がらくた処分場

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The Next Line.(Twitterひとつまみ創作会お題)



※この話はTwitterのタイムライン上で行った『ひとつまみ創作会』においてフォロワーの翡翠さんより投稿された一文を元に続きを書いたものです。冒頭の青文字部分がお題、赤文字部分が翡翠さんによる投稿文(を多少アレンジしたもの)となっています。


「──久しぶりね」


(どうやら人違いではないらしい、その女性は確かに僕の目を見据えて今の言葉を唱えた)


「あの、どこかで」

「覚えてないんだ?」


(長い黒髪を指で梳かし、彼女は言葉を続けた)



「……つ、次のセリフはなんだったかしら?」


ステージに立てば役どころを完璧にこなすクールビューティな先輩は、男女を問わず他生徒からの憧れの存在。

だが顔を赤く染める可愛らしい彼女を見られるのは僕だけだ。



先輩がクールビューティで通せるのは、持って生まれた才だけによるものではない。

勉強もスポーツも、それを保てるだけの努力を密かに重ねているからだ。

演劇部に属する彼女は仲間から「台本を一晩読んでくるだけで誰よりも上手く役を演じる」と評されるが、それもまた同じく努力の賜物なのだ。

僕はその様を昔から誰より近くで見てきた。


僅か一年の時を空けて隣同士の家に生まれ、まるで姉弟のように育ってきた僕ら。

小学生の時は友人にからかわれつつも、本人達は家族のつもりだから気にとめず毎日一緒に過ごした。

二人で夏休みの宿題を進めて、二人で虫捕りに行って、彼女が用意してくれた水筒の麦茶を飲んで、帰るべき時間も彼女が把握してくれていた。


しかしその関係は彼女が中学に上がった時に大きく形を変える。

中学の制服を着て、別の時間に違う学び舎へ向かう背中が、六年生になったばかりの僕に現実を叩きつけた。

それまでの僕は漠然と彼女の事を『姉のように導いてくれつつも、ずっと傍にいてくれる存在』と思っていたのだろう。


翌年、僕が中学生になっても意識に一度芽生えた距離は戻らなかった。

いつしか彼女に対する僕の口調も先輩と後輩という関係に相応しいものに変わり、僕が彼女を慕う気持ちも『姉弟』のそれではなくなっていった。


それでも唯一残った他者との違い、幼き日から彼女と共に過ごした証──


「『コケモモのジャム……と言ったら思い出さない?』ですよ。そうしたら相手が『ああ、あの時の』と返します」


──それこそがこの『彼女の密かな努力を共有できる時間』だった。


「そっか、コケモモだ。ついヤマモモって単語が浮かんじゃって」

「ヤマモモの方がずっと馴染み深いですもんね」


今日も夜の河川敷、国道の大きな橋の下で演劇の練習に付き合わされている……というのは本心ではない。

先輩は「ごめんね」と言うけれど、僕はこの時間がたまらなく好きだ。


「コケモモのジャム……と言ったら思い出さない?」

「ああ、あの時の。美味しく出来ましたか?」

「おかげさまで。あっという間に弟達に食べられて自分の口に入ったのは味見の分だけよ」


登山中に出会った男女、ヒロインが男性にコケモモを美味しいジャムにするコツを教わり、そして二人は街中で再会する……というストーリー序盤。

練習台とはいえ、その相手役を演じられる僕は幸せ者だと思う。

もっとも一番の幸せ者は、スポットライトを浴びるステージ上でその役を担う演劇部部長だろう。

物語の終盤では二人が愛を囁き抱き合うシーン、口づけを交わすシーンなどもある。無論本当に唇を重ねるわけではないけど、それを思うと少し胸が疼いた。

練習台の役目はあくまで台詞のみ、さすがに動作までは演じない。


「少し休みますか?」

「ううん、もうちょっときりのいいところまで」

「じゃあ次に会う約束をするところまでやりましょう」


先輩の声は国道をゆく車の騒音にも掻き消される事なく、美しいまま夜の闇に響く。

きっとそれに比べれば僕の声はくぐもった抑揚もぎこちないものだろう。


「あの、また会えませんか」

「私は六番街の角にある花屋で働いているの。あなたの好きな花は?」

「僕は……セントポーリアが」

「じゃあ私が店にいる時は、外から見えるところにセントポーリアの鉢を置いておくわ」


物語はこのあと男性がヒロインの店に通うようになり、二人は仲を深めてゆく。セントポーリアの花言葉は『小さな愛』だった……と男性が明かし、めでたく二人は結ばれる。

旅先で一度会っただけの女性に再会し、その場でいきなりそんな意味を隠しもつ花を挙げるなど随分と計算高い男だ。

そんな奴、友達にはなれそうもないな……なんて何故か物語のキャラクターにまで胸中で悪態をつきながら、でも今の僕は仮にもその役を演じている。


「OK、じゃあ少し休憩しましょう」

「はい」


僕らは橋の下から少し離れたところに備えられたベンチに並んで腰を下ろした。

先輩は持っていた水筒の蓋を外し、コップ状になったそれに麦茶を注いで一杯分を飲み干した。

あれだけ腹に力を籠めた声で台詞を発していれば、さぞ喉も渇くことだろう。


「飲む?」

「頂きます」


期待していた通りの問いかけに、不自然なくらい早いタイミングで肯定の返事をする。

なにか勘付かれただろうか?

