がらくた処分場

星と占いと四番街の迷い猫【第一部】(原題/「セクサロイド? お前が?」 「そうじゃ、おかしいか?」)



1 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:46:00 ID:10ask4Xc [1/23]


「セクサロイド? お前が?」

「そうじゃ、おかしいか?」


怪訝な表情を浮かべる少年に、少女の姿をしたロボットが歩み寄る。

身長はなんとか140cmあるくらい、そのボディには男性の本能を刺激するほど目立った起伏は無い。

顔立ちも普通の少女と思えば充分に可憐だと言えるが、モデルのような絶世の美女というわけでもなかった。

人工的に造られるロボット、それも性欲の捌け口となるべきセクサロイドなら『顔も身体も非の打ちどころが無い美人』に仕立てるのが定石だろう。


少年はスラムで暮らす貧しい身。

セクサロイドを購入する金も、それを集めた娼館に行く事もない。

彼は仲間と手分けをして『最近現れる縄張りを荒らすチビ』を探すために廃倉庫地区へと入り、この妙な少女と遭遇した──



2 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:48:21 ID:10ask4Xc [2/23]


………


…10分前、廃倉庫街


「──誰かいるのか?」


倉庫と呼ぶにも小さな廃ガレージのドアを開け、呼び掛ける少年。

返事は無かったが、代わりにガタッという物音が『何者かが存在する』事を彼に教える。

ドアを全開にして中に光を取り入れると、女性と思しき声が響いた。


「来るなっ!」


彼女は服を着替えていた様子で、背中を露わにした状態でガレージの隅に立っていた。


「……野良ロボット!?」

「くそ、見られてしもうたか……」



3 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:48:59 ID:10ask4Xc [3/23]


シリコンの皮膚は人間のそれと区別はつかないものの、肘や肩・腰といった可動域の大きな関節には隙間があり内部パーツが覗いている。

そして彼女には、人間の管理下に置かれた登録済みロボットの証である『首輪』が無かった。


『見られてしまった』という言葉、危機を感じ歪んだ顔。

彼女は表情や感情を再現できるよう造られた人間型ロボットなのだ。

しかし現代ではそういったロボットはより人間の外見に近く、シームレスな皮膚パーツで覆われているのが普通だ。

故に彼女はかなり旧式の個体なのだろう……と、少年は思った。


「最近、四番街を荒らしてるのはお前か?」


少年は声の震えを悟られないよう努めて尋ねる。

野良ロボットは危険な存在、街頭のビジョンでも新聞でもそう謳われている事は知っていた。


「……野良を見つけて最初に問うのがそれか? 貴様さてはスラムの小僧か」

「答えろ!」



4 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:49:47 ID:10ask4Xc [4/23]


「荒らす、とは心外ぞ。儂が必要とする物は貴様らが盗む事を疑われるような物ではないからの」


自分を発見したのが一般人の少年だという事を察し、表情を和らげるロボット。

少年もまた、眼前の彼女が『言葉も通じない獣』ではない事にいくらかの安堵感を覚えていた。

彼は野良ロボットが危険な存在だという事は知っていても、それがどういう意味で危険なのかはよく解っていない。


「儂は確かに貴様らの街には行った。しかしそこで調達したものは水と衣類だけじゃ」


彼女は手にした白い布をひらひらと振り「それとも貴様もこれが要るのか?」と悪戯な口調で言った。

少年は最初その布が何か判らなかったが、彼女が服の裾からそれを穿こうとする動作で気づき咄嗟に目を伏せる。


「う、うるさい! 女物のパンツなんか穿くか!」

「お? 初心なんじゃの?」


彼女はそんな少年を見て、けらけらと笑っていた。



5 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:50:28 ID:10ask4Xc [5/23]


「盗んだものが水や女物の服だけだったとしても、縄張りで勝手な真似を許すわけにはいかないんだ」


気を取り直し、できるだけ毅然とした態度で少年は告げた。


「そうか……まあ、ここもそろそろ発とうとは思っておった。すまんかったの、小僧」

「逃げる気か?」

「そりゃあ逃げるわ、貴様は麓に降りれば儂の事を通報するじゃろう?」


野良ロボットは見つけ次第、そうしなければならない決まりだった。

通報を受ければ直ちに捕獲部隊が出動し、個体を確保する。

その後、捕らえられたロボットがどうなるのか少年は知らない。


「僕はお前を皆のところに引っ張って行かなきゃならない」

「ほう、貴様のような小僧がロボットを? 儂がどういうタイプかも判らないのに……か?」


野良ロボットが不敵に笑み、少年との間合いを一歩詰めた。

もし外観に反し彼女が戦闘タイプのロボットだったら、少年に勝ち目は無い。



6 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:51:08 ID:10ask4Xc [6/23]


「……いや、はったりはよそう。戦闘タイプと思われれば余計に危険視される」

「どういう意味だ」

「儂の運動性能はさして高くはないという事じゃ」


ガレージの出入口は少年の背後のドア以外にも側面に大きなシャッターが存在するが、床まで閉じられている。

たとえ鍵が掛かっていなくとも、それを開けるまでに少年がロボットを取り押さえる事は容易だろう。

運動能力に長けていないという言葉が正しければ、彼女には逃げ場が無い状況だった。


「率直に言おう、見逃して欲しい」

「それが通ると思うのか」


要望を即座に断る少年、野良ロボットは俯いて「そうか、仕方ない」と呟く。

そして数秒後、もう一度顔を上げた彼女は別人のように妖艶な眼差しで少年を見つめた。


「見逃してくれれば相応の見返りを払おう。その年頃なら嫌いではあるまい──?」



7 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:51:41 ID:10ask4Xc [7/23]


………


…現在


「──セクサロイドだとして、だから何だよ」

「決まっておる、儂の初の相手をさせてやると言っておるのだ」


言葉の意味を理解すると、少年は顔を紅潮させた。

相手はロボットだ、しかも服を脱げば見るからに機械感のある旧式のポンコツだ……彼は自分にそう言い聞かせ、冷静さを保とうとした。


「やめろよ、とてもセクサロイドなんかには見えないぞ」

「貴様、女も知らん小僧の癖に儂を愚弄するか」

「その通りだけど勝手に決めつけるな」



8 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:52:17 ID:10ask4Xc [8/23]


はだけかけた着衣の隙間から肌色の曲線が覗き、見まいとしても少年の視線はそこに吸い寄せられる。

しかしそのカーブはあまりにも緩く、ほぼ直線に近いものだった。

それは理性を手放すまいとする少年にとっては救いであり、彼を誘惑するロボットにとっては──


「だっておっぱいも壁みたいじゃんか!」

「む、胸の事は言うでないっ!!!」

「おかしいだろ! セクサロイドってもっと、こう…!」

「あー! うるさいうるさい! どいつもこいつも、そんなに大きいのが好きかあああぁっ!!」


──古傷を抉るコンプレックスだった。

そして彼女は誰が頼んでもいないのに、少年に対し自らの過去を語り始めた。



9 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:53:21 ID:10ask4Xc [9/23]


「……儂が造られたのは2038年、人型のロボット技術において次々と革新が起きた頃じゃ」

「2038年? 50年も前じゃないか、どうりで」

「どうりで何じゃ?」

「い、いや……」


少年が生まれるよりもずっと前、西暦2045年に日本の人口は1億人を切った。

ただしあくまでそれは人間の人口の話であり、その時代には既に様々な形でロボットの実用化が進んでいた。

家事ロボットが夕飯の買い物をし、無機質な工事用ロボットが道路のメンテナンスをしているのは当たり前の光景だった。


多くの人型ロボットには人間と同様の思考能力や表情を再現する機能が与えられ、外観的にはロボットだと判らない。

その時代、先進国における人間の生活には大きな変化が起こったのだ。


しかしその変化は、良い結果だけをもたらすものとはいえなかった。



10 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:54:13 ID:10ask4Xc [10/23]


