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ぼくだけのなつやすみ(原題/同じ)



1: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:10:06 ID:RXlTYTXE


妙に世界が黄金色がかっている──それが目を覚まして最初に感じた事だった。

そこは僕が眠りに落ちた自分の部屋ではない。

畳敷きの床、木でできた柱や天井、昔ながらの吊り下げ型の蛍光灯、明らかに田舎の家屋そのものの風情だ。


頭はひどく混乱していた。

なにせ自分がいるのは都内の自宅、マンションの一室であったはずだからだ。

高校生の僕は始まったばかりの夏休みの一日を怠惰に過ごし、午後にはスマートホンを弄りながらベッドに寝転びやがて意識を手放した。


その脇の壁は白いクロス張りだったはずだ、こんな珪藻土塗りで年季の入った壁ではない。

上半身を起こして目に映るのも二重ガラスになったベランダの窓でなければおかしい、なにせここは6階のはずなんだから。

でも僕がそこに見たのは、少し殺風景な庭に面する縁側だった。



2: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:11:13 ID:RXlTYTXE


世界をくすんだ金色に染めるのはその縁側から射し込む光、おそらく夕方に近い時刻なんだろう。

りん……と小さく風鈴らしき音が耳に届いた気がしたが、どこにもそれが吊り下げられているのは見つけられなかった。

そんな僅かな音でも聞き取れるほど、この世界は静寂に包まれている。

それもそのはずだ、ここが山や田園に囲まれたへんぴな田舎である事は縁側越しに窺えた。


何時間、或いは何日分かの記憶が飛んでいるのかもしれない──僕はそう考えた。

父や母にこんな田舎で暮らす親戚がいるという話を聞いた事はない。

それでも『そういう人がいて、そこへ連れて来られたのだ』と考える他に現状を腑に落とす術はなかった。


しかし、ここまでの経緯を覚えていない理由はそれ以上に納得し難い。

記憶を漁るも思い出せたのは──今しがた覚醒した睡眠と連続したものかは判らないが──眠りに落ちる前、やけに大きく耳鳴りがしたという事だけ。

あまりに足りない情報、胸中に募る不安。

僕は意識して『危機的な状況にあるわけではなさそうだ』と脳内で繰り返し、己を落ち着かせる事に努めた。



3: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:12:05 ID:RXlTYTXE


数分ほど黙して考えを巡らせたのち、僕は立ち上がり金色がかった光の注ぐ縁側へと歩んだ。

縁側は古いガラス戸で外と仕切られており、もう一枚向こうに網戸が備えられている。

サッシの引き手近くにガラスが割れている部分があり、間違えて指を掛けないよう気をつけつつ僕はガラス戸を開けた。


そこから見渡せる景色はまさに山間の集落といった様相だった。

田園と畦道、農機具の倉庫と思しきシャッター扉のガレージ。

その向こうを通る車道には木の電柱が並び、まばらに並んだ家々に線が引き込まれている。


国道だというのに車の影は無いな──ぼんやりと考えつつ、僕は網戸も引き開けた。

なにも遮るものの無くなった日差しが注ぐけど、暑いとは感じなかった。

それどころかさっきまでガラス戸が閉まっていたというのに、室温もさほど高くないようだ。



4: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:13:10 ID:RXlTYTXE


縁側の先には小ぶりな沓脱石が備えられており、自分のサンダルもそこにあった。

それを履いて庭に降り、鍵は掛けられないまでもガラス戸と網戸を閉める。


(……笛の音?)


外に降り立った僕は、微かに届くその音に気づいた。

自然と足はその元へと向かう。


四輪では通れないだろう幅1メートル強ほどのコンクリート道を歩いてゆくと、少しずつ笛の音はよく聞こえるようになっていった。

不等間隔で並ぶ民家、どの軒先にも人影は無い。

元の家から数えて5軒目は胸ほどの高さの石垣を築いた上に建てられている。



5: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:13:47 ID:RXlTYTXE


(……なんだろう、初めて見る場所なのにな)


歩きながらふと違和感を覚えた。

この細道に見覚えなど全く無い、それなのに何故か『判る』のだ。

石垣はこの家の門に当たる部分だけ高くなっている、そしてそこに埋め込まれた表札には『杉岡』という苗字が。


(そうだ……なんでさっき僕は縁側から出たんだ? 偶然そこにサンダルがあったから?)


そう考えつつ『違うだろう』とも思う。

サンダルがそこにある事は無意識に判っていた、季節を思えばあまりに暑くない事も疑問と感じなかった。

外に出ようと考えるなら、普通は玄関を探すはずだ。



6: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:14:26 ID:RXlTYTXE


やはり一部の記憶が欠如しているだけで、縁側でサンダルを脱いだ事などは無意識に刻まれているのか。


(なんで僕は……)


しかし高校生の僕はまだ免許も取得していない。

地元を走る主要なひと桁番台のそれならともかく──


(……あの道が『国道』だと思ったんだ?)


──よく知りもしない集落の脇を抜ける片側一車線の道の種別など、意識する筈がないのだ。



7: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:15:08 ID:RXlTYTXE


笛の音はだんだんと音程も判るようになり、そこには太鼓の響きが混じっている事にも気づいた。

ただ太鼓の音が笛よりもずっと後から聞こえ始めたという事は、それは大きな本物の和太鼓から発せられているものではない。

音の割れようからしても察せられるが、録音された音色がスピーカーから流されているのだろう。


やがて辿り着いた集落の中心と思しき広場にはやぐらが組まれており、盆踊り会場のように飾りつけがされていた。

ただやぐらの裾に掛けられているのが紅白の幕ではなく、葬儀の際に用いられる白黒のそれである事が強烈な違和感を放っている。

そして何より、そこには誰一人の姿も見当たらなかった。


僕はこの事も判っていただろうか?

少なくとも『もしかして』という漠然とした不安は最初からあり、この無人の広場を目の当たりにして『やはり』と確信した気がする。



8: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:15:48 ID:RXlTYTXE


無人の会場に笛と太鼓の割れた音色が鳴り続ける光景はひどく異様なものだった。

時間帯としては夕方が迫る頃だ、既に祭りが始まっていてもおかしくはない。

しかし祭りが始まっているのに人がいない、人がいないのに祭りが始まっている──この相反する状態は僕に訳の分からない恐怖心を植えつけた。


「あの! 誰かいませんか!」


声を発してから『そうだ、いないんだ』と、知っている事を再確認したかのような感覚が襲う。

でもそれ以上先の事は分からない、ただ漠然と嫌な予感が胸に渦巻いている。


僕はサンダル履きである事も構わず走り出した。

誰もいない広場も、人の気配がしない集落そのものも無性に怖かった。

足は勝手に田んぼの向こうに横たう『国道』を目指している。

縁側を降りてから今まで、そこを一台の車も通っていない事は解っていても割れた笛の音が聞こえないところへ逃げたかった。



9: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:16:24 ID:RXlTYTXE


辿り着いた国道には縁石で仕切られた歩道が並走していた。

まだ笛と太鼓の音は聞こえていたけれど、なんとなくあの集落からは切り離された部分に出られた気がして少しだけ安堵する。

だけどその道がどの方角に伸びているのか、そしてどっちに行けば『人と会える可能性が高いのか』は何も当てが無い。

それでも立ち止まる気にはなれず、少しでも集落から遠ざかる方向へ歩みを進めた。


辺りは変わらずくすんだ金色に染まっている。

でもなぜかその光の元であるはずの太陽がどこにあるか判らない。

自分の影もぼんやりとして、どちらに伸びているのか判別できないのだ。



10: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:17:14 ID:RXlTYTXE


なぜ僕はここにいる?

どうやってここに来たんだ──歩きながら、欠けている記憶のピースを必死に探した。

でもそこにはあてや手掛かりはなく、単に『これなら何とか自分を納得させられる』という辻褄合わせをでっち上げようとしているに過ぎない。


例えばこの道を少し行った先で、何かしらの災害が起こっていたらどうか。

道が通行不能になっていれば車が来ない事も頷ける。

そしてそれを復旧するために『祭りの準備をした人々』も『自分をここへ連れてきたであろう者』も赴いているとしたら、集落が無人である事も納得できる──


──これは正常性バイアスと呼ばれる衝動なのかもしれない、でも仮に現状の異常性を認めたとしても事態は好転しないだろう。

それならたとえ仮説にすがってでも心に平静を取り戻したかった。



11: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:17:50 ID:RXlTYTXE


そんな考えに耽っていたからだろうか、それとも耳は未だに届く笛の音に向けられていたからかもしれない。

本当なら待ちわびていたはずの存在が接近している事に僕は気づかなかった。


「あっ……!」


追い抜かれる瞬間になって初めて認識した、それは国道を行く路線バスだ。

つい今しがた考えを巡らせた『災害による通行止め』を否定するものではあるが、自分以外の人間が存在するという事には他ならない。

僕は過ぎゆくバスに向かって大きく手を振った。

こういった田舎のバスは停留所のみに限らず、手を挙げた者を乗せ希望すればどこででも停まる『フリー乗降式』のものが多い──それは聞いた事がある。

頼む、停まってくれ──その想いが通じたか、バスはウインカーを点滅させ50メートルばかり先で停車した。



12: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:18:27 ID:RXlTYTXE


乗客がいるかは判らない、それでも運転士と言葉を交わせたらどんなにか安堵できる事だろう。

搭乗口の自動ドアを開け、バスは僕が追いつくのを待ってくれている。

ここがどこなのかという疑問についても、バスの行き先表示を見ればヒントになり得るかもしれない。

僕は駆け出した、そして後ろ窓の上部に備えられた電光パネルに目を遣り──





『 胃 』





──戦慄した。



13: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:19:14 ID:RXlTYTXE


胃という一文字で成立する地名は聞いた事が無い、きっと文字が化けているのだ。

機械の表示など、どんなものであれバグは発生するだろう。

それも文字化けなんてさほど珍しくはない、スマホでネットを閲覧してたってざらにある。

でもこのタイミング、シチュエーションで起こった不気味な現象を『不安に思うな』というのは無理だ。

無意識の内に僕は足を止め、立ち尽くしていた。


目が覚めてから人に会っていない。

あんな準備の整った祭りの会場にさえ、誰一人の姿も無かった。

動いている車を見たのも、この行き先の知れないバスだけだ。

鳥のさえずりも犬の鳴き声も聞こえなかったと思う……そういえば不自然な事に、蝉すら鳴いてないじゃないか。



14: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:20:10 ID:RXlTYTXE


無人の集落、録音された笛や太鼓だけが鳴り続ける広場、やけに黄色く染まった空気。

今やけに僕の鼓動が早いのは、こんなにも不安に苛まれているのは、それらひとつひとつの漠然とした不気味さだけのせいではない。


あの家の畳の上で目覚めてから既に10分や15分程度ではきかないだろう。

なのにその間、人・動物・虫……それらの種別を問わず『生きているものの気配』を一切感じなかった。

そしてこれは勘に過ぎないかもしれないけれど、あのバスからも『それ』を感じないのだ。


バスは変わらずドアを開けたまま、僕が乗り込むのを待っている。

アレに乗ったら帰れなくなる──根拠の無い警告を発するのは僕の本能に違いない。

せめて運転士がいるかどうかだけでも確認するべきではないか? でも内なる意識はそれさえも『やめておけ』と制している気がした。



15: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:20:47 ID:RXlTYTXE


ごくりと唾を飲む。

目が覚めたその時から既に何かがおかしかった。

『記憶が飛んでいる』などと置かれた状況に折り合いがつく仮説を立てて、無理矢理に不安を抑え込んだだけだ。

集落に人がおらず車も来ないのは『道を塞ぐ災害が発生したのかも』などという安易で根拠の欠片も無い理由をでっち上げ、辻褄を合わせた。


それはひとえに認めたくなかったからだ。

まるで安っぽい創作のテーマのようでいて、でも現状を表すには最も相応しいその『表現』を意識しないためだった。


しかし僕はさっき『帰れなくなる』と思った。

それはどこからだ? この山間の集落からか、それともバスに乗れば連れて行かれるであろう先から?