上等だ、こんな遅い時間に人の姿も見えない河川敷へ二人で来ても平気など、よほど僕は異性と見られていないのだろう。


もう僕らは姉弟じゃない。在りし日の少年は恋という感情、その苦さと葛藤を知った。

僕が言葉遣いを変えていった事、それは無意識だけれど彼女を恋の相手と認識するための本能だったのかもしれない。

でも彼女は違うんだろう。

だから今、相手の秘めた感情を察し狼狽えればいい。クールビューティのそんな姿もまた、僕は見たいんだ。


「はい、どうぞ。まだあるからね」

「……どうも」


しかし先輩がその余裕を崩す事は無かった。

彼女がその唇をつけたコップを使う事に、自分だけが妙な意識をしてしまっているというのも悔しい。

僕はできるだけ平静を装ってお茶を一気に呷った。


「間接キッスだね」


意識すまいとした単語そのものを先輩が口にする。

僕は口に含んだお茶を吹き出してしまいそうになった。


「ひどいな、飲んでる最中に笑わせようとしないで下さいよ」

「あら、笑うとこだった?」


せめて笑うところにさせてくれ、僕はそう願った。

これで自分だけがぎくしゃくしていたら空回りが過ぎる。


もしかしたら彼女は僕の考えの上辺のところなんて見透かしているのだろうか。

昔から何かと僕の世話を焼いてくれていた人だ、そうだったとしても不思議は無い。

なのに彼女は今、僕が『叶うなら先輩を後ろの芝生に押し倒してしまいたい』と考えている事には気づいていないんだ。


「そっちの部活はどう? 忙しくないの?」

「今は2・3年生だけですね」

「3年生には最後のインターハイだもんね」


僕は水泳部に籍を置いている。

先輩の言うように今は顧問の指導も上級生に向いていて、1年の僕らはどちらかというと彼らにコースを明け渡すべき立場だった。


「それは演劇部も一緒なんじゃないですか」

「うん、部長達にとっては最後の演劇大会になるね」

「……文化祭は?」

「それもあるけど、演目は大会と一緒だし」


それはつまり今、僕が一緒に練習しているこのストーリーが3年生にとって最後の演目という事だ。


「だったらヒロインも3年生が演じなくていいんですか?」

「私もそう言ったんだけどね。でも来年に向けて、2年生も大役で場を踏んでおくべきだ……って」

「誰が言ったんです?」


問いを続けつつも、答えに察しはついていた。

そして僕は明らかに苛立っていた。


「そう言ったのは部長。顧問の先生も3年が納得できるなら良い事だって言ってくれたけど」

「詭弁ですよ、そんなの」

「……怒ってるの?」

「部長が先輩と主役を演じたかっただけだ」


最も制御の利かない感情は怒りだと思う。

できるだけ平静を努めていた先刻の意識など、今の僕からは失せてしまったらしい。

隠しても見透かされていた上辺の想いは、逆に剥き出しにする事で先輩にも予測不能なものになったようだ。


「ごめん……今日はもうお終いにする?」

「いいえ」


僕に乱暴を働くような度胸は無い。先輩を傷つけるつもりも、悲しませる気も無い。

だけど困らせる事だけは許してくれ、そう思った。


中学校と小学校に身の置場を分けたあの日、それまでの二人の関係は終わった。

今は別に環境が変わろうとしているわけではない、それでも構わない。

たとえこの関係がもう一度その形を変える事になろうとも、この『僕だけが共有できる時間』を失う結果を招こうと、それも厭わない。


「最後のシーンを練習しましょう。ほら、立って下さい」

「まだ最後の方は流し読みしかしてないよ」

「台詞、解りませんか?」


先輩は不安そうな面持ちで頷いた。こんなに彼女が小さく見えたのは初めてだった。

でも当然、身長は前から僕の方が高かったし、力だってずっと強い。


台本は無論、僕も読んでいない。

そのパートを彼女と誰かが演じると思うと、開く気になれなかったからだ。

でもラブストーリーの最後なんて相場は決まってる。


「先輩、手を」

「台詞わからないってば」

「僕はずっと貴女が好きだった」

「そんなラストじゃないでしょう、二人が山で出会った時はまだ──」

「──出会ったのは、もう十六年前です」


先輩の肩が竦んだ。

漸く僕の行動の意味を理解したのだろう、逃げ場が無くなったというのが正しいかもしれない。

ストーリーを無視した僕の言葉を、主人公の台詞と思い込む事はできなくなったからだ。


「コケモモジャムの作り方なんて知りません。歯の浮きそうな花言葉もわからない」


彼女を胸に抱き寄せる。

小さく震える背中は、とても『姉』や『クールビューティ』などという呼び名は似合わない。

でも、それでいいんだ。僕はもう弟じゃないし、周りの期待に応えるためにクールビューティを装った彼女に恋をしたわけじゃない。


信号のタイミングによるものか、気を利かせるかのように橋上の車通りが止んだ。

先輩がごくりと唾を飲むのが判った。


「好きです、先輩」


数秒、僕らは時が止まったように動かなかった。

やがて先輩はゆっくりと下を向き、小さな溜息をついたあとその鼻先を僕の胸に埋めた。


「大きくなったねえ……お姉ちゃん、びっくりしたよ」


僕に対し自分を姉と呼ぶ彼女を見るのは数年ぶりだった。

やはり自分は弟に過ぎないのか……そう考えた時、彼女は顔を上げ困ったような笑顔で言った。


「年上だもの、少しは余裕あるとこ見せたいわ」


両手で僕の胸を押して一歩分の距離を空け、軽く咳払いをして見せる。

もう一度にこりと微笑んだその顔からは、もう困惑の色は消え去っていた。


「交際を申し込まれたと受け取っていいのね?」


その女性は確かに僕の目を見据えて今の言葉を唱えた。

長い黒髪を指で梳かし、続けた言葉は。


「次のセリフはなんだったかしら?」


橋の袂、歩行者用の信号が点滅を始めるのが目の端に映った。

もうすぐまた橋上からは行き交う車のノイズが届くだろう。

どうか、その前に答えてくれ。


「『はい、喜んで』です」



【おわり】



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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2016/08/27(土) 13:59:18|
  2. その他
  3. | コメント:2

夏向けショートショート3本立(原題/同じ)



1 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:40:36.05 ID:Q/YIMqnfO



第一話/バチン



もう夏本番と言っていい暑さなのに今のところ梅雨が明けたという発表はなく、夜の10時が迫っても一向に過ごしやすくならない。

決して断熱性が良いとは言えない1kアパート、しかも二階だからなおさら暑いのかもしれない。


この部屋がある棟は女性専用で、玄関には電子式のオートロックが備えられていたりとセキュリティ性は多少工夫されている。

その代わり玄関を開けっ放しにはできない仕様だし、その面に備えられたシンク奥の窓は10cm程しか開かないようになっているから、部屋全体の通気性はあまり良くなかった。


それでも先週までは我慢できた。だけどもう駄目、もう無理。

あまりに不快な湿度と厳しい暑さに苛まれ、今週からは遂にエアコンを使い始めていた。

だって日曜の夕方一緒に出かけた向かいの棟のNちゃんが『まだ使ってないの? 私、6月の終わりからエアコンかけてるよ』なんて、呆れたように言うんだもの。

涼風の誘惑に負けたのは彼女のせい、私は悪くない。



2 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:42:05.22 ID:Q/YIMqnfO


やっぱり文明って素敵。エアコンを発明した人にはノーベル賞を贈るべきだと思う。

私は伸びたTシャツの下にはブラジャーも着けず、下は脚のつけ根までたくし上げたハーフパンツという決して人に見せられない服装で、決して人に見せられないだらしない体勢をとりラタンのラグに寝そべっていた。

たぶん身体の下になっている左腕にはラグの目の型がついてしまっているだろう、知った事か。


グラスの麦茶には寝そべったまま飲めるよう、ストローを差してある。視線はTVに向けたままそれを手にとり、何度かストローを咥えるのを失敗しながら口をぱくぱくしていると不意に画面が消えた。

