した。

伝票に記載されていた注文を受付けた時間は21日23時50分という事になっていた。



58: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:55:23 ID:O1LtQclc


用事もなくビジネスホテルに宿泊してみたりもした。

翌朝、目を覚ましてもそこはホテルのシングルベッドの上。

チェックインの時に受け取った朝食券には22日付のスタンプが押されていたが、朝見ると21日付に変わっていた。


俺がその時どんな所に居て何をしていようと、そのまま辻褄を合わせた22日が来てしまう。

まるで魔法だ。



59: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:56:12 ID:O1LtQclc


そして電波の圏内である限り、七時過ぎには幼馴染からの電話が鳴る。

それを受け、また彼女に悲しい想いをさせる──その不本意なやりとりさえ、三度目を過ぎた頃から罪悪感は薄れてしまったと思う。

もはや流れ星への願いが言葉通りに叶えられてしまったと信じる以外に、現状を理解する術はなかった。



60: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:57:45 ID:O1LtQclc


たぶん14度目の8月22日。

実に10回ぶり以上の間を開けて、俺は幼馴染と温泉旅行へ再訪した。


出来るだけ自然に、出来るだけ楽しんでいるように。

記憶は意識しないように、同じになろうと違う展開になろうと、その場に任せて。

そう心がけたおかげだろうか、良い雰囲気を保ったまま俺達は温泉旅館まで巡る事ができた。



61: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:58:55 ID:O1LtQclc


風情ある建築様式には不釣合いな自動ドアを入って、右手の下足箱に履物をしまう。

ふかふかの絨毯の感触は、靴下だけだと少しくすぐったい。

カウンターに近づくと受付の女性が深々と頭を下げた。


「いらっしゃいませ」

「入浴したいんですが」

「ただ今、貸切露天風呂が空いておりますが、本日は大浴場のご利用でよろしいでしょうか?」


4度目になる女性の言葉、それに対しておれの返答は初めての試み。


「じゃあ、貸切の方で」

「え?」


幼馴染が目を丸くする。無理もない。



62: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 18:59:46 ID:O1LtQclc


「あと今夜は空いてる部屋、ありますか?」

「はい、離れのお部屋のみとなりますが、ご準備できます」

「それでいいです」

「離れには元々、専用の露天風呂がついておりますので、入浴はそちらをご利用下さい。お食事はどうなさいますか?」

「朝夕両方つけて下さい」

「ちょ…男、何を」

「いいから」


当然の反応をする幼馴染を出来るだけ平然とした態度で制し、受付を終わらせる。


「お部屋は離れの『菖蒲』でございます。ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」

「どうも」



63: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:00:54 ID:O1LtQclc


部屋のキーを受け取り、前とは反対側の屋外廊下を進む。

その廊下の両脇もまた日本庭園になっていて、蓮の葉が浮いた池の畔には禊萩が咲いている。

廊下の中ほど、幼馴染の歩みが少し遅れている事に気付き、俺は小さく手招きをした。


左右に降りる木階段、右側の『菖蒲』の表示がある方を降り、備え付けの雪駄を履く。

砂利の海を渡る飛び石は少しごつごつした肌で、よほど下手をうてば転んでしまいそうだ。

俺は何も言わずに手を延べ、彼女は一秒の間をおいてそれを握った。



64: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:01:48 ID:O1LtQclc


離れはこじんまりとしていながらも、中は意外と広い。

俺は畳敷きに置かれた卓袱台脇に座り、ふぅ…と息をついた。

しかし幼馴染は閉めた玄関の戸の内側にもたれ、顔を伏している。


「どうした、入れよ」

「…うん」


招く言葉でようやく卓袱台の側に座る幼馴染。

そして暫くの沈黙。


「なんで、こんな…急に」

「ん?」

「今日は日帰りだって…言ってたじゃない」


相変わらず顔を伏したままの彼女は、緊張した声で尋ねた。



65: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:02:33 ID:O1LtQclc


「泊まるの、嫌か?」

「嫌じゃない…けど、家に何も言ってない」

「…うん」

「それに、私達は…」

「うん、だからはっきりさせようと思う」


この半ば強引な行動の核心に迫る言葉に、彼女は顔を上げる。

その顔は見た事無い位に真っ赤だ。


「幼馴染、今夜は一緒にいて欲しい」


彼女は黙って頷き、そのままもう一度顔を伏してしまった。


「もう一度訊くけど、嫌じゃないな?」

「…嫌なら、部屋に入ってないよ」


かくいう俺も、彼女の返答にほっとする。

離れに入って数分、もうエアコンは効きはじめているのに、喉はからからだった。



66: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:03:28 ID:O1LtQclc


「もしもし…あ、お母さん?えーと、あのね。え?うん…そう、そうなの。…うん、本当に。…うん、わかった…じゃあ」