それまでに進んでいた深刻な格差社会の形成、ロボットの活躍はその下層の人々に大きな打撃を与えた。

貧富構成のピラミッドにおいて土台を築く者達は『ロボットを投入するよりもローコスト』と判断されるような仕事にしか就けなくなってしまったのだ。

日本人が途上国の外人部隊へ出稼ぎに赴いたり、30〜40代女性の死因の最たる理由が性感染症になるなど、今世紀初頭には誰も想像しなかったであろう事が現実となっていた。


そのような時代が生んだもののひとつが多数の孤児達、少年もその一人だ。

街には各所にスラム化したエリアが生まれ、貧しい者達や全ての孤児はそこに集まり自然と隔離されていった。


その後、2050年代に入るとロボット達の高効率な生産活動が軌道に乗り、食物の自給量は大幅に増す事となった。

スラムには食料の配給が行われるようになり、児童の死者数は激減する。

配給は栄養バランスの整えられた固形食品をはじめとした味気ないものだが、少なくともそれを食べていれば飢え死にする事はない。


ただそのシステムは『スラムの住人は政府に生かされているだけの不要物』というイメージを人々に植えつける副作用を孕んでいた。

中流以上の階級に属する者はスラムから目を背け、スラムに暮らす者は自己の価値を見失う。

そんな死者のように生きる日々から脱する事を望んだ者が、海外への出稼ぎや貧民街での身売りに己を投ずるのだ。



11 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:55:26 ID:10ask4Xc [11/23]


しかし子供達はまだ戦場に赴く事はできない。

多くの少女も、自らの身体に値札をつける事には踏み切れない。


ただ生きているだけの貧しい暮らしの中、横行する犯罪から身を守るために孤児達は自然とグループを形成するようになる。

そのグループ自体が窃盗などのケチな罪を働くようになってしまうケースも多いが、少年が属する四番街を縄張りとした一団はそうではなかった。

だからこそ四番街で悪さをする余所者を放っておくわけにはいかなかったのだ。


「儂は人間の表情や感情を完璧に再現できる革新的な量産型セクサロイドとして世に出た」

「いや、だからそもそもの見た目が……」

「初期ロットとして約100体が造られ、富裕層を相手に売られたのじゃ」


野良ロボットは自分のペースで語り続ける。

少年がその内容に興味を持っているかどうかはまるで関係ない様子だった。



12 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:55:58 ID:10ask4Xc [12/23]


「儂にもすぐに買い手がついた、まあ当然じゃな」

「異議あり」

「却下する。……しかし納品の日、客はその時になってメーカーオプションを希望したのじゃ」


そこで言葉に詰まったロボットは少し下を向き、拳を握り小さく震わせた。

今まで勝手に喋っていた彼女だが、その続きを言う事には躊躇いを感じているようだ。


「オプションって何の?」


少年は不本意ながら続きを急かした。

別に興味が出てきたわけではない、早く話を終わらせてこのコソ泥を仲間のところへ連行したいだけだ。

手分けをする時、仲間達と『16時には住処にしている廃ビルに戻ろう』と約束した。


「カタログで見たイメージ以上にバストが小さい、Fカップのオプションに変えてくれ……と」


しかし語られた理由はあまりに切なく、少年は小さく「うわぁ」と零した。



13 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:56:30 ID:10ask4Xc [13/23]


「そして数日後、部品交換のために一旦メーカーに送り返される手続きを待っていた時、悲劇が起きた」

「さっきのも相当な悲劇だったけど」

「ライバルメーカーから身体の稼動部に継目が無く、もっと身長が高く、脚が長く、最初から豊かな胸を備えたモデルが発表されたのじゃ……」

「痛たたたた」


暗い過去を語った事で彼女の口調は重く、少し断片的なものになった。

結果的に彼女は購入者からキャンセルされ、その後も数年に渡り売れ残ったのだ。

そしていよいよスクラップにするためメーカーに返品される運びとなった時、逃げ出して野良ロボットになったのだという。


「当時はまだ野良ロボットの危険性について、今ほど大袈裟には言われてはおらなんだ。それから今まで儂は居を移しつつ隠れ暮らしてきたのじゃ」

「野良ロボットって、なにがそんなに危ないんだ?」

「ん……? なに、知らぬなら気にせんでいい。単に点検も受けずに長くを生きたというだけの事じゃよ」



14 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:57:15 ID:10ask4Xc [14/23]


経緯を聞いた少年の中には、この野良ロボットに同情する気持ちが芽生え始めている。

よく彼は仲間から『甘い』と言われるが、それは本人にも否定できない生来の性格だった。


「本当に水や服しか盗んでないんだよな?」

「もちろんじゃ、儂は食い物は要らん。循環装置の水さえ補給できれば良い……不純物の多い水では駄目なのじゃが」


望まぬ経緯で野良になり、50年も独りで暮らしてきたロボットを今さら捕獲部隊に引き渡す事に、彼は気が進まなかった。

それに捕獲部隊も警察も、相手がスラムの子供だと判った時点でコソ泥ではないかと疑ってかかる。

彼としてもそのような大人達との接触は望む事では無い。


「……見逃してくれる気になったようじゃな、ありがたい事じゃ」


しかし少年は当初考えていた以上に廃倉庫地区の奥地にまで入ってしまっており、そもそも予定の時刻に戻る事は難しかった。

そこで更に時間を食ったのだ、帰りは17時さえ大きく回る。

『何事も無かった』と仲間に説明したところで理解を得る事は難しいだろう。



15 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:58:24 ID:10ask4Xc [15/23]


「……見逃しはしない、でも通報もしない」

「なに?」


スラムの住人の余所者に対する警戒心は強い。

しかし少年の属するグループの仲間は長く付き合えば気のいい者達だ、それは誰より彼が知っている。


「幸いお前は身長も顔立ちも、僕らの歳と変わらなく見える」

「……だからどうしたというのじゃ」

「みんなのところへ来てもらう。そうすれば僕も顔が立つし、許しが出ればグループに加わればいい」


ずっと独りでいた野良ロボット、群れる事は嫌うだろうと思いつつ少年は提案した。

何をバカな事を、彼女はそう言って一笑に付すに違いない。

そしてその返答は、やはり言葉だけを捉えれば思った通りのものだった。



16 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:58:55 ID:10ask4Xc [16/23]


「何をバカな事を、スラムの小僧共とはいえ野良ロボットを人間のコミュニティが受け入れるはずがなかろう。……なかろう?」


ただ彼女は何故か、その言葉の最後を疑問形とした。


「解らない。でも僕はそうするのも手だと思うし、みんないい奴だよ」

「儂が非力なセクサロイドじゃからといって、仲間全員で慰み者にするつもりではあるまいな」

「ば、馬鹿言うなっ! 仲間には女もいるんだぞ!」


ロボットの目に少年が嘘をついているようには見えなかった。

それにもし彼がそんな事を考えているなら、先ほど口封じのために彼女が迫った際も断っていなかっただろう。


「嫌なら無理に仲間になれとは言わない、でもみんなの前で事情は話してもらう。じゃないと僕が困るんだ」

「そうでなければ通報する……か」

「したくはないけど、僕も何があったかは説明しなきゃいけないしね」



17 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 10:59:51 ID:10ask4Xc [17/23]