画面だけではない、TVの音はもちろん部屋の明かりも冷蔵庫の音も、そして私にこの快適を与えてくれていた愛しきエアコンまでも動作を停めている。

もしかして停電? でも雷も鳴ってないし、この時間に工事とかするわけもない。という事は──


──やっぱり、壁に耳を当てると隣の部屋からはTVの音が聞こえてる。

つまりこの部屋のブレーカーが落ちたんだ。



3 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:43:08.93 ID:Q/YIMqnfO


懐中電灯とか、たしか独り暮らしを始める時にお父さんが色んな工具と一緒にどこかに備えてくれたけど……うん、頭を捻ってもだめだ覚えてない。

どうしよう、真っ暗。怖いよ……嘘、怖くない。むしろ快適な寛ぎタイムを阻害されて不機嫌モード。

なんとか早く台所のブレーカーを上げなきゃ室温が上がってしまう、でも家具の角に小指をぶつけるのは嫌だなぁ。


あ、そうだ。家の電源とは切り離された電気製品が、すぐ手元にあるじゃない。

私は愛用のスマートホンを手探り、ホーム画面を下からスワイプして懐中電灯のアプリを起動した。

慣れた自室内を歩くには充分な明るさ、足元ばかりを照らしてて室内の物干しワイヤーに吊るしたタコ足を頭に喰らったのは内緒。


冷蔵庫の横の壁、ちょうど近くに置いている踏み台を寄せて上るとブレーカーのボックスに手が届いた。

開けてみるとやはり一番左のレバーが下を向いている。それをパチンと上げると『ピッ』という音と共にリビングのシーリングライトが点灯した。



4 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:43:58.46 ID:Q/YIMqnfO


エアコンもまたフラップを動かし始め、僅かに遅れてTVの音声が流れた。

ちょっとホッとする。強がりながらも、やっぱりほんの少しだけ怖かったらしい。


踏み台から足を下ろし、それを元の位置に戻そうとした、その時──


「えっ」


──バチンと音がして、またブレーカーが落ちた。再び部屋は闇に閉ざされる。

手に持ったままのスマートホンをすぐに点灯する。踏み台に上がり再びブレーカーを戻すと、さっきと同じ順序で電気製品が息を吹き返した。

今度は踏み台から降りずに数秒待つ。ブレーカーボックスの蓋も閉めない。バチン、しつこくも三度目の闇は訪れた。



5 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:45:14.44 ID:Q/YIMqnfO


電気製品を使い過ぎているのだろうか。でも思いつくのはTV、エアコン、冷蔵庫……今は洗濯機は動いていないはず。これらは今週、毎晩同時に使用する機会はあった。

暗闇の中でしばらく考えて、またブレーカーを上げる。数秒、やはり同じ繰り返し。視界は漆黒に染まった。


せめてTVを消してみようと考え、闇の中リビングへ戻る。既に電源を失ったそれにリモコンを向けても無駄だろうから、コンセントからプラグをひっこ抜いた。

もう一度リビングを抜け、台所の踏み台に上がる。ブレーカーを上げる時、心の中で『お願い』と唱えた。でも数秒後、無情にも黒いレバーはまた同じバチンという音と共に下を向いてしまった。


きっと故障に違いない。何かがよほど電気を喰っているか、それともブレーカーそのものの不具合か……そうしか考えられない。

それでも、認めないわけにはいかなかった。

このレバーが下がる時の無機質な音に、しつこく訪れ続ける闇に、私は恐怖を感じている。

視界がきかないからかもしれないけれど、耳には鼓動がやけに大きく伝わっていた。



6 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:45:54.02 ID:Q/YIMqnfO


スマートホンの照明は点けたままで、私は通話アプリの連絡帳を開いた。遅い時刻に構わず、向かいのNちゃんに発信する。

お願い、出て。願いながらゴクリと唾を飲み込んだ。


《もしもし? どしたの、こんな時間に》


5回のコール音を経てNちゃんは通話に応じた。私は強い安堵感を覚え、無意識にため息をついていた。


「ごめんね、寝てなかった?」

《うん、まだ起きてたよ》

「なんか家の電気がすぐ消えちゃうの。ブレーカーがおかしいのかもしれない」

《電気製品使い過ぎてない?》

「エアコンと冷蔵庫だけなんだよ、TVを消してみてもダメだった」



7 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:46:35.75 ID:Q/YIMqnfO


「ほんとごめんね、さすがにちょっと怖くなっちゃって……」

《ううん、気にしないで。どうしてもダメならウチにおいでよ》

「ありがと、でももうちょっと試してみる。あの……」

《わかってる、通話したままでいいよ》


私がかなり怖がっている事を察したのだろう、Nちゃんはクスクス笑っているようだった。すごくホッとしてしまったのが悔しい。


通話を繋いだまま、少し考える。

冷蔵庫を切るわけにはいかない。エアコンのプラグを抜き、またブレーカーを上げてみるしかないと思った。

それで今度こそレバーが落ちなければ食料品を無駄にする事は防げる。その後は申し訳ないけれどNちゃんの厚意に甘えるしかないだろう。



8 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:47:14.13 ID:Q/YIMqnfO


エアコン用のコンセントは高いところにあるから踏み台を持っていかないといけない。

通話は繋いでいたいけど、明かりも必要になる。スマートホンを耳から離して通話画面の右上にあるスピーカーのマークを押した。


「ハンズフリーにしたよ」

《そっちの棟の他の部屋は大丈夫なのかな》

「隣のTVの音はしてたと思う。それにウチのブレーカーが落ちてるのは間違いないし……」


両手に物を持ち、ささやかな灯りを頼りにまたリビングを戻る。私は踏み台を床に置いて上がり、エアコンのプラグを引っこ抜いた。

スマートホンのスピーカーから、Nちゃんが部屋のカーテンを開ける音が聞こえた。


《うん、他の部屋は安定して電気が点いてるみたい》


すぐに台所に戻り、また踏み台からブレーカーに手を伸ばした。レバーを持ち上げ、今度は聞く人がいるから「お願い」と声に出して言った。

リビングが明るくなり、冷蔵庫が小さくモーター音を発し始める。そして数秒後、またバチンと音がしてそれらは絶えた。



9 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:47:54.40 ID:Q/YIMqnfO


「だめだ……食べ物どうしよう。とりあえず暑いからベランダの窓を開けるよ──」


またリビングを振り返った。その時、Nちゃんはさっきまでとは明らかに違う怯えた声で言った。


《──ダメ、部屋から出て》

「え?」

《早く》

「なんで、どうしたの」

《いいから、隣の部屋に逃げ込んで!》


その時、私は気づいた。

うっすらと向かいの棟の明かりが注ぐリビングの窓、そのカーテンの隙間から片目で部屋を覗き込む人影に──



10 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 20:48:37.43 ID:Q/YIMqnfO