それは違う──僕はこのやけにくすんだ黄金色の光が満ちる景色を『異世界』ではないかと考えているのだ。



16: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:21:24 ID:RXlTYTXE


既にバスが停車してから1分は過ぎている。

普通なら乗るかどうか定かでない一人の客のために、こんなにも長く待ちはしないだろう。

あのバスに乗ってはいけない──その想いはもはや確信に変わっていた。


僕は振り返り、国道の歩道から田園の側へ降りると元いた家屋の方へ伸びる畦道を早足に歩き始めた。

この世界に来てしまった時、僕がいたのはあの家の畳の上だ。

なんの根拠もないけれど、元の世界に通じるところがあるとしたら同じ場所ではないだろうか。

でも元来た道を引き返す事はしない、あの無人の広場には近寄りたくない。

数分が経ったからといって『今なら人がいるかもしれない』などとは思えないからだ。



17: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:22:04 ID:RXlTYTXE


幸い畦道は途切れる事無く、庭先まで続いているようだった。

だがこれだけ無遠慮に雑草を踏み分けながら歩いているというのに、そこからは一匹の虫さえ跳ばない。

水田を泳ぎ逃げるオタマジャクシやカエルの姿も見当たらなかった。


畦道を抜けるまでに僕は三度振り返ってみたが、バスは結局最後まで扉を開けたまま待ち続けていた。

停留所でもないところで、逃げ去る僕をじっと待ち続けていたのだ。

これが普通であるわけがない。

少なくとも『僕が暮らしていた世界』では、こんな事は常軌を逸している。



18: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:23:13 ID:RXlTYTXE


殺風景な庭を横切る時には、僕はすっかり息が上がっていた。

早足のまま沓脱石を蹴上がり、脱ぎ捨てたサンダルが片方そこから転げ落ちる。

それに構わず雑な動作で網戸と一緒にガラス戸を開けた時、割れたガラス縁で軽く指を切ったらしい。

床に血が数滴落ちたが、痛みは麻痺しているかのように感じられなかった。


入ったばかりの室内はやけに暗く思えた。

天井に吊られた一昔前のペンダント式照明器具の紐を引いたが、何の反応も無い。

この事も後から『そうだった』という訳の分からない既視感を覚えた。

視界の脇に映った隣の部屋のテレビについても存在を知っていた気がするが、同時にそれが点かないという確信もある。



19: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:24:06 ID:RXlTYTXE


部屋をゆっくりと見回す。

ほとんど何も無く、がらんとした10畳ほどの室内。

ただ廊下側と思しき部屋の角にだけ小さな木製のコーナーテーブルが備えられ、その上にコード式の電話機が置かれていた。


『元の世界』への帰り道などというものがあるとしたら、それはどんな形で存在するのだろう。

少なくとも部屋の片隅の空間にぽっかりと穴が空いているというわけではなさそうだ──そんな下手なSFじみた想像をしてしまう現状が腹立たしい。


しかし少し冷静に考えてみれば、完全に非現実的な事は起こっていないはずなのだ。

不気味ではあれど集落が無人な事も、道をちっとも車が通らない事も、バスの行き先表示が文字化けしている事も起こり得ないわけではない。

幽霊や化け物に遭遇してはいないし、水が下から上へ流れるような超常現象を目の当たりにしたわけでもない。

そう考えるとやはり異世界などという馬鹿げた表現を使うのはおかしい気もしてくる。



20: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:24:42 ID:RXlTYTXE


ならばもし、あの電話を使おうとしたらどうなるだろう。

受話器に耳を当てて全くの無音ならそれまでの事だ、電灯と同じく電気が来ていない等の不具合だと考えればいい。

恐ろしいのは待ち受け音がして、なのに自宅にかけても通じなかった場合だろう。

それはここが自分の世界では無いという証明に他ならない──僕は電話機の前まで歩み、ごくりと唾を飲み込んだ。


しかし受話器を手に取るまでもなく、僕は『それ』を見つけた。

テーブルの上、電話機の脇に無造作に置かれた数枚の硬貨。

ほんの些細な違和感かもしれない、けれど明らかに異なっている──


「なんだよ……これ……」


──ふたつ穴の50円玉を。



21: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:25:18 ID:RXlTYTXE


エラーコイン、あるいは偽物の玩具だと思いたかったけれど、また僕は『そうではない』という確信を持っていた。

この世界ではあれが普通なのだ、50円玉には穴が二つ空いている。

小さなそれは僕に凄まじい絶望と恐怖を植えつけた。


なんなんだろう、この世界は。

どうしてこんなところへ来てしまったのだろう。

元の世界へ帰る事はできるのか、なぜ僕はここで起こる事を知っていた気がするのか。


僕は自分が目を覚ました辺りに座り込み、膝を抱え俯いていた。

いつかここで眠りに落ちたら、次に目を開ければ元の世界に戻っていたりはしないだろうか。

しかし恐怖は僕の意識を強く覚醒し続ける。

このままここで夜を迎えるなんて、絶対に嫌だ──そう考えたところで抵抗する術は無い。



22: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:27:51 ID:RXlTYTXE


それに『夜までの間に何も起こらないはずが無い』という事もまた、僕は判っている。

何かが来るのだ、もうすぐ、何かが。

予感と呼ぶには鮮明過ぎる嫌な気配に、鼓動は際限無く早まっていった。


こん、こん──その時、不意に玄関と思われる方から物音が届いた。

こん、こん──二度目、ああ……やはり来てしまった。

知っている、この次なんだ。

こん、こん──




「あの、どナた、か、お届ケ、もの、デす」




──三度目のノックと共に、声がする。



23: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:28:29 ID:RXlTYTXE


ここに来てから初めて聞く他者の声、しかし僕はそれが生者のものではないと確信していた。


「ダれか、いま、せン、か、だレカ」


こん、こん──ノックは続く。

恐怖に乱れる呼吸、僕は自分の存在を悟らせまいと口元を手で押さえた。

しばらくして声の主は玄関の前を離れたが、去ったわけではない。

ずるずると這うような音をたてて、少しずつ縁側の方へと移動してきている。


「あノ、だレか、オ届け、モの」


縁側のガラス戸、その向こうに蠢く赤黒い塊が現れた。

逆光であるため詳細な姿は判別できないが、それはぶよぶよと身を揺らしながら亀が進む程の遅さで歩んでいる。

僕がいる部屋の隅が特に光の差さない陰になった範囲だからか、まだおそらくこちらに気づいてはいない。



24: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:29:12 ID:RXlTYTXE


このまま見つかりませんように──僕は願った。

しかし肉塊のようなそれは沓脱石の辺りに達した時、突然獣が餌の匂いを嗅ぎまわるような音を発し始める。

そこに僕が脱ぎ捨てたサンダルがあるからだろうか。

いや、気づかれれば更に不味いであろうものはガラス戸よりも内側にある。


から、から、から、から──ゆっくりとそれが開く音がした。

激しく匂いを嗅ぐ呼吸音が一段と大きく部屋に響く。


「血、が、アる、血、匂い、血」



25: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:29:49 ID:RXlTYTXE


みし、めりめり、みし、ずるり──巨大な蛭のように身を伸縮させながら部屋へ侵入し始める肉塊。

指の傷から落ちた血の跡は縁側から電話のある側の隅を経て、僕が座り込むところまで点々と続いている。


「あル、血、ヒと、ノ、血、がア、る」


化け物はそれを辿り、おそらくは丁寧に床の血を舐め取りながら進んでいるのだろう。

その様はあまりに恐ろしく、僕は腰が抜けて逃げ出す事も叶わなかった。



26: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:30:32 ID:RXlTYTXE


しかし判っているのだ。

あれは僕の元まで来てしまう、そうなる事は定められているのだから。

たった今、思い出した。

なぜ経験した事が無いはずの出来事を知っているのか──それも全て同じ理由だった。


肉塊は電話機の手前で向きを変え、僕の方へと這い寄り始める。

どこに目があるのかは判らない、それでも自分が『見られた』事は伝わった。

蛭のような伸縮が激しく、速くなる。



27: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:31:16 ID:RXlTYTXE


「ア、ぁ、イた、いた、ヒと、いタ」


このあと僕はこいつに脚の先から飲まれてゆくだろう、その展開も確かに『読んだ』。

だけどそこから脱する術はある、声にすべき『まじないの言葉』を僕は知っている。

それを唱えればこの化け物は消え、元の世界に戻れるはずだ。


脚の先にぬるりとした肉塊の感触が伝う。

僕は恐怖を抑え込み、大きく息を吸い込んだ──



28: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:38:54 ID:RXlTYTXE


……………
………



りん……という小さな風鈴の音色。

目を開けると、そこは白いクロス張りの壁に面するベッドの上だった。

枕元には使い慣れたスマートホンが転がっている。


全てはこのスマートホンのせい、眠りに落ちる前にうとうととしながら読んでいたネット怪談のせいだろう。

あの無人の集落も肉塊のような化け物も、みんなその話に出てきた通りだったのだ。


まさかこの歳になって怪談の登場人物になる悪夢にうなされてしまうとは、格好悪すぎてとても家族や友人には話せない。

しかもその怪談というのも、たかが素人の創作に過ぎないお粗末なもの。

なにしろ最後が半ば夢オチなのだから出来が悪いにも程がある──まあ、そんな舞台だからこそ夢にみてしまったのだろう。

そういう意味では作りの良し悪しは別として、読めば夢に出やすい話なのかもしれない。


ふう……とひとつ息をついて額に浮かんだ汗を掌で拭う。

そこに含まれる塩分のせいか、指の切り傷がちくりと痛んだ。



29: ◆.NYWcOx9z2 :2018/08/04(土) 00:40:07 ID:RXlTYTXE


もしあなたがネット上で同じ物語を見かけたら、時間の無駄を承知で読んでみて欲しい。

そしてその日、眠りに就く時やけに大きく耳鳴りがしないか意識しておくといいだろう。

くすんだ金色の光に満ちた部屋で目覚めた気がしたら、そこはきっと知らないのに知っている山間の集落だ。


その話のタイトルは『ぼくだけのなつやすみ』という。

念のため、最後に夢から覚める際に必要な『まじないの言葉』だけは忘れないように──



【おわり】



.
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聖夜の街と願いのリボン(原題/子供「願い事を枝に結ぶよ」 クリスマスツリー(それ七夕じゃない?))



1: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:42:13 ID:4VPd.D06


1997年12月24日


──私は、このツリーの精。

ある街の駅前広場に植えられたモミノキに、いつしか宿った木の精霊。

時季には街路樹と共にイルミネーションの飾り付けをされて、地域で一番大きなクリスマスツリーになる事が私の自慢。


単純な背の高さなんかは、駅の建物越しに見える運動公園のセコイア並木には敵わない。

だけど地元の人を見送り、訪れる人を迎えられるこの場所を私は気に入っている。

時々、駅から出てきた人が『立派なツリーだね』なんて褒めてくれると、背筋……幹がぴんと伸びた気持ちになれる。


そして一年の内で特に幸せなのが、まさに今夜。

待ち合わせる恋人やパーティーを終えたグループで私の足元が賑わう時間は、もうすぐそこに迫っている。

あと30分程すれば日が暮れて、そうしたら一年も楽しみに待ったイブの夜。

そんな夕方頃に、二人の子供達が私の元へ訪れた。



2: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:43:11 ID:ShZYRrGQ


「──このツリー、大きいよね」

「この木ならきっと叶うよ」フンスフンス

「僕、オトコだから緑のリボンにしたよ」

「私は赤にしたから、ちょうどいいね」


…モゾモゾ
シュルッ、ギュッ…


「ちょうちょ結び、どうやるんだっけ……」

「やってあげようか?」クスクス

「いい、自分でやる」

「そっちじゃ縦結びになっちゃうよ」

「わ、わかってるし、間違えただけだし──」モゾモゾ…



3: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:44:00 ID:ShZYRrGQ


──小学生になったばかり、くらいかな?

なんだろう、下枝にリボンを結んでくれたみたい……何か書いてあるね。


『おとしだま お たくさん ほしい』

『くりすます ふれぜんと たまごっち もらえますように』


これは、願い事? クリスマスツリーに願い事をするのって、普通なのかな?

もしかして七夕みたいなものと思ったのかも?

でも可愛い、頼りにされたみたいでちょっと嬉しいな。


お年玉たくさん貰えるといいね。

たまごっちも手に入りますように──



4: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:44:42 ID:ShZYRrGQ


……………
………


1998年12月24日


──私は、このツリーの精。

また今年もイルミネーションを纏い、訪れる人々を眺めながらイブの夜を楽しんでる。


昨年の夕方、私の下枝に願い事のリボンを結んだ子供達は今年も同じ時間帯に来てくれた。

……という事は、去年の望みは叶ったのかもしれない。

別に私の力でもなんでもないけれど、ちょっと誇らしい気がする。


今年もまたそれぞれに願い事を結んで行ったけど、内容はどちらもほとんど同じ事だった。

『三年生でも同じクラスになれますように』

二人は幼馴染みだね、ずっと仲良く一緒ならいいね──



5: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:45:23 ID:ShZYRrGQ


「──やっぱここのツリー、超めりくりじゃね?」

「写スンですで撮るしかないしー」ガリガリガリ……パチンッ

「夜だから写らなくね?」

「チョーウケルー」


「は? なにこれ? なんかリボンに願い事書いてあるしー」ピラッ

「それやってみるしかなくね? ね?」


「リボンとか持ってないしー」

「ルーズソックスに書いて吊るせばよくね?」

「チョーウケルー」

「めっちゃダメっぽいし、そこに100均あるし──」



6: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:46:08 ID:ShZYRrGQ


──なんか子供達が結んだリボンに気づいた人がいるみたい。

最近、ああいうファッションの女の子が多いな……リボンに悪戯とかされなければいいけれど。


あれ? 一人がリボン買って戻ってきた。

この子達も結ぶんだ……


『L'arcのチケット当てるしかなくね?』

『タイタニックみたいな恋に憧れるしー』

『世界が平和でありますように』


最後のを除くと願い事の体をなしてなくね?