少年自身は気にしてもいないが、彼は捕獲部隊に対する通報を『したくない』と言った。

彼の言葉は眼前のロボットを気遣ってのもの、少なくとも今は敵意では無い感情をもって話している事になる。


「……解った、従おう。どちらにせよ逃げる事は敵わんじゃろうしな」

「どっちだ? 単に事情を説明するだけか、できる事なら仲間に入りたいのか」


もし本当に彼らの仲間になる事ができれば、今後は人の来ない場所に隠れ潜む必要は無くなる。

50年間も逃げ延びてきた彼女だ、危険を回避する能力には長けてはいるが『隠れずとも紛れる事ができる』環境は、より安全かもしれない。

彼女が野良ロボットであるという点をスラムの仲間が受け入れた上で隠してもくれるなら、メリットは大きいだろう。

しかし今、彼女の胸中にあるのはそういった損得勘定だけではない。


「仲間に……入りたい」



18 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 11:00:29 ID:10ask4Xc [18/23]


ずっと孤独に生きてきた彼女は『寂しかった』のだ。

今までそんな意識を持った事はない、最も戸惑っているのは彼女自身だった。


「儂は受け入れて貰えるじゃろうか」

「だから解らないってば、でも僕もみんなに頼んでみるよ」


妙な事になったとはいえ、これで少年も仲間への言い訳が成立する。

彼はロボットである事を隠せるだけの服を着込んで自分について来るよう指示をした。

首や手首、足首といった目につきやすい部位には皮膚パーツの継ぎ目は無く、秋めいた今なら長袖を着込んでいてもおかしくはない。


「待たせてすまん、参ろう」

「うっ……」


少年は言われた通りに服を着た彼女を見て『着衣での行為が前提なのかも』などと想像してしまい、思わずぶんぶんと頭を振った。



19 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 11:01:24 ID:10ask4Xc [19/23]


………


…四番街付近


「──怪しまれてはおらぬじゃろうかの?」

「着込んでれば普通に見える、おどおどする方が怪しいよ」


通りは買い物や帰宅中の人が多い頃、もっともその内の半数ほどは首輪を着けられたロボットだ。

比較的新しい人型ロボットなら、もはやその首輪の有無以外はっきり人間と見分ける術はない。


首輪は10年ほど前までは政府から発行される地味なものしか着ける事を許されなかった。

しかし規制が緩和されてからは様々なデザインのものが市販されるようになり、今では専門店さえ存在する。

ただしそれらの市販品も政府機関による厳重な検査が行われ、取り付け作業はロボット管理局の認可工場でしか実施できないよう決められていた。



20 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 11:02:09 ID:10ask4Xc [20/23]


「いっその事、形だけでも首輪を着けられたらいいんだろうけどな」


少年は周囲に人がいないタイミングを見計らいつつ、小声で言った。

隣を歩くロボットは今まで人の多いところを堂々と歩いた事などないため、周囲の視線が気になって仕方ない様子だ。


「取り付け登録を行っていない首輪からも『未登録』の管理信号は発されておるし、勝手に着けても野良の目印になるだけじゃ」

「そんなの知ってるよ。ただ、そうすればお前も人目を気にしなくていいのになって」

「……まあ、そうじゃな」


少しの間を置いてから肯定の答えこそ返したが、彼女の表情は本心から頷いてはいないように見えた。


「──はい、買い物は終わりました。間もなく迎えに到着し帰宅いたします」


二人の向かいから、チェック模様の綺麗な首輪をした若い女性型ロボットが近付く。

片耳に着けたインカムで主人と通話をしているようだった。


「……いいえ、とんでもない。帰り道で坊ちゃんのお話を伺うのは私の幸せでございます──」



21 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 11:02:52 ID:10ask4Xc [21/23]


ロボットの首輪からは個別番号を割り当てられた『登録済み・未登録』いずれかの信号が発せられている。

それは街のいたるところに設置されたビーコンで監視されていて、どのロボットがいつ・どこを通ったのかは全て記録される仕組みだ。

現在ではロボットの体内にも識別情報の発信機を埋め込む決まりになっており、主要な道に配された複合ビーコンなら首輪の無いロボットも捕捉できる。

故に体内に発信機を持たない旧式の野良ロボットこそ、最も捕獲が難しいのだ。


「信号の出てない見せかけだけの首輪とかしたらどうなんだ?」

「パトロールの者は携帯式のビーコンを持っておる。首輪をしながら信号を出さない者など、すぐに肩を叩かれてしまおう」


先ほどと同じように、二人は周囲に人がいない時を狙って話す。

スラムまではあと少し、人通り自体も減ってきていた。


「……それに、儂は偽物の首輪を着けたいとは思わんよ」

「縛られるのは御免だって?」

「いや──」



22 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 11:03:35 ID:10ask4Xc [22/23]


「──儂もロボットじゃ。本当の意味で主人に首輪を与えられ、尽くす事ができたら……と思う」


彼女は口元だけの笑顔を作り「スクラップを恐れ逃げ出した身には到底無理な話じゃ」と続けた。

その笑顔はとても切なげで、少年はそこにロボットとは思えない人間臭さを感じた。


ほとんどの店舗が潰れてシャッターを下ろした商店街の入口には、錆びた看板に『四番街』の表示がある。

そこを入って二本目の角を右に折れれば、間もなく少年達が住処とする廃ビルだ。


食料配給は週に一度、水曜日の夕方に今の商店街入口で行われている。

少年は『今日が水曜じゃなくて良かった』と考えながら、廃ビルへ続く路地の曲がり角で野良ロボットに手招きをした。



27 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:35:28 ID:KcFwYJCo [1/3]


………


…廃ビル、1Fホール


「──本当に凶暴じゃないのか?」


グループの仲間の一人であるサブローが、少年が連れ帰った野良ロボットを訝しげに見ながら言った。

彼は少年より少し年上だが、ポジションの上下はほとんど無い兄弟分といった関係にあった。


野良ロボットを受け入れるか否か、それを協議するこのホールには普段そこに無い緊張感が漂っている。

メンテナンスがされなくなって久しい建物は細かな部分で老朽化が進み、1階の天井裏のどこかには雨水が溜まるようになっていた。

ホールの隅ではそれがにじんだ雫がいつも落ち続けており、沈黙が訪れる度その音だけが時を刻む。


「野良になった経緯も話しただろ。それに強かったら僕なんか振り切って逃げてるよ」

「ジロ兄ちゃん、夕方に出たきり今夜は日雇い現場の夜間作業だって言ってたしなぁ」


グループは少年を含めて六人、今『ジロ兄ちゃん』という名を出したのが末の弟分にあたるゴローだ。



29 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:41:54 ID:KcFwYJCo [3/3]

「いいじゃない、私は女の子が増えるのは賛成だよ。ハナもそうでしょ?」

「チョーウケルー」


メンバーに女性は二人いる。

野良ロボットの同居に賛同したのが百合子で、もう一人が花子。

本人達は『ユーリ』と『ハナ』だと言い張っている。

百合子は少し気が強く、思った通りの内容を発言する事を辞さない。

花子はいつも百合子に連れ添い、にこにこと笑いつつ適当な相槌を打っている。

はっきりした歳は本人達にも判らないが百合子は15歳くらい、花子はそれよりひとつかふたつ上くらいだろう。


『ジロ兄ちゃん』と名の挙がったジローは現在、グループのリーダー的なポジションに就いており18歳と最も年長者でもある。

サブローとゴローの間に位置する少年の名はシローで、皆からは語尾を延ばさず『シロ』と呼ばれている。


それぞれ名前は、ここに仲間入りした時に適当に割り振られたものだ。

その名づけ親は今はスラムにいない初代リーダーのタローで、メンバーは『タロ兄ちゃん』と呼び慕っていた。

彼が最初に仲間に引き入れた二人に名前が無かったためジローと花子と呼ぶようになった、それが彼らの『適当な名づけ』の始まりだ。



30 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:43:09 ID:pAXOGJoA [1/13]