──その後、私はNちゃんの言った通り隣の部屋に助けを求め匿ってもらった。

Nちゃんはすぐ110番に通報し、間も無く警察が駆けつけた。

私が慌てて部屋から出た事に気づいた侵入者は逃げていたけど、残された梯子から割り出され翌日に捕まったらしい。


あの夜、現場を調べた警察官は私に「見て下さい」と言ってベランダの壁にある屋外コンセントを指差した。

それはところどころが黒く焦げ、縁のプラスチックが部分的に溶けて歪んでいた。その場には銅線の切れが残されており、それを差し込みショートさせていたのだという。

何度も停電させエアコンを効かなくして、私が暑さに耐えかねる事を狙っていたのだろう。


もしあの時、Nちゃんに止められる事なくベランダの窓を開け放っていたら──



第一話/おわり



11 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:23:43.31 ID:2Lq8bAWao



第二話/空っぽの帰港



明け方と言うにもまだ早い午前四時、僕はこの小さな港に係留している自前の釣り船に荷物を積み込んでいた。

釣り船といっても客を乗せるようなサイズではない。

せいぜい友人を2~3人も乗せれば、よく考えてスペースを残さねば釣り道具の積みようがなくなるくらいのささやかなものだ。

しかし今日は一人きりでの釣行、荷物の積み方に気を遣う必要は無い。


なぜ友人を誘わなかったか、それはこの船の調子に些かの不安があったからだ。

別に深刻な不具合が出ているわけではないが、前回の釣行時なんとなくバッテリーが弱々しく感じられた。

だから今日は『もしかしたら本当に釣りに臨む事はできないかもしれない』と覚悟をした上でここを訪れたのだ。



12 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:24:16.81 ID:2Lq8bAWao


キーを挿しスターターを捻ると、やはり前回以上にモーターが回る音は遅く弱い。

古いエンジンとはいえ寒い時期に比べればかかりやすいはずなのだが、それでも始動は叶わなかった。

まあいい、そうじゃないかとは思っていたから充電器も積んできてある。

朝まずめの出船は諦めざるを得ないが、完全にバッテリーが死んでさえいないなら時間をかければ息を吹き返すはずだ。


誰を待たせるわけでもない。

陽が昇ればキャビンの日陰に憩い、湾内の緩い波に心地よく揺られながらうとうとするのもいい。

そうしている内にチャージもできるだろう。


「──お早いですね」


キャビンに向かって屈みこんでいた僕に、斜め後ろから声が掛けられた。

振り返ると隣の船のオーナーだろう男性が、タラップを降りてくるところだった。



13 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:25:27.80 ID:2Lq8bAWao


「やあ、おはようございます」

「これから釣りに?」

「そのつもりだったんですが……こいつが言う事をききませんでね、なにせポンコツですから」


頭を掻きながら船のコンソールあたりを小突いてみせると、隣の船の男性は「なるほど」と苦笑いした。


「おーい、降ろすぞー」


男性には数人の連れがいた。

これから荷物を降ろすのだろう、その内の一人が波止の上から手助けを求めている。


「ああ、悪い。下にもう一人は欲しいな」

「わかった」


現在はちょうど満潮で、船に降りるにはタラップ三段ほどの高低差しかない。

しかし彼らが降ろそうとしている荷物には大きなクーラーボックスが含まれる。


「せーのでいくぞー」


恐らくレジャー用としては最大級の150Lサイズ、氷の入った特大のそれはさぞ重い事だろう。

タイミングを合わせ、四人がかりで船に積み込んだ彼らは揃って大きく息をついていた。



14 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:27:21.51 ID:2Lq8bAWao


「アンカーは?」

「最初に積み込んだよ」

「じゃあみんな乗り込もう」


隣の船は僕のものに比べればとても立派で、スターターの音も軽やかにエンジンは一発始動した。

かなり外洋にも出られそうな船だが、アンカーを気にしていたという事は今日は浅場で釣るつもりなのかもしれない。


「お気をつけて、良い釣果を」

「ありがとう、そちらも早く船が機嫌を直してくれるといいですね」

「ははは……まあ気長に待ちますよ」


エンジンの回転が上げられ、白い船体が後進する。

ゆっくりと係留の列を脱し、舵を握る男性は僕に軽く会釈をしてサングラスをかけた。

僕も会釈を返し、湾内を徐行しつつ出てゆく彼らを見送った。

港の出入り口があるその先、東の空は僅かに明るくなり始めていた。



15 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:27:56.98 ID:2Lq8bAWao


それから三時間ほど経った頃、僕は早朝に目論んだ通りキャビンの日陰にマットを敷いて寝そべっていた。


充電が満足なレベルに達するには今しばらくかかるだろう。

まだ涼しいこの時間、こうして待つのはなんら苦ではない。

時おり港を出てゆく船の音に目を覚まし、その度にチャージャーのLEDが何色になっているかだけを確認してまた瞼を閉じる。

潮の香りと心地よい波音に包まれ、いくらでも寝ていられそうだ。


また船が通りかかった。薄く目を開け、相変わらず黄色のままのランプを確かめる。

たとえこのまま釣りには出られなかったとしても、これはこれで良い休日だ──そんな事をぼんやりと考えていると、今度のエンジン音はやけに近づいてくる事に気付いた。


その主は明け方に出て行った隣の船だった。

少し戻りが早すぎる気がするが、なにかトラブルでもあったのだろうか。

僕はむくりと上半身を起こした。



16 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:28:30.88 ID:2Lq8bAWao


「お帰りなさい」

「ああ、どうも。まだ船の機嫌は直りませんか」

「ええ今のところね、持ち主と同じく寝ぼけたまんまです」


一人がロープを手にタラップを登り、波止に備えられたビットにそれを舫った。

どうやら忘れ物を取りに戻っただけではなく、本当に引き上げるようだ。


「お早い戻りでしたね」

「散々の釣果でしたよ、雑魚も掠らない。こんな大袈裟なクーラーを持ってきたのが恥ずかしいくらいです」


決まりが悪そうに顔を曇らせる男性。

他の仲間達はいそいそと積荷を纏め始めた。


「まったく、新品のアンカーも根掛けて無くすし踏んだり蹴ったりだ」

「そんな日もありますよ」

「そちらはこれから釣りに出るというのに、景気の悪い事で申し訳ない」



17 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 21:29:18.46 ID:2Lq8bAWao