……いけない、語尾が伝染った。

私はたぶん神聖なる木の精霊、砕け過ぎた言葉なんかつかわないしー。



7: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:47:01 ID:ShZYRrGQ


……………
………


2003年12月24日


──あれから数年。イブの夜に私の枝にリボンを結ぶ人は少しずつ、でもかなり増えてきた。

先月あたりにローカルのTV番組で『クリスマスの願い事』なんて題して、この広場で中継をしてたっけ。


もちろん最初にそれを始めた幼馴染みの二人は今年も来てくれた。

中学校の制服で、昔に比べるとずいぶん背も高くなった男の子は、女の子に見られないよう背伸びして結んだみたい。

それもそのはずだよね。

『幼馴染みに彼氏ができませんように』

こんな願い事、本人には見せられない。



8: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:47:48 ID:ShZYRrGQ


緑のリボンは男性、赤は女性。

いつのまにかそのルールも定着して、私の下枝はたくさんのリボンでデコレーションされている。


『ゆいちゃんと仲直りできますように』

お互いにごめんなさいすれば、きっと大丈夫。


『志望校に合格できますように』

これは責任重大だなぁ……と言っても何もできないけど、私も祈っておくよ。


『おじいちゃんが100才まで長生きできますように』

100才ってすごい、今いくつのおじいちゃんなんだろう? このモミノキよりずっと年上なんじゃないかな。


『可愛くて性格も良くて、俺だけに一途で料理が上手くて、俺のオタク趣味を理解してくれる巨乳の彼女ができますように』

……これはノーコメント。



9: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:48:30 ID:ShZYRrGQ


なんだか賑やかになったと思ったら、時々この広場で弾き語りライブを開く男の子二人組がギターを鳴らし始めたんだね。

前に立ち話が聞こえたけど、二人はまだ高校一年生という事だった。

ギターも歌もそこまで上手なわけじゃないし、足を止める人はまばらなもの。

でもカバー曲を中心に歌う彼らの音色、私は結構好きだったり。


今夜はクリスマスソングが多いみたい、それでも──


「そうさー俺らは♪ 地球ぅーにーひーとーつだーけーの花♪」


──この曲は外さないよね、本当に今年は駅前でもよく流れてた。


二人の歌をできるだけたくさんの人が聴いてくれますように。

リボンを結んでくれた人もそうでない人も、楽しいクリスマスを過ごせますように。

願いを叶える力なんて無いはずの私、だからせめて真剣に祈るからね。



10: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:49:41 ID:ShZYRrGQ


……………
………


2008年12月24日


──去年から、私に飾りつけられるイルミネーションは一段と華やかになった。

願いのリボンを結ぶ習慣が、とうとう自治体にも認知されて『クリスマスの地域イベント』として取り上げられたらしい。

私の周囲には2mくらいの高さがある足場が組まれ、たくさんのリボンがそれまでよりも高いところまで結ばれている。

足場からでも手が届かないと思われる高さから上は、イルミネーションを施工するのと同時に飾りのリボンが着けられた。


もともとこの広場のシンボルツリーとして立っていた私だけど、こんな形で人々に親しまれるようになるなんて。

ちょっとくすぐったくて、なんだか感動してしまうくらいに嬉しい。



11: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:50:26 ID:ShZYRrGQ


『赤ちゃんが元気に産まれますように』

楽しみだね、男の子かな? 女の子かな?


『うちゅうひこうし に なりたい』

宇宙なんてすごい、私は地面に立ってる事しかできないもの。どうか、夢が叶いますように。


『!Phoneを買ってもらえますように』

乗るしかないよね! このビッグウェーブに!


『企画書が通りますように』

この街の企業戦士さんなのかな、がんばって!


『可愛くて性格も良くて、俺だけに一途で料理が上手くて、オタク趣味を理解してくれる巨乳でJKの彼女ができますように』

……微妙に増えてない?



12: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:51:28 ID:ShZYRrGQ


「──ケーキのお買い忘れありませんかー? イチゴたっぷりのケーキ、お安くなってまーす」


ああ、やっぱりそうだ! 今まで気づかなかった!

あのサンタ衣装でケーキの売り子やってるの、最初にリボンを結んでくれた男の子だ!

アルバイトかな? あんまり在庫捌けてなさそうだけど……お隣りと比べて。


「2500円ちょうど頂きます、ありがとうございました! ……はい、こちら2つですね! 少々お待ち下さい!」

「くっそー、なんでそっちばっか売れるんだよー」ブツブツ…


じゃあ、ミニスカ履いたサンタさんの方は幼馴染みの女の子なんだね。

残念……帰り道の男性サラリーマンが多い時間帯、売れ行きの違いは歴然みたい。


「半分引き取ろっか?」

「うるせーし、自分で売れるし!」


女の子のお言葉に甘えた方が、たぶん早いと思うけどなぁ……



13: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:52:09 ID:ShZYRrGQ


……………
………


2011年12月24日


──今年のイブの広場は、例年とは少し趣が違う。

イルミネーションはちょっと控えめに、でも広場は一面にキャンドルの優しい灯りで彩られている。


同じ国の少し遠いところで、とても悲しい出来事があった。

規模はともかく同じような事は他の年にもあったんだと思う、でも今年あったそれはずば抜けて大きなものだったんだろう。

この広場で得られる情報しか知らない私でも察せられるくらい、街頭のモニターでひっきりなしに報道されていたから。

私に結ばれたリボンに書かれた内容も、それに関する願い事がちらほらと見られた。



14: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:52:39 ID:ShZYRrGQ


『少しでも早く被災地が復興できますように』

『がんばろう、日本』

『早く故郷に帰れますように』


私みたいな木の精がいるんだもの、神様だっているかもしれない。

もしそうなら、どうかこの願いを叶えてくれたら──私もそう願わずにいられなかった。

もちろんそれ以外の願い事もある。そっちは私の役割だよね……と言っても祈る事しかできないけど。


『3D-Sがもらえますように』

プレゼント開けるの楽しみだね、そうならいいね。


『幼馴染みへの告白が上手くいきますように』

祈るよ、過去にないくらい真剣に祈るからね!


『まだ年齢的にセーフなはず。可愛くて性格も良くて、俺だけに一途で料理が上手くて、オタク趣味を理解してくれる巨乳でJKの彼女ができますように』

惜しくもないアウトだよ、ていうかこのリボンだけ異様に長くて怖いよ。



15: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:53:24 ID:ShZYRrGQ


少し久しぶりに、あの二人組が広場で弾き語りライブを始めた。

ギターも歌もすっかり上手になって、ファンも随分ついてきたみたい。


「今夜の演奏は僕らへのお気持ちは結構です。それでも、もしこの音色が少しでも皆さんの琴線に触れる事ができたなら」

「そこのコンビニの募金箱へ……幾らでも構わないので、お願いします──」


立派になったなぁ……ちょっと感動してしまった。

オリジナル曲もたくさんできたんだね、どの曲も素敵だよ。


あっという間に夜は更けて、二人がライブを切り上げたのはイルミネーションの消灯時刻が迫る頃。

そしてギターを片付けた彼らは、私を見上げながら言った。


「……またいつか、ここで演ろうな」

「おう、でもまずは東京で頑張ってからだ。胸張って帰って来られるように」

「絶対にデビューして、有名になって……もう一度、このスギの木の下で──」


──モミノキなんだけど。



16: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:55:03 ID:ShZYRrGQ


……………
………


2013年12月24日


──私に結ばれる願いのリボンは、年々増え続けている。

今年からは『直接結びに来られない人』を対象に自治体がリボンを預かり、高所作業車で上の枝まで余すところなく飾りつけられた。

なんでもその数は2000本を超えたとか、私としてもすごく誇らしい。

12月の初めにイルミネーションと一緒にその作業が行われて、それからひとつひとつ願い事を読んでいたら意識しない内にイブ当日になっていた。


噂では数年先くらいに駅前周辺の再開発が計画されているみたい。

この広場も、ここから見える街並みも模様替えされるのかもしれない。

今の景観も好きだけど、ちょっと楽しみに思ったりしてる。



17: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:55:39 ID:ShZYRrGQ


『いもおと げんき うまれますよおに』

女の子だというのは判ってるんだね。がんばれ、新米お兄ちゃんかお姉ちゃん!


『100倍返しだ!』

これだけリボンが増えると、願い事じゃないネタが書かれたものも多くなる。楽しいからいいけどね。


『おじいちゃんが110歳まで長生きできますように』

お爺ちゃん、ほんとに100歳突破してたんだ!


『あやかしうおっち ほしい』

お正月にはアニメが始まるって街頭TVで言ってたね、人気なのかな?