「ねえ、名前はあるの?」

「名前……? 儂の事か?」

「そうに決まってるじゃない、いつまでも野良ロボットって呼んでるとかおかしいよ」

「SD-01という型式名ならあるが、それ以外は無いぞ」


それを聞いた百合子はいかにも嬉しそうに「じゃあ決めなきゃ!」と目を輝かせて言った。

シロは現リーダーであるジローを抜きに事を進めすぎては不味いと思ったが、既に彼女は『サクラ』や『スミレ』など自分達になぞらえた候補を挙げ始めている。


「野良ロボットなんだから『ノラ』でいいじゃん、喋り方も婆さん臭いし」


サブローもふざけ半分で名づけの協議に参加してしまい、ロボットの名前を決めるところまで話が進むのは確定的になった。



31 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:44:09 ID:pAXOGJoA [2/13]


「だったら『ノーラ』にしよう! 私がユーリだからお揃い感あるし!」

「お前は百合子だろ」

「うっさいサブ」

「チョーウケルー」


野良ロボットは特に自分で意見をするでもなく、勝手に進む馬鹿騒ぎの行く末を見守っている。

せっかく名前を与えられるのに『野良』という単語をもじっただけのものでいいんだろうか……と、シロは少し不憫に思った。


「お前、嫌なら早めに断っとけよ? 決定されるぞ」

「ノーラ……か、儂の名はノーラ……」


百合子がちょっと恐るおそるといった調子で「嫌じゃない?」と尋ねる。

しかしロボットは大袈裟過ぎるくらい首を横に振り、満面の笑みで「嫌なものか!」と返した。



32 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:46:09 ID:pAXOGJoA [3/13]


「儂の名はノーラじゃ、今ここでユーリにつけてもろうた!」

「やったあ! よろしくね、ノーラ!」


百合子と野良ロボット……ノーラは手を取り合い、ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。

サブローは小さな溜息をつき、そんな彼女らを眺めていた。


「……よかったのか? サブロー、最初は怪しんでたじゃないか」

「さすがにあの様子見たらとても戦闘タイプだとは思えねーわ」

「僕も賛成だよ、これで一番チビじゃなくなるし!」


後でジローにどう言われるか不安ではあったが、ひとまずは連れ帰ったロボットを受け入れてもらえた事にシロは胸を撫でおろした。


「ほら! なにボーッとしてんの、シロが一番喜ばないと!」

「ちゃんとシローって呼べよ、犬みたいだろ!」


寝不足時のジローは、ただでさえ機嫌が悪い。

ノーラを受け入れた一同は、いかに上手く彼を説き伏せるかを考え始めていた。



33 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:47:11 ID:pAXOGJoA [4/13]


……………
………


…翌日早朝、シロの部屋


廊下を走るバタバタという音にシロが目を覚ました直後、彼の部屋のドアは乱暴に開かれた。


「あれ……ノーラここじゃないの!?」


部屋に飛び込んだ百合子が息を切らせて言う。

しかし昨夜、ノーラの名前を決めた少し後には女性三人は自室に入ったはずだ。

シロが彼女の行動を知っているはずが無かった。


「ここにいるわけないだろ、お前ら一緒に寝てたじゃん」

「いや……その、彼女……セクサロイドっていうんでしょ?」


ごにょごにょと口篭る様子からして、どうやら彼女はシロがノーラを『本来の用途』に使ったものと思ったらしい。

だとしたら何を見たくて部屋に飛び込んだのか……と、シロは呆れた。



34 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:50:54 ID:pAXOGJoA [5/13]


百合子はノーラの気が変わって出て行ったのではないかと心配していたが、昨日の名前を貰った際の喜びようからすれば考え難いだろう。

彼女はロボットだ、人間と同じように睡眠をとるかは分からない。

眠る百合子や花子の邪魔にならないように部屋を抜け出したのだろう……と考え、シロはビルの中を探してみる事にした。


しかしホールにも、物置にしている2階にも姿は無い。

5階建のビルだが3階から上はほとんど使っておらず、3階にガラス張りテラスがある他には元オフィスだったと思しき空っぽの部屋しかない。


あれだけ人目を気にしていたノーラがビルから出る事もないと考えたシロは、1フロアずつビルを上っていった。

ここに来て間もない彼女だ、建物内の散策をしているという可能性は高い。

その場合、行き着く先は──


「──いたいた、やっぱり屋上だと思った」

「おはよう、シロ」

「ちぇっ、犬みたいな呼び名が伝染っちゃったか。……起きたらいなかったって百合子が慌ててたぞ」



35 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:52:02 ID:pAXOGJoA [6/13]


シロは少し首を竦めて物干し用に張られたロープをくぐり、ノーラの元へ歩んだ。


「何時頃からいたんだ?」

「ここに着いたのは3時41分じゃったな」

「2時間近く経ってるじゃんか」

「そうか、そんなに経っておったか」


スラム街の建物など、その周囲のビル群に比べれば低いものばかりだ。

夜景と呼べるほどの灯りは見えず、かといって街中ではあるから星も少ない。

何が楽しくてノーラがここで時間を潰せたのか、シロには不思議だった。


「お前は眠らなくていいようにできてるのか?」

「いや、最低でも72時間に一度は3時間ほど動作を停止してセルフメンテナンスをせねばならん」

「72時間……3日に一度か」

「できれば毎日が望ましいのじゃ」



36 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:54:31 ID:pAXOGJoA [7/13]


「メンテナンス中にも外的刺激を受けるなりすれば強制中断して再起動される。起きて少しの間は動きが鈍くなるがな」

「そりゃ人間だって寝ぼけるし、似たようなもんだな」

「昨夜は久しぶりに何も気にせずその時間が持てたよ。いや、初めて……かもしれぬ」


少しずつ東の空は白んできた。

各家庭の母親や家事ロボットが朝食の用意を始めたのだろう、西に見える居住区の建物には灯りの点いた窓がちらほらと見える。


「そのリーダーのジローとやらが、儂を受け入れてくれれば良いが」

「……なあ、ノーラ。なんでお前そんな年寄りみたいな喋り方なんだ?」

「ん? 年寄りじゃからじゃよ? 儂は16歳の少女をモデルに造られた。それから50年……66歳の婆というわけじゃ」

「ふーん、そんなもんなのか……?」


ノーラは当然の事だという風に笑い「姿は当時のままじゃがの」と続けた。

ロボットに経年による言葉遣いの変化が現れるなど、不自然にも思える。

もしかしたらそれは長年を生きる中で無意識にも彼女に芽生えた、人間に憧れる想いの表れなのかもしれない。



37 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:55:34 ID:pAXOGJoA [8/13]


「あ、ユーリとハナが下におる」

「ああ、外に探しに出たのか。……おーい! 屋上にいたぞー!」


声に気づいた百合子達は頭上でぶんぶんと手を振って『了解』の合図を伝えた。

この後、二人は朝食の準備をする。

配給のビスケットを粗く砕いてシリアル代わりにしたりレトルトの野菜に味付けを加えるだけの事だが、そのまま食べるよりは飽きない。


「朝の空気……街が目覚めていく様子というのは良いものじゃな」

「初めて見たみたいな言いぶりだな」

「うむ、初めてに近いな。こんな風に落ち着いた気持ちでそれを見るのは、間違いなく初めてじゃ」

「50年生きて初めて、か」



38 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:56:40 ID:pAXOGJoA [9/13]