潮の加減や水温、様々な要因はあれど結局のところ釣果は時の運というもの。

残念ながら今日の彼らは豊漁の神に加護を受ける事は叶わなかったようだ。


「渡すぞー」

「はいはい、掴んだよ」


波止の上に立つ一人がさほど重くもなさそうにクーラーボックスを片手で引き上げる。

人間でも入りそうなそれが空っぽとは、なんとも切ない事だ。



第二話/おわり



18 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:06:52.85 ID:2Lq8bAWao



第三話/交替人員



──ある日を境に、高山さんは変わった。



戦後間もなく開院し、現在では特に心臓手術について定評のある鏡尾病院。

私たちは看護師としてそこに勤めている。


経験が豊富であれば当然技術レベルは向上する。

確かにこの病院は他の追随を許さない程の数、心臓手術をこなしてきた。

でもそれが全て成功するわけは無いし、術後にトラブルが発生した事例も一定の頻度では存在する。

たくさんの手術を行い多くの命を救ってきたという事は、それに比例してその病院で亡くなった患者も多数に上るという事に他ならない。


それらの中で特にレアケースだった例として、突発性の心疾患で運び込まれた患者の胸を開けると内臓逆位だったという話を聞いた事がある。

心臓も他の臓器も、鏡に映したように左右逆の配置・形状だったのだ。

そういった症例の患者を診た事の無い医師は思うように施術を進める事もできず、残念ながらその患者さんは亡くなってしまったという。


病院名に『鏡』とつくのに鏡映しの命を救えなかったとは皮肉な話だ。

しかし今の私はそれとはまた別の『鏡』に悩まされていた。



19 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:23:19.72 ID:2Lq8bAWao


私たち女性の看護師の内で独身の者の一部は、その病院の福利施設である女子寮に住まっていた。


『ねえ、やっぱりチーフの時も鏡に落書きがあったって』


今日の夕方、同じシフト上がりだった吉沢さんは私の部屋で雑誌を読みながらそう言った。


『やめてよ、このあとお互い一人で寝るんだから』

『ごめん、どうしても考えちゃうんだよ』


築20年が迫るお世辞にも綺麗とは言い難い寮。

噂によればこの施設を新築する頃、同時に改築された病院の北棟から発生した廃材を多数再利用しているという。

確かにこの寮には目に見える範囲でもいくつか建物の年代にも増して古いと思われる構造物があった。

例えば廊下の電灯、食堂のシンク、そして吉沢さんが口にした『共同洗面所の鏡』もそのひとつだった。


吉沢さんが自室に戻ったあと独りきりになった私は、それらの会話とここ最近の出来事を思い出して得体の知れない恐怖に襲われていた。



20 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:24:44.92 ID:2Lq8bAWao


2ヶ月ほど前の夜、同僚の金切り声が廊下に響いた。

何人かが慌てて駆けつけてみると、声の主は鏡の前に屈み込み震えていた。

そして鏡を見ると、そこにはまるで血を指でひいたかのような文字でこう書いてあった。


《助けて そこにいる私は偽者です》


皆、その文字を読み取るに多少の時間を要した。

なぜならそれは字の向きも並びも左右反対だったからだ。

あまりの不気味さに誰も言葉を発する事ができない中、一人だけ前に歩み出る者がいた。


『馬鹿馬鹿しい悪戯ね……「私」って誰の事よ』


彼女こそ『高山』さんだった。

美人というタイプではないけれど、おっとりとした性格とそれに見合った可愛らしい容姿で誰からも好かれる人だった。

高山さんは洗面台に備え付けられた化粧落としのシートを2枚引き出し、それで鏡を拭こうとした。


『つまらない事で大声なんか上げないで頂戴』


屈み込む同僚にそう吐き捨てた高山さんの声や表情は、今まで誰も見たことのないものだった。

そう、それはまるで──


『あら? ちっとも落ちないわ、どうしたのかしら』

『ねえ……これ、鏡のガラス内面に書かれてるんじゃ……』

『ふん、手の込んだ悪戯ね』


──正反対の性格をした別人のように感じられた。



21 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:25:40.68 ID:2Lq8bAWao


それから今までの間に4回も同じような出来事があった。

鏡に現れる悪戯、裏面から書いたとしか思えない血糊の文字。


でも鏡というものは、ガラス板の裏側に不透明なメッキを施して作られている。

つまり表から透けて見える落書きは、誰も触れないはずの境界面に書き込まれている事になる。

そしてその文字は誰も見ていない内に消え去ってしまうのだ。


度重なる人の仕業と思えない悪戯に怯え、鏡を撤去しようと言い出す者もいた。

しかし鏡はコンクリートの壁に埋め込むように施工されていて、業者でなければ外す事は叶いそうになかった。


2度目の悪戯の時、『益田』さんがおかしくなった。

3度目には後輩の『谷』ちゃんの雰囲気が変わった。

4度目の時は皆が怖がっていた『金森』チーフが、別人のように優しくなった。



22 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:26:21.53 ID:2Lq8bAWao


そしてそれらの人には、ある共通した変化が現れていた。


『あの、チーフ……ここの字が違います』

『あらごめんなさい。嫌だわ、歳かしらねぇ』


字が下手に、不正確になっている。

そして幼稚園児のように箸の使い方が不器用になっている。

それはまるで『慣れない左手』でその動作を行っているかのようだった。


もう随分前から私の中には、ある仮説が立っていた。

もしかして、変わってしまった人たちは──


「──そんなわけない、か」


わざと声に出して仮説を否定する。

あくまで恐怖を紛らわせただけと解っていても、そうしなければならなかった。

何故ならこれから就寝する私は、その洗面所に向かうつもりだったから。

だって冷静に考えれば有り得ないようなオカルト仮説なのに、その馬鹿げた恐怖に縛られて歯も磨かず髪も梳かずに寝るなんて嫌だった。



23 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:27:14.69 ID:2Lq8bAWao


できるだけいつもと同じ動作と心持ちで部屋のドアを開ける。

少し薄暗い廊下を歩き、洗面所を目指す。

途中、いくつもの個室の前を過ぎ、中から聞こえるTVの音に少しだけホッとした。


吉沢さんの部屋の前、影山さん、矢吹さん……その次が谷ちゃんの部屋。

彼女は少し暗い性格の地味な子だったのに、今はやけによく喋るようになった。


藤崎さんの部屋を過ぎ、小島さんの部屋を過ぎた……その次が──


「こんばんは」


──心臓が止まりそうになったけれど、声を上げる事はなんとか堪えた。

目を遣っていた扉が突然開いたのだ。

そこから現れたのは部屋の主、最初に変わってしまった高山さんだった。



24 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:27:53.64 ID:2Lq8bAWao


「……こんばんは、こんな時間からお出かけ?」

「ええ、今日は準夜勤だったから。もう食事もコンビニ物で済ませようと思って」

「それはお疲れ様、いってらっしゃい」


努めて自然に言葉を交わし、彼女の前を通り過ぎる。

彼女もこちらに背中を向けた……そう思った時、高山さんは思わぬ言葉を発した。


「今夜は鏡に何事も無ければいいわね」

「どういう意味?」

「別に、あと一度だけ悪戯が起きそうだと思ったのよ」



25 : ◆NdSwyytUJslS [saga]:2016/07/15(金) 22:31:10.87 ID:2Lq8bAWao


なんの根拠があっての発言かは解らなかった。

ましてや彼女は最初の悪戯の日、それを馬鹿馬鹿しいと言い放った人だ。


「気にしないで。おやすみなさい『天田』さん」

「……おやすみ」


疑念は解けなかったけれど、私は気にするのをやめた。

真意の掴めない言葉に少し気分を害した私からは、幸いにも恐怖心が失せていた。


たぶん今の私は不貞腐れたような顔をしているだろう。

口を尖らせて、眉間に少し皺を寄せていると思う。

わざわざまた弱気な顔に戻る必要はない。

私は敢えて表情を変えもせず、そのまま例の鏡に向き合った。



そこに映る私は、笑っていた。



その時、私は理解した。

鏡映しで正反対、鏡映しで対称形。

さっき高山さんが言ったあと一度だけの悪戯、変わってしまう最後の一人は──



第三話/おわり


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  1. 2016/07/16(土) 08:15:15|
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臆病な強者




「──まさか単機で戻るとはな」


このイーストエンド空軍基地の司令たる老兵は、ぽつりとそう呟いた。彼は過去に幾度も死線を潜った叩き上げ、いつもは歳に似合わぬ鋭い眼光で部下達を竦み上がらせる程だが、今日ばかりは幾分か肩の力が抜けているようだった。


「戦闘機乗りが作戦から戻らぬ事など珍しくは無いのでは、ブライアン中佐殿」


バーンズ大尉が答えた。視線は上官を捉えず、窓越しに滑走路の方へ向けられていた。


「こと貴様らにそれは当てはまるまい」

「同じです。一度空に上がれば生きるか死ぬか、みんなそのどちらかの未来しか無い」


基地にスクランブルの警報が鳴ったのは未明だった。敵機が本土に接近するのは暫くぶりの事、既にこの戦争の勝敗は決したと思われており、すぐに離陸が可能な機体は多くは無かった。

敵機の編成は小規模であるという情報だった。真っ先に出撃準備が整ったのは二機のF-15C、バーンズとティコ各大尉の両エースは警報から僅か7分で離陸した。基地の誰もが「この後に続く機は全て無駄足になる」と考え、それは現実となった。

午前5時18分、二機は接近する敵機と遭遇し空中戦となった。敵編隊は爆撃機一機と四機の護衛戦闘機、まさに最後の一矢を報わんとするために飛来したなけなしの部隊だった。


「敵部隊は全滅、現在調査中だが爆撃機の腹には核が載っていたかもしれんな」


しかしその空域で墜ちた機体は六機、敵機と残りの一機はティコ大尉のものだった。

司令官は部屋に掛けられたアナログ時計を一瞥してから煙草に火を点けると、煙を吐き出しながら言葉を続けた。


「相手が降伏勧告を受け入れたのは5時30分ちょうどだったそうだ」


もしも敵爆撃機が本当に核を搭載し最後の攻撃を目論んでいたとしたら、降伏を受け入れたのはその希望が潰えた時と考えるのが自然だ。


「……随分長い空戦だったようだな。終戦と同時に英雄が命を落とすとは、解らんものだ」


バーンズ大尉が僚機の墜落を報告したのは終戦宣言より後の5時45分頃の事だった。


「自分達は英雄ではない……か」


時計の下には額縁が提げられていた。そこにはいくつもの勲章が並んでおり、その内の幾つかはまさにエース二人がその活躍によって基地に齎した物だった。


「死ぬのが怖い、臆病者であるが故に誰より強くなった。それだけの事だからです」


それはティコ大尉が酒を飲んではよく零していた言葉だった。バーンズもまたその言葉、考え方を気に入っていた。


「ならば彼の最期はどうだったね? 彼は臆病者のまま散ったのか」


問われたバーンズは言葉に詰まり、思い返すように目を閉じた。


《──聞いたか、バーンズ。戦争が終わったってよ》


それは全ての目標を撃墜して間も無くの事だった。ティコは衛星リンクを切断した無線でバーンズに話しかけた。


「ああ、聞いた。何も返答はしていないが」

《俺もだ。結局、生き残っちまったな》


このまま基地に帰ればいよいよ自分達はこの戦争の英雄だ、ティコは自嘲的なニュアンスでそう語った。


「総撃墜数はお前が72か……おめでとう、エース」

《よせ、参加した作戦の違いに過ぎん》


朝焼けに染まり始めた空、しかし海はまだ大半がどす黒く見えた。幾度にも渡る戦闘の中いつかはこの波間に墜ちる日がくるだろう、バーンズはそう思っていた。


《何を考えていた?》

「……何も」

《嘘をつくな、俺には解る》


二人は渇望していた。自分を墜とす者が現れる事、全力をもって戦い敗れる事を。

臆病者が生き残るためにたくさんの命を奪った、それが英雄的な行為であるはずがない……そう二人は考えていた。死を怖れる本能に基づき戦う彼らは、いつしかそれよりも大きな衝動を伴う罪悪感という魔物に取り憑かれてしまったのだ。