窓際から午後の温泉地風景を望みつつ、幼馴染は家に電話を掛けた。


「何て言ってた?」

「いきなり向こうから『帰らないんでしょ』って。それから、お父さんには違う事言っといてあげるから…って」

「そうか、よかった」


さすが、朝のからかいは上辺だけでもないんだな。



67: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:04:22 ID:O1LtQclc


「男、本当に信じていい?…私達、付き合ってる?」

「うん。俺はずっと、こうなりたかった」


彼女は相変わらず頬に紅葉を散らしたまま、少し涙ぐんで俺に寄りかかった。

俺の言葉に嘘は無い。

でも少しの罪悪感を感じて、俺はその肩を抱き寄せる事はしなかった。


なぜこんなに急に、強引な行動を起こしたのか。

それは夜、日付が変わる瞬間を彼女と一緒に過ごしたらどうなるのかを知るため。

純粋な恋心故の理由ではなかったから、後ろめたさを感じずにはいられなかったのだ。



68: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:05:32 ID:O1LtQclc


それでもその夜、俺は彼女を抱いた。


やろうとしている事の本質は、自分の疑問を解く鍵を得るための実験に過ぎない。

だからこれは副産物であるはずの行為だ。


それなのにその瞬間だけは行為に心から没頭し、興奮を禁じ得ない。

そんな身勝手な自分に嫌悪感を覚えつつも、俺はただ懸命に彼女を穢した。



69: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:16:56 ID:O1LtQclc


そして、朝。

目覚めるとそこは当然のように旅館の離れ棟だった。

布団の中、隣には裸のままの幼馴染。

まだ微かな寝息をたてている彼女を起こさないよう、そっと布団を抜け出す。


携帯の画面を立ち上げてみる。

日付は8月22日のまま、時刻は7時15分。

また日付は繰り返している。



70: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:17:49 ID:O1LtQclc


では、彼女はどうだ。

彼女も俺と共に、彼女にとって二度目の今日を過ごす事になるのか。


日が上り多少暑くなってきた7時30分、エアコンの効き具合を変えようとリモコンを操作すると、ピッ…という電子音が鳴ってしまった。

それによって、幼馴染が目を覚ます。


「ふぁ…おはよう、男」

「おはよう」


上体を起こした彼女は自分があられもない姿でいる事を思い出し、素早く薄い掛け布団を自らに纏った。



71: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:18:41 ID:O1LtQclc


「向こう行ってるから、服着なよ。朝飯食べに行こう」

「う、うん」


洗面所で少し待つと『もういいよ』と、かくれんぼの口調で声がかかる。

服を着た幼馴染は余所行きのワンピースではなく、以前から見慣れたブラウスとキュロットという姿だった。

やはり多少は泊りがけになるかもしれないと覚悟していたんだな…と思うと同時に、不覚にも目頭が熱くなる。

彼女のその姿に、この無情な時間のループが始まる前に戻れたような錯覚を感じたから。



72: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:19:23 ID:O1LtQclc


「…ん」


俺はそんな女々しい想いを紛らわすように、予告もせずに彼女に口づけた。

まだ慣れない動作に、俺よりも少し小さな身体が僅かにこわばる。


「もう、まだ歯みがきしてないのに」


触れた唇が離れると、また頬を朱に染めて幼馴染は小さな恨み言を零した。


「俺は今の間にしたから」

「ずるい、じゃあ私もする」


俺と入れ替わるように彼女は洗面台へ向かう。

きっと歯を磨くより先に、火照った顔に水を掛けるつもりだろう。



73: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:20:30 ID:O1LtQclc


相変わらずの薄曇り、世界には同じ時間が流れている。

それでも朝から今までに無い行動を取っているだけに、その日の空気はどこか新鮮に感じられた。

幼馴染の話す事も全てが真新しい、初めての言葉達。


ただ記憶の中でこの温泉地に着いた午前10時頃になれば、どうだろうか。

その内、川沿いの歩道では黒猫が走るだろう。

橋の下ではたくさんの鯉が、餌を持った人間が来るのを待ち構えているに違いない。

それが、どうしようもなく怖かった。



74: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:21:12 ID:O1LtQclc


この街をもう少し歩きたいと言う幼馴染を押し切って、俺は彼女の手を引き駅へと向かう。

あと二駅先にあるという渓谷へ、とにかく行った事の無い所へ行きたかったから。


幸い幼馴染もそこへ着いてしまえば、それはそれで悪くは無かったようだ。

美しい渓流を眺めながら遊歩道を散策したり、水に足を浸して涼んだり、俺達は満たされた時間を過ごした。



75: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:21:53 ID:O1LtQclc


「この服、持ってきといてよかった」

「ああ、昨日のワンピースじゃ此処には来られなかったな」

「まして足を浸すなんてねー」

「でも着替え持ってきてるって事は、泊まる気だった?」

「もう、馬鹿。女はもしもに備える物なんだよ?」


これが、幸せなんだろう。

例え俺にとっては、このひと時が仮初めのものだとしても。