「人型ロボットを隠すなら人波の中……儂は今まで、およそ昼間にしか己を人目に晒した事は無い」

「…………」

「夕方から朝の内までは、昨日の倉庫のように誰もこないところで身を隠しておった」


おそらく日中であっても外へ出る事は最低限に抑えていたに違いない。

つまり彼女は今まで1日の大半の時間を眠るでもなく、ただじっと息を潜めて生きてきたという事だ。

日に僅か3時間だけの眠る間も、いつ見つかってしまうかと怯えながら。


「……独りの夜は長い、昨夜ほど日付が変わるまでを早く感じたのは初めてじゃったよ」

「それから寝て、起きてすぐに部屋の外へ?」

「いいや、10分ほどの間はユーリとハナの寝顔を眺めておった」

「あはは、間抜け面してたろ」

「酷い言いようじゃな。目覚めた時、隣りに人がいる……儂は嬉しかったのじゃ」



39 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:57:31 ID:pAXOGJoA [10/13]


「それと、さっきもじゃな」


彼女はそう言うと、屋上の柵にもたれたまま顔をシロの方に向けた。


「さっき?」

「儂は生まれて初めて誰かに『おはよう』と言うたよ、とても嬉しかった」


ノーラの視線は僅かに泳ぎ、照れくささを感じているようだった。

それは昨日見せた切なげな顔と同じで、とても人工的な表情とは思えないものだ。

そして、彼女が非の打ち所がない完璧な美人ではないからこそ──


「スラムに入れたくらいで喜んでどうすんだ。挨拶くらいすぐ普通の事になるって」

「ふふふ……楽しみじゃ」


──シロが照れ隠しを必要とするくらいには、可愛らしい普通の少女として彼の目に映ったのだろう。



40 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 17:58:29 ID:pAXOGJoA [11/13]


「おはよー」


背後にある屋上のドアが開き、ゴローの声が届いた。

ノーラは嬉しそうに「おはよう」と、生まれて二度目の挨拶をする。


「ジロ兄ちゃん帰ってきたよ。ノーラがいなくてちょうどよかったかも、先に百合子が事情を話して説得してる」

「そうか、すぐに降りれば良さそうか?」

「うん、まあジロ兄ちゃんびっくりしてたから、話がどう進んでるかは解らないんだけど」


ゴローは一番年下だが、その割に思慮深く大人びたところがある少年だ。

人に好かれる気遣いと併せ持つ幼さを武器に街では多くの大人達から可愛がられており、よく色んな物を貰って帰る。

そのせいか、或いは他のメンバーがあまり外の世界に興味を持たないからか、社会の情勢や出来事に最も精通しているのも彼だった。



41 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/18(金) 18:00:09 ID:pAXOGJoA [12/13]


「エリー彗星、まだ見えないかな。明け方は観測しやすいらしいんだけど」

「ん? ああ……前に言ってたやつか、地球にはぶつからないんだろ?」


ゴローが指差した方向の空にはいくつかの明るい星が見えたが、そのいずれかが彗星かどうかは判らなかった。

何年か前に地球にぶつかるかもしれないと大騒ぎになった彗星だが、その可能性が否定された今では世紀の天体ショーとして期待されている。


「太陽に最接近する頃には全天で太陽の次に明るくなって、昼間でも見えるんだって新聞に書いてたよ」

「それはすごいのう、実に楽しみじゃ」

「よし、ジロ兄ちゃんのとこへ行こう。ノーラ、上手くやれよ?」

「うむ、儂もここに居たいからの!」


50年間も寂しい想いをしてきた彼女だ。

やっと手に入れた居場所を1日で奪うような事にはさせるものか……シロはそう誓い、大きく息を吸った。



48 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:41:52 ID:d5JOEDSo [1/13]


………


…1Fホール


「──ふざけるな、俺は認めない」


ノーラ達がホールへ着いた後、少しの沈黙を経てジローは言い放った。

百合子は大いに不満がありそうな仏頂面をしているが、反論はしない。

既にこれまで散々異を唱えてきたが、一向にジローの態度は軟化しなかったのだ。


「ジロ兄ちゃん……経緯は全部聞いた上で、その結論なの?」

「もちろんだ」


重苦しい空気が漂うホールに、天井から雫が滴る音だけが響いている。



49 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:42:46 ID:d5JOEDSo [2/13]


「寝不足で気が立ってるのよ、少し休んで冷静になって考えてくれない?」


百合子が深い溜息と共に提案し、シロもそれがいいと思った。

しかしこの後のジローの言葉に、今度はシロが冷静さを失う事となる。


「その程度で情に流されるとか、お前らがどうかしてるんだよ」


ジローは18歳の青年だ。

まだ日雇いの仕事にさえ呼ばれない弟分達に少しでも良い生活をしてもらおうと、リーダーらしく努力していた。

メンバー皆が彼に感謝しているし、また彼の事を慕ってもいる。


「もう1回言ってみてよ」


しかし彼女の50年間を『その程度』と呼ぶ事を、シロは許せなかった。



50 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:43:41 ID:d5JOEDSo [3/13]


「お、おい……シロ」


シロが苛立っている事に気づいたサブローが、彼の肩を掴んだ。

しかしシロはそれを右手で払い、もう一歩ジローに詰め寄る。


「何回でも言ってやる。その程度で情を移して拾ってたら、ここは野良犬だらけになっちまうって解らんのか」

「だったら自分で稼ぐ事もできず、人からの施しでしか生きられない僕らも似たようなもんでしょ?」

「だから俺が稼いで──」

「──じゃあ僕も捨てたら!? ここに来て十数年分の情なんて『その程度』呼ばわりした50年の孤独に比べれば軽いもんだろ!」


これは彼の『初めての兄への反抗』だった。

ジローは少なからず驚き、暫し言葉を詰まらせた。



51 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:44:33 ID:d5JOEDSo [4/13]


「……ありがとう、シロ。でも儂にはお前らの絆を壊す権利などない」


黙って聞いていたノーラが、弱い口調でシロを宥めた。

口もとこそ微笑んでいるが目は伏せられている、失望をにじませた顔をしているのだろう……と誰もが思った。

しかし長い時を見てきたノーラは、彼らが思うよりもずっと気丈だったのだ。


「今、ジローは『自分が稼いで皆の暮らしを支える』と言おうとした……違うか?」

「まあ、そんなところだ。だからどうした?」

「ならば儂が仲間に加わる事で、皆の暮らしがより良くなるのであれば文句はあるまい」


そう言うとノーラは腕を組み、少し考えを巡らせた。



53 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:47:26 ID:d5JOEDSo [6/13]


「そんな見栄を切ったって、セクサロイドに男を慰める以外の取り柄があるとでも──」

「──ジロー、お前は最近困っておる事は無いか?」

「……何を言う気だ」


ジローは真意の解らない問いに苛立ちをにじませた。


「そうじゃな……例えば、失くし物をしておったりはせんか」

「それをお前が解決するって?」


セクサロイドの彼女に、探し物などに特化した機能が備わっているとは考え難い。

それでも何か彼女なりの考えがあっての提案だろう。


「ジロ兄ちゃん、ノーラを試してやってくれ」


彼女の想いを汲んだシロが、睨むような目でジローを見て言った。



54 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:48:33 ID:d5JOEDSo [7/13]