《残弾は?》

「400と少しだ」

《OK、大差は無い》


そしてその罪悪感から解放される術は、一つしか無かった。


「よせ、ティコ。何をしようとしている」

《腹のサイドワインダーを棄てろ》


自分を上回る技術をもって墜とされる事。そしてその相手は自分以上に臆病な強者であったと信じる事。


《バーンズ、右に旋回を》

「ティコ! 正気か!」


ティコ機が左に90度ロールした。鋭い軌跡で水平旋回するイーグル。あのノーズがもう一度こちらを向いた時、自分は墜とされる。バーンズはそう直感した。

今からアフターバーナーをフルにして空域を離脱したらどうなる? 彼の脳裏に事態を打開しようとする考えが巡り、しかしそれは一瞬で否定された。

後から加速を始めたところでティコ機から逃げ切れるはずが無い。そして何よりもバーンズ自身が逃げない事を望んでいた。魔物から解放されるために、相棒と自分のどちらがより臆病者なのかを知るために。


「お前と飲む酒は悪く無かったよ、ティコ」


バーンズは無線を遮断し、操縦桿に力を籠めた。右翼のエルロンが上に、左が下にめくれ上がり機体は瞬時に右ロール。ティコ機にひけをとらぬ鋭い旋回に入り、翼端から筋状の雲が生まれた。


「ティコは……彼は勇敢でした。この戦争の英雄はティコ・ブライアン大尉です」


随分の沈黙の後、バーンズは上官に答えた。視線は滑走路に向いたままだった。


「生き残ったのは息子ではない、貴様だ。勝利の象徴たる英雄は生きていなくてはならんのだよ」

「私は英雄などではありません」

「それはやがて明らかとなろう。退出してよし、最後の任務ご苦労だった」


敬礼を残し司令室を出ていくバーンズ、それを見送ってから中佐は机に置かれた内線の子機を取りドックに通話を繋いだ。


「バーンズ機のガンカメラ記録を抹消しろ。戦争は終わった、調査の必要は無い」


老兵はほとんど長さの尽きてしまった煙草を一口吸い込みガラスの灰皿に揉み消すと、橙色に近付き始めた午後の日差しが注ぐ窓に目を遣った。

バーンズ大尉が視線を送っていた先、滑走路の向こうには一箇所だけシャッターが開いたまま、帰らぬ主を待ち続ける格納庫があった。



【おわり】



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  1. 2016/03/01(火) 12:43:25|
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空っぽが満ちた器




「これで満足か、人でなしめ!」

中年の男は相対する若者に怒鳴った。
言葉は強くとも彼の風貌は満身創痍と表すに相応しかった。顔の皺も頭の白髪もここ数日でぐんと増し、睨みつける目にも覇気は窺えない。

「よろしい。どうですか? 十数年も連れ添った最愛の妻を殺めた、今のお気持ちは」

「違う! 妻を殺したのは俺じゃない!」

千切れそうなほど首を横に振る男の手には、べったりと血糊を纏う包丁が握られている。足元に伏せる女性を何十回も刺し、その命を奪ったのは間違いなく彼だった。

「早く……子供を解放してくれ」

男は父から受け継いだ会社の社長だった。
父が会社を今の規模にまで育て上げた、そのためにはいくらかの犠牲を払う必要があった。利益率が高くなる手法を優先し、黎明期を支えた下請け業者を切り捨てる事もあった。切り捨てられた企業は破産し、オーナーは自殺した。今ここにいる若者こそ、そのオーナーの息子だった。

「まだです、貴方が生きているじゃありませんか」

「貴様が殺せばいいだろう! 早く子供を解放し、俺を妻の元へ送ってくれ!」

「順番が違いますよ。子供さん達にはお父さんが自らの命を絶ったら逃がしてあげると伝えています」

薄暗い貸し倉庫の一室、子供たちが捕らわれているのもまたすぐ隣りの同じ場所だった。
父親が自ら命を絶ったところで彼の子供達が無事解放されるという保証などどこにも無い。それを理解している男は悩んだ。
若者は子供達の元には共犯者を待機させていると告げていた。そうでなければ彼は妻を殺める前に若者に刃を向けていただろう。

「……必ず子供達を逃してくれるのか」

「それは約束します」

この惨劇の前、若者は一度スマートフォンのスピーカーで子供達の声を両親に聞かせていた。「パパ、ママ、助けて!」「怖いよ、殺される!」いかにも誰かに怯えた声で姉弟は叫んでいた。しかしそれが録音でない保証もまたどこにも無かった。

「その妻の血に濡れた包丁で、自分の喉を裂きなさい」

若者は感情の無い声でそう勧告した。
しばらく躊躇い、男は包丁を両手に握り直すと自らの喉元に当てた。手の震えによって刃は自然と動き、その皮膚を僅かに裂いた。滲んだ血が次第に伝い落ちる筋となり、白いカッターシャツの襟にじんわりと染みていった。

「必ず……子供達を……」

男に死や痛みへの恐怖が無い筈はなかった。しかしそれよりも大きな絶望があった。妻を殺めた彼には、この先の未来に持てる希望など残ってはいなかった。唯一それを託せる者、子供達にただ生きて欲しかった。

ぽたぽたとコンクリートの床に染みが生まれ、その数を増していった。赤い筈のそれは薄暗さ故に黒にしか見えなかった。
熱を伴う痛みに男は言葉にならない声をあげ、噎せ返っては口からどす黒い泡を吹いた。やがて声は掠れ、聞こえるのは液体が気体に掻き混ぜられるぶじゅぶじゅという音だけになった。

「素晴らしい」

若者は眉ひとつ動かさずに呟き、ゆっくりとしたテンポで感情の無い拍手を送った。
がくりと膝を落とした男の首から、一段と勢い良く血が吹いた。最も大きな血管が切断された合図だった。もはや命を取り留める事は無いと覚悟した彼は手の力を強め、遂にその喉は横一文字に切り裂かれた。
前のめりに崩れ落ちた男は、ちょうど妻の亡骸を抱く形となった。

「いい事を教えてあげましょう、僕に共犯者なんていませんよ」

若者は胸元から今度はスマートフォンではなくトランシーバーの子機を取り出し、そのスイッチを入れた。すぐにザーザーというノイズが発せられる、それはもう一台の子機は会話ボタンが押されたままになっているという事だった。