『贅沢言わない、年下で可愛い彼女が欲しい。できればJK』

そろそろ理解して。



18: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:58:27 ID:ShZYRrGQ


夜も9時を回る頃、遅ればせながらリボンを結びに訪れる女性がいた。

ほとんどの枝はたくさんのそれで埋まっている。

それでも僅かに隙間の多いところを探して、彼女は赤いリボンを結んだ。


私はその女性に確かな見覚えがある。

でも彼女が一人でここを訪れる姿は、今まで見た事が無かった。


『幼馴染みが元気に新年を迎えられますように。それと来年はもっと会えますように』


そっか……去年、二人の願い事は『新生活が上手くいきますように』と『彼が浮気しませんように』だったっけ。

離れているのは寂しいね、元気だといいね。

そして貴女も、元気で待っていられますように。



19: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:59:11 ID:ShZYRrGQ


……………
………


2015年12月24日


──今年のイブはイルミネーションと共に、別の明かりが駅前に瞬いている。

とは言っても、それは鑑賞用の照明ではなく安全を確保するための『灯火』と呼ぶべき赤い光。

再開発工事が、まずは駅の建物から着工したからだった。


ちょっと雰囲気を損なってる気もするけど、人が怪我をしないために必要な措置なんだから仕方ない。

たぶん全ての工事を終えるには数年でも要するんだろう……綺麗になった街並みを見られる日が待ち遠しいな。


近くが工事中とはいえ、願い事のリボンは今年も変わらず枝に揺れている。

去年は赤が1173本、緑が962本で赤の勝ちだった。

今年も日付が変わったら数えよう──私がそうやって楽しんでいるだけの事だけど。



20: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 10:59:52 ID:ShZYRrGQ


『らぐびーせんしゅ に おれ は なる!』

すごかったよね、がんばれ未来のラガーマン。


『おじいちゃんが天国から見守ってくれますように』

おじいちゃん……


『あやかしウォッチしんうち ほしい』

ほんとにブームになったね、もらえるといいね。


『もう、誰でもいい』

……涙拭けよ。


『来年も、たくさん彼に会えますように』

知ってる、このリボンはあの女性のもの。そして──


『幼馴染みへのプロポーズが上手くいきますように』

──本人が結んだんじゃないけど、上の方の枝にこんなリボンがある事も。



21: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:00:41 ID:ShZYRrGQ


イルミネーションは夜11時まで、10時を過ぎる頃には人通りは減り始める。

その時間帯にここを訪れるのはイブの夜なんか関係ないサラリーマンか、或いは仲睦まじいカップル達。

毎年のこの時間が、なんとなく『祭りのあと』みたいな気がして切なくなる……まあ本当のクリスマスは明日なんだけどね。


一年に一度、私が心待ちにしている冬の晴れ舞台。

来年も来る事は解ってるのに、それでも終わるのは寂しいんだよ。

もちろん、どの季節だって人の営みを愛おしく見守る事は私の幸せなのだけど。


こんなにたくさんの人に親しんでもらえている、それだけで特別な事なのに。

これは幸せ過ぎるモミノキの贅沢な想い。

ただの我儘だ……って、解ってる──



22: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:01:12 ID:ShZYRrGQ





──でも、この時の私には『解っていない』事があったんだ。





23: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:01:51 ID:ShZYRrGQ


……………
………


2016年12月24日


──私は、このツリーの精。

ある街の駅前広場に植えられたモミノキに、いつしか宿った木の精霊。

時季には街路樹と共にイルミネーションの飾り付けをされて、地域で一番大きなクリスマスツリーになる。


いつからか『願いのクリスマスツリー』なんて呼び名がついて、たくさんの人々が願い事を書いたリボンを枝に結んでくれるようになった。

願いを叶える力なんて無いけれど、それが私の自慢であり誇りだったんだよ。

みんなの願いを、せめて一緒に祈ってた。


……だけど今年はそれができない。

いつもと同じように願いのリボンは12月の初め頃からその数を増していったけど。

私はそれらを読むことさえ許されなかった。



24: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:02:27 ID:ShZYRrGQ


駅周辺の再開発工事は着実に進み、とうとう今年の11月には広場の工事も半面は完成した。

広場の新しいエリアには、ステンレスの管でできたオブジェがあちこちに作られている。

ひとつひとつ違う造形をしたそれらは、私に代わる『リボンを結ぶ先』として設けられたものだった。


今年のリボンはそこに揺れている。

足場や高所作業車を使って大掛かりな準備をしなくても、人々がリボンを結べる金属の枝。

剪定や水遣りを施さなくても姿が変わらず、管理の手間がかからない人工の木々。


来春に着工する残り半面の広場改修工事で、私は伐採される事が決まっていた。

今年の私はイルミネーションこそ纏っているけれど、周囲は赤いパイロンで囲まれ『人避け』が施されている。


悲しくはある、寂しくもある。

でも『より便利で手軽にイベントを楽しむ事』が人々の願いであるならば、私は受け入れるべきだと思った。



25: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:03:59 ID:ShZYRrGQ


時刻は夜7時を回った。

私は最後のイブの光景を目に焼きつけようと思った。

枝にリボンが無い事は切ないけれど、行き交う人々の顔には変わらぬ笑みが浮かんでいた。


「──入っても大丈夫かな?」

「良くはないだろうけど、入るしかないよ」


その時、私は自らの足元に周りを気にしながら近づこうとする人影がある事に気づいた。

数はふたつ、私はその青年と女性の顔に確かな見覚えがある。


「見つかったら怒られるだろうな……」

「僕らも怒ってるし、文句言ってやりゃいいんだ」

「ささっと結んじゃおう、早く」


…モゾモゾ
シュルッ、ギュッ…



26: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:04:31 ID:ShZYRrGQ


赤と緑のリボンを結ぶ彼らの指には、銀色の指輪が着けられていた。

20年近くも前、私に初めてのリボンを結んだ二人。

あの男の子と女の子が大人になって、こうして『最後のリボン』を結んでくれている。

私は堪らなく嬉しかった。


でも、それは本当に最後のリボンとはならなかった。


「──誰か先に入ってね? ね?」

「ウッソ、先越されたしー」

「チョーウケルー」


また他の人影が近づく、手にはそれぞれリボンを持っている。

三人とも少し派手目な女性で、私の枝に赤のリボンが増えてゆく。



27: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:06:47 ID:ShZYRrGQ


やがてここに人の姿がある事に気づいたのか、広場にいる他の人達も少しずつ私の周りに集まり始めた。


「やっぱり、同じこと考えた人いるみたい」

「よし、俺らも行こう」

「パイロン除けちゃっていいんじゃない? まだここが工事されてるわけじゃなし」

「私、この枝にしよ!」

「ずりぃ! 真正面じゃんか!」

「こっちこっち! この枝なら届くよ!」

「一人でたくさん結んでもいいのかな?」


いつのまにか私の足元には、ちょっとした人集りができていた。

赤も緑もリボンは次々と結ばれ、数を増してゆく。

それらに書かれた、願い事は──



28: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:07:29 ID:ShZYRrGQ


『モミノキを無くさないで』

『伐採断固反対!』

『私はこのツリーに願掛けをして試験に受かりました、絶対に切って欲しくないです』

『現在署名活動中、市役所に叩きつけてやるからな』

『童貞貫いても魔法使いにはなれなかった、せめて願う先だけでも残してくれ』

『ツリーを きらないで ください』

『せめて移植を』

『伐採反対/駅前商店街有志一同』

『モミノキを保存するためなら管理のボランティアにも参加する意思があります』



29: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:08:04 ID:ShZYRrGQ


──涙を零せたらいいのに、私はそう思った。

利便性や維持費用を度外視しても私を必要としてくれる人々は、こんなにもいたんだ。

みんな笑顔で、でも真剣な目でしっかりとリボンを結んでゆく。


その少し向こうで、不意にギターがコードを奏でた。


「メリークリスマス、ちょっと歌っていいですか?」


その姿は街頭TVで何度も見かけた──ううん、私はそれよりも前から彼らを知ってる。

この街で歌い始めて、もっと大きな街へ巣立って、そして帰ってきた。


「おい! あれ『かぼす』じゃね!?」

「嘘、地元のスターじゃん!」

「ちょっとちょっと、私ファンなんですけど!」

「これ撮影して拡散してもいいのか!?」



30: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:08:49 ID:ShZYRrGQ


人集りは一層大きくなった。

二人はギターを構え直し、ハーモニカもセットして微笑んだ。


「どうも、地元に帰ってきました」

「この駅前は僕らにとって活動の礎になったところです」

「本当、よくこの木の下で歌ったんですよ……それで」

「噂で駅前が再開発されるって、そしてこの木が伐採されるって聞いて……今年のイブは絶対にここで歌おうって思いました」


バックボーカル担当がギターの弦を弾く。

聴いた覚えのない、静かで優しいアルペジオ。


「僕らはこの木に、ずっとここにあって欲しい。……その想いを込めて書き下ろした曲です」


それは、私のために書かれた曲だった。


「曲名は『大きなスギの木の下で』です。じゃあ、聴いて下さい──」


──モミノキなんだけど。



31: ◆itGDhio2Ao :2017/12/06(水) 11:09:45 ID:ShZYRrGQ


……………
………


2017年12月24日


──私は、このツリーの精。

ある街の駅前広場に植えられたモミノキに、いつしか宿った木の精霊。

時季には街路樹と共にイルミネーションの飾り付けをされて、地域で一番大きなクリスマスツリーになる。


いつからか『願いのクリスマスツリー』なんて呼び名がついて、たくさんの人々が願い事を書いたリボンを枝に結んでくれるようになった。

願いを叶える力なんて無いけれど、それが私の自慢であり誇りなんだよ。

みんなの願いを、せめて一緒に祈る事……そのくらいしかできないけれど。


だけど本当は私が祈ったりしなくても『みんなの願い』は、とても強い力を持ってる。


私は、このツリーの精。

みんなの願いに救われて、ここにあるんだよ。



【おわり】


.

Trick please.(原題/ハロウィンの夜、兄妹が知らないおねーさんに悪戯される話)



1: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:07:13 ID:sccwbCZc


回覧板:町内の皆様へ


10月31日はハロウィン、夜には仮装をした子供達が近所を訪ねて回る日です。

お菓子の用意があり子供達を受け入れて頂けるお宅は、ジャック・オ・ランタン(紙に描いた絵などでも構いません)を玄関に飾ってあげて下さい。

町内の子供達にはそれを目印に訪問するよう伝えます。

できるだけたくさんのお宅で子供達を迎えて下さいますよう、ご協力お願いします──


妹「──お兄ちゃん、なに見てんの?」

兄「ん、回覧板きてたんだ」ペラッ

妹「お隣に回して来ようか?」

兄「あとで頼むわ。さて……ハロウィン、どうするかな」

妹「あー、その案内なんだ」



2: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:08:44 ID:sccwbCZc


兄「ハロウィンは今年も平日だから、親父は仕事だしなぁ」

妹「そうだねぇ……お父さん、だいたいこの時期から年末までは帰り遅いし」ウーン…

兄「ウチみたいな父子家庭はこういう時が難しいよな」

妹「仮装した子供を迎えようにも、ウチにも子供しかいないってね」


兄「ま、親父がお菓子代だけ出してくれるなら俺が迎えてもいいんだけどさ」

妹「お兄ちゃんが?」

兄「来年には高校生だ、もう仮装してお菓子もらおうって歳じゃないし」


妹「そっか……私、どうしよっかな」

兄「お前はまだ中一なんだし、子供達に混じればいいと思うよ」



3: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:09:43 ID:sccwbCZc


妹「クラスの子も何人か仮装するって言ってたけど……でも衣装の準備とか、ちょっとだけ面倒くさかったり」テヘヘ

兄「ワシがお裁縫とかできなくてすまんのぅ……」ゲホゲホ

妹「おじいちゃん、それは言わない約束でしょ」クスクス


兄「お前がしたいようにすればいいけど、俺に気を遣う必要は無いからな?」

妹「うーん……じゃあ、私も家で子供達を迎える側になってみる!」フンス

兄「当日までに決めればいいよ。とりあえず回覧板には『受け入れ可』にハンコ押しとく」ペタッ


妹「んじゃ、お隣さんに持ってってきまー」

兄「へいへい、頼んだ──」



4: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:10:18 ID:sccwbCZc


……………
………


…10月30日、夜


妹「──40袋目ぇっ!」

兄「あと10袋作っとくぞー」ガサガサ


妹「けっこう大変……やっぱり箱にドサッと入れて掴み取りさせる方式にすればよかった」

兄「『可愛い袋に小分けしてリボンかけよう!』とか言い出したの、お前な」ヤレヤレ

妹「めっちゃリボン結ぶの下手で最初の十何個かやり直ししたのは、お兄ちゃんのせいだしー」


兄「カントリーママンが足りなくなってきたぞ……」

妹「お兄ちゃんが2枚ずつ入れるからじゃん、チロロチョコで代用しとこうよ」



5: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:10:52 ID:sccwbCZc


兄「しっかし、まさか親父がこんなにお菓子代くれるとはな」

妹「封筒開けたら諭吉さんだったからびっくりしたよ」

兄「こんだけ買っても、4千円近く残ってるぞ」

妹「サイゼリ屋で豪遊しちゃう? しちゃう──?」フンスフンス


…ガチャッ


父「──ただいま……うわ、リビングすごい事になってるな」

兄「おかえりー。ごめん、今がいちばん物が溢れてるタイミングなんだわ」

妹「お風呂できてるよー」


父「ほほう、こりゃまた凝った包装にしたなぁ」

妹「せっかくのお祭りだしね」



6: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:11:26 ID:sccwbCZc


父「父さんが子供の頃にはハロウィンなんて意識もしなかったが」

兄「まあだいぶ浸透したな……って思うのは、ここ数年だよね」


父「2人とも、このイベントは好きか?」

妹「うん、好き」

兄「ただの平日にお楽しみイベントがあるって考えると、そりゃ嫌いじゃないよ」

父「……それはよかった」ニコッ


妹「よかったの?」

父「ああ、こういう行事をちゃんと楽しめるのは素直の証しだ」

兄「いぇーい、反抗期真っ最中だぜー」ヘッヘッヘッ

父「本当に酷い反抗期なら、たぶん自覚せんよ」ハハハ…



7: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:12:02 ID:sccwbCZc


父「しかし、それなのに2人とも子供を迎える側でよかったのか?」

兄「俺はいいんだよ、子供好きだし」

妹「私もー」


父「そうか……すまんな」

兄「いいんだってば、仕事忙しいんでしょ?」

妹「そうそう、それにお菓子を用意して迎える側もやってみたかったっていうか」

父「うん、うん……大きくなったもんだ」

兄妹「よせやい」テヘヘ


父「ところで、お釣りは?」

兄妹「よせやい」プイッ



8: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:12:38 ID:sccwbCZc


……………
………


…ハロウィン当日、夜


ポニテ「──わ、やった! 板チョコ入ってる!」キャッキャッ

スポ刈「ずりぃ! 俺のなんかチョコはブラウンサンダーだぞ!」

メガネ「でも代わりにじゃがぴこ入ってるじゃん」


兄「中身はちょっとずつ変えてるけど、そんなに大差ないようにはしてるぞー」

妹「チョップチュッパスはどれにも入れてるしね!」


スポ刈「ほんとかよー? 仮装の出来で選んだりしてない?」

兄「だったらお前の『トイレットペーパー顔に巻いただけミイラ男』なんか、うみゃー棒1本だわ」

スポ刈「なにぃっ!?」ガーン

メガネ「ざまぁ」プププッ



9: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:13:28 ID:sccwbCZc


妹「ポニテちゃんの仮装は気合い入ってるね!」

兄「うん、可愛いオオカミ少女だ」

ポニテ「えへへー、お母さんが先月から作り始めてたんだ」テレテレ

メガネ「僕の吸血鬼衣装もなかなかでしょ?」キラーン

兄「そうだな、色白だしよく似合ってるぞ」


スポ刈「んじゃ、そろそろ次の家に行こうぜ!」

ポニテ「9時までには帰れって言われてるし、もうあんまり時間ないんじゃない?」

メガネ「さっき会った本屋の兄ちゃんに訊いたら、その時で8時20分って言ってたけど……」



10: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:14:15 ID:sccwbCZc


兄「本屋の……って、俺のクラスの?」

スポ刈「あ、そうか。兄ちゃん同級生だっけ」

ポニテ「ぜんぜんリアルじゃないゾンビの仮装してて、笑っちゃった!」

兄「まじかー、見たかったな」


メガネ「板金屋の兄ちゃんにも会ったよ……っていうか、お化けシーツ被ってたから声しか判らなかったんだけど」

兄(そっか……あいつら、今年も近所回ってたのか)


ポニテ「それじゃ、ありがとー! お邪魔しました!」ペコッ

兄「ん……こちらこそ、来てくれてありがとな」

妹「来年も待ってるよー」ニコニコ


……パタンッ、タタタタッ
カエッコシヨウゼー
ヤーダヨー……



11: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:15:03 ID:sccwbCZc


妹「ふぅ……喜んでくれたね」

兄「もうお菓子袋もほとんど無いぞ」

妹「ぐぬぬ、たっぷり残ったら今後のおやつライフが充実するとこだったのに」

兄「せっかく袋分けしたんだから、貰われた方が嬉しいだろ」

妹「それはそうなんだけどね」


兄「……結局お前は仮装しなかったけど、本当に良かったのか?」

妹「ちょっとだけ寂しい気もするけど、迎える側をやるのも楽しいし。やっぱり子供達って可愛いしね」

兄「ほほう、さすが中学生。親父の言う通り大きくなったもんだ」


妹「お兄ちゃんの妹なのは変わらないんだから、内緒で用意してるスペシャルお菓子袋とかくれてもいいんだよ?」

兄「ねーよ」

妹「世知辛ぇぜ……」フッ…



12: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:15:38 ID:sccwbCZc


妹「でも、ほんと去年より更に盛り上がってる気がするねぇ」

兄「ただの仮装イベントとしてだけどなー」


妹「外国のハロウィンって、もっと違う感じなのかな」

兄「発祥を言えばケトル人の収穫祭であり、魔除け祈願だったりしたらしいよ」

妹「誰そのヤカン星人、もしかしてケルト?」

兄「ケルトって言ったけど?」

妹「ほっほーう」


兄「ごほん……なんでも日本のお盆みたい側面もあって、死者の魂が家族の元へ訪れる日だとか」

妹「へー、詳しいね」



13: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:16:24 ID:sccwbCZc


兄「でも同時に悪い霊なんかも現れるから、ジャック・オ・ランタンはそれを近寄せないためのおまじないなんだってさ」

妹「我が町内では『お菓子の準備がありますよ』サインだけどね」


兄「ランタン、まさか我が妹が本当にカボチャくり抜いて作ってるとはな」

妹「遊びに全力です」フンス

兄「なかなかよく出来てたよ、あれなら霊も寄って来られまい」

妹「だけどそれじゃ、良い霊も近寄れなかったりするのかな?」


兄「……そこまでは調べてないな」

妹「よく知ってると思ったらネット知識だったかー」

兄「やかましいわ」



14: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:16:59 ID:sccwbCZc


妹「さーて、まだ来るかな?」

兄「もう8時半も過ぎてるし、どうかな」

妹「9時になったらお風呂入ろっと」


……ポツ、ポツ
サーーーーーーッ……


妹「……あれ? 雨降りだした?」


兄「あー、こりゃもう来ないわ。街中で仮装してる人とか大変だろうなー」

妹「ランタン片付けてくる!」ガチャッ

兄「俺がやろうか? ロウソク熱くて出せないだろ──」



15: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:17:34 ID:sccwbCZc


ザーーーーーッ
ピチョン、ピチョン……


妹「わ、けっこう降ってる!」

兄「ちょっと大粒だな」

妹「私の力作ランタンがー! 上にも穴開けてたから火が消えてるよ……」

兄「悪霊が来たりして──」


魔女「──あの、ごめんください」


妹「ん?」

兄(女の人……魔女の仮装してる)