76: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:23:30 ID:O1LtQclc


帰りの列車。

もう空は茜を過ぎ、藍色を強くしている。


俺はぼんやりと車窓を眺めながら、不機嫌な顔にならぬよう心掛けて物想いに耽っていた。

幼馴染と結ばれ、どんなに満たされた一日を過ごしても、一度離れた夜を過ごせば彼女の記憶はリセットされてしまうだろう。

嫌というほど解っていても、あまりにやるせない。


日付を跨ぐ時に携帯で通話をしていたら、彼女の記憶を繋ぎとめる事は出来るのだろうか。

でもそれをいつまでも繰り返す事など無意味だ。



77: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:24:23 ID:O1LtQclc


目を向かいに移すと、幼馴染がバッグから手帳を取り出そうとしていた。

タータンチェック模様の表紙のルーズリーフ。

ぺらぺらと頁をめくり、背表紙に挿していたペンで何かを書き込む。


「…日記か」

「うん、覗いちゃだめよ」

「言うと覗きたくなるな」

「大した事は書いてないけど、でも見せない」


今の俺にとって日記ほど用の無い物もないな…と考え、心がちくりと痛んだ。



78: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 19:25:07 ID:O1LtQclc


「記念日だったからね」

「…記念日」


しかし次の幼馴染の台詞に、俺は心が軋むどころか愕然とする事になる。





「8月21日、私達の記念日でしょ?」





81: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:21:34 ID:O1LtQclc


当たり前だった。


今日は8月22日なのだ。

つまり俺達が結ばれたのは、彼女にとっては21日だった事に変えられている。

俺に22日を繰り返させるために、見えない力によって辻褄が合わされている。


でも、違う。

本当は違うだろう。

俺達の記念日は8月22日だ。


「…違う」


その瞬間、俺の中で何かが音をたてて崩れた。

24時間を幾度も繰り返す間に少しずつ理解しては押し殺し、宥めすかしてきた感情の、たがが外れた。



82: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:22:40 ID:O1LtQclc


「え?」

「それは俺じゃない」


だって21日の俺はバイトをしていた。

お前との小旅行のために汗を流し、20日締め月末払いの給料を店長に無理を言って先に貰った日だ。

店長は『楽しんでおいで』と、少し色をつけてくれた。

寝る前に『明日、楽しみだな』ってメールした、お前は『新しい服着て行くからね』って返信してくれたじゃないか。


それが、俺の8月21日だ。



83: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:24:05 ID:O1LtQclc


「男、何を言ってるの?」


お前の記憶の中でその日を過ごしたのは、本当の俺じゃない。


「違うんだ…」

「何が違うの?どうしちゃったの…」


途端に全てが偽物になった。

目の前の幼馴染も、今日の幸せも、愛しあった二人も。


消えればいい、そもそもこれは実験だったんだから。

昨日囁いた愛は所詮、今夜24時に切れるシンデレラの魔法だった。

種が暴かれた今、律儀に日付が変わるまで信じてる必要なんかない。



84: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:25:23 ID:O1LtQclc


「ごめん…」

「何を謝ってるのか解らないよ」

「…ごめん」


それから家まで、どうやって帰ったかさえよく覚えていない。

幼馴染は『疲れたんだよ』とか『色々あり過ぎたね』と俺を気遣う言葉をくれたけど、どうでもよかった。

コンビニの前で空を見上げる事もせずに、ただ偽物の幼馴染と早く別れたかった。



85: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:27:00 ID:O1LtQclc


部屋に戻った俺はベッドに伏せて泣いた。


これからは独り、知らない所へ行こう。

一日ずつを新鮮に感じられる、新しい街を点々とすればいい。

金が尽きたら部屋に戻って、財布を自分の棚に押し込んで一晩たてば中身は戻る。


そしてまた違う街へ、初めての所へ。決まって7時過ぎに鳴る電話なんて出なければいい。

幼馴染も知り合いも全て偽物なら、いっそ知らない人しかいなければ判らないだろう。



86: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:27:58 ID:O1LtQclc


例え自ら死んだって、どうせまた部屋のベッドで目覚めるに違いない。

本当の俺はあの流れ星を見た夜に死んだんだ、もう記憶も薄れかけた最初の8月22日に。

本当は忘れたく無い記憶など、その一度しかないのに。


だから最後にもう一度だけ、あの日を過ごそう。

俺が俺だった最後の8月22日をもう一度だけ記憶に刻みつけて、その後は偽物の世界に溶けて混じって、消えてしまえばいい。



87: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:30:38 ID:O1LtQclc


携帯が鳴る。


着信中『幼馴染』


あの時の俺はどの位の間をもってそれに出ただろう。


「もしもし…おはよう」

《おはよう、男。もう起きてた?》


思い出せ、俺はどう答えた?