「起きているかい?」

若者は子機に向かって問いかけた。少しの間の後、割れた音で子供達の声が響いた。

《ねえ助けて! パパは!? ママは!?》

子供達の声に伏せた男が僅かに反応したのを見て、若者は初めて薄く笑った。

「よかった、まだ聞こえるみたいだ」

《何が……お願い、早くここから出して!》

「いいか、よく聞くんだ」

若者は子供達と男、双方に向けてその言葉を発した。
この時こそが彼の最終的な目標だった。幼き日の自分に齎された絶望を、それ以上の形にして与え返す事こそ彼の復讐だった。

「パパが自殺すれば助けてあげると言ったね」

男は首を動かせないままに、上目遣いに若者を睨んだ。若者はそれを確かめてから、さも満足そうに子機に向かって告げた。

「残念だけどパパは君達を捨てたよ。今から殺しに行くからね」

男は遠ざかる意識の中、何度も違うと叫んだ。しかし喉を切った彼はそれを声にする事は叶わなかった。

《嘘だ! 嘘だよ! 嫌だ、パパ助けて死にたくない! パパ!パパ!》

若者は高らかに笑った。
達成感も感慨も無く、また嬉しくも悲しくも無かった。ひどく渇いた声で笑う彼の頬だけが透明に濡れていた。

これで子供達を殺害すれば全て終わる。目標を果たせば自分は空っぽになる、彼はそう考えた後すぐに首を横に振り思い直した。

幼きあの日から、彼の人生はずっと空っぽのままだった。



【おわり】



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  1. 2016/02/27(土) 18:41:22|
  2. その他
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Japan Santa Claus Association(原題/NPO法人日本サンタクロース協会)



1:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


『──なあ、父ちゃん。サンタってやっぱり父ちゃんや母ちゃんなんだろ?』

『クラスみんな知ってるもん、サンタなんかいないって』


『俺、12月に出るファミコンソフトがいい!』

『でも発売日はクリスマスより前だから、先にプレゼントだけ欲しいんだけど』

『当日はケーキがあったらいいよ』


『えー、じゃあお年玉前借りはできない?』

『……俺、来年からクリスマスプレゼントは現金がいいな──』



2014/12/22(月) 15:31:45.65 ID:LeOO3t5gO
2:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]

……………
………



娘「サンタさん、私の欲しいものちゃんと分かるかなー」

父「どうだろうな」

娘「ママには言ったんだけどなぁ」ハァ…


父「そんなに気になるなら、サンタに手紙でも書いたらどうだ?」

娘「手紙? サンタさん読む?」

父「そりゃ読むだろ。今の内から枕元に靴下吊るして、そん中に入れとけばいい」

娘「……そっか」


父「もう保育園で字は習ったろ?」

娘「うん! でも『は』と『ほ』と『ま』をいっつも間違えるんだ……」

父「大丈夫、サンタは子供の字は見慣れてるはずだ。ちゃんと読めると思うぞ」

娘「じゃあ私、サンタさんに手紙書くよ──!」フンス



2014/12/22(月) 15:32:40.37 ID:LeOO3t5gO
3:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


………



妻「──お疲れさま、あなた」

父「さんざん相手させられたなぁ」フゥ

妻「そりゃそうよ、朝にプレゼントを見た時から『パパが帰ってきたら一緒に遊ぶんだ』って大はしゃぎだったもの」

父「楽しいクリスマスだったみたいでなにより」


妻「ちゃんと欲しいおもちゃ解ってくれてた…って、すっかりサンタを信じてるわ」

父「そりゃよかった」

妻「でもいつまでサンタを信じる純粋な子供でいてくれるかしら」

父「……ずっとだ」

妻「だといいわね、ふふ…」



2014/12/22(月) 15:33:07.01 ID:LeOO3t5gO
4:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



娘「──サンタさんって、いつ手紙持って帰ってるのかな。枕元にあるのにいつの間にか消えてるの」

父「お前も大きくなったな、そういう事を不思議に思うようになったか」

娘「もう二年生だもん」フフン


父「じゃあ…そろそろ話すか」

娘「?」キョトン

父「実はな、お前の手紙はパパやママがサンタに送ってるんだ」

娘「えっ」


父「さすがにサンタも夜中、鍵をかけて家族が寝てる家に忍び込むわけにはいかんからな」

娘「……泥棒さんと間違えられちゃう」

父「そう、逆に泥棒がサンタのふりをしてたらそれも怖いだろ?」


娘「うん……でも、じゃあイブの夜にはどうやってプレゼントを置いてるの?」

父「それも…実はパパやママが夜中に玄関で受け取ってるんだ」

娘「そうなんだ……でも、サンタさんはいるんだね? プレゼントを持ってきてくれてるんだよね?」

父「そうだよ」

娘「そっか! じゃあやっぱり今年も欲しい物のお手紙書くね──!」ニパッ



2014/12/22(月) 15:33:51.84 ID:LeOO3t5gO
5:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


………



妻「──今年のプレゼントも喜んでくれたわね」

父「ああ……でもどうかな、ちゃんとサンタを信じてくれてるだろうか」

妻「もちろんよ、じゃなきゃ欲しい物の手紙に『いつもありがとう』なんて書き添えないわ」

父「そうか、そうだな」


妻「よく遊ぶ娘友ちゃんのところでは、そろそろやっぱりサンタはパパじゃないかと疑い始めてるって」

父「隣の男の子はどうなんだ、毎日のように遊んでるけど」

妻「あの子はサンタがどうとかいうより、欲しいおもちゃの事やケーキの事で頭がいっぱいみたいよ」

父「はは……純粋でいい幼馴染みがいてよかったよ──」



2014/12/22(月) 15:34:27.16 ID:LeOO3t5gO
6:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



父「──今年欲しいものの手紙は書けたのか?」

娘「うん……書いたけど」

父「…どうした?」


娘「クラスのみんな、サンタさんなんかいないって言うんだ。プレゼントはパパやママがおもちゃ屋さんで買ってるって」

父「……なるほど。さすがに五年生にもなりゃ、童話みたいな話も信じ難いだろうな」

娘「じゃあ──」


父「──いるよ、サンタは」

娘「…え」


父「ただ、さすがに絵本に出てくるような赤い服でトナカイのソリに乗ったサンタはいない」

娘「………」

父「だがその絵本に出てくる昔のサンタが創った『サンタクロース協会』って組織はあるんだ」

娘「サンタ協会…?」

父「一人のサンタが世界中の子供にプレゼントを配れるわけないだろ?」


娘「そっか…服装とかは違っても、やっぱりサンタはちゃんといるんだね」

父「そういうことだ」

娘「よかった、じゃあやっぱり手紙書こうっと──」



2014/12/22(月) 15:34:56.84 ID:LeOO3t5gO
7:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


妻「──ちょっと無理があったんじゃない?」

父「なにを言う、手紙はいつも通りだったぞ」

妻「そうだけど…ねぇ?」クスクス


父「いいんだよ、そろそろ少しは現実味を帯びた話じゃなきゃ信じない」

妻「そうかもしれないけど」

父「これでいいんだ」

妻「はいはい……でも子供にいつまでもサンタを信じていて欲しいなんて、それはそれで親の都合よね」


父「サンタだけじゃない」ボソッ

妻「え?」

父「…なんでもない」



2014/12/22(月) 15:35:27.37 ID:LeOO3t5gO
8:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



娘「──どうかなぁ…」ハァ…

父「どうした?」


娘「ん…サンタさんにね、手紙を書くの」

父「毎年の事じゃないか」

娘「でも、スマホなんてくれると思う? くれたとしても、その後の月々の料金とかどうなるんだろう」


父「……さすがに中学生になると、欲しいものもオモチャやゲームじゃなくなるんだな」

娘「まぁね」

父「…やむを得んな」

娘「?」


父「とうとう全てを話す時がきたか…」

娘「……やっぱ、サンタっていないの──?」



2014/12/22(月) 15:35:57.46 ID:LeOO3t5gO
9:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