魔女「急に降りだしてしまって……その、できれば」

兄「ああ、雨宿り。玄関でもいいですか?」

妹「どぞどぞ!」



16: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:18:15 ID:sccwbCZc


魔女「すみません、お邪魔しますね」

兄「大変でしたね。靴履く時の椅子だけど、どうぞ掛けて」

魔女「ええ、ありがとう」ニコッ


兄(大人……それも大学生とかじゃないよな。30歳はきてないだろうけど……)

魔女「さっきまで月が見えてたのに……びっくりしたわ」

兄「天気予報もこんなの言ってなかったですよ」


妹「タオル持ってきたー」タタタ…

魔女「まあ、色々とありがとう。ごめんなさいね」

兄「帽子どこか掛けますか?」

魔女「ううん、髪のセットをこれで押さえてるから脱げないの」



17: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:18:49 ID:sccwbCZc


妹「すごく本格的な衣装、素敵だなぁ」キラキラ

魔女「あらあら、嬉しいわね」ニコニコ


兄(目深気味に帽子被ってるからハッキリは判らないけど、けっこう綺麗な人だよな……)

魔女「……なにか?」

兄(……おっぱい大きいし)


妹「ハロウィンパーティーとかでも行ってたの?」

魔女「ええ……地元まで帰ってきたところではあったんだけど、あんな大粒の雨じゃ堪らないわ」

兄「メイクもしてるし、女性は大変でしょうね」

魔女「ふふ……お化粧が落ちちゃったら歳が誤魔化せないし?」

兄「そ、そんなつもりじゃ」ゴニョゴニョ



18: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:19:27 ID:sccwbCZc


妹「でもメイクもホント綺麗、ほっぺのお星様シールとかで可愛さもバッチリだし」

魔女「若さ故の可愛さにはとても勝てないわよ」


兄「妹の場合、まだ子供の可愛さですけどね」

妹「だまらっしゃい」ムムッ

魔女「あはは、兄妹で仲良しなのねぇ」


兄「普段はもっと生意気ですよ、おねーさん来てるから鳴りを潜めてるけど」

魔女「でも貴方くらいの歳で素直に妹を『可愛い』と言えるなんて珍しいと思うわよ」

妹「そういえば初めて言われた気がする」

兄「言葉のあやってヤツだな」

妹「感じ悪っ!」ベーーーーッ

魔女「ふふふ、お邪魔したのが楽しいお家で良かった」クスクス



19: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:20:00 ID:sccwbCZc


妹「パーティーは何人くらいで?」

魔女「たったの2人っきりよ」

妹「2人きり! もしかして恋人!」フンスフンス

魔女「さあ、どうかしら?」


妹「いいなぁ、大人になってするハロウィンパーティーとか……そういうの憧れちゃう」

魔女「お祭りはいくつになっても楽しめばいいのよ。私、ハロウィンは大好きなの」


兄「パーティーが……じゃなく、ハロウィンが好き?」

魔女「ええ、ちょっと思い出深くってね」

妹「恋バナの予感!」

魔女「あら、さすが女の子ね。実はハロウィンにプロポーズされたのよ」



20: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:20:36 ID:sccwbCZc


妹「えっ、おねーさん結婚してるの?」

魔女「あらあら、未婚に見えたなら嬉しいわ」

兄(旦那さんがいるのに、2人でパーティー? ……まあ、女性の友達となら有り得なくもないか)


魔女「だけどそのエピソードが面白くって、余計に思い出深くなっちゃったの」

妹「聞きたいでーす!」


魔女「ハロウィンってだんだんと浸透してきてるけど、以前はもっと影が薄かったでしょ?」

兄「そうですね、僕が小学校の低学年の頃は町内で仮装してる子なんかいなかったし」

魔女「私の夫……当時は彼氏ね、その頃はハロウィンに何をするのかよく解ってなかったのよ──」



21: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:21:11 ID:sccwbCZc


………



『──パンプキンパイ美味しかったよ、上手く焼けてたな』

『よかった、作った甲斐があったわ』


『ハロウィンにパーティーするなんて初めてだったけど、たまにはこんなイベントに乗っかって楽しむのも悪くないかも』

『ふふ……似合ってるわよ、フランケン・シュタイン博士』

『この怪物が博士なわけじゃないんだぞ?』

『あ、そっか……博士は造った人だっけ。あははは……』


『でもいくら仮装するって、チャームポイントまで隠さなくてもいいのに』

『ほっといて下さーい』

『ははは……まあいいけどさ。じゃあイベントに乗っかりついでだけど、本題に入ろうか』

『本題?』

『うん、プレゼント交換。気に入るといいんだけど──』



22: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:21:44 ID:sccwbCZc


………



妹「──ハロウィンにプレゼント交換?」

魔女「そう、可笑しいでしょ? あの人ったら、クリスマスみたいにプレゼント交換するつもりでいたのよ」クスクス

兄「なるほど、そのプレゼントってのが」

魔女「ええ、婚約指輪だった。私は何も用意してなくって、だから……じゃないけど代わりに『OK』をプレゼントしたの」

妹「なにそれ、映画みたい!」キャーッ


魔女「でも彼、すごく恥ずかしかったみたいで『まさかプロポーズで一生の語り草を作ってしまうなんて』って嘆いてたわ」

兄「OKされたからいいようなものの、そりゃ凹むだろうな……」

妹「それでもやっぱり素敵なエピソードね、ハロウィンを好きになるのも納得だよ」



23: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:22:23 ID:sccwbCZc


魔女「……あなた達は? 今日は仮装したり近所を回ったりしなかったの?」

兄「うん、今年は回ってくる子供達を迎える側になろうと思って」

魔女「そう……それは偉いけど、あなた達くらいの歳ならまだお菓子を貰う側でもいいのに」


妹「ハロウィンでも平日だから、お父さん遅いし……ウチはお母さんがいないから」

兄「でも町内の回覧板に『できるだけたくさんの家で子供達を迎えてあげて欲しい』って案内があって、それで決めたんです」


魔女「……偉いわ、本当に。子供達はたくさん来てくれた?」

妹「うん! 50も用意してたお菓子の袋、ほとんど無くなっちゃった!」エヘヘ

兄「みんな色んな仮装してて、迎えるのも楽しかったし……良かったかなって」



24: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:22:58 ID:sccwbCZc


魔女「子供達も喜んだでしょうね」

兄「喜んでくれてたと思います、うん……喜んでた」

妹「すごく楽しそうにはしてたよ」


魔女「……でも、子供達の楽しそうな様子を見るとちょっと寂しかったりしない?」

兄「最後に来た子達が俺の同級生が仮装してるのを見たらしくて、そういうのを聞けば……少しだけ」

魔女「それは当然なの……大人達の代わりをしようとするのはとても立派だけど、あなた達は本当の大人じゃないもの」


兄「母さんがいないのも親父の仕事も、仕方ない事だから」

妹「私が生まれてじきにお母さんは病気で死んじゃったから……2人とも覚えてないし、そういう事には慣れてるんだよね」



25: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:23:52 ID:sccwbCZc


魔女「慣れる事と理解する事は違うわよ?」

兄「……どういう意味です?」


魔女「どんなに母親のいない生活に慣れても、それを寂しいと思っちゃいけなくなるわけじゃないでしょう」

妹「でも、寂しがってたらお父さんに心配かけちゃうし」

魔女「親が子の心配をするのは、当たり前の事じゃない?」


兄「そうかもしれないけど……それでも心配な事は少ない方がいいじゃないですか」

魔女「それが慣れと理解の違いよ。あなた達は母親がいない事、お父さん1人で子育てをするには限界がある事を理解はしてる」

兄「でも、慣れてはいない……?」

魔女「そう、だってそれは慣れるものじゃない。あなた達が『寂しがっては見せない』けど『寂しいと思ってる』時点でね」



26: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:24:27 ID:sccwbCZc


魔女「心配は少ない方がいい……間違いじゃないわ。でも親は『子供に感情を飲み込ませて』まで、それを望んだりしない」

妹「そんな風に思わせないようにしてたつもりなんだけどな……」

魔女「ふふ……それでも親には解るものよ」


『──2人とも子供を迎える側でよかったのか?』

『俺はいいんだよ、子供好きだし』

『私もー』

『そうか……すまんな──』


兄(……親父は、それを謝ってたのかな)

魔女「でも、あなた達はいい子よ。それは間違いない、私が保証するわ」ニコッ



27: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:25:05 ID:sccwbCZc


妹「私は……今日のために仮装の準備をするのを、ちょっと面倒くさいと思ったの」

妹「お裁縫とか得意じゃないし、全部買って揃えるのも勿体ないし」

妹「でも、なによりも──」


『──ポニテちゃんの仮装は気合い入ってるね!』

『えへへー、お母さんが先月から作り始めてたんだ──』


妹「──友達は、けっこう皆お母さんが衣装を作ってくれるって」

妹「私は……たとえ自分で作っても、お母さんに見てもらう事もできない」グスッ

妹「きっと、本当はそれが……寂しかった」ポロッ…


兄「お前……そんな風に」ナデナデ

妹「ごめん、お兄ちゃんやお父さんに見せられたら充分なはずなのに……」ポロポロ…



28: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:25:39 ID:sccwbCZc


魔女「……お母さんは病気で亡くなったんでしょう。だったら誰の事も恨んだりしてるわけはない」

魔女「ただ、こんなにも可愛い子達を遺して逝った事だけ……きっと悔しがってる」


魔女「本当は誰よりも、あなた達にハロウィンの衣装を作ってあげたかった」

魔女「それを着せて、何十枚も写真を撮って、お友達も招いてお菓子を振舞って……」

魔女「参観日も、運動会も、文化祭も、早起きしてお弁当を作って送り出して、見に行って」

魔女「そんな当たり前の愛情をかけてあげられなかった事が、すごく心残りだと思う」


妹「見せたかった……よ……」グスン

兄「……そうだな」



29: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:26:37 ID:sccwbCZc


魔女「ごめんなさい……本当に」

妹「え?」

魔女「ううん……きっとお母さんは、そんな風にあなた達に謝りたいと思ってるわ」


兄「それは、それだけは違う……と思う」

魔女「……違うの?」


兄「だって謝られる理由が無い」

妹「うん」ゴシゴシ

兄「つまんない駄洒落とかも言うけど、あんな親父の元に俺を生んでくれて……妹も与えてくれて」

妹「成績そんなに良くないけど、2人とも身体はすごく健康だもん」


兄「物心ついてから会った事もないけど、それでも」

妹「うん……なんとなくだけど、お母さんの事……きっと大好きなんだよ」ニコッ


魔女「……っ」



30: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:27:45 ID:sccwbCZc


妹「おねーさん、どうしたの?」

兄(下を向いて泣いてる? ……まさかな)

魔女「……大丈夫、なんでもないわ」フルフル


ピチョン……ピチョン……


兄「あれ? いつの間にか雨が上がってるみたいだ」

妹「9時もとっくに過ぎてる。お父さんも帰り始めた頃だろうし、良かったね」

魔女「通り雨だったのね。……じゃあ、そろそろ私はおいとましようかしら」

兄(なんで俺も妹も、今日初めて会った人にこんな話をしちゃったんだろう……)


