がらくた処分場

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臆病な強者




「──まさか単機で戻るとはな」


このイーストエンド空軍基地の司令たる老兵は、ぽつりとそう呟いた。彼は過去に幾度も死線を潜った叩き上げ、いつもは歳に似合わぬ鋭い眼光で部下達を竦み上がらせる程だが、今日ばかりは幾分か肩の力が抜けているようだった。


「戦闘機乗りが作戦から戻らぬ事など珍しくは無いのでは、ブライアン中佐殿」


バーンズ大尉が答えた。視線は上官を捉えず、窓越しに滑走路の方へ向けられていた。


「こと貴様らにそれは当てはまるまい」

「同じです。一度空に上がれば生きるか死ぬか、みんなそのどちらかの未来しか無い」


基地にスクランブルの警報が鳴ったのは未明だった。敵機が本土に接近するのは暫くぶりの事、既にこの戦争の勝敗は決したと思われており、すぐに離陸が可能な機体は多くは無かった。

敵機の編成は小規模であるという情報だった。真っ先に出撃準備が整ったのは二機のF-15C、バーンズとティコ各大尉の両エースは警報から僅か7分で離陸した。基地の誰もが「この後に続く機は全て無駄足になる」と考え、それは現実となった。

午前5時18分、二機は接近する敵機と遭遇し空中戦となった。敵編隊は爆撃機一機と四機の護衛戦闘機、まさに最後の一矢を報わんとするために飛来したなけなしの部隊だった。


「敵部隊は全滅、現在調査中だが爆撃機の腹には核が載っていたかもしれんな」


しかしその空域で墜ちた機体は六機、敵機と残りの一機はティコ大尉のものだった。

司令官は部屋に掛けられたアナログ時計を一瞥してから煙草に火を点けると、煙を吐き出しながら言葉を続けた。


「相手が降伏勧告を受け入れたのは5時30分ちょうどだったそうだ」


もしも敵爆撃機が本当に核を搭載し最後の攻撃を目論んでいたとしたら、降伏を受け入れたのはその希望が潰えた時と考えるのが自然だ。


「……随分長い空戦だったようだな。終戦と同時に英雄が命を落とすとは、解らんものだ」


バーンズ大尉が僚機の墜落を報告したのは終戦宣言より後の5時45分頃の事だった。


「自分達は英雄ではない……か」


時計の下には額縁が提げられていた。そこにはいくつもの勲章が並んでおり、その内の幾つかはまさにエース二人がその活躍によって基地に齎した物だった。


「死ぬのが怖い、臆病者であるが故に誰より強くなった。それだけの事だからです」


それはティコ大尉が酒を飲んではよく零していた言葉だった。バーンズもまたその言葉、考え方を気に入っていた。


「ならば彼の最期はどうだったね? 彼は臆病者のまま散ったのか」


問われたバーンズは言葉に詰まり、思い返すように目を閉じた。


《──聞いたか、バーンズ。戦争が終わったってよ》


それは全ての目標を撃墜して間も無くの事だった。ティコは衛星リンクを切断した無線でバーンズに話しかけた。


「ああ、聞いた。何も返答はしていないが」

《俺もだ。結局、生き残っちまったな》


このまま基地に帰ればいよいよ自分達はこの戦争の英雄だ、ティコは自嘲的なニュアンスでそう語った。


「総撃墜数はお前が72か……おめでとう、エース」

《よせ、参加した作戦の違いに過ぎん》


朝焼けに染まり始めた空、しかし海はまだ大半がどす黒く見えた。幾度にも渡る戦闘の中いつかはこの波間に墜ちる日がくるだろう、バーンズはそう思っていた。


《何を考えていた?》

「……何も」

《嘘をつくな、俺には解る》


二人は渇望していた。自分を墜とす者が現れる事、全力をもって戦い敗れる事を。

臆病者が生き残るためにたくさんの命を奪った、それが英雄的な行為であるはずがない……そう二人は考えていた。死を怖れる本能に基づき戦う彼らは、いつしかそれよりも大きな衝動を伴う罪悪感という魔物に取り憑かれてしまったのだ。


《残弾は?》

「400と少しだ」

《OK、大差は無い》


そしてその罪悪感から解放される術は、一つしか無かった。


「よせ、ティコ。何をしようとしている」

《腹のサイドワインダーを棄てろ》


自分を上回る技術をもって墜とされる事。そしてその相手は自分以上に臆病な強者であったと信じる事。


《バーンズ、右に旋回を》

「ティコ! 正気か!」


ティコ機が左に90度ロールした。鋭い軌跡で水平旋回するイーグル。あのノーズがもう一度こちらを向いた時、自分は墜とされる。バーンズはそう直感した。

今からアフターバーナーをフルにして空域を離脱したらどうなる? 彼の脳裏に事態を打開しようとする考えが巡り、しかしそれは一瞬で否定された。

後から加速を始めたところでティコ機から逃げ切れるはずが無い。そして何よりもバーンズ自身が逃げない事を望んでいた。魔物から解放されるために、相棒と自分のどちらがより臆病者なのかを知るために。


「お前と飲む酒は悪く無かったよ、ティコ」


バーンズは無線を遮断し、操縦桿に力を籠めた。右翼のエルロンが上に、左が下にめくれ上がり機体は瞬時に右ロール。ティコ機にひけをとらぬ鋭い旋回に入り、翼端から筋状の雲が生まれた。


「ティコは……彼は勇敢でした。この戦争の英雄はティコ・ブライアン大尉です」


随分の沈黙の後、バーンズは上官に答えた。視線は滑走路に向いたままだった。


「生き残ったのは息子ではない、貴様だ。勝利の象徴たる英雄は生きていなくてはならんのだよ」

「私は英雄などではありません」

「それはやがて明らかとなろう。退出してよし、最後の任務ご苦労だった」


敬礼を残し司令室を出ていくバーンズ、それを見送ってから中佐は机に置かれた内線の子機を取りドックに通話を繋いだ。


「バーンズ機のガンカメラ記録を抹消しろ。戦争は終わった、調査の必要は無い」


老兵はほとんど長さの尽きてしまった煙草を一口吸い込みガラスの灰皿に揉み消すと、橙色に近付き始めた午後の日差しが注ぐ窓に目を遣った。

バーンズ大尉が視線を送っていた先、滑走路の向こうには一箇所だけシャッターが開いたまま、帰らぬ主を待ち続ける格納庫があった。



【おわり】



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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2016/03/01(火) 12:43:25|
  2. その他
  3. | コメント:4

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