「……百合子、俺の腕時計は見つかったか」

「時計? ああ……だいぶ前の話じゃない。自分で『建物の中にあるならそのうち見つかる』って言ったんでしょ」

「それを見つければ良いのじゃな。『だいぶ前』というのはいつ頃の話じゃ?」

「もう何か月経つかなぁ……夏より前だった気がするんだけど」


確かにその頃、彼の腕時計が無くなったと小さな騒ぎになった事があった。

その時計は前リーダーのタローがスラムを出てゆく時、ジローに託した大切なものだ。

ジローは皆に気を遣わせまいと楽観的な事を言ったが、実はその後も気にかけ探し続けていた。


「必死に探し回って見つけたとしても、そんなの誰にだってできるんだ。なんの取り柄にもなりゃしない、それで認めるわけには──」

「──東の階段、恐らく物を置いてある2階の踊り場にあるじゃろう」


ノーラはほんの数秒ほど考えた後、自信に満ちた口調で言い放つ。

もしこれで探し物の在り処がその通りだったならば、彼女に超能力でも備わっているかのような話だ。



55 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:49:23 ID:d5JOEDSo [8/13]


「百合子、花子」


ジローが目で合図を送ると二人は顔を見合わせて頷き、東階段へと向かった。

ビルには東と西、それぞれに階段が備わっている。

中央にエレベーターもあるが動かないし、動いたとしてもメンテナンスを受けていないそれなど怖くて使えない。

東の階段は入口とは反対になる奥まったエリアにあり、普段はほとんど使う事が無いものだ。


早朝に建物内を散策していたノーラが東階段を知っている事自体は、特に不思議ではない。

だからといって目につくところに落し物があれば、今までに誰か気づいているだろう。

しかし僅か1分ほどの後、百合子と花子はホールに戻ってきた。


「ジロ兄ちゃん、これ……」

「チョーウケルー」


数ヶ月も行方知れずだった腕時計をその手に持って。



56 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:50:26 ID:d5JOEDSo [9/13]


「……お前ら何か打ち合わせでもしてるんじゃないだろうな」

「ちょうど良い、その腕時計の秒針をしかと見ておけ」


ノーラは続けてジローにそう要求し、ホールの隅を指差した。


「垂れ落ちる雫、次の一滴は……今から8秒後」


よほど晴れが続かない限り落ち続けている雫、それが何秒間隔かなど誰も気にした事が無い。

しかしシロが頭の中で適当にカウントした結果、確かにそれに近いタイミングで『ぴちょん』という音が起った。


「そんなの等間隔なら数えてりゃ判る」

「いいや、間隔は等しくない。次は……今からあと10秒後、それから16秒後、その次は9秒後」


ジローが手に持った腕時計を睨む。

そしてそれから三度、雫が落ちる音がたってから彼は口を開いた。



57 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:51:54 ID:d5JOEDSo [10/13]


「……どういう仕掛けになってやがる」


ジローの反応で皆が察した、ノーラの予言は当たったのだ。

しかしそれに対する彼女の返答は拍子抜けせざるを得ないものだった。


「なに、ひとことで言えば『勘』じゃよ」


誰もが耳を疑うも、時計を見つけた事はそれだけで納得できる話ではない。

皆の眉間に皺が寄るのを見たノーラは「じゃが、なんの裏付けもないわけではない」と付け加え、説明を始めた。


「時計が建物の中にあるのは違いない。しかし失くした事を皆に周知するくらいなら、つまり自身の部屋に置いた記憶はないのではないか?」

「……そうだ」

「今、さほどの間も無く思い当たったという事は大切なものなんじゃろう。そんな時計を無意識にどこへでも置きはせん。しかし外した後、自分のポケットに入れる事はあろう──」



58 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:53:09 ID:d5JOEDSo [11/13]


無言のまま話を聞くジローに向かい、ノーラは答え合わせを続ける。


ポケットに時計が入ったまま服が洗われ、物干しにかけられる。

しかし屋上には吊られたロープ以外、特に物はない……つまり失くし物が潜むような物陰もない。

時計を失くしたのは夏の前、雨の多い頃。

ならば屋上ではない所に洗濯物を干す機会も多々あったはずだ。


彼女は朝の散策の時、東階段から上がった3階にあるガラス張りのテラスにも訪れていた。

そしてそこに『雨の日用の物干しロープ』が張られている事に気づいていたのだ。


「──位置関係からして東階段を使う機会は少なかろう。しかしそれでも時計が床の上にポツンと落ちていれば気づくはず。だとすれば失くしものが潜むのは物が多い2階の踊り場じゃ」

「なるほど……勘というよりは推理といったところか」

「いや、やはり勘じゃよ。儂はロボット、目にしたもの聞いた事は全て記憶領域に刻まれ、人間と違ってそれを忘れる事がない。その膨大な記憶を後ろ盾とする勘じゃ」



59 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 09:55:53 ID:d5JOEDSo [12/13]


「雫の落ちるタイミングも、複雑じゃが長いスパンでの規則性があった。儂はこの勘を頼りに50年間逃げ延びてきたのじゃ」


ノーラはそう話を締めた後、シロを見て「それなのにこんな小僧に見つかるとは、不思議でならん」と苦笑いした。

皆はジローがどう判断するか、無言で見守っている。


「……それで? 探し物が得意だったり水滴が落ちる間隔が解ったところで、みんなの暮らしはどう良くなるっていうんだ」

「しばらくここで過ごせば縄張りに余所のコソ泥が入るタイミングも、狙われやすいウィークポイントも判る。それでは足らんか?」

「野良ロボットを匿った事がバレたら、みんなただじゃ済まない。そのリスクと引き換えるに充分とは言えないな」


ノーラが沈黙する。

視線を少し下に向け、その勘をフル稼動して最適解となる提案を探しているのだ。

十数秒後、彼女は再び顔を上げると後ろに控える皆に振り返って言った。


「ならば儂は儂のやり方で少しでも金を稼ぎ、生活費を入れよう。皆に手伝ってもらえたらと思うが──」



64 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:28:29 ID:W3EIOFWs [1/11]


……………
………


…2日後、商店街入口


「──くっそ恥ずかしいんだけど」

「そうか? 儂は楽しいぞ」

「客が来ないのに何が楽しいんだよ……」


幅1mほどのテーブルに黒いクロスを掛け、その中央には水晶玉が鎮座している。

クロスはテーブルの前面に垂らされ、そこには『占い師ノーラ:失せ物・探し人を見つけるお手伝いをいたします』と書かれた白い布が縫い留められていた。

ノーラとシロはその机の後ろに並んで座り、客が訪れるのをじっと待っているのだ。


水晶玉は以前にサブローが拾って帰り、2階の物置で埃を被っていたガラス玉。

クロスは使っていない部屋に掛けられていた遮光カーテンの裏地、看板代わりの布は花子が手書きをして縫いつけた。



65 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:29:49 ID:W3EIOFWs [2/11]


ノーラは同じく花子が裁縫した適当な作りの黒いローブを羽織っており、じっくりと見ない限り確かに占い師らしい出で立ちだ。

しかしその隣りに座るシロはいつも通りの服装で、彼女の助手という設定だが役になりきる事は難しい。


「あら、シロちゃん……それは占い屋さんごっこ?」

「ごっこ遊びする歳じゃないよ……」


ましてここは地元そのものの商店街入口、知る顔に会わないわけもない。

彼にしてみれば結構な羞恥プレイといえる状況だった。


占いの料金は内容にもよるが、1件あたり1,000円程度。

この時代では一般人にとって安上がりな昼食ほどの額で、スラムに暮らす貧しい人々はまずもって利用しない。

彼らの思惑としてはそれで良いのだ。

皆およそ等しく貧しい住人同士で、形ある商品を伴わない金銭の授受など妙な禍根を生む原因になりかねない。

物見遊山でスラムの入口を通る中流階級の者が興味を持ってくれれば、それが一番後腐れが無いだろう。



66 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:31:40 ID:W3EIOFWs [3/11]