妹「そういえば飲み物も出さなかったね、ごめんなさい……」

魔女「お構いなく、すごくいい寄り道だったわ」



31: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:28:23 ID:sccwbCZc


魔女「来年、また子供達を迎える側になるのかは解らないけど……もしそうだったら」

兄「はい?」

魔女「今度は迎えるあなた達も仮装をして待っててみたらどうかしら?」

妹「あー、それも面白いかも」


兄「仮装した子を泣かすつもりでドア開けようか」ヘヘヘ…

妹「きっとあんなだけど、スポ刈くんが一番に泣くよ」クックックッ

魔女「こらこら、大人げないわよ……って、さっきあなた達を子供扱いしたけどね」


兄「海外なんかじゃ、迎える側も関係なく仮装してたりするらしいですね」

魔女「そうね、でもハロウィンに仮装するのはお遊びの意味だけじゃないから」



32: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:29:01 ID:sccwbCZc


妹「他にも意味があるの?」

魔女「ハロウィンは死者が家族の元を訪ねてくる夜でもあるの……知ってる?」

妹「お兄ちゃん、さっき言ってたよね」

兄「どうせネット知識だけどな」


魔女「それはつまり、冥界の扉が開く……言い換えれば生者と死者の区別が曖昧になる日という事よ」

兄「仮装って、もしかして?」

魔女「ええ……生者が死者に似た姿になる事で、死者をハッキリと見分けられないようにするものなの」


妹「なんでそうしなきゃいけないんだろう」

魔女「自分が話している相手を死者だと認識すれば、自分が生者だという認識があやふやになってしまう。……そうしたらどうなると思う?」

兄「冥界に引っ張られる……?」ゾクッ

魔女「……そういう説もあるわ」クスッ


妹「でも、本当に死んだ人が家族のところへ来るなら──」



33: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:29:44 ID:sccwbCZc


魔女「──生きてる人は死者を認識してはいけない」

魔女「だから死者は生者に、自らをこの世ならざる者だと悟らせてはいけない」


魔女「たとえ自分の家族に会ったとしてもね……ただ、願うだけ」

魔女「どうか愛する人達が健やかに過ごせますように……できるだけ先まで『自分の元へ来ませんように』って願うのよ」

魔女「生者は魔除けのランタンを焚いて悪霊もろとも死者を近寄せない、死者は近づかない……それでいいの」


魔女「だけどもし何かの偶然で、彼らが出会えたら」

魔女「名乗り出る事はできなくても、言葉を交わす事ができたら……それはきっと奇跡よ」

魔女「ハロウィンの夜がくれた、束の間でもかけがえのない奇跡の時間──」



34: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:30:25 ID:sccwbCZc


魔女「──いけない、帰るなんて言っておいてまた長居しちゃったわね」フフッ

妹「もっといてもいいのに」


魔女「……うん、ありがとう。じゃあ、せっかく仮装してお邪魔したんだから最後に言わせて貰おうかしら」

妹「え? なんだろ?」

魔女「ふふっ、大人が子供に対して言うなんて可笑しいわね。まあいい……かな?」

兄「ああ……そっか、そういえば」


魔女「Happy Halloween……Trick or Treat──?」



35: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:31:18 ID:sccwbCZc


兄「──Trick」

魔女「えっ?」

妹「私も……トリックがいい」

魔女「悪戯を選ぶの? 私があなた達に悪戯を……?」キョトン


兄「こんな事言うの失礼かもなんだけど……おねーさんと話してて『母さんってこんな感じかな』って思っちゃったんだ」

妹「悪戯でもなんでもいいから『何かをされたい』……可笑しいかな?」

魔女「ごめんなさい……悪戯なんて急には思いつかない」


フワッ、ギュッ……


兄妹「わっ……!?」

魔女「抱き締めるくらいしか、できないわ──」



36: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:31:52 ID:sccwbCZc


………



…ガチャッ


父「──ただいま。ごめんごめん、やっぱり遅くなってしまった」パタンッ

兄「おかえりー」

妹「おかえりなさーい、子供達たくさん来てくれたよー」

父「そうか、そりゃあよかった。迎える側は楽しかったか?」


兄「うん、悪くなかったな。どの子も可愛かったし」

妹「それに最後に大人も来たしねー」ニコニコ

父「大人も? 仮装して来たのか? ……町内の役員さんかな」



37: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:32:33 ID:sccwbCZc


妹「魔女の仮装した綺麗なおねーさんだったよ」

父「ほうほう、いいなぁ」


兄「おっぱいも大きかったし」プププッ

父「そこんとこ詳しく」キラーン

兄「たぶん二十代後半だと思うんだ」

父「なんと、旬じゃないか……」

妹「うわー、アホが2匹もいるー」


兄「あはは……大人だけど、ハロウィン大好きなんだってさ」

妹「素敵な思い出があるんだって、話してくれたよ」

父「そんなに仲良くなったのか」

妹「うん、すごくいい人だった。すごいんだよ、ハロウィンにプロポーズされたんだって!」

兄「それも『ハロウィンもプレゼント交換がある』って、勘違いした彼氏が指輪用意してたらしいよ。そりゃ思い出に残るよなー」



38: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:33:09 ID:sccwbCZc


父「……それは、どんな人だった?」

兄「だから二十代後半くらいの……」

父「そうじゃなく、顔の特徴とか身長とか」

妹「帽子を深く被ってたから、あんまり判らなかったんだよね。綺麗とは思ったけど……」

兄「身長どのくらいだったかなー? 椅子に座ってもらったからなぁ……」


父「そうか……いや、なんでもない」フゥ

兄「なに? やっぱ町内の人だったりするの?」

妹「あ、そうだ……ほっぺたに星のシール貼ってたよ!」

兄「そんなん身体的特徴にはならんだろ、剥がせば無くなるんだから」

妹「ちぇー」


父「……貼ってたのは、目の下くらいか?」

妹「そうだよ、このへん」ツンツン



39: ◆LyktYaZ0Wk :2017/10/20(金) 20:33:46 ID:sccwbCZc


『──魔女の仮装もいいけど、そろそろシール剥がさない?』

『やーよ、せっかく隠しても笑われない日なんだから今日はこのまま』

『泣きぼくろは立派なチャームポイントだろうに……まあほっぺたに星なんて、無邪気で可愛くもあるけどさ』

『持つ人にはそういうのもコンプレックスだったりするのよ? それに泣きぼくろって呼ぶには少し下過ぎると思うの』

『そうかなぁ……僕にとっては、そのほくろも含めて──』


父「……さぞ、美人だったろうな」

兄「そうは言ってもモデルさんや芸能人ってほどじゃないよ?」

父「いや、きっとそれは──」


『──世界一の美人だよ』




【おわり】



.

夏向けショートショート3本立(原題/同じ)



1 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:40:36.05 ID:Q/YIMqnfO



第一話/バチン



もう夏本番と言っていい暑さなのに今のところ梅雨が明けたという発表はなく、夜の10時が迫っても一向に過ごしやすくならない。

決して断熱性が良いとは言えない1kアパート、しかも二階だからなおさら暑いのかもしれない。


この部屋がある棟は女性専用で、玄関には電子式のオートロックが備えられていたりとセキュリティ性は多少工夫されている。

その代わり玄関を開けっ放しにはできない仕様だし、その面に備えられたシンク奥の窓は10cm程しか開かないようになっているから、部屋全体の通気性はあまり良くなかった。


それでも先週までは我慢できた。だけどもう駄目、もう無理。

あまりに不快な湿度と厳しい暑さに苛まれ、今週からは遂にエアコンを使い始めていた。

だって日曜の夕方一緒に出かけた向かいの棟のNちゃんが『まだ使ってないの? 私、6月の終わりからエアコンかけてるよ』なんて、呆れたように言うんだもの。

涼風の誘惑に負けたのは彼女のせい、私は悪くない。



2 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:42:05.22 ID:Q/YIMqnfO


やっぱり文明って素敵。エアコンを発明した人にはノーベル賞を贈るべきだと思う。

私は伸びたTシャツの下にはブラジャーも着けず、下は脚のつけ根までたくし上げたハーフパンツという決して人に見せられない服装で、決して人に見せられないだらしない体勢をとりラタンのラグに寝そべっていた。

たぶん身体の下になっている左腕にはラグの目の型がついてしまっているだろう、知った事か。


グラスの麦茶には寝そべったまま飲めるよう、ストローを差してある。視線はTVに向けたままそれを手にとり、何度かストローを咥えるのを失敗しながら口をぱくぱくしていると不意に画面が消えた。

画面だけではない、TVの音はもちろん部屋の明かりも冷蔵庫の音も、そして私にこの快適を与えてくれていた愛しきエアコンまでも動作を停めている。

もしかして停電? でも雷も鳴ってないし、この時間に工事とかするわけもない。という事は──


──やっぱり、壁に耳を当てると隣の部屋からはTVの音が聞こえてる。

つまりこの部屋のブレーカーが落ちたんだ。



3 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:43:08.93 ID:Q/YIMqnfO


懐中電灯とか、たしか独り暮らしを始める時にお父さんが色んな工具と一緒にどこかに備えてくれたけど……うん、頭を捻ってもだめだ覚えてない。

どうしよう、真っ暗。怖いよ……嘘、怖くない。むしろ快適な寛ぎタイムを阻害されて不機嫌モード。

なんとか早く台所のブレーカーを上げなきゃ室温が上がってしまう、でも家具の角に小指をぶつけるのは嫌だなぁ。


あ、そうだ。家の電源とは切り離された電気製品が、すぐ手元にあるじゃない。

私は愛用のスマートホンを手探り、ホーム画面を下からスワイプして懐中電灯のアプリを起動した。

慣れた自室内を歩くには充分な明るさ、足元ばかりを照らしてて室内の物干しワイヤーに吊るしたタコ足を頭に喰らったのは内緒。


冷蔵庫の横の壁、ちょうど近くに置いている踏み台を寄せて上るとブレーカーのボックスに手が届いた。

開けてみるとやはり一番左のレバーが下を向いている。それをパチンと上げると『ピッ』という音と共にリビングのシーリングライトが点灯した。



4 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:43:58.46 ID:Q/YIMqnfO


エアコンもまたフラップを動かし始め、僅かに遅れてTVの音声が流れた。

ちょっとホッとする。強がりながらも、やっぱりほんの少しだけ怖かったらしい。


踏み台から足を下ろし、それを元の位置に戻そうとした、その時──


「えっ」


──バチンと音がして、またブレーカーが落ちた。再び部屋は闇に閉ざされる。

手に持ったままのスマートホンをすぐに点灯する。踏み台に上がり再びブレーカーを戻すと、さっきと同じ順序で電気製品が息を吹き返した。

今度は踏み台から降りずに数秒待つ。ブレーカーボックスの蓋も閉めない。バチン、しつこくも三度目の闇は訪れた。



5 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:45:14.44 ID:Q/YIMqnfO


電気製品を使い過ぎているのだろうか。でも思いつくのはTV、エアコン、冷蔵庫……今は洗濯機は動いていないはず。これらは今週、毎晩同時に使用する機会はあった。

暗闇の中でしばらく考えて、またブレーカーを上げる。数秒、やはり同じ繰り返し。視界は漆黒に染まった。


せめてTVを消してみようと考え、闇の中リビングへ戻る。既に電源を失ったそれにリモコンを向けても無駄だろうから、コンセントからプラグをひっこ抜いた。

もう一度リビングを抜け、台所の踏み台に上がる。ブレーカーを上げる時、心の中で『お願い』と唱えた。でも数秒後、無情にも黒いレバーはまた同じバチンという音と共に下を向いてしまった。