「うん、着替えてたよ」

《じゃあ私の勝ちだ、私もう用意できたもん》

「はいはい、負けた負けた。すぐに行くから待ってて」


少し言葉は違ったかもしれないけど、このやりとりは覚えている。



88: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:32:00 ID:O1LtQclc


コンビニ弁当の容器を台所のゴミ箱へ押し込み、母親に『行ってきます』と告げて。

彼女の家の呼び鈴を押して。


「可愛いじゃん、服」


出てきた彼女の服を褒めて、そのあと彼女の母がからかう台詞を言って。

コンビニの前には品の悪いセルシオが停まっている。

駅の階段、一番上で彼女がつまづいて。


「痛ぁっ!」

「大袈裟だな、ほら」


起きる時に手を貸して、そういえば手を握るの久しぶりだな…って、その時考えたはずだ。



89: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:33:28 ID:O1LtQclc


列車は7分遅れで着くけど、到着する時間はほとんど遅れない。

トンネルとトンネルの間では道行く子供が手を振ってきて、幼馴染が振り返して。

それから車内アナウンスの後、彼女は居眠りをする。


温泉地についたら石畳の小道を歩き、最初はオルゴール館を併設した土産物店へ。

星に願いをのメロディが少し心に影を落とすけれど、あえて気にしない。

できるだけあの日の気持ちで、あの日の顔で。



90: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:44:16 ID:O1LtQclc


川沿いの遊歩道では二人の後ろを黒猫が走る。


「前を横切るんじゃなくて良かったね」

「お前、そういうの気にしないくせに」

「あはは、まーね」


ご当地のハンバーガーを頬張る幼馴染が目を潤ませて、慌ててジンジャーエールのストローを口に含む。

そのあと彼女は「こんなに辛いなら甘い飲み物にすればよかった」と後悔を露わにする。



91: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:52:38 ID:O1LtQclc


川の鯉に餌をあげて、石橋の上で写真を撮って。

午後三時頃から旅館へ向かい、途中の露店で組み紐のストラップを買って。


「お揃いだねー、照れるねー」

「口に出すとあんまり照れて無さそうに聞こえるな」

「男、照れ隠しって知ってる?」

「知ってるさ。今、俺がした事だからな」


思い返せば、これはなかなか秀逸な回答だった気がする。



92: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 20:58:30 ID:O1LtQclc


旅館の屋外廊下から見る庭園には百日紅の花。

温泉の湯はぬる目で長風呂してしまうけれど、幼馴染はもっと長い。

先に上がった俺は『先に出たから、俺だけアイス食べるよ』とメールを入れて。

10分遅れて出てきた彼女に『ずるい』と文句を言われて、ハーゲンダッツを買ってあげようとしたら『これがいい』とメロンシャーベットを渡されて。


「これが好きなんだよー」

「昔っからな」


旅館を出るとすっかり風が涼やかになっていて、あまり汗をかかずに駅まで歩いて。

乗り換え一度、地元の駅に着いた頃にはすっかり暗くて。

大通りから外れたところで黙って右手を出すと、一瞬の躊躇いの後に彼女がそれを握り返す。


そう、こんな一日だった。



93: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:00:02 ID:O1LtQclc


これが俺の本当の8月22日、最後の本当の記憶。

できるだけそれをトレースしたつもりだった。

どうしても今その時を過ごすというより、懐かしい記憶を思い返しているような気持ちになってしまったけれど。


でも二度と忘れない。

この記憶には、決して何も上書きしない。


だからもうこれ以上、幼馴染と過ごす8月22日は要らない。



94: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:08:45 ID:O1LtQclc


お互いの自宅まであと少しの帰り道、その温度まで記憶に刻もうと繋いだ手に意識を集めた。