「さっき『ごっこ遊びをする歳じゃない』と言っておったが、シロはいくつなのじゃ?」

「……15だよ、たぶん」


シロに両親の記憶は無い。

捨て子だったのか、ある日親が消えたのかも誰にも解らない。

スラムを彷徨う幼児を住人が見つけ、できて間もないタローを中心とするグループに預けられた。

年齢を答える彼がつけ加えた『たぶん』に、ノーラはおよその経緯を察してそれ以上を訊かなかった。


「シロは例えば食べ物なら何が好きなのじゃ?」

「パッと閃くほど色んなもの食べてないけど……そうだなあ、食べた事あるもので言えば『豚まん』かな」

「ふむ、中華饅頭というものの一種じゃな」

「時計台近くの店のが美味しいんだ、角煮と一緒にウズラの卵もひとつ入っててさ。すごく朝早くから開いてるけど、すぐに売り切れちまう」


シロは語っていると食べたくなったのか、顔をしかめて「どうせ買えないけど」と零した。


「では占いで余裕ができるほど儲かったら、それを買ってきてやろう。じゃから文句言わずに手伝うのじゃ」

「はいはい、期待してますよっと」



67 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:32:50 ID:W3EIOFWs [4/11]


スラム付近の人通りはあまり多くは無いが、それでも5分待つ内に10人以上の姿は見る。

その過半数がロボットとはいえ、ターゲットとなる人間を見かけないわけではない。

なにせ通りがかるロボット達は中流以上の階級にある人間の持ち物だ。

そのロボットと一緒に持ち主が歩いている事もある。


「……あれ、ロボットとデートしてんのかな」

「男性型の家事ロボットじゃ。わざわざ男性型を買うのは独身の女が多い、防犯の意も兼ねてな」

「防犯の意『も』って事は、それ以外の意味が主なのかよ」

「そこは察するのじゃ。ちなみに男性型家事ロボットにはセクサロイドとしての機能が備わっているものも多い……あとは解ろう?」


腕を組み歩く人間とロボットのカップルは、占いのカウンターには気づきもしない様子で通り過ぎて行った。



68 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:33:50 ID:W3EIOFWs [5/11]


次に初老の夫婦が通りがかる、今度は二人とも人間のようだ。

ノーラは表情を正し、少し低めな声で彼らに呼び掛けた。


「お主、失くしものをしておるようじゃな」

「いいや、しとらんぞ」

「そんな事はない、水晶にそう出ておる」

「じゃあそれが何か当ててみろ」


言いながら夫婦は足も止めずに去って行く。

いかに膨大な経験則を持つノーラでも、何一つの情報も無く『失くしたものが何か』や『そもそも失くしものをしているか』を読む事はできない。


「ぐぬぬ……」

「ドンマイ」


シロは『今、ノーラが自信という失くしものをした』と思いついたが、言うのはやめた。



69 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:35:02 ID:W3EIOFWs [6/11]


「──あの……占ってもらえますか?」


落ち込んだノーラが俯いている内に、一人の女性がカウンターの向かいに立っていた。

派手ではないが小綺麗な身なり、落ち着いた話し方をする中流家庭の主婦らしき人だった。


「も、もちろんじゃ。失くしものかな? 探し人か?」

「失くしものです。ひと月ほど前、夫に買ってもらった指輪を失くしたの」

「なるほど、お請けしよう」


ノーラは水晶玉ならぬガラス玉に両手を翳し、むにゃむにゃと適当な呪文を唱え始めた。

占いという行為を無条件に信じるなら、通常であれば情報が一切無くとも神秘的な力でその在り処を導き出すだろう。

しかし彼女が行うのはジローがそう呼んだ通り『推理』に近い。

つまり答えを導くに足るだけの情報を聞き出さなければならないという事だ。



70 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:35:57 ID:W3EIOFWs [7/11]


「指輪の材質、装飾はどのようなものじゃったかの?」

「シンプルなプラチナのリングに小粒のダイヤモンドがあしらわれたものです」

「ふむ……それはよく身に着けておったのか?」

「シーンを選ぶデザインじゃなかったから、ちょっとした外出の時にはよく着けていたわ。お気に入りだったのに……」

「普段それらのアクセサリーはどこに仕舞っておるのじゃ? 鍵は?」

「……鏡台に備えられた引き出し、鍵はかかりません」


やはりというべきか、占いにしては多すぎる質問に女性客は戸惑いの表情を浮かべ始めた。

水晶玉に視線を落としたノーラはそれを気にも留めないが、シロは嫌な緊張感に唾を飲み込む。


「指輪は失くした物の他にも多く持っておるのか?」

「全部で10個近くはあるけど……」



71 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:37:02 ID:W3EIOFWs [8/11]


「失礼じゃが、家に子はおるかの?」

「それ、本当に占いで必要な事なの? あまり個人情報を教えるのは気持ちのいい事じゃないわ」


このように質問責めにする事で相手が訝しむかもしれない……とは、最初から二人とも想像がついていた。


「せ、センセイの占いは水晶を通じて失くしものがある場所の詳細なイメージを描き出し、位置を特定するのです」

「そうなのじゃ」


だから事前に、その際シロがとるべきフォローについては取決めを行っていた。

またこれは『水晶を通じて』という部分を除けば、丸っきりの嘘ではない。


「……7歳の娘がいるわ、あと犬も飼っています」

「よかろう、在り処はおよそ水晶に浮かんだぞ」


ノーラはまた適当な呪文を唱え、それからしげしげと水晶の中を見つめる演技をした。



72 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:38:21 ID:W3EIOFWs [9/11]


「指輪は娘が持ち出したようじゃ、在り処はおそらく玩具箱の中……あるいはその子がお気に入りのものを仕舞う場所かもしれん」

「娘が……確かに有り得なくはないけど、もちろん訊いてみたのよ?」

「水晶はそう示しておる、探してみるがよかろう」


女性は首を傾げつつ立ち上がり、シロに料金を手渡した。

そもそも当たるも当たらぬも八卦、見つからなかったとしても責に問われる事がないのが占いという商売の強みでもある。

ただ当たらない事が続けば、客の口コミが期待できないというだけだ。


「今のはどんな考えで出した答えだったんだ?」


女性が去るのを見送って、シロは初仕事を終えた占い師に尋ねた。

ノーラはニヤリと笑い「仕方ない、教えて進ぜよう」と、師匠が弟子に説くかのように語り始めた。


「指輪のデザインはシンプルで、石も小粒なものじゃ。華美で大きな石がおごられたものなら、場によって外さねばならんが『シーンを選ばない』と言っておった」



73 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:39:56 ID:W3EIOFWs [10/11]


「つまり旅行などで風呂や寝床につくので無ければ、外出時に身から外す事は無い。じゃから在り処は自宅と睨んだ」

「なるほど、指輪を失くした頃に旅行に行ってるなら本人もその時かも……って考えるだろうしな」


シロの同意を得てノーラはなおさら得意げな顔になり、人差し指をぴんと立てて説明を続けた。


「しかし鏡台という『身嗜みを整える場』そのものに保管しておるなら、本来失くす筈が無いのじゃ」

「誰かが持ち出した事になるってわけか」

「そうじゃ、ただそれが泥棒であれば貴金属なら全て盗むに違いない」

「中流家庭でも、旦那は小遣い生活で金に困ってるなんて話はよくあるぞ?」

「それも考えたが、わざわざ自分で贈った思い出深い品を選び売り捌くかの? しかも夫人はそれを気に入っておった、仲の良い夫婦ならその事も夫は知っておろう」


推理がそこまで煮詰まった時、ノーラは子供の存在を考えたのだ。

そして夫婦の間に存在するのが『7歳の娘』だと聞き、結論に達した。



74 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:41:15 ID:W3EIOFWs [11/11]


