がらくた処分場

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フリーワンライ『採用お題:世界五分前仮説』



僕は二十数年前、ちょっと厳しくも頼りになる父と、その二歩後ろをついてゆく控え目な性分に見せかけて実は我の強い母の間に生まれ、ごく平凡な家庭で育った。

僕より四年遅れて妹ができ、十年ばかり前にはそりゃあ生意気な奴だった。でも今はお互いに大人になって、世間並みに仲の良い兄妹だと思う。

僕も妹も同じ地元の幼稚園を卒園して、同じ小学校に通った。その後、妹はバス通学くらいの距離にある中高一貫校へ進んだが、僕はそのまま地元の市立中学に通った。

たいして勉学に励む事もしなかった僕は商業高校に入学し、専門学校を経て社会へ出た。

車の部品を卸す商社、規模的にはばっちり中小企業に類される職場だが、このご時勢にあっても経営は順調なようで今のところ倒産の危険性は薄そうだ。


ここまでは主に自分だけの話、人生における相方の事はまだ語っていない。

高校で一度、一年間ほど続いた恋愛を経験した。

専門学校では麻雀やパチンコといった遊びを覚え、勉学以外ではどちらかというとそういった方面ばかりに励んだ気がする。

その後、合コンで知り合った女性と二人ほど付き合ったが、今いち長続きはしなかった。

結局のところ僕の人生の伴侶となった人は、もっと身近にいたのだ。

同じ職場で事務員をしていた女性。目立たないけれど気だてがよく、まるで自分の母のように相手をたてて後ろに控える人だった。

いつの間にか彼女と話している時が一番リラックスしている事に気づいた僕は、半ば強引にドライブに誘ったんだ。

心から好きな邦楽アーティストが偶然にも同じで、初ドライブから長距離を走破してしまった記憶がある。

そこから距離を詰めるのはさして難しい事ではなかった。


そして三年を経て二人は結ばれる、それが今から四年前のこと。結婚二年目にしてできた娘も、日々すくすくと成長している。

仕事はまずまず順調、給料は手取りにすると年齢×万には少し届いていないが、まあ普通だろう。今日も車の部品を積んだ営業バンで、得意先を回っている。


17時帰社予定、18時半頃退社予定、家につくのは19時というところか。それもいつも通りの運びだ。

次に寄る予定の取引先までは、まだ10分ほどの移動が必要だろう。

慣れた道を走りながら、ぼんやりとそんな今までの人生を振り返る。そんな気になったのは、つい5分ほど前にカーラジオから流れてきたパーソナリティが語った話題のせいだった。


『世界五分前仮説』というのをご存知ですか──


確かパーソナリティの女性はそんな単語を口にした。

『この世界ができたのはつい5分前の事で、我々は皆つくりものの記憶を与えられているにすぎないかもしれない』という突飛な説で、どちらかというとそれが真実かどうかよりも、その説を完全に否定する事ができないという点を検証するための思考実験に近いものだ。

だからつい過去の事を考えた。なにかその説を覆す根拠がないか、想いを巡らせてみたのだ。


記憶が全て植えつけられたものだったとしたら、過去というものに意味は無い。僕を知る全ての人が、僕の記憶と矛盾しないそれを与えられていれば何も不都合は生じないだろう。

ならば遺伝子はどうか。僕の遺伝子は僕の子に引き継がれている。そして僕には父と母の、彼らにはまたその両親の血が分け与えられている。それはずっと遡れば猿になり、もっと原始的な哺乳類になり、いつかは海に帰るのだろう。

だがそれさえも過去から現在に続く──と思い込まされている──生態系が全て作り物であれば、証明にならないのではないだろうか。

僕にはよく解らないけれど、現代科学をもってすれば物質の年代を測定できるらしい。その技法を用いればあるいは。

いや、その技術もそれによってもたらされる検証結果も、予め与えられたプログラムだとしたら意味をなさない。

少なくとも言えるのは我々を作り出し記憶を与えた主がいるのであれば、その者達の世界は5分前に始まったものではない……という事だけだ。だがそれは僕の生きるこの世界の証明にはならないだろう。


暇潰しにそんな想いを巡らせる内、取引先は目の前に近づいていた。今ひっかかっている信号が青になれば、あと数十秒とかからない。

ふと助手席に置いたスマートホンのLEDが点滅していることに気づく。まだ信号が変わるには時間がかかると判断し、僕はそれを手に取った。

『新着メッセージ1件』

ロック画面のままSNSアプリの通知を右にスライドすると、直接トーク画面が開かれる。

『今日は冷えるから今夜はお鍋にするよ、早く帰っておいでね!』

娘の写真が添えられた短いメッセージ、その後ろに続けて投げキッスのスタンプ。思わず口もとが緩んだ。

この記憶が作り物である疑いなど否定できなくてもいい。僕を、彼女らを生んでくれた存在があるなら、いっそその者達に感謝したいくらいだ。


信号が青に変わる。ブレーキペダルから足を離し、アクセルを軽く踏む。たいして加速する間もなく、取引先の駐車場に入るためのウインカーを弾く。

暇潰しは終わりだ、注文品の降ろし忘れに気をつけなくては。うっかり届け忘れなどしてあとで二度手間など踏んでいたら、せっかくの鍋が冷めてしまう。

僕は5分以上前から馳せてきた考えごとに終止符を打って、左後方ミラーを確認した。

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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2000/01/17(月) 15:31:45|
  2. その他
  3. | コメント:2

コメント

だがしかし、その5分も何かによって植え付けられた記憶かもしれない。っていう。
あれれー?この短編昔からありましたっけ?
短編だけど大きな話で楽しかったです。
  1. 2015/07/14(火) 09:06:05 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> だがしかし、その5分も何かによって植え付けられた記憶かもしれない。っていう。
> あれれー?この短編昔からありましたっけ?
> 短編だけど大きな話で楽しかったです。

コメントありがとうございます
書いた当初から格納はしてましたが、大したものじゃないので更新情報とか告知はしてなかったかも(; ゚∀゚)
  1. 2015/07/25(土) 13:00:01 |
  2. URL |
  3. てーい #-
  4. [ 編集 ]

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