がらくた処分場

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The Next Line.(Twitterひとつまみ創作会お題)



※この話はTwitterのタイムライン上で行った『ひとつまみ創作会』においてフォロワーの翡翠さんより投稿された一文を元に続きを書いたものです。冒頭の青文字部分がお題、赤文字部分が翡翠さんによる投稿文(を多少アレンジしたもの)となっています。


「──久しぶりね」


(どうやら人違いではないらしい、その女性は確かに僕の目を見据えて今の言葉を唱えた)


「あの、どこかで」

「覚えてないんだ?」


(長い黒髪を指で梳かし、彼女は言葉を続けた)



「……つ、次のセリフはなんだったかしら?」


ステージに立てば役どころを完璧にこなすクールビューティな先輩は、男女を問わず他生徒からの憧れの存在。

だが顔を赤く染める可愛らしい彼女を見られるのは僕だけだ。



先輩がクールビューティで通せるのは、持って生まれた才だけによるものではない。

勉強もスポーツも、それを保てるだけの努力を密かに重ねているからだ。

演劇部に属する彼女は仲間から「台本を一晩読んでくるだけで誰よりも上手く役を演じる」と評されるが、それもまた同じく努力の賜物なのだ。

僕はその様を昔から誰より近くで見てきた。


僅か一年の時を空けて隣同士の家に生まれ、まるで姉弟のように育ってきた僕ら。

小学生の時は友人にからかわれつつも、本人達は家族のつもりだから気にとめず毎日一緒に過ごした。

二人で夏休みの宿題を進めて、二人で虫捕りに行って、彼女が用意してくれた水筒の麦茶を飲んで、帰るべき時間も彼女が把握してくれていた。


しかしその関係は彼女が中学に上がった時に大きく形を変える。

中学の制服を着て、別の時間に違う学び舎へ向かう背中が、六年生になったばかりの僕に現実を叩きつけた。

それまでの僕は漠然と彼女の事を『姉のように導いてくれつつも、ずっと傍にいてくれる存在』と思っていたのだろう。


翌年、僕が中学生になっても意識に一度芽生えた距離は戻らなかった。

いつしか彼女に対する僕の口調も先輩と後輩という関係に相応しいものに変わり、僕が彼女を慕う気持ちも『姉弟』のそれではなくなっていった。


それでも唯一残った他者との違い、幼き日から彼女と共に過ごした証──


「『コケモモのジャム……と言ったら思い出さない?』ですよ。そうしたら相手が『ああ、あの時の』と返します」


──それこそがこの『彼女の密かな努力を共有できる時間』だった。


「そっか、コケモモだ。ついヤマモモって単語が浮かんじゃって」

「ヤマモモの方がずっと馴染み深いですもんね」


今日も夜の河川敷、国道の大きな橋の下で演劇の練習に付き合わされている……というのは本心ではない。

先輩は「ごめんね」と言うけれど、僕はこの時間がたまらなく好きだ。


「コケモモのジャム……と言ったら思い出さない?」

「ああ、あの時の。美味しく出来ましたか?」

「おかげさまで。あっという間に弟達に食べられて自分の口に入ったのは味見の分だけよ」


登山中に出会った男女、ヒロインが男性にコケモモを美味しいジャムにするコツを教わり、そして二人は街中で再会する……というストーリー序盤。

練習台とはいえ、その相手役を演じられる僕は幸せ者だと思う。

もっとも一番の幸せ者は、スポットライトを浴びるステージ上でその役を担う演劇部部長だろう。

物語の終盤では二人が愛を囁き抱き合うシーン、口づけを交わすシーンなどもある。無論本当に唇を重ねるわけではないけど、それを思うと少し胸が疼いた。

練習台の役目はあくまで台詞のみ、さすがに動作までは演じない。


「少し休みますか?」

「ううん、もうちょっときりのいいところまで」

「じゃあ次に会う約束をするところまでやりましょう」


先輩の声は国道をゆく車の騒音にも掻き消される事なく、美しいまま夜の闇に響く。

きっとそれに比べれば僕の声はくぐもった抑揚もぎこちないものだろう。


「あの、また会えませんか」

「私は六番街の角にある花屋で働いているの。あなたの好きな花は?」

「僕は……セントポーリアが」

「じゃあ私が店にいる時は、外から見えるところにセントポーリアの鉢を置いておくわ」


物語はこのあと男性がヒロインの店に通うようになり、二人は仲を深めてゆく。セントポーリアの花言葉は『小さな愛』だった……と男性が明かし、めでたく二人は結ばれる。

旅先で一度会っただけの女性に再会し、その場でいきなりそんな意味を隠しもつ花を挙げるなど随分と計算高い男だ。

そんな奴、友達にはなれそうもないな……なんて何故か物語のキャラクターにまで胸中で悪態をつきながら、でも今の僕は仮にもその役を演じている。


「OK、じゃあ少し休憩しましょう」

「はい」


僕らは橋の下から少し離れたところに備えられたベンチに並んで腰を下ろした。

先輩は持っていた水筒の蓋を外し、コップ状になったそれに麦茶を注いで一杯分を飲み干した。

あれだけ腹に力を籠めた声で台詞を発していれば、さぞ喉も渇くことだろう。


「飲む?」

「頂きます」


期待していた通りの問いかけに、不自然なくらい早いタイミングで肯定の返事をする。

なにか勘付かれただろうか?