きっと故障に違いない。何かがよほど電気を喰っているか、それともブレーカーそのものの不具合か……そうしか考えられない。

それでも、認めないわけにはいかなかった。

このレバーが下がる時の無機質な音に、しつこく訪れ続ける闇に、私は恐怖を感じている。

視界がきかないからかもしれないけれど、耳には鼓動がやけに大きく伝わっていた。



6 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:45:54.02 ID:Q/YIMqnfO


スマートホンの照明は点けたままで、私は通話アプリの連絡帳を開いた。遅い時刻に構わず、向かいのNちゃんに発信する。

お願い、出て。願いながらゴクリと唾を飲み込んだ。


《もしもし? どしたの、こんな時間に》


5回のコール音を経てNちゃんは通話に応じた。私は強い安堵感を覚え、無意識にため息をついていた。


「ごめんね、寝てなかった?」

《うん、まだ起きてたよ》

「なんか家の電気がすぐ消えちゃうの。ブレーカーがおかしいのかもしれない」

《電気製品使い過ぎてない?》

「エアコンと冷蔵庫だけなんだよ、TVを消してみてもダメだった」



7 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:46:35.75 ID:Q/YIMqnfO


「ほんとごめんね、さすがにちょっと怖くなっちゃって……」

《ううん、気にしないで。どうしてもダメならウチにおいでよ》

「ありがと、でももうちょっと試してみる。あの……」

《わかってる、通話したままでいいよ》


私がかなり怖がっている事を察したのだろう、Nちゃんはクスクス笑っているようだった。すごくホッとしてしまったのが悔しい。


通話を繋いだまま、少し考える。

冷蔵庫を切るわけにはいかない。エアコンのプラグを抜き、またブレーカーを上げてみるしかないと思った。

それで今度こそレバーが落ちなければ食料品を無駄にする事は防げる。その後は申し訳ないけれどNちゃんの厚意に甘えるしかないだろう。



8 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:47:14.13 ID:Q/YIMqnfO


エアコン用のコンセントは高いところにあるから踏み台を持っていかないといけない。

通話は繋いでいたいけど、明かりも必要になる。スマートホンを耳から離して通話画面の右上にあるスピーカーのマークを押した。


「ハンズフリーにしたよ」

《そっちの棟の他の部屋は大丈夫なのかな》

「隣のTVの音はしてたと思う。それにウチのブレーカーが落ちてるのは間違いないし……」


両手に物を持ち、ささやかな灯りを頼りにまたリビングを戻る。私は踏み台を床に置いて上がり、エアコンのプラグを引っこ抜いた。

スマートホンのスピーカーから、Nちゃんが部屋のカーテンを開ける音が聞こえた。


《うん、他の部屋は安定して電気が点いてるみたい》


すぐに台所に戻り、また踏み台からブレーカーに手を伸ばした。レバーを持ち上げ、今度は聞く人がいるから「お願い」と声に出して言った。

リビングが明るくなり、冷蔵庫が小さくモーター音を発し始める。そして数秒後、またバチンと音がしてそれらは絶えた。



9 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:47:54.40 ID:Q/YIMqnfO


「だめだ……食べ物どうしよう。とりあえず暑いからベランダの窓を開けるよ──」


またリビングを振り返った。その時、Nちゃんはさっきまでとは明らかに違う怯えた声で言った。


《──ダメ、部屋から出て》

「え?」

《早く》

「なんで、どうしたの」

《いいから、隣の部屋に逃げ込んで!》


その時、私は気づいた。

うっすらと向かいの棟の明かりが注ぐリビングの窓、そのカーテンの隙間から片目で部屋を覗き込む人影に──



10 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:48:37.43 ID:Q/YIMqnfO


──その後、私はNちゃんの言った通り隣の部屋に助けを求め匿ってもらった。

Nちゃんはすぐ110番に通報し、間も無く警察が駆けつけた。

私が慌てて部屋から出た事に気づいた侵入者は逃げていたけど、残された梯子から割り出され翌日に捕まったらしい。


あの夜、現場を調べた警察官は私に「見て下さい」と言ってベランダの壁にある屋外コンセントを指差した。

それはところどころが黒く焦げ、縁のプラスチックが部分的に溶けて歪んでいた。その場には銅線の切れが残されており、それを差し込みショートさせていたのだという。

何度も停電させエアコンを効かなくして、私が暑さに耐えかねる事を狙っていたのだろう。


もしあの時、Nちゃんに止められる事なくベランダの窓を開け放っていたら──



第一話/おわり



11 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:23:43.31 ID:2Lq8bAWao



第二話/空っぽの帰港



明け方と言うにもまだ早い午前四時、僕はこの小さな港に係留している自前の釣り船に荷物を積み込んでいた。

釣り船といっても客を乗せるようなサイズではない。

せいぜい友人を2~3人も乗せれば、よく考えてスペースを残さねば釣り道具の積みようがなくなるくらいのささやかなものだ。

しかし今日は一人きりでの釣行、荷物の積み方に気を遣う必要は無い。


なぜ友人を誘わなかったか、それはこの船の調子に些かの不安があったからだ。

別に深刻な不具合が出ているわけではないが、前回の釣行時なんとなくバッテリーが弱々しく感じられた。

だから今日は『もしかしたら本当に釣りに臨む事はできないかもしれない』と覚悟をした上でここを訪れたのだ。



12 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:24:16.81 ID:2Lq8bAWao


キーを挿しスターターを捻ると、やはり前回以上にモーターが回る音は遅く弱い。

古いエンジンとはいえ寒い時期に比べればかかりやすいはずなのだが、それでも始動は叶わなかった。

まあいい、そうじゃないかとは思っていたから充電器も積んできてある。

朝まずめの出船は諦めざるを得ないが、完全にバッテリーが死んでさえいないなら時間をかければ息を吹き返すはずだ。


誰を待たせるわけでもない。

陽が昇ればキャビンの日陰に憩い、湾内の緩い波に心地よく揺られながらうとうとするのもいい。

そうしている内にチャージもできるだろう。


「──お早いですね」


キャビンに向かって屈みこんでいた僕に、斜め後ろから声が掛けられた。

振り返ると隣の船のオーナーだろう男性が、タラップを降りてくるところだった。



13 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:25:27.80 ID:2Lq8bAWao


「やあ、おはようございます」

「これから釣りに?」

「そのつもりだったんですが……こいつが言う事をききませんでね、なにせポンコツですから」


頭を掻きながら船のコンソールあたりを小突いてみせると、隣の船の男性は「なるほど」と苦笑いした。


「おーい、降ろすぞー」


男性には数人の連れがいた。

これから荷物を降ろすのだろう、その内の一人が波止の上から手助けを求めている。


「ああ、悪い。下にもう一人は欲しいな」

「わかった」


現在はちょうど満潮で、船に降りるにはタラップ三段ほどの高低差しかない。

しかし彼らが降ろそうとしている荷物には大きなクーラーボックスが含まれる。


「せーのでいくぞー」


恐らくレジャー用としては最大級の150Lサイズ、氷の入った特大のそれはさぞ重い事だろう。

タイミングを合わせ、四人がかりで船に積み込んだ彼らは揃って大きく息をついていた。



14 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:27:21.51 ID:2Lq8bAWao


「アンカーは?」

「最初に積み込んだよ」

「じゃあみんな乗り込もう」


隣の船は僕のものに比べればとても立派で、スターターの音も軽やかにエンジンは一発始動した。

かなり外洋にも出られそうな船だが、アンカーを気にしていたという事は今日は浅場で釣るつもりなのかもしれない。


「お気をつけて、良い釣果を」

「ありがとう、そちらも早く船が機嫌を直してくれるといいですね」

「ははは……まあ気長に待ちますよ」


エンジンの回転が上げられ、白い船体が後進する。

ゆっくりと係留の列を脱し、舵を握る男性は僕に軽く会釈をしてサングラスをかけた。

僕も会釈を返し、湾内を徐行しつつ出てゆく彼らを見送った。

港の出入り口があるその先、東の空は僅かに明るくなり始めていた。



15 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:27:56.98 ID:2Lq8bAWao


それから三時間ほど経った頃、僕は早朝に目論んだ通りキャビンの日陰にマットを敷いて寝そべっていた。


充電が満足なレベルに達するには今しばらくかかるだろう。

まだ涼しいこの時間、こうして待つのはなんら苦ではない。

時おり港を出てゆく船の音に目を覚まし、その度にチャージャーのLEDが何色になっているかだけを確認してまた瞼を閉じる。

潮の香りと心地よい波音に包まれ、いくらでも寝ていられそうだ。


また船が通りかかった。薄く目を開け、相変わらず黄色のままのランプを確かめる。

たとえこのまま釣りには出られなかったとしても、これはこれで良い休日だ──そんな事をぼんやりと考えていると、今度のエンジン音はやけに近づいてくる事に気付いた。


その主は明け方に出て行った隣の船だった。

少し戻りが早すぎる気がするが、なにかトラブルでもあったのだろうか。

僕はむくりと上半身を起こした。



16 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:28:30.88 ID:2Lq8bAWao


「お帰りなさい」

「ああ、どうも。まだ船の機嫌は直りませんか」

「ええ今のところね、持ち主と同じく寝ぼけたまんまです」


一人がロープを手にタラップを登り、波止に備えられたビットにそれを舫った。

どうやら忘れ物を取りに戻っただけではなく、本当に引き上げるようだ。


「お早い戻りでしたね」

「散々の釣果でしたよ、雑魚も掠らない。こんな大袈裟なクーラーを持ってきたのが恥ずかしいくらいです」


決まりが悪そうに顔を曇らせる男性。

他の仲間達はいそいそと積荷を纏め始めた。


「まったく、新品のアンカーも根掛けて無くすし踏んだり蹴ったりだ」

「そんな日もありますよ」

「そちらはこれから釣りに出るというのに、景気の悪い事で申し訳ない」



17 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:29:18.46 ID:2Lq8bAWao


潮の加減や水温、様々な要因はあれど結局のところ釣果は時の運というもの。

残念ながら今日の彼らは豊漁の神に加護を受ける事は叶わなかったようだ。


「渡すぞー」

「はいはい、掴んだよ」


波止の上に立つ一人がさほど重くもなさそうにクーラーボックスを片手で引き上げる。

人間でも入りそうなそれが空っぽとは、なんとも切ない事だ。



第二話/おわり



18 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:06:52.85 ID:2Lq8bAWao



第三話/交替人員



──ある日を境に、高山さんは変わった。



戦後間もなく開院し、現在では特に心臓手術について定評のある鏡尾病院。

私たちは看護師としてそこに勤めている。


経験が豊富であれば当然技術レベルは向上する。

確かにこの病院は他の追随を許さない程の数、心臓手術をこなしてきた。

でもそれが全て成功するわけは無いし、術後にトラブルが発生した事例も一定の頻度では存在する。

たくさんの手術を行い多くの命を救ってきたという事は、それに比例してその病院で亡くなった患者も多数に上るという事に他ならない。


それらの中で特にレアケースだった例として、突発性の心疾患で運び込まれた患者の胸を開けると内臓逆位だったという話を聞いた事がある。

心臓も他の臓器も、鏡に映したように左右逆の配置・形状だったのだ。

そういった症例の患者を診た事の無い医師は思うように施術を進める事もできず、残念ながらその患者さんは亡くなってしまったという。


病院名に『鏡』とつくのに鏡映しの命を救えなかったとは皮肉な話だ。

しかし今の私はそれとはまた別の『鏡』に悩まされていた。



19 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:23:19.72 ID:2Lq8bAWao


私たち女性の看護師の内で独身の者の一部は、その病院の福利施設である女子寮に住まっていた。


『ねえ、やっぱりチーフの時も鏡に落書きがあったって』


今日の夕方、同じシフト上がりだった吉沢さんは私の部屋で雑誌を読みながらそう言った。


『やめてよ、このあとお互い一人で寝るんだから』

『ごめん、どうしても考えちゃうんだよ』


築20年が迫るお世辞にも綺麗とは言い難い寮。

噂によればこの施設を新築する頃、同時に改築された病院の北棟から発生した廃材を多数再利用しているという。

確かにこの寮には目に見える範囲でもいくつか建物の年代にも増して古いと思われる構造物があった。

例えば廊下の電灯、食堂のシンク、そして吉沢さんが口にした『共同洗面所の鏡』もそのひとつだった。


吉沢さんが自室に戻ったあと独りきりになった私は、それらの会話とここ最近の出来事を思い出して得体の知れない恐怖に襲われていた。



20 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:24:44.92 ID:2Lq8bAWao


2ヶ月ほど前の夜、同僚の金切り声が廊下に響いた。

何人かが慌てて駆けつけてみると、声の主は鏡の前に屈み込み震えていた。

そして鏡を見ると、そこにはまるで血を指でひいたかのような文字でこう書いてあった。


《助けて そこにいる私は偽者です》


皆、その文字を読み取るに多少の時間を要した。

なぜならそれは字の向きも並びも左右反対だったからだ。

あまりの不気味さに誰も言葉を発する事ができない中、一人だけ前に歩み出る者がいた。


『馬鹿馬鹿しい悪戯ね……「私」って誰の事よ』


彼女こそ『高山』さんだった。

美人というタイプではないけれど、おっとりとした性格とそれに見合った可愛らしい容姿で誰からも好かれる人だった。

高山さんは洗面台に備え付けられた化粧落としのシートを2枚引き出し、それで鏡を拭こうとした。


『つまらない事で大声なんか上げないで頂戴』


屈み込む同僚にそう吐き捨てた高山さんの声や表情は、今まで誰も見たことのないものだった。

そう、それはまるで──


『あら? ちっとも落ちないわ、どうしたのかしら』

『ねえ……これ、鏡のガラス内面に書かれてるんじゃ……』

『ふん、手の込んだ悪戯ね』


──正反対の性格をした別人のように感じられた。



21 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:25:40.68 ID:2Lq8bAWao


それから今までの間に4回も同じような出来事があった。

鏡に現れる悪戯、裏面から書いたとしか思えない血糊の文字。


でも鏡というものは、ガラス板の裏側に不透明なメッキを施して作られている。

つまり表から透けて見える落書きは、誰も触れないはずの境界面に書き込まれている事になる。

そしてその文字は誰も見ていない内に消え去ってしまうのだ。


度重なる人の仕業と思えない悪戯に怯え、鏡を撤去しようと言い出す者もいた。

しかし鏡はコンクリートの壁に埋め込むように施工されていて、業者でなければ外す事は叶いそうになかった。


2度目の悪戯の時、『益田』さんがおかしくなった。

3度目には後輩の『谷』ちゃんの雰囲気が変わった。

4度目の時は皆が怖がっていた『金森』チーフが、別人のように優しくなった。



22 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:26:21.53 ID:2Lq8bAWao


そしてそれらの人には、ある共通した変化が現れていた。


『あの、チーフ……ここの字が違います』

『あらごめんなさい。嫌だわ、歳かしらねぇ』


字が下手に、不正確になっている。

そして幼稚園児のように箸の使い方が不器用になっている。

それはまるで『慣れない左手』でその動作を行っているかのようだった。


もう随分前から私の中には、ある仮説が立っていた。

もしかして、変わってしまった人たちは──


「──そんなわけない、か」


わざと声に出して仮説を否定する。

あくまで恐怖を紛らわせただけと解っていても、そうしなければならなかった。

何故ならこれから就寝する私は、その洗面所に向かうつもりだったから。

だって冷静に考えれば有り得ないようなオカルト仮説なのに、その馬鹿げた恐怖に縛られて歯も磨かず髪も梳かずに寝るなんて嫌だった。



23 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:27:14.69 ID:2Lq8bAWao


できるだけいつもと同じ動作と心持ちで部屋のドアを開ける。

少し薄暗い廊下を歩き、洗面所を目指す。

途中、いくつもの個室の前を過ぎ、中から聞こえるTVの音に少しだけホッとした。


吉沢さんの部屋の前、影山さん、矢吹さん……その次が谷ちゃんの部屋。

彼女は少し暗い性格の地味な子だったのに、今はやけによく喋るようになった。


藤崎さんの部屋を過ぎ、小島さんの部屋を過ぎた……その次が──


「こんばんは」


──心臓が止まりそうになったけれど、声を上げる事はなんとか堪えた。

目を遣っていた扉が突然開いたのだ。

そこから現れたのは部屋の主、最初に変わってしまった高山さんだった。



24 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:27:53.64 ID:2Lq8bAWao


「……こんばんは、こんな時間からお出かけ?」

「ええ、今日は準夜勤だったから。もう食事もコンビニ物で済ませようと思って」

「それはお疲れ様、いってらっしゃい」


努めて自然に言葉を交わし、彼女の前を通り過ぎる。

彼女もこちらに背中を向けた……そう思った時、高山さんは思わぬ言葉を発した。


「今夜は鏡に何事も無ければいいわね」

「どういう意味?」

「別に、あと一度だけ悪戯が起きそうだと思ったのよ」



25 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:31:10.87 ID:2Lq8bAWao


なんの根拠があっての発言かは解らなかった。

ましてや彼女は最初の悪戯の日、それを馬鹿馬鹿しいと言い放った人だ。


「気にしないで。おやすみなさい『天田』さん」

「……おやすみ」


疑念は解けなかったけれど、私は気にするのをやめた。

真意の掴めない言葉に少し気分を害した私からは、幸いにも恐怖心が失せていた。


たぶん今の私は不貞腐れたような顔をしているだろう。

口を尖らせて、眉間に少し皺を寄せていると思う。

わざわざまた弱気な顔に戻る必要はない。

私は敢えて表情を変えもせず、そのまま例の鏡に向き合った。



そこに映る私は、笑っていた。



その時、私は理解した。

鏡映しで正反対、鏡映しで対称形。

さっき高山さんが言ったあと一度だけの悪戯、変わってしまう最後の一人は──



第三話/おわり


.