50m程先の歩道を、あのコンビニの明かりが照らしている。


あそこで、あの星を見てしまったんだったな。

そして言葉足らずな願いを唱えてしまった。

それまでトレースしようとしても、きっと星は流れないのだろうけど。



95: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:10:10 ID:O1LtQclc


「…ろ」


その時、幼馴染が何かを呟く。

そうだった、確かあの日もそう思ったけど気にしなかったんだ。


「今、何か言った?」


この質問は本当にあの日を再現したいならするべきでない事。

でもこれが最後だと思ったら、彼女の言葉の全てを覚えておきたくなった。



96: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:11:58 ID:O1LtQclc


「うん…さっきから、流れ星がふたつも流れたんだよ」

「ふたつも?」


ああ、そうだった。

二度目の今日を過ごした日、上ばかりを向いていた俺もそれを見たっけ。


「男、見た?」


でも今回は、そして最初の日は上を向いていなかったから。



97: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:19:48 ID:O1LtQclc


「いや…見てない。見たかったな」


そう答えた俺に、幼馴染はにやりと笑いながら、繋いでいない右手の人差し指を立てて言った。


「大丈夫だよ」


彼女はこの仕草をよくする。


「何が?」

「ふたつめの流れ星、結構長かったんだ。だから」


そして俺は何となくそれが好きだ。







「男のために『もうひとつ流れろ』って願っといたから」







98: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:26:01 ID:O1LtQclc


幼馴染は立てた人差し指で、俺のほっぺたをつつく。

さっき、そして最初の日に彼女が呟いたのは、その願いだったのか。

ちょうどコンビニの前だ、見れば花火を提げた子供が店から出てくるところだった。


「楽しかったねー」


そして、まさか。


「そう…だな」


その願いが。


「今日みたいな日が毎日ならいいのにね…?」



99: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:26:59 ID:O1LtQclc


言葉の意味はよく解る。でもあの時も今も、気の利いた返事は用意していない。

すっかり暗くなった住宅街、よく立ち寄るコンビニの前を通り過ぎる時、俺は立ち止まり夜空を見上げた。


…その時だった。

辺りが明るくなる程の大きな流れ星。

とっさに俺は言った。





「今日みたいな日がずっと続きますように」





100: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:28:13 ID:O1LtQclc


定間隔の振動音。

蚊の鳴く程の音量から次第に大きくなるメロディ。

携帯が鳴っている。


『アラーム 8月23日 金曜日 8時00分』


俺はその衝動を止めると、幼馴染に電話をかけた。

接続を待ちながらカーテンを開けると、快晴の空。


《もしもし?おはよ、どうしたの早くから》

「おはよう。幼馴染…今日、逢えないかな」

《昨日、一日中いっしょにいたのに?…いいけど》

「9時頃行くから、用意してて」



101: ◆M7hSLIKnTI:2013/09/06(金) 21:29:06 ID:O1LtQclc


可もなく不可もなく、平々凡々とした毎日。

もう一度訪れた境遇を表現するなら、それが相応しいと思う。

でも、一日として同じ日を過ごす事など無い。


果たして今日、彼女一歩手前の幼馴染の手を握り、目の前のラインを踏み越える事はできるだろうか。

きっと失敗を恐れる今の俺は、幾度目かの記憶で彼女を口説いた俺のように強気にはなれない。


たとえ下手を打って失敗したとしても、24時を過ぎたらリセットされればいいのに。

幼馴染の家の呼び鈴を押しながら、俺はそう思った。



【おわり】



.

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