父「──いや、サンタはいる」

娘「………」


父「サンタ協会って組織がある…と言ったよな」

娘「うん」

父「この国では『NPO法人日本サンタクロース協会』がそれにあたる」

娘「…会社?」

父「非営利団体だがな。活動目的は世界の子供に対するプレゼントの配布」


娘「どうやってプレゼントを購入してるの? 資金は?」

父「もちろん会費制だ、タダでプレゼントが貰えるほど甘くはない」

娘「会費……パパやママが払ってるってこと?」

父「そうだ、毎月自動引き落としになってる。ただこの協会に加入するかどうかは任意だ」


娘「じゃあ、加入してない家も…」

父「そういうことだ、だからその家では『サンタなんかいない』ってことになる」

娘「なるほど…!」



2014/12/22(月) 15:36:28.08 ID:LeOO3t5gO
10:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


父「通常は年間に納めた会費より、少し目減りした額のプレゼントが届く。浮いたお金は孤児や発展途上国の子供達へのプレゼントに回される」

娘「ボランティア的なものなんだね」

父「だが学校などから送られた内申書の査定により、何年かに一度掛け金を超えるスペシャルプレゼントを希望できる年がある」


娘「スペシャル…」キラキラ

父「三年生の時、覚えてるか?」ニヤリ

娘「ハッ……! Wii本体とソフトのセットだった!」


父「そうだ…そして今、またスペシャルプレゼントの権利がたまってる。いい子にしててよかったな」

娘「じゃあ…!」パァッ

父「スマホ、欲しいんだろ? 手紙に書いとけよ。ただし月料金はウチが払うんだ、ママにも感謝しろ」

娘「うんっ──」



2014/12/22(月) 15:37:02.02 ID:LeOO3t5gO
11:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


………



妻「──飽きれたわ、あそこまで作り話して信じさせるなんて」

父「大人でも引っかかりそうだろ」クックッ…

妻「でもどうしてそんなに頑なにサンタを信じ込ませるの? あの子ももう中学生よ?」

父「それが大事だからだよ──」


『──なあ、父ちゃん。サンタってやっぱり父ちゃんや母ちゃんなんだろ?』

『クラスみんな知ってるもん、サンタなんかいないって──』


父「──俺はな、兄貴がいたのもあって小学校も早い内からサンタを信じなくなった」

父「サンタを信じないって事は、プレゼントは親がくれるものと認識するって事だ」

父「するとクリスマスというイベントは普通の家庭では『プレゼントを買ってもらって当たり前の日』という事になる」

父「子供心にも感謝の気持ちは薄くなったと思う」


父「でも実際にはどうだ。サンタがくれるプレゼントも親が買うそれも、ただ子供に喜んでもらうための優しい贈り物だ、なにも変わらない」

父「でもそんな大人たちの気遣いも小学生の子供には解らないんだ」



2014/12/22(月) 15:37:39.91 ID:LeOO3t5gO
12:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


父「サンタを信じるってことは、御伽噺みたいな優しい世界を信じるってことだと思う」

父「……俺はサンタを信じなくなった事が、子供らしい夢を失うきっかけのひとつになった気がする」


『……俺、来年からクリスマスプレゼントは現金がいいな──』


父「挙句、プレゼントは現金がいい…なんてな」

父「優しさの形を金に求めるなんて、大人だってするもんじゃないのに」


父「自分が色んな優しさに包まれて育てられてきたんだ……それに気づける歳になるまで」

父「俺はあの子にサンタを信じていて欲しい」

父「例えその形が偽物の団体であったとしても、子供達の幸せを願う団体とそこに加入する優しい親達が世界中にいるって」

父「そう思っておいて欲しいんだ──」



2014/12/22(月) 15:38:09.36 ID:LeOO3t5gO
13:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



娘「──お父さん」モジモジ

父「ん、どうした?」


娘「今年の…サンタさんへのお願いなんだけどね」

父「ああ」

娘「こんな事…怒られるかな」

父「……言わなきゃ解らん」


娘「お金…現金がいいの」

父「!!」

娘「商品券でもいいんだけど…」


父「……それは、なにかサンタに伝えにくいようなものが欲しいのか?」

娘「ち、違う!」

父「じゃあ──」



2014/12/22(月) 15:38:36.04 ID:LeOO3t5gO
14:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


娘「──プレゼントを買いたいの」

父「プレゼント…?」

娘「うん…人にあげるプレゼント」

父「………」


娘「あの…ウチの高校、バイト禁止だから…その」

父「うん」

娘「普段のやりくりは贅沢しなければお小遣いでなんとかなるんだけど……それ以上の余裕はなくて」


父「……誰にあげたいんだ?」

娘「!!」ドキッ

父「隣の幼馴染くんか」

娘「…ん」コクン



2014/12/22(月) 15:39:06.20 ID:LeOO3t5gO
15:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


娘「やっぱり怒られるかな」

父「怒られるもんか。でも…その願い事をしたらそれで最後なんだ」

娘「最後…?」

父「ああ…子供が自分の金で、他の誰かにプレゼントをしたい…そう言い出す時」

娘「………」

父「それがサンタの役目が終わる時なんだ」

娘「……お父…さん」グスッ


父「大きくなった…お前も大人になったんだなぁ…」

娘「大人じゃないよぅ…まだ」

父「幼馴染くんは、お前と同じように純粋で素朴な子だと思う」

娘「うん」

父「これからは彼がお前のサンタになってくれる、よかった…よかったなぁ──」



2014/12/22(月) 15:39:37.19 ID:LeOO3t5gO
16:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


………



妻「──あら、おはよう。久しぶりだったわね、夫婦二人でのイブなんて」

父「そうだな……ところで、これはなんだ?」

妻「ああ…朝、私も見たわ。貴方の枕元にあったわね。でも私は知らないわよ、サンタさんじゃない?」

父「バカな」ガサガサ


妻「あら、いい色」

父「!!」


妻「あの子ったら……幼馴染くんへのプレゼント、少し切り詰めたのね」

父「娘、あいつ──」



2014/12/22(月) 15:40:04.81 ID:LeOO3t5gO
17:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


……………
………



司会「──ではここで、お手元のプログラムには記載しておりませんが、新婦よりご両親への手紙を読んで頂きたいと思います」


パチパチパチ…


父「なんだ、聞いてないぞ」

妻「あらあら」ニコニコ


娘「……お父さん、お母さん。私を今日まで育ててくれて──」



2014/12/22(月) 15:40:35.45 ID:LeOO3t5gO
18:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga]


娘「──でした。…それから、お父さん」

父「………」


娘「子供の言う事にちゃんと耳を傾けてくれて、ちょっと怖いけど誠実な貴方が、私は大好きでした」

娘「子供の夢をできるだけ壊さずに、ずっと守ってくれた貴方のおかげで」

娘「私は幼馴染くんから『少し天然気味』と言われてしまうくらい、純粋に育つことができたんだと思います」

娘「貴方が語ってくれたサンタさんの秘密、私はずっと忘れません」グスッ

父「うっ…うぅ…っ」


娘「…こんな大事な日に、そんなくたびれた安物のネクタイでよかったの?」ポロポロ

父「当たり…前だ」


娘「いつか私も母になると思います、だから──」

父「……娘っ」ポロッ…


娘「──私にも、サンタ協会への加入方法…教えて下さい」



【おしまい】



.

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2014/12/22(月) 16:01:34|
  2. その他
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