「夫婦関係の良い幸せな家庭を築いているなら、娘は自然と母親に憧れるものじゃろう。身に着けるものを真似たくなるのも普通の事ではないかの」

「でも娘には指輪の事を訊いたって……」

「自分の悪戯で大好きな母親を困らせれば、素直な良い子であるほど言い出せまい。しかも元の場所に返しそびれていれば尚更、無かった事にするために……」

「……玩具箱にポイ、か」


ノーラは頷いて「勘が頼りの予想に過ぎんがの」と付け加えた。


「なんでノーラはそんな事まで解るんだ?」

「ん? じゃから過去に見聞きした事のデータを元に……」

「そうじゃなくて、何て言うんだ? 親子の絆……とか、そういうものについてだよ」


シロ自身も両親がおらず、家族愛などというものは知識としてしか知らない。

四番街の仲間達との関係はそれに近いものを生んでいるかもしれないが、そこにはやはり友情や仲間意識といった別の絆が介在する。

50年間できる限り人に接さず過ごしてきたロボットのノーラが何故それを理解できるのか、シロは不思議だった。



75 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:43:19 ID:XBWLz7HY [1/8]


「知ったかぶりじゃよ、本当に理解できておるのかは判らぬ」

「元々そういう知識を与えられてるって事か?」

「まさか、そういった感情をプログラム化する事などできんよ」


ノーラが周囲を見回した。

上手い具合に人通りも途切れ、過去を話すにはちょうど良さそうなタイミングだった。


「……50年間、そのほとんどを儂は廃屋や使われなくなった倉庫のような場所で過ごしてきた」

「僕が見つけたのもそんなとこだったもんな」

「そしてそれらの場所の多くには、持て余す時間を潰すに最適なものがあったのじゃ」


そう言ってノーラは少しの間を空けた。

コンピューターが記憶領域のインデックスを探す、そのための時間だった。


「──ものうさと甘さがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う」

「なんだそれ?」



76 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:45:06 ID:XBWLz7HY [2/8]


「とある作品の冒頭じゃよ。儂が暇を潰す友としたのは、今やほぼ廃れてしまった紙媒体の『本』じゃった」

「本か……たしかに古い倉庫とかによくあるな」

「色々な本を読んだ。小説、漫画、絵本……ドキュメント領域に保存されておるから引き出す事に多少の時間はかかるが、全て記憶しておる──」


そこから彼女は人類の歴史、幻想の物語、人間ドラマなどを通じ様々な事を学んだ。

家族愛や友情についての知識も沢山のストーリーから吸収し、重ね合わせる事で理解を深めてきたのだと語る。


「──しかしさっき言うた通り、それらを本当に理解できたか自信は無い。そしてそれ以上に難しい、未だちっとも解った気がせぬ感情がある」

「50年かけても解らないって、どんな感情だ?」

「男女間の愛、特に『恋』と呼ばれる際のそれは、実に複雑じゃ」


二人が眺める通り向こうの歩道には、手を繋ぎ歩く若い恋人達がいた。

そのワンシーンだけを切り抜けば、二人の世界は幸せ一色に染まっているかのように見える。


「多くの本で愛情は家族間にせよ友人の間柄にせよ、動機は無償であり尊いものとして描かれる。しかし恋は時に汚く醜い感情の様に表現されておった」



77 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:46:05 ID:XBWLz7HY [3/8]


「シロはどうじゃ? 恋をした事はあるか?」

「な、無いし。そもそも身近に百合子と花子しか女がいなかったし」

「ふふふ……やっぱりシロは初心じゃの」


妙な話題になってしまったと思いつつ、シロは頭を掻いた。

知らないだけに、ノーラはその恋という感情に対しては興味津々だ。

ロボットの自分がそれを体験できると考えているのではなく、誰かが『恋に落ちてゆく経過』を観察してみたい。

シロ達のグループに身を置いていれば、いつかそれを見る事もできるだろうか……そんな期待が彼女の機械仕掛けの心を揺らした。


その後、二人は夕方までカウンターに座っていたが客は来なかった。

1日かけての実入りはたった1,000円。

豚まんにありつける日は遠いな……と考え、シロは溜息をついた。



78 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:46:46 ID:XBWLz7HY [4/8]


………


…その夜、1Fホール


「──野良ロボットを匿うなんてリスクを負う対価としちゃ、随分家賃が安いんじゃないか?」


廃ビルのホールにジローの声が響いた。

彼とノーラが対面し、他の仲間達はノーラの後ろに並び立っている。


「ウチは犯罪には手を染めないようにしてきた。おかげでスラムとはいえ、この四番街に居場所を構えていられるんだ」

「……承知しておる」

「へえ、知ってたのか。じゃあ、野良を匿えば罪に問われるって事は?」


ジローは敢えて意地悪く、ノーラが返答に詰まるよう言葉を選んだ。



79 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:48:01 ID:XBWLz7HY [5/8]


細々とした暮らしでもそれを守るという彼の意志からすれば、ノーラの存在は危険因子以外の何物でもない。

だからジローは非情な言葉を吐いてみせなければならなかったのだ。


「野良ロボットは見つけ次第、通報しなければならん。……そんな事は百も承知じゃ」


しかし本当の彼は決して意地悪な男ではない、それは話の行く末を見守る全員が知っている。

何がなんでもここからノーラを排除しようとするなら容易い、自身が野良ロボットの存在を通報すれば良いだけだ。

しかし彼はそうしなかった。


それでもシロもサブローも神妙な面持ちで話を聞いている。

唯一、花子だけがいつも通りにこにこと笑っていた。


「……明日は倍、明後日はその倍稼げ。居候が怠けてたらいつでも蹴り飛ばして追い出すからな」

「ジロ兄ちゃん……」

「お前らは二度と野良なんか拾ってくるな、もう一匹増やそうとしたら二匹とも出て行かせるぞ」



80 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:49:03 ID:XBWLz7HY [6/8]


ジローは小声で「これじゃシロの甘さを叱れやしねえ」と吐き捨て、ぼりぼりと頭を掻いた。


「ありがとう、ジロー。できるだけ多くの家賃を入れられるよう精進させてもらおう」

「……お前、食い物は要らないんだろ?」

「うむ、不純物の無い水さえあれば良い」

「だったら滅多に無いが、配給に肉があったらノーラの分は俺に寄越せ。いいな、百合子」


そう言い残して彼は自室に向かう。

それが明らかな照れ隠しである事はノーラを含め皆が解っていた。


「もう大丈夫だよ、ノーラ」


ジローの姿がドアに消えた事を確認して、百合子は言った。


「さっきジロ兄ちゃん、貴女の名前を呼んだでしょ? あれは仲間と認めたって事だよ」

「……ありがたい事じゃ、孤独だったほんの数日前を思えば信じられぬよ」



81 名前: ◆M7hSLIKnTI[] 投稿日:2016/11/19(土) 17:50:18 ID:XBWLz7HY [7/8]


「野良をもじってつけた名前なのに、野良じゃなくなっちまったな」


サブローが言い、皆が笑った。

もっとも『持ち主のいないロボット』を指して野良ロボットと呼ぶのだから、厳密に言えばそれは今まで通りだ。

ここにノーラの所有権を叫ぶ者はいない。

彼女には主人を欲する想いもあるが、その事は半ば自身が諦めてもいる。


百合子はノーラの名を決めた時のように彼女の手をとり、ぴょんぴょんと跳ねて喜びを露わにした。

その隣では何故か花子がゴローと手をとって同じように喜んでいる。


50年も前、ノーラは人間に仕えるために造られ人間の都合で捨てられた。


「改めて、ようこそノーラ!」

「ありがとうユーリ、皆も……世話になる」


そして今日、家族を得たのだ。



【第一部おわり】


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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2016/11/21(月) 21:04:58|
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