上等だ、こんな遅い時間に人の姿も見えない河川敷へ二人で来ても平気など、よほど僕は異性と見られていないのだろう。


もう僕らは姉弟じゃない。在りし日の少年は恋という感情、その苦さと葛藤を知った。

僕が言葉遣いを変えていった事、それは無意識だけれど彼女を恋の相手と認識するための本能だったのかもしれない。

でも彼女は違うんだろう。

だから今、相手の秘めた感情を察し狼狽えればいい。クールビューティのそんな姿もまた、僕は見たいんだ。


「はい、どうぞ。まだあるからね」

「……どうも」


しかし先輩がその余裕を崩す事は無かった。

彼女がその唇をつけたコップを使う事に、自分だけが妙な意識をしてしまっているというのも悔しい。

僕はできるだけ平静を装ってお茶を一気に呷った。


「間接キッスだね」


意識すまいとした単語そのものを先輩が口にする。

僕は口に含んだお茶を吹き出してしまいそうになった。


「ひどいな、飲んでる最中に笑わせようとしないで下さいよ」

「あら、笑うとこだった?」


せめて笑うところにさせてくれ、僕はそう願った。

これで自分だけがぎくしゃくしていたら空回りが過ぎる。


もしかしたら彼女は僕の考えの上辺のところなんて見透かしているのだろうか。

昔から何かと僕の世話を焼いてくれていた人だ、そうだったとしても不思議は無い。

なのに彼女は今、僕が『叶うなら先輩を後ろの芝生に押し倒してしまいたい』と考えている事には気づいていないんだ。


「そっちの部活はどう? 忙しくないの?」

「今は2・3年生だけですね」

「3年生には最後のインターハイだもんね」


僕は水泳部に籍を置いている。

先輩の言うように今は顧問の指導も上級生に向いていて、1年の僕らはどちらかというと彼らにコースを明け渡すべき立場だった。


「それは演劇部も一緒なんじゃないですか」

「うん、部長達にとっては最後の演劇大会になるね」

「……文化祭は?」

「それもあるけど、演目は大会と一緒だし」


それはつまり今、僕が一緒に練習しているこのストーリーが3年生にとって最後の演目という事だ。


「だったらヒロインも3年生が演じなくていいんですか?」

「私もそう言ったんだけどね。でも来年に向けて、2年生も大役で場を踏んでおくべきだ……って」

「誰が言ったんです?」


問いを続けつつも、答えに察しはついていた。

そして僕は明らかに苛立っていた。


「そう言ったのは部長。顧問の先生も3年が納得できるなら良い事だって言ってくれたけど」

「詭弁ですよ、そんなの」

「……怒ってるの?」

「部長が先輩と主役を演じたかっただけだ」


最も制御の利かない感情は怒りだと思う。

できるだけ平静を努めていた先刻の意識など、今の僕からは失せてしまったらしい。

隠しても見透かされていた上辺の想いは、逆に剥き出しにする事で先輩にも予測不能なものになったようだ。


「ごめん……今日はもうお終いにする?」

「いいえ」


僕に乱暴を働くような度胸は無い。先輩を傷つけるつもりも、悲しませる気も無い。

だけど困らせる事だけは許してくれ、そう思った。


中学校と小学校に身の置場を分けたあの日、それまでの二人の関係は終わった。

今は別に環境が変わろうとしているわけではない、それでも構わない。

たとえこの関係がもう一度その形を変える事になろうとも、この『僕だけが共有できる時間』を失う結果を招こうと、それも厭わない。


「最後のシーンを練習しましょう。ほら、立って下さい」

「まだ最後の方は流し読みしかしてないよ」

「台詞、解りませんか?」


先輩は不安そうな面持ちで頷いた。こんなに彼女が小さく見えたのは初めてだった。

でも当然、身長は前から僕の方が高かったし、力だってずっと強い。


台本は無論、僕も読んでいない。

そのパートを彼女と誰かが演じると思うと、開く気になれなかったからだ。

でもラブストーリーの最後なんて相場は決まってる。


「先輩、手を」

「台詞わからないってば」

「僕はずっと貴女が好きだった」

「そんなラストじゃないでしょう、二人が山で出会った時はまだ──」

「──出会ったのは、もう十六年前です」


先輩の肩が竦んだ。

漸く僕の行動の意味を理解したのだろう、逃げ場が無くなったというのが正しいかもしれない。

ストーリーを無視した僕の言葉を、主人公の台詞と思い込む事はできなくなったからだ。


「コケモモジャムの作り方なんて知りません。歯の浮きそうな花言葉もわからない」


彼女を胸に抱き寄せる。

小さく震える背中は、とても『姉』や『クールビューティ』などという呼び名は似合わない。

でも、それでいいんだ。僕はもう弟じゃないし、周りの期待に応えるためにクールビューティを装った彼女に恋をしたわけじゃない。


信号のタイミングによるものか、気を利かせるかのように橋上の車通りが止んだ。

先輩がごくりと唾を飲むのが判った。


「好きです、先輩」


数秒、僕らは時が止まったように動かなかった。

やがて先輩はゆっくりと下を向き、小さな溜息をついたあとその鼻先を僕の胸に埋めた。


「大きくなったねえ……お姉ちゃん、びっくりしたよ」


僕に対し自分を姉と呼ぶ彼女を見るのは数年ぶりだった。

やはり自分は弟に過ぎないのか……そう考えた時、彼女は顔を上げ困ったような笑顔で言った。


「年上だもの、少しは余裕あるとこ見せたいわ」


両手で僕の胸を押して一歩分の距離を空け、軽く咳払いをして見せる。

もう一度にこりと微笑んだその顔からは、もう困惑の色は消え去っていた。


「交際を申し込まれたと受け取っていいのね?」


その女性は確かに僕の目を見据えて今の言葉を唱えた。

長い黒髪を指で梳かし、続けた言葉は。


「次のセリフはなんだったかしら?」


橋の袂、歩行者用の信号が点滅を始めるのが目の端に映った。

もうすぐまた橋上からは行き交う車のノイズが届くだろう。

どうか、その前に答えてくれ。


「『はい、喜んで』です」



【おわり】



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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2016/08/27(土) 13:59:18|
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  3. | コメント:2

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