Japan Santa Claus Association(原題/NPO法人日本サンタクロース協会)



1:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


『──なあ、父ちゃん。サンタってやっぱり父ちゃんや母ちゃんなんだろ?』

『クラスみんな知ってるもん、サンタなんかいないって』


『俺、12月に出るファミコンソフトがいい!』

『でも発売日はクリスマスより前だから、先にプレゼントだけ欲しいんだけど』

『当日はケーキがあったらいいよ』


『えー、じゃあお年玉前借りはできない?』

『……俺、来年からクリスマスプレゼントは現金がいいな──』



2014/12/22(月) 15:31:45.65 ID:LeOO3t5gO
2:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]

……………
………



娘「サンタさん、私の欲しいものちゃんと分かるかなー」

父「どうだろうな」

娘「ママには言ったんだけどなぁ」ハァ…


父「そんなに気になるなら、サンタに手紙でも書いたらどうだ?」

娘「手紙? サンタさん読む?」

父「そりゃ読むだろ。今の内から枕元に靴下吊るして、そん中に入れとけばいい」

娘「……そっか」


父「もう保育園で字は習ったろ?」

娘「うん! でも『は』と『ほ』と『ま』をいっつも間違えるんだ……」

父「大丈夫、サンタは子供の字は見慣れてるはずだ。ちゃんと読めると思うぞ」

娘「じゃあ私、サンタさんに手紙書くよ──!」フンス



2014/12/22(月) 15:32:40.37 ID:LeOO3t5gO
3:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


………



妻「──お疲れさま、あなた」

父「さんざん相手させられたなぁ」フゥ

妻「そりゃそうよ、朝にプレゼントを見た時から『パパが帰ってきたら一緒に遊ぶんだ』って大はしゃぎだったもの」

父「楽しいクリスマスだったみたいでなにより」


妻「ちゃんと欲しいおもちゃ解ってくれてた…って、すっかりサンタを信じてるわ」

父「そりゃよかった」

妻「でもいつまでサンタを信じる純粋な子供でいてくれるかしら」

父「……ずっとだ」

妻「だといいわね、ふふ…」



2014/12/22(月) 15:33:07.01 ID:LeOO3t5gO
4:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



娘「──サンタさんって、いつ手紙持って帰ってるのかな。枕元にあるのにいつの間にか消えてるの」

父「お前も大きくなったな、そういう事を不思議に思うようになったか」

娘「もう二年生だもん」フフン


父「じゃあ…そろそろ話すか」

娘「?」キョトン

父「実はな、お前の手紙はパパやママがサンタに送ってるんだ」

娘「えっ」


父「さすがにサンタも夜中、鍵をかけて家族が寝てる家に忍び込むわけにはいかんからな」

娘「……泥棒さんと間違えられちゃう」

父「そう、逆に泥棒がサンタのふりをしてたらそれも怖いだろ?」


娘「うん……でも、じゃあイブの夜にはどうやってプレゼントを置いてるの?」

父「それも…実はパパやママが夜中に玄関で受け取ってるんだ」

娘「そうなんだ……でも、サンタさんはいるんだね? プレゼントを持ってきてくれてるんだよね?」

父「そうだよ」

娘「そっか! じゃあやっぱり今年も欲しい物のお手紙書くね──!」ニパッ



2014/12/22(月) 15:33:51.84 ID:LeOO3t5gO
5:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


………



妻「──今年のプレゼントも喜んでくれたわね」

父「ああ……でもどうかな、ちゃんとサンタを信じてくれてるだろうか」

妻「もちろんよ、じゃなきゃ欲しい物の手紙に『いつもありがとう』なんて書き添えないわ」

父「そうか、そうだな」


妻「よく遊ぶ娘友ちゃんのところでは、そろそろやっぱりサンタはパパじゃないかと疑い始めてるって」

父「隣の男の子はどうなんだ、毎日のように遊んでるけど」

妻「あの子はサンタがどうとかいうより、欲しいおもちゃの事やケーキの事で頭がいっぱいみたいよ」

父「はは……純粋でいい幼馴染みがいてよかったよ──」



2014/12/22(月) 15:34:27.16 ID:LeOO3t5gO
6:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



父「──今年欲しいものの手紙は書けたのか?」

娘「うん……書いたけど」

父「…どうした?」


娘「クラスのみんな、サンタさんなんかいないって言うんだ。プレゼントはパパやママがおもちゃ屋さんで買ってるって」

父「……なるほど。さすがに五年生にもなりゃ、童話みたいな話も信じ難いだろうな」

娘「じゃあ──」


父「──いるよ、サンタは」

娘「…え」


父「ただ、さすがに絵本に出てくるような赤い服でトナカイのソリに乗ったサンタはいない」

娘「………」

父「だがその絵本に出てくる昔のサンタが創った『サンタクロース協会』って組織はあるんだ」

娘「サンタ協会…?」

父「一人のサンタが世界中の子供にプレゼントを配れるわけないだろ?」


娘「そっか…服装とかは違っても、やっぱりサンタはちゃんといるんだね」

父「そういうことだ」

娘「よかった、じゃあやっぱり手紙書こうっと──」



2014/12/22(月) 15:34:56.84 ID:LeOO3t5gO
7:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


妻「──ちょっと無理があったんじゃない?」

父「なにを言う、手紙はいつも通りだったぞ」

妻「そうだけど…ねぇ?」クスクス


父「いいんだよ、そろそろ少しは現実味を帯びた話じゃなきゃ信じない」

妻「そうかもしれないけど」

父「これでいいんだ」

妻「はいはい……でも子供にいつまでもサンタを信じていて欲しいなんて、それはそれで親の都合よね」


父「サンタだけじゃない」ボソッ

妻「え?」

父「…なんでもない」



2014/12/22(月) 15:35:27.37 ID:LeOO3t5gO
8:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



娘「──どうかなぁ…」ハァ…

父「どうした?」


娘「ん…サンタさんにね、手紙を書くの」

父「毎年の事じゃないか」

娘「でも、スマホなんてくれると思う? くれたとしても、その後の月々の料金とかどうなるんだろう」


父「……さすがに中学生になると、欲しいものもオモチャやゲームじゃなくなるんだな」

娘「まぁね」

父「…やむを得んな」

娘「?」


父「とうとう全てを話す時がきたか…」

娘「……やっぱ、サンタっていないの──?」



2014/12/22(月) 15:35:57.46 ID:LeOO3t5gO
9:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


父「──いや、サンタはいる」

娘「………」


父「サンタ協会って組織がある…と言ったよな」

娘「うん」

父「この国では『NPO法人日本サンタクロース協会』がそれにあたる」

娘「…会社?」

父「非営利団体だがな。活動目的は世界の子供に対するプレゼントの配布」


娘「どうやってプレゼントを購入してるの? 資金は?」

父「もちろん会費制だ、タダでプレゼントが貰えるほど甘くはない」

娘「会費……パパやママが払ってるってこと?」

父「そうだ、毎月自動引き落としになってる。ただこの協会に加入するかどうかは任意だ」


娘「じゃあ、加入してない家も…」

父「そういうことだ、だからその家では『サンタなんかいない』ってことになる」

娘「なるほど…!」



2014/12/22(月) 15:36:28.08 ID:LeOO3t5gO
10:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


父「通常は年間に納めた会費より、少し目減りした額のプレゼントが届く。浮いたお金は孤児や発展途上国の子供達へのプレゼントに回される」

娘「ボランティア的なものなんだね」

父「だが学校などから送られた内申書の査定により、何年かに一度掛け金を超えるスペシャルプレゼントを希望できる年がある」


娘「スペシャル…」キラキラ

父「三年生の時、覚えてるか?」ニヤリ

娘「ハッ……! Wii本体とソフトのセットだった!」


父「そうだ…そして今、またスペシャルプレゼントの権利がたまってる。いい子にしててよかったな」

娘「じゃあ…!」パァッ

父「スマホ、欲しいんだろ? 手紙に書いとけよ。ただし月料金はウチが払うんだ、ママにも感謝しろ」

娘「うんっ──」



2014/12/22(月) 15:37:02.02 ID:LeOO3t5gO
11:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


………



妻「──飽きれたわ、あそこまで作り話して信じさせるなんて」

父「大人でも引っかかりそうだろ」クックッ…

妻「でもどうしてそんなに頑なにサンタを信じ込ませるの? あの子ももう中学生よ?」

父「それが大事だからだよ──」


『──なあ、父ちゃん。サンタってやっぱり父ちゃんや母ちゃんなんだろ?』

『クラスみんな知ってるもん、サンタなんかいないって──』


父「──俺はな、兄貴がいたのもあって小学校も早い内からサンタを信じなくなった」

父「サンタを信じないって事は、プレゼントは親がくれるものと認識するって事だ」

父「するとクリスマスというイベントは普通の家庭では『プレゼントを買ってもらって当たり前の日』という事になる」

父「子供心にも感謝の気持ちは薄くなったと思う」


父「でも実際にはどうだ。サンタがくれるプレゼントも親が買うそれも、ただ子供に喜んでもらうための優しい贈り物だ、なにも変わらない」

父「でもそんな大人たちの気遣いも小学生の子供には解らないんだ」



2014/12/22(月) 15:37:39.91 ID:LeOO3t5gO
12:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


父「サンタを信じるってことは、御伽噺みたいな優しい世界を信じるってことだと思う」

父「……俺はサンタを信じなくなった事が、子供らしい夢を失うきっかけのひとつになった気がする」


『……俺、来年からクリスマスプレゼントは現金がいいな──』


父「挙句、プレゼントは現金がいい…なんてな」

父「優しさの形を金に求めるなんて、大人だってするもんじゃないのに」


父「自分が色んな優しさに包まれて育てられてきたんだ……それに気づける歳になるまで」

父「俺はあの子にサンタを信じていて欲しい」

父「例えその形が偽物の団体であったとしても、子供達の幸せを願う団体とそこに加入する優しい親達が世界中にいるって」

父「そう思っておいて欲しいんだ──」



2014/12/22(月) 15:38:09.36 ID:LeOO3t5gO
13:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



娘「──お父さん」モジモジ

父「ん、どうした?」


娘「今年の…サンタさんへのお願いなんだけどね」

父「ああ」

娘「こんな事…怒られるかな」

父「……言わなきゃ解らん」


娘「お金…現金がいいの」

父「!!」

娘「商品券でもいいんだけど…」


父「……それは、なにかサンタに伝えにくいようなものが欲しいのか?」

娘「ち、違う!」

父「じゃあ──」



2014/12/22(月) 15:38:36.04 ID:LeOO3t5gO
14:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


娘「──プレゼントを買いたいの」

父「プレゼント…?」

娘「うん…人にあげるプレゼント」

父「………」


娘「あの…ウチの高校、バイト禁止だから…その」

父「うん」

娘「普段のやりくりは贅沢しなければお小遣いでなんとかなるんだけど……それ以上の余裕はなくて」


父「……誰にあげたいんだ?」

娘「!!」ドキッ

父「隣の幼馴染くんか」

娘「…ん」コクン



2014/12/22(月) 15:39:06.20 ID:LeOO3t5gO
15:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


娘「やっぱり怒られるかな」

父「怒られるもんか。でも…その願い事をしたらそれで最後なんだ」

娘「最後…?」

父「ああ…子供が自分の金で、他の誰かにプレゼントをしたい…そう言い出す時」

娘「………」

父「それがサンタの役目が終わる時なんだ」

娘「……お父…さん」グスッ


父「大きくなった…お前も大人になったんだなぁ…」

娘「大人じゃないよぅ…まだ」

父「幼馴染くんは、お前と同じように純粋で素朴な子だと思う」

娘「うん」

父「これからは彼がお前のサンタになってくれる、よかった…よかったなぁ──」



2014/12/22(月) 15:39:37.19 ID:LeOO3t5gO
16:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


………



妻「──あら、おはよう。久しぶりだったわね、夫婦二人でのイブなんて」

父「そうだな……ところで、これはなんだ?」

妻「ああ…朝、私も見たわ。貴方の枕元にあったわね。でも私は知らないわよ、サンタさんじゃない?」

父「バカな」ガサガサ


妻「あら、いい色」

父「!!」


妻「あの子ったら……幼馴染くんへのプレゼント、少し切り詰めたのね」

父「娘、あいつ──」



2014/12/22(月) 15:40:04.81 ID:LeOO3t5gO
17:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



司会「──ではここで、お手元のプログラムには記載しておりませんが、新婦よりご両親への手紙を読んで頂きたいと思います」


パチパチパチ…


父「なんだ、聞いてないぞ」

妻「あらあら」ニコニコ


娘「……お父さん、お母さん。私を今日まで育ててくれて──」



2014/12/22(月) 15:40:35.45 ID:LeOO3t5gO
18:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


娘「──でした。…それから、お父さん」

父「………」


娘「子供の言う事にちゃんと耳を傾けてくれて、ちょっと怖いけど誠実な貴方が、私は大好きでした」

娘「子供の夢をできるだけ壊さずに、ずっと守ってくれた貴方のおかげで」

娘「私は幼馴染くんから『少し天然気味』と言われてしまうくらい、純粋に育つことができたんだと思います」

娘「貴方が語ってくれたサンタさんの秘密、私はずっと忘れません」グスッ

父「うっ…うぅ…っ」


娘「…こんな大事な日に、そんなくたびれた安物のネクタイでよかったの?」ポロポロ

父「当たり…前だ」


娘「いつか私も母になると思います、だから──」

父「……娘っ」ポロッ…


娘「──私にも、サンタ協会への加入方法…教えて下さい」



【おしまい